さわやかなトイレ?
今回は公衆トイレのおはなし。とはいえ単なる公衆トイレ(妙な語感だ)ではなく、立派に銘まで付いているシロモノだ。
その名を「さわやかトイレ」という。
まあ“単なる公衆トイレ”ね
寡聞にして見たこともなければ、名前だけではどんなトイレなのか想像もつかない。まあ“さわやかでありたい場所”であることは間違いないわな。
そんなことを感じるばかりだが、投稿によれば「狭い」「臭い」という、さわやかよりはイケナイ公衆トイレの要素を残している感がある。しかしまあ、それは置いておくにしても「足元に洪水」ってなによ?
ナンダカワカラナイところだったが、ここでふと思い出した。“名前が付けられている公衆トイレ”といえば・・・。
そういえば1年前、こんな“銘あり公衆トイレ”に縁があった
「もしもし。『トイレ診断士の厠堂』のときはありがとうございました」
電話口からのご登場は、2014(平成26)年5月公開の「
新横浜発『トイレ診断士の厠堂』の謎に迫る!」でお世話になった株式会社アメニティの内田康治(うちだ・こうじ)次長。
新横浜駅前の公衆トイレをメンテナンス費用の対価などで横浜市からネーミングライツを取得し「新横浜駅前トイレ診断士の厠堂」としている同社はトイレメンテナンスの専門家集団だ。そんなスペシャリストに「さわやかトイレ」についてうかがってみよう。
1年ぶりに登場の株式会社アメニティ・内田次長
「『さわやかトイレ』・・・?」
ちょっと待ってくださいね、その言葉とともに十数秒「ああ、分かりました、分かりました。すみません、私は名前を把握していなかったのですが、調べてみたら使ったことがありました」と話は続く。
「そのトイレはイメージとして“便器の中だけでなく、床全体から水が流れてくる”ものなのです」と内田次長。
ゆ、床全体から水!?
「いや、もちろん水浸しになっちゃうわけではないですよ(笑)。足を乗せる踏み板があり、その周りの床から水が流れる感じです。この仕様はトルコなどでよく見られ“トルコ式トイレ”などと称されることもあります」
トルコが誇るオリンポス山。トイレに行くのを“山に行く”なんて言いますしね (写真提供:横山広治氏)
うーん、やはりこれは実地でないとナンダカワカリマセンな・・・ところでトイレの専門家として、この「さわやかトイレ」導入の意義などは感じましたか。
「うーん、そうですね・・・。この仕様の場合、いわゆる“大小兼用の和式便器”となるのですが、そこでおしっこをしますと、思った以上に周りに飛び散っているんです。これはぜひご家庭でのお掃除でも覚えておいてください(笑)。それが便器の周りにも水が流れることで、一緒にキレイにできるというのはあるでしょう」
それは大変・・・(フリー画像より)
「ただメリットもありますが、デメリットも気になります」と内田さん。
「単純な話なのですが、踏み板の周辺に多量の水が流れるので、多少でも踏み板や周辺に水の飛び散りがあります。そうすると飛び散った水の影響で足元が滑りやすくなりますよね。こと強い踏ん張りをする場合もありますので(笑)、危険かと思います」
「あと、靴底の土などが水によって付着しやすくなるので、お手入れの手間が増えます。当社の場合は“汚れを落とす”よりは“汚れを防ぐ”のを主眼にしているので、特にそう感じるのかもしれませんね」
とても足元が重要な態勢(撮影協力:ボルダリングジムRock&Wall)
なるほどなるほど。よくわかりました・・・。
「まあ、実際にご覧になっていただくのがいちばんですよね。私が出会ったのは・・・そうそう、山下公園近くの駐車場にあるトイレでしたよ。ご参考になりましたら」
勉強になりましたが、たしかにこれは見てみないと始まらない。内田さん、ありがとうございました!の御礼とともに中区山下町に飛んだ。
「さわやかトイレ」のもとへ!
飛んでない。JR根岸線でとりあえず関内駅へ。プロ野球も開幕しましたね
関内駅からさっそく山下公園方面に向かう。市庁舎~日本大通り~横浜港郵便局~シルクセンターと来て、数週間前に
2万5000人超が走り抜けた公園通りへ。
この辺りから周辺の駐車場に注目を開始するも、屋外の駐車場はトイレがないところばかりね。まあその分、山下公園内にはいっぱいあるわけですが。一本中華街寄りにある屋内の横浜市営「山下町地下駐車場」にも行ってみたが、こちらは立派な“普通のトイレ”が備わっていました。
山下町地下駐車場、地下2階にあるトイレ
再び公園通りに戻り、産業貿易ホール、県民ホールを過ぎ、旧英国七番館から先にホテルニューグランドを認めると・・・。
ん?
旧英国七番館の奥に駐車場が広がっている。その駐車場と七番館との間に「トイレ」の表示とともに円筒形の建物がひとつあった。どうやら男女共用と思しきこの建物の壁面には“S”の文字をあしらったエンブレムが。
これはまさか“さわやか”のSでは!?
山下町駐車場公衆トイレ。この壁面のSは・・・
勢い込んで入ってみると・・・おお、なんかとても手狭な空間に、おなじみの和式のものが設えてある。それを挟むように踏み板があるのだが、見慣れないのはその周囲にある“側溝”か。
こんな案配
それではさっそく利用してみ・・・いや、利用している様を視認していただくのもナンだ。とりあえず用を足したつもりで、右下にあるレバーを踏んでみた。
!!!
なんということだろうか! 内田さんに教わったとおり、踏み板の周辺に張り巡らされた側溝から勢いよく水が流れ出し、その水が“用済み”を“終着点”まで運んでいく仕組みだ。
この動画の撮影前、どんなもんかと左足を踏み板に残したまま、中腰で右足を出してレバーを踏んだのだが、側溝の水が左足に溢れかかるのではと慌てて飛び降りたくらいである。
なるほどこれが「足元に洪水」か(笑)
流れています。動画があってよかった(笑)
さて、実際に「さわやかトイレ」を使ってみて・・・あ、よく考えるとあれが「さわやかトイレ」だったかも確証はないな。
ホントに「さわやかトイレ」かどうか? そして「さわやかトイレ」だとしたら設置の目的などはなんだったのか。そんなこんなをトイレ内に「故障の場合はこちらへ」と書いてあった横浜市資源循環局の担当さんにうかがってみよう。
「もしもし、そちらはひょっとすると『さわやかトイレ』とか関係ありますかー?」
「こちらは修繕関係になりますので、管轄する部署をお教えします。資源循環局というところになりますよ」
それはそれはありがとうございます。では改めて。もしもーし!
よろしくお願いします
「所管は私ども資源循環局になりますが、詳しくは同じ局内の業務課浄化設備係にお問い合わせください」
それはそれはありがとうございます。では改めて。もしもーし!
「山下町駐車場公衆トイレをご利用されたのですね。はい、あちらも『さわやかトイレ』の一つになります。『さわやかトイレ』についてはこちらでお答えいたします」
そう対応してくれたのは、同局業務課浄化設備係の三橋成彦さん。ホッ。それでは三橋さん「さわやかトイレ」につきまして改めて教えてください。
「『さわやかトイレ』は昭和50年代、市民のみなさんから『繁華街などにもっと公衆トイレを設置してほしい』との要望が多く寄せられたのをきっかけに構想が進められました」
「ただ、市街地や繁華街の中では既存の公衆トイレを設置する用地の確保が困難だったため『町中でも設置可能なコンパクトで、かつ水洗トイレ』を目標に研究をしました」
たしかに山下町の“さわやかトイレ”は手狭にも感じるほどのコンパクトさでした。
こちらはビル一棟の山下町公共駐車場。こんなに広い敷地が常にあるわけでもなく
「その研究が市の環境事業局、現在の資源循環局で始まったのが1979(昭和54)年のことです。具体的には“狭い敷地でも設置可能で、下水管直結の衛生的なトイレ”を目指して研究開発をしました」
「その中で、フランスに設置されていた『エスカルゴ』と呼ばれていた公衆トイレをヒントに外見を考え、さらに材質は繊維強化プラスティック(FRP)、床全面洗浄方式を採用した次第です」
円筒状の外観はフランス、洗浄の方式はトルコと、ヨーロッパを感じる構成である。もしや地中海の風を感じながらの「さわやかトイレ」命名だったのだろうか。
こちらフランスの「エスカルゴ」。なんと現在は使用後、部屋ごと水洗いしてくれちゃうそうです (写真提供:横山広治氏)
「いえ(笑)。実際に設置にむけて準備を進めていた1981(昭和56)年当時、官民一体で清潔な街づくりを目指した『ヨコハマさわやか運動』というのがあり、そこから取っての『さわやかトイレ』となりました。山下町にあった“S”のマークは『ヨコハマさわやか運動』のロゴマークです」
「最後に設置のメリットについてですが、以下の4点を上げることができます」
・10~15平方メートルの狭い敷地で設置ができる
・部品を工場で製造し、現場で組み立てるため工期が短い
・コンクリート製の公衆トイレより、設置費用が比較的安価
・全面床洗浄を行なうため、比較的清潔さを保つことができる
ふむ。内田さんが上げた“床全面洗浄効果”はやはり狙い通りだったのだ。
「そして設置・供用第1号は1982(昭和57)年4月20日、中区の港の見える丘公園フランス山公衆トイレ(後に現在の環境創造局に移管)、神奈川区のJR東神奈川駅公衆トイレです。これを機に、当局所管内では最盛期で市内21箇所、29基の『さわやかトイレ』が設置されました」
港の見える丘公園のフランス山地区。かつてこちらに「さわやかトイレ」第1号が
山下町駐車場からほど近いフランス山に初代が存在したとは・・・見に行けばよかったと思ったら、実はもうそこには設置されていないらしい。では、その廃止理由も含めて最近見なくなった理由とはなにか。先を急ごう。
「フランス山、東神奈川駅ともすでに撤去済みでして、また現在の設置数は13箇所15基となっています。なぜ減ってきているかは、当初目指した“狭い敷地への設置”が逆に作用したからなんです」
――狭いからいけない、になってしまったということでしょうか。
「そうなんですね。体験していただいてお分かりの通り、内部は手狭ですよね。それだと障害者の方や年配の方が使いづらいということになったのです
「また、後に制定される『横浜市福祉のまちづくり条例』を受けて、狭い『さわやかトイレ』はバリアフリーとは噛み合っていないと判断され、新設は不適切となりました。1997(平成9)年にJR鴨居駅前に設置したのを最後に終了、老朽化が進んで修繕が困難なものは廃止としている次第です」
西区の社宮司公園にはまだ「さわやかトイレ」が
当初の売りだった狭い敷地に設置できる点が問題になるとは、皮肉というか世の中の流れは難しい。なお、以下は三橋さんよりいただいた資源循環局が管轄した「さわやかトイレ」一覧表で、赤色のものは廃止済みである。
「さわやかトイレfor資源循環局」全記録
すごく極端な言い方であるが、それこそ山下公園の公衆トイレなどがピカピカに綺麗な昨今「狭いな」と感じるようなトイレのニーズ自体(法律などはともかくとしても)、あまりないのかもしれない。
しかし往年の市の職員さんたちが英知を結集したこの「さわやかトイレ」も、紛れもない横浜の文化だ。
上の表を眺めつつ、まだの人も1回は行ってみてもらいたい。体験済みの人もまた見たくなったでしょ?
残念ながら先はきっと短い。急げ! 「さわやかトイレ」へ。
取材を終えて
まあ公衆トイレなわけですけれどもね、一風変わった様式ですから、見てみればアトラクション的に一瞬は楽しめます(笑)。これ本当。
それにしましても設置されたのも現存しているのも横浜南部が多いですね・・・。北部に住んでいる方、鴨居駅と東急田園都市線藤が丘駅とにお集まりください。
―終わり―