特集 2015年1月16日

水城(みずき)のインフラ殺到具合がおもしろい

「道 vs. 道」の落としどころに興味がある

澤田八幡神社という、参道を鉄道が横切ることで有名な神社がある。
鳥居のむこうに踏切が見え、その先にお堂が。
鳥居のむこうに踏切が見え、その先にお堂が。
参道のためだけの踏切だ。
参道のためだけの踏切だ。
地図で見るとこんな。藤井寺市にあります。
参道を電車が横切る。おもしろいよね。
テレビでもしばしば取り上げられるらしいので、ご存じの方も多いだろう。

ここ以外にも参道に踏切がある例は全国にいくつかある。横浜の遍照院とか鎌倉市の満福寺とか。

あんまり意識しないけど、考えてみたら鶴岡八幡宮の参道である若宮大路も横須賀線によって横断されちゃってる事例だ。踏切じゃなくて高架だけど。

そういえばプープーテレビでも米子の日吉神社のレポートがあった。
「あー!谷口ジロー列車ですね!」
澤田八幡神社は過日書いた記事「ある意味大切に扱われている古墳を見に行く」のそばにあり、周辺の古墳群を避けて鉄道を通した結果の産物だ。

これらは、参道というある長さを持ったものが相手だったために、交差せざるを得なかった、ということだ。これが単に建物単体だったら敷地を避ける、ということで解決できただろうが、道となるとそうもいかない。

他方鉄道もこれまた長さを持った「道」なわけで「道 vs. 道」はいかんともしがたい。その折り合い具合とか落としどころというものにぼくは興味があるわけです。

で、冒頭の写真。福岡の水城でも同様のことが起こっている、という話。
福岡にある長さ1.2kmの土塁・水城。
福岡にある長さ1.2kmの土塁・水城。
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ぼくも盛りたい

水城(みずき)とはかつての軍事防壁だ。敵の侵入を防ぐために土を盛って造った。西暦664年に造られたとされているから1300年以上前のものということになる。
中央斜めに伸びる緑の帯。これが水城。
場所は福岡県の大野城市と太宰府市の境界。敵とは誰かというと、当時の唐と新羅。つまり海外からの敵だ。当時高句麗、百済、新羅の3つの国が朝鮮半島で戦っていて、日本は百済に肩入れして援軍を送ったら新羅と手を結んだ唐に負けちゃった。

で、日本に唐・新羅が攻めてくるかもしれないぞやべえ、ってなってこの水城を造ったという経緯だ。造らされた国民はいい迷惑だ。

詳しくは「水城」で検索すると情報がたくさん出てくるので、そちらをごらんいただきたいが、そういうわけで、福岡平野の一番幅の狭い部分に造られている。

福岡県民は社会科見学などで訪れる経験をしているらしいが、ぼくは最近まで知らなかった。建築家の宮本佳明さんの「環境ノイズを読み、風景をつくる。」を読んで知った(この本お勧めです)。 で、過日見に行った。
最寄り駅は鹿児島本線のその名も水城駅。駅降りたらもう見える。
最寄り駅は鹿児島本線のその名も水城駅。駅降りたらもう見える。
それにしても、ほんと、どうして人はおっさんになるとこうやって子供の頃は退屈でしょうがなかった歴史に興味を持っちゃうんだろう。

ただ、今回「水城行きたい」と言ったら福岡在住の若い友人ふたりが一緒に行ってくれた。ちなみにひとりは以前書いてとても好評だった記事「ビルの名称表示『建て書き』がおもしろい」のよりより(@yoriyori291)くんだ。
かつて門があったという水城の切り通し。
かつて門があったという水城の切り通し。
道路だけじゃなくて電線もこの切り通しを利用。これにぐっときた。
道路だけじゃなくて電線もこの切り通しを利用。これにぐっときた。
こういう言い方すると怒られちゃうかもしれないけど、実物見たら「水城ってじゃまだな」って思った。まあ、もともとじゃまをするために造られたものなのでこれは褒め言葉かもしれない。

なので、上の写真のように貴重な切り通しに電線もここぞとばかりにやってくる。ぼくがこんな史跡なんていう地味な題材を記事のネタにしているのは、この電線の「お、切り通しか、オレもそこ通るぞ」って感じが面白かったからだ。後述するように高速道路が同様にいじらしく苦労している。
なんせ防壁なので、その周辺の道の多くが行き止まる。
なんせ防壁なので、その周辺の道の多くが行き止まる。
かつてのもうひとつの門(西と東にひとつづつあったらしい。さっきのは西。こちらは東)の切り通しは県道が通っている。
かつてのもうひとつの門(西と東にひとつづつあったらしい。さっきのは西。こちらは東)の切り通しは県道が通っている。
県道の脇、東門があった横の水城の上は公園になっていて、そこから見下ろすことができる。
県道の脇、東門があった横の水城の上は公園になっていて、そこから見下ろすことができる。
「官道」と書かれている道が現在の県道。公園にあった看板より((c)太宰府市教育委員会)
「官道」と書かれている道が現在の県道。公園にあった看板より((c)太宰府市教育委員会)
それにしても「ある意味大切に扱われている古墳を見に行く」の高架下古墳は5世紀に造られたそうだが、この水城といい、人が盛った土が1000年以上たっても残っていて道路を通すのに一苦労させる、というのはおどろきだ。

結局敵は来なかったみたいなので、無駄な公共事業としかいいようがないが、これだけ時間がたつとありがたくなって特別史跡に指定されるのだ。現在は過去を無視できない。ぼくもやみくもに土でも盛って後世の開発に支障を来してみたい。
「国民はいい迷惑」でいうと、水城本体からすこし離れた場所にあるこの小山がおもしろくて。
「国民はいい迷惑」でいうと、水城本体からすこし離れた場所にあるこの小山がおもしろくて。
水城建設のための土をたいへんな思いをして運んでいたところ「完成したぞー!」という声が現場から聞こえてきて、やれやれ終わったか、とここに運搬途中だったその土を投げ出したら山になった、という言い伝え。なんかほのぼのエピソードになってるが、これただのブラック公共事業じゃないか。無駄な仕事させてんじゃねえよ、ちゃんと進捗管理しろ、と思った。
水城建設のための土をたいへんな思いをして運んでいたところ「完成したぞー!」という声が現場から聞こえてきて、やれやれ終わったか、とここに運搬途中だったその土を投げ出したら山になった、という言い伝え。なんかほのぼのエピソードになってるが、これただのブラック公共事業じゃないか。無駄な仕事させてんじゃねえよ、ちゃんと進捗管理しろ、と思った。
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水城と関係ないけどおもしろい

ところで、水城があるここはいわゆる郊外の町だ。ぼくは郊外が好き。今回も歩いていたら面白いものがたくさんあった。
畳屋さんのでかい看板が幼児写真。なんの文字も添えられていない。オーナーのお孫さんだろうか。ほほえましい。
畳屋さんのでかい看板が幼児写真。なんの文字も添えられていない。オーナーのお孫さんだろうか。ほほえましい。
エヴァっぽい製作所。「見知らぬ、天井」とか書いてありそう。
エヴァっぽい製作所。「見知らぬ、天井」とか書いてありそう。
「歯医者キャラ」がなんと蟹。いろいろな動物モチーフを目撃してきたが、蟹ははじめてだ。院長の名前が「可児さん」とかかな。
歯医者キャラ」がなんと蟹。いろいろな動物モチーフを目撃してきたが、蟹ははじめてだ。院長の名前が「可児さん」とかかな。
彼が空き巣かどうか関係なくご用心したほうがいい感じ。
彼が空き巣かどうか関係なくご用心したほうがいい感じ。
水城を貫く高速道路の盛り土を支える壁面に、よくある地元小学生による絵が。「笑店街」のネーミングセンスが小学生っぽくない。四角い仁鶴が丸くおさめそうな感じ。
水城を貫く高速道路の盛り土を支える壁面に、よくある地元小学生による絵が。「笑店街」のネーミングセンスが小学生っぽくない。四角い仁鶴が丸くおさめそうな感じ。
いろんな店の絵が描いてあるのだが、
いろんな店の絵が描いてあるのだが、
八百屋とおぼしき店の絵にある箱が、
八百屋とおぼしき店の絵にある箱が、
Amzon。段ボール箱といえば、Amazon。時代である。
Amzon。段ボール箱といえば、Amazon。時代である。
閑話休題。ぼくがお話ししたかったのは、水城を貫くこのAmazonが描かれた高速道路についてなのだ。
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一箇所に殺到するインフラたち

本記事冒頭で参道を横断する鉄道について書いた。道ではないが水城もまた「長さをもったもの」なので、道路や鉄道が横断せざるを得ない。

現在、4箇所で道路と鉄道が水城に穴を開けている。
グリーンが水城。東に県道、真ん中に国道・高速道路・西鉄線、西にJR、そしてぼくらも歩いた元西門の切り通し、の4箇所でインフラが貫いている。
ぼくがおもしろいと思うのは真ん中の国道・高速道路・西鉄の「穴」だ。さきほどぼくらが歩いた元西門の切り通しには電線も通っていたが、ここの「穴」には3つものインフラが殺到している。

いや、川もいれれば4つだ。
1972年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・MKU723X/コース番号・C6/写真番号・22/撮影年月日・1972/04/21(昭47)に加筆)
1972年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・MKU723X/コース番号・C6/写真番号・22/撮影年月日・1972/04/21(昭47)に加筆)
上は1972年の水城の様子。まだ高速道路も国道も走っていない。
1975年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKU747/コース番号・C48B/写真番号・1/撮影年月日・1975/03/04(昭50)に加筆)
1975年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKU747/コース番号・C48B/写真番号・1/撮影年月日・1975/03/04(昭50)に加筆)
3年後の1975年になると高速道路が通る。もともと西鉄が走っていた場所を選んでいる。広域で見ると、ここを突破するためにやんわりと迂回していることがわかる。なるべく水城を壊したくなかったのだ。
1981年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・水城・整理番号・CKU811/コース番号・C21/写真番号・44/撮影年月日・1981/11/18(昭56)に加筆)
1981年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・水城・整理番号・CKU811/コース番号・C21/写真番号・44/撮影年月日・1981/11/18(昭56)に加筆)
1981年の写真を見ると「オレもオレも」とばかりにバイパスの国道がぐいぐいよ高速道路の箇所に入り込んできている様子がうかがえる。

ぼくがなにをおもしろがっているのかというと、この「すでに開いている穴にインフラが殺到する」さまだ。いじらしいというかなんというか。

もともと御笠川が水城に穴を開けていた(というか、川がいたためそこだけ水城を造ることができなかった)箇所を利用して西鉄が通り、じゃあオレもと高速道路が来て、オレもオレもー!と国道も入り込んできて、ここだけインフラがぎゅうぎゅうに過密している。向かう先はそれぞれまったく違うのに。
冒頭のこの写真は、まさに高速道路が水城を貫通しているさま。
冒頭のこの写真は、まさに高速道路が水城を貫通しているさま。
この高速道路を通す計画が持ち上がったときは、大きく迂回できないのであれば、水城の保護のために地下トンネルで通過するという案もあったそうだ。

協議と調査の末、せめて水城より高架を低くして景観に配慮せよということで折り合いをつけて現在に至るとのこと。

なのでこの部分の高架橋脚のプロポーションはずんぐりむっくりしていてちょっと珍しいのだ。
妙に背の低い高架。
妙に背の低い高架。
いろいろな意見があるとは思うが、土木ファンとしては道路のいじらしさにぐっとくる。殺到しちゃうのもなんだかほほえましい。

どちらかというと、しれっと水城を削って線路通しちゃってるJRの方が罪深いと思う。史跡保護の気運が高まる以前の時代だからできたことなのだろう。
そして高速道路も木々を茂らせて、遠くから見るとどっちが水城なんだか、ってぐらい。
そして高速道路も木々を茂らせて、遠くから見るとどっちが水城なんだか、ってぐらい。

同好の士がいますように

いつにも増してなんだか地味な記事になってしまった。

最初に「そういえば」と書いた鎌倉の若宮大路を横切っちゃう横須賀線(考えてみればあれも「国鉄」という親玉が、参道の景観保護機運が高まってなかった時期だからできたことだよなー)みたいに、けっこう身近に「横切っちゃう系インフラ」はけっこうあると思う。

水城という極端な例をきっかけに、そういうのに気づいておもしろがる人がいたらうれしい。いてほしいなあ、ひとりぐらいは。
道中やおらカメラを向けたよりよりくん。見ると変わった位置に「建て書き」が。さすが第一人者。めざとい。
道中やおらカメラを向けたよりよりくん。見ると変わった位置に「建て書き」が。さすが第一人者。めざとい。

【告知】1月25日「東京タワーとスカイツリー」トークイベント


きたる2015年1月25日(日)の19時からトークイベントを行います。テーマは「東京タワーとスカイツリー」。スカイツリーにおける「江戸問題」などいろいろ話そうと思ってます。詳しくは→こちら。みなさん、ぜひお越しください。

上は以前書いた『スカイツリーをぐるぐる回した』より。
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