沖縄でも、ごく一部の地域でしか食べない食材
ドロアワモチの仲間、総称してアワモチが食べられることは沖縄だと案外よく知られている。しかし、その割りには実際に食べたことがあるという人をあまり見かけない。
それもそのはず、この生物を食う文化は沖縄県の中でも伊是名島をはじめとする限られた地域に根付いているのみなのだとか。
ちなみに、伊是名島でのアワモチ食文化は「ケンミンショー」でも取り上げられたらしい。
磯遊びや変わった食材が好きな沖縄の知人に片っ端から聞き込むが、未食の人がほとんど。海ホーミーとはアワモチ類の別名。意味は勝手に調べて。
“強いて言うなら”アワビに似てる?
根気強く聞き込みを続けていると、アワモチを実際に食べたことのある人に出会うことができた。いったいどんな味なのか訊ねると、期待を煽る返答が。
「うーん、アワビみたいな感じかな」
なんと。それ相当おいしいじゃないの。
しかし、それに続けて「いや、どうだろ…。ちょっと苦いし、結構好き嫌い分かれるよ…。」と自信無さげな一言。
アワビ似というのはあくまで「強いて言うなら」「どうしても他の食材に例えなければならないなら」ということらしい。
あー、この感じはアレだ。アワビ感を期待したら絶対がっかりするパターンだ。
苦いという情報もちょっと怖いな。
見た目はウミウシ? 海辺のナメクジ?
ごく限られた地域での話しとはいえ、食用として定着した経緯があるということは事実。ならばきっと、それなりにおいしい、あるいは他のものに代えることができないオンリーワンの味わいを備えている食材なのだと推測できる。
一旦そう考え出すと、どうしても味を知りたくなってしまう。どうしても味を知りたくなってしまうよね?
じゃあ採りに行きましょうよ。
沖縄にありがちな遠浅の海岸。アワモチはこういう場所で簡単に採れる。
冒頭にも書いたが、アワモチは南西諸島の海岸で見ることができる。
特に、遠浅で干潮時に浅瀬が露出する「イノー」という地形を好むようだ。
夜になると特にたくさん見られる。この写真の中にも何十と写ってるんだけど…わかるかな?
アワモチ類の多くは夜行性の傾向が強いようで、夜のイノーへ足を運ぶと、活発に動き回る彼らを見ることができる。
わかりにくいのでもう少し寄ってみよう。
さらに寄ると…。なんかいるよね?
こいつらですよ。
濡れた地面を這い回るアワモチの姿は、遠めに見ると地味めのウミウシやアメフラシ、あるいはやはりナメクジに通じるものがある。
それもそのはず、アワモチはそれらと同じく貝殻を放棄する道を選んだ巻貝の仲間なのだ。
これがアワモチ。パッと見は岩肌や地面にそっくりなので、いくらたくさんいても意識しないと気づけないかも。
見た目どおり、動きはベリースローなので簡単に摘みあげることができる。
手にとってまじまじ見てみると、無数の突起がブツブツ散らばるその姿はなるほど和菓子の「粟餅」によく似ている。たぶん似てると思う。似てるんじゃないかな。
手に乗せてみると、なんだか得体の知れない可愛らしさを覚える。「粟餅」というちょいファンシーなネーミングにも納得だ。
裏はこんな感じ。大きな個体だとこれの5~6倍にもなる。
裏返すと、アワビやマツカサガイを思わせる姿をしている。こうして見ると、やはり貝。
よく見ると、カタツムリやナメクジのようにニョキッと眼が伸びている。
どうだ。貝の仲間だと思えば、食べられそうな気もしてくるだろう。おいしそうだと思えるかは別として。
実はバリエーション豊富
ところで、アワモチ類は地味ながらもバリエーションが豊富である。残念ながら分類の研究はあまり進んでいないようだが、よく見ると素人目にも色々なタイプのものが混在していることに気づける。
表面がやや滑らかで、まだら模様も控えめなタイプ。
上のタイプと同種かもしれないが、こちらはさらに滑らかで紫がかっている。
こちらは逆にイボの主張が激しく、金平糖のよう。
こちらは白黒でお洒落。
今回は食用種とされているイソアワモチ(らしいもの)を選んで捕まえたが、その他の種類が紛れ込んでいる可能性も否めない。なんせ十数匹も捕まえたから。
これくらい採れば、味見には十分すぎるだろー!…と、この時は思っていた。
いつもなら10センチくらいある大きなイソアワモチも見つかるのだが、今回はなぜか小型のものにしか遭遇できなかった。
こちらの放つ捕食者的な殺気を感じて隠れてしまったのだろうか。そんなわけで、試食するためには数を採らざるを得なかったのだ。
調理過程でガンガン縮む
粟立っている背中は、見た目にはマットな質感だが指先で触れると意外とヌメヌメしている。貝殻の代わりに常に粘液を分泌して保湿や外敵への対策としているようだ。
まあ、結局こうして僕に食われているわけだが。
とりあえず、塩もみしてぬめりを落とす。
このぬめりがかなりしつこい。そのままでは食感も悪そうだし、生臭さの原因にもなりかねない。塩もみしてしっかり落とす。
すると、みるみる縮み上がる。
干しナマコを思わせる縮みっぷり
塩とともにぬめりを洗い落とすと、キュッとコンパクトに縮み上がったアワモチたちの姿が。
見た目も感触も、どこか有明海の
ワケノシンノス(イシワケイソギンチャク)を髣髴とさせる。
今回は材料不足で試せなかったが、きっとアワケノシンノスと同じように唐揚げにするとコリコリして美味いだろう。
腹側に切り込みを入れ、内臓を掻き出す。
必要以上に綺麗に洗い、水気を取る。だいぶ小さくなったな…。
さらに、お腹に切り込みを入れて内臓を除く。アワモチは泥や砂の中にある餌を食んでいるので、この過程を省くと泥臭さと磯臭さで食べにくくなるそうだ。
磯の香りが強い
下ごしらえを済ませたアワモチはニラと一緒に味噌炒めにする。これがアワモチ料理のド定番なのだそうだ。
実際、ネットでアワモチ料理を検索するとヒットするのはこのメニューばかりである。
イソアワモチとニラのの味噌炒め
しっかり炒めたものを口へ運ぶ。前情報とは違い、別に苦くはない。むしろ舌で感じられる味は控えめで無個性気味。ただ、内臓を綺麗に洗い落としたにもかかわらず、磯の香りがとても強く感じられる。
なかなかオツな味だ。さすがダイレクトに磯を舐めてるやつらは一味違うね。おそらく、内臓の洗い方をもう少し抑えてやれば苦味も残ってより通好みな味になるのだろう。
だが、一点気になることがある。硬い。ゴムの欠片でも噛んでるみたいなのだ。口の中でギョリギョリ鳴ってる。
正直言って、食感としてはあまりよろしくないぞ。
苦くはないけど、ちょっと歯ごたえ強すぎるかな。絶妙な炒め具合が求められるようだ。
先の知人に訊ねたところ、どうもこれは炒めすぎが原因らしいことがわかった。「炒めるのはサッとでいいんだよ。お前はアワビを炒める時もチリチリになるまで火にかけるのか?」ということらしい。
……うーん、そもそもアワビを炒めた経験が無いんで何とも言い難い。恥ずかしながら。
ちなみに、友人曰くこれはアワモチビギナーがやらかしやすい失敗なのだそうだ。「アワモチあるある」だ。
イソアワモチの炊き込みご飯
もう一度味噌炒めを作り直すべきかとも思ったが、予想外に縮み上がったイソアワモチはもうあとわずかしかない。出来てもあと一品がせいぜいだ。またしくじったらおしまいである。
というわけで、さほど神経を使わずにふっくら仕上がるであろう炊き込み御飯の具にしてみることに。
こっちの方が食べやすい!
…もう聞き飽きたかもしれないが、爽やかな磯の香りが食欲をそそる。先ほどの失敗作味噌炒めに比べると、アワモチの身はずっとやわらかく炊き上がっていてかなり食べやすい。
素朴ながらもより上品な仕上がりで、海辺の民宿や旅館で出てきそうな一椀だと思った。次回沖縄へ行ったら、またアワモチを採って作ろう。沖縄らしくじゅーしーに混ぜ込んでもいいかもしれない。
実は本土にもいるよ
見た目の割にはおいしかったアワモチだが、万人受けするものであるとは言い難いような気もする。
本記事ではアワモチの風味を「磯の香り」と耳障り欲表現しているが、そもそも磯の香りとはある種の「クセ」であり、苦手な人も多いからだ。
逆に言えばサザエのキモやアイゴなど、磯臭さのある大人な味わいを好む人はハマるかもしれない。伊是名島で食べられているイソアワモチは房総など本土でも採れるので気になる人は試してみては?
潮溜まりには石そっくりなオニダルマオコゼもいた。背びれのトゲに毒があるので沖縄で磯歩きをする際は気をつけよう。