特集 2015年4月3日

これはうな重ですか? いいえ「あなごのばかし」と「ばかしあい」です

あなごのばかし
あなごのばかし
臨時収入があった時はうなぎを食べたい。

とは言え、臨時収入などそれほどあるわけでもなく、高価なうなぎを食べる機会は少ない。うなぎを食べたい、でも高い。そんなジレンマを解消してくれるメニューがあるという情報を得た。その名は「あなごのばかし」と「ばかしあい」。うなぎよりもリーズナブルな穴子を使ってうな重と思わせる「穴子の化かし」なのだそうだ。

ぜひ、化かしてもらいましょう。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。


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築地で味わう『ばかし』

「あなごのばかし」を出すお店は築地にある。晴海通りを勝どき橋方面に下り、築地6丁目の交差点を右折してすぐ、お店の名前は「つきじ芳野 吉弥」。

化かす、とメニューで謳っているくらいだから、昔話に出てくる古民家のようなお店を想像していた。

実際はモダンな店構えで、暖簾もまだ新しい。しかし、油断は禁物だ。「つきじ芳野」の「つ」の字がうなぎ屋の「う」のようになっている。化かしは既に始まっているのだ。
つきじの「つ」がうなぎの「う」のように
つきじの「つ」がうなぎの「う」のように
正式名称は「つきじ芳野 吉弥」
正式名称は「つきじ芳野 吉弥」
店内に入ると1階はカウンター席で、2階へと続く階段が右側に見える。上から楽しげな男女の談笑が薄っすらと聞こえてくる。2階は座敷席になっているのだろう。僕は1階のカウンター席に通された。
カウンター席で化かされよう
カウンター席で化かされよう
カウンター席に座り店内を見渡す。白い壁に白木のカウンター。カウンターの向こうでは白い割烹着に身を包んだ職人さんが2人、黙々と料理を作っている。

この人たちがこれから僕を化かそうとしているのか。

カウンターの上には「化かし」のための御重がたくさん積まれていた。
職人さんが2人
職人さんが2人
ばかし用の御重
ばかし用の御重

化かしのメニューは2つ、ばかしとばかしあい

「化かし」のメニューは2種類ある。「あなごのばかし」と「ばかしあい」。「あなごのばかし」は煮穴子の炙りお重で、「ばかしあい」は煮穴子にプラスして肉厚焼き穴子を乗せた炙り御重。値段はそれぞれ「あなごのばかし」が1600円で、「ばかしあい」は2100円だ。確かにうなぎよりはリーズナブルであるが、そこそこの値段がする。

メニューに載っている写真を見ると、この時点ではほぼうなぎである。
オールモスト・うなぎ
オールモスト・うなぎ
せっかくなので、「あなごのばかし」と「ばかしあい」の両方を注文することにした。カウンター越しに職人さんにオーダーを告げると、

「ばかし、ばかしあい、入りました!」

と大きな声で注文を繰り返しいてる。

ばかし、ばかしあい。声に出して言うと気持ちいいのだろう。職人さんの言い方を聞いていてそう思った。一品料理の「穴子の磯辺焼き ねり梅を添えて」を追加で注文した時は、「はい、分かりました」と普通に返された。「穴子の磯辺焼き ねり梅を添えて」は長くて言いづらいし、声に出しても気持ち良くないのだ。

お通し代わりに、サービスとして「穴子の有馬煮」を出してくれた。穴子を実山椒で煮た一品だ。
サービスの「穴子の有馬煮」
サービスの「穴子の有馬煮」
箸置きが穴子でかわいい
箸置きが穴子でかわいい

とにかく穴子づくし

「あなごのばかし」と「ばかしあい」が出てくるまで、他のメニューに目を通してみた。

特選穴子肝焼き、穴子と茄子の鳴門焼き、浮和玉焼き(穴子にふっくら玉子を乗せたもの)、穴子の天ぷら、揚げ素麺と穴子のみぞれ出汁かけ。

とにかく穴子料理のオンパレードである。穴子の鰭酒「くびったけ」というお酒まである。穴子のカマと鰭を干して炙ったものが入っているという。
穴子の鰭酒 700円
穴子の鰭酒 700円
穴子の鰭酒をいっとくべきか、少し悩む。職人さんに相談すると、御重の最後にかけて楽しむ「かけ出汁」も、鰭酒と同じものから取った出汁を使うという。

オッケー、それだったら「かけ出汁」を頼んでお酒はビールにしましょう。
かけ出汁 200円
かけ出汁 200円
生ビールを飲みながらばかしを待つ
生ビールを飲みながらばかしを待つ

本当に化かしてくれるのか?

注文してから15分、「あなごのばかし」と「ばかしあい」が僕の前に登場した。早速化かしてもらいたいが、御重のフタをすぐに開けてはいけない。砂時計を渡されて、1分待つように言われる。
フタを開けるまで
フタを開けるまで
1分待たないといけない
1分待たないといけない
1分待つことによって、御重の中のご飯にタレが浸透し、ご飯の上に乗せられた大葉、山椒の実、刻み海苔の風味が充満するのだという。試行錯誤の結果、「1分待つ」という方式に落ち着いたのだとか。

1分後、まずは「あなごのばかし」のフタを開ける。するとそこにうな重が現れた。
うな重ではない。あなごのばかしだ!
うな重ではない。あなごのばかしだ!
見た目はほとんどうな重である。味はどうなのだろう。本当に僕を化かしてくれるのだろうか?

目を閉じて「あなごのばかし」を口に運んでみた。

どうだ? うなぎか?
目を閉じて
目を閉じて
おいでよ
おいでよ
いや、穴子だ。これは完全に穴子だ。

ふわふわに煮込まれた穴子と甘いタレが絶妙なハーモニーを奏でていて美味しいんだけど、残念ながらうなぎではない。

うなぎの味を知ってしまった僕たちは、うなぎ以外のものでうなぎを感じることはできないのだろうか?

ばかしあいはどうだ?

もう1つの化かし、「ばかしあい」に期待をかける。こっちには煮穴子の他に肉厚焼き穴子が乗っているという。肉厚焼き穴子がうなぎなのではないだろうか?
ばかしあい
ばかしあい
この肉厚焼き穴子に期待
この肉厚焼き穴子に期待
再び目を閉じて、肉厚焼き穴子を口に運ぶ。
瞳を閉じて
瞳を閉じて
あっ! こっちはうなぎっぽい。

ファーストインパクトで化かされかけたが、咀嚼するうちにだんだん穴子さんの存在感が強くなっていく。

やっぱり君は穴子だ。穴子さんだ。

一品メニューの「穴子の磯辺焼き ねり梅を添えて」はどうだろう?
穴子の磯辺焼き ねり梅を添えて
穴子の磯辺焼き ねり梅を添えて
うなぎと梅は食べ合わせが悪いというが、この穴子は練り梅と一緒に食べる設定だ。大丈夫だろうか?
うなぎだったら考えられない梅との組み合わせ
うなぎだったら考えられない梅との組み合わせ
美味しい。

これがうなぎだったら、まずこの組み合わせはあり得ないだろう。しかし、これは美味しくいただける。なぜなら、練り梅と一緒に食べているのは、穴子だからだ。

ばかしの語源について

そもそも、どうして「ばかし」という名前になったのだろうか? 職人さんに聞いてみた。
どうして「ばかし」なのでしょう?
どうして「ばかし」なのでしょう?
「昔、うちの店主が売れ残った穴子をうなぎのタレで焼いて家族に食べさせていたんです。それを食べていた家族は、穴子のことをずっとうなぎだと思っていて、ある日それが穴子だと知ったおばあちゃんが『ばかされた!』と言ったらしいです」

これはあくまでも僕の想像であるが、おばあちゃんは最初からそれが穴子だったことを知っていたのだと思う。孫が大きくなってきて、「これ、穴子じゃね?」と気づく前に、「ばかされた!」と道化を演じてみせたのだろう。

そんなおばあちゃんの優しさが、「あなごのばかし」と「ばかしあい」のバックボーンにあったのだ(想像だけど)。

店主の家族の食卓からお店に継がれた秘伝のタレを見せていただいた。
秘伝のタレ
秘伝のタレ
「これが代々継がれている、化かしのタレですね?」
と僕が聞くと、

「いや、それはまだ2年目ですね。2年前にここにお店を作った時に新しくしたので」
と職人さん。

え?


店主のおばあちゃんがばかされたタレは、今に継がれていなかった。

ばかしの伝統は2年前に一度リセットされ、これから未来へとその歴史を刻んでいくのだ。

結果的に「あなごのばかし」と「ばかしあい」は、そんなにうなぎではなかった。うなぎを意識せず、最初から穴子料理だと思って食べれば、それはもう絶品である。

ひつまぶし方式で、最後に「かけ出汁」をかけていただくと、更に深い味わいを楽しむことができる。穴子のカマと鰭から取った出汁が最高なのだ。同じ物が入っている「穴子の鰭酒 くびったけ」もきっと美味しいことだろう。今度、試したいと思うが、その時は、穴子料理を食べる心づもりで来ることにする。
最後はかけ出汁でいただく
最後はかけ出汁でいただく
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