なぜ、閉店してしまうのか?
銀座で60年以上も愛されてきた名店が、なぜ閉店しないといけないのか。その答えは「銀座キャンドル」さんのFacebookページにあった。以下、その投稿を抜粋すると、
「理由と致しましては、賃貸借契約の期間満了でございます」
とある。
更新について家主と交渉を重ねたけれど、これ以上の更新が不可能だったとのこと。
僕の近所にあったデニーズは、店長が賃貸契約の更新を忘れてしまい閉店に追いやられていた。近所では、「そういえばあの店長、オーダーをすぐ忘れてた」などと揶揄されていて、少し気の毒だったが、賃貸契約の更新を忘れていたのだから、そう言われても仕方ないのかもしれない。今、かつてデニーズだった場所には立派なマンションが建っている。
キャンドルさんの閉店理由は、そんなうっかりミスとは違うようだ。もしかしたら家主さんがビル自体を建て替えるのかもしれない。いずれにしても、本当に銀座の老舗レストランが閉店してしまうのだ。
2014年11月16日、一旦幕を下ろす銀座キャンドル
前出のFacebookの投稿には、「2014年11月中旬で64年の歴史に、一旦幕を下ろさせて頂きます」と書いてあり、具体的な日付が載っていなかった。慌てて銀座キャンドルに電話をかけてみた。いつ、閉店してしまうのか?
電話で対応してくれたのは岩本さんという女性で、最後の日が11月16日の日曜日であることを教えてくれた。取材のお願いをすると、「問題ないですけど、当日はあまりお相手が出来ないと思う」とのこと。老舗レストラン最後の日である。当日は別れを惜しむお客さんたちで混雑するのだろう。邪魔にならないようにします、と約束して16日に伺わせていただくことになった。
そして、11月16日。ランチタイムの開店時間、11時半の15分前にキャンドルまで行くと、そこには既に行列が出来ていた。
この先に銀座キャンドルがある
開店15分前、既に行列が
行列の人数を数えると、20名以上の人たちが並んでいた。ここ数日、こういう状態が続いているのだろう。電話口で岩本さんが忙しそうにしていた理由が分かった。この前日も、通常15時までのランチタイムを大幅に過ぎて、16時過ぎまでお客さんが耐えなかったという。
11時半になり、銀座キャンドルの最後の日が始まった。僕の順番は22番目くらいだったので、開店と同時にお店の中に入れるのかと思っていたが、列の進みが遅い。どうやら、数名ずつ店内に案内されているようだ。
世の中で一番うまいチキンバスケットがすぐそこにあるのに出会えないもどかしさ。列は少しずつ進む。
少しずつ進む行列
10名ほどが店内に案内された頃、店の入り口付近にメニューが表示されていた。メニューを見ると、チキンバスケットが一番上に書かれている。
銀座キャンドルのメニュー
チキンバスケットが先陣を切っている
「元祖チキンバスケット 1/6羽 1450円」とある。ケンタッキーのパーティーバーレルと比べてどうだろう。その場でスマホで調べると、既にクリスマス用のパーティーバーレルの予約を開始していて、チキン8個で3990円(12/10までの早期予約の場合)とある。元祖チキンバスケットにはチキンがどれくらい入っているのか。1/6羽という表記からは想像が難しい。
いや、そういう比較はやめよう。これから食べるのは世の中で一番うまいチキンバスケットなのだ。
そんなことを考えているうちに、いよいよ扉の中へと入った。
扉の中でも待つ状態
扉の奥は地下へと続く階段になっていて、そこにも行列が出来ていた。なかなかじらしてくれる。お前のようなものが、おいそれと口に出来るチキンではないのだぞ。と、壁に飾られていたスーパースターたちのサインが言っているようだった。
渥美清さんのサイン
八千草薫さんのサイン
あの寅さんもここでチキンバスケットを食べたのだ。世の中で一番うまいチキンバスケットへの期待は高まるばかりである。
いよいよキャンドルの店内へ
開店から20分ほどして、ようやく店内に案内された。想像していたよりも狭いが、雰囲気がある。多くの文化人、著名人が通い詰めていた、という前情報にやられているのかもしれないが、雰囲気がある。
雰囲気のある店内へ
一番端の席に通されて、チキンバスケットと海老マカロニグラタンを注文した。並んでいる時に見たメニューに「1950年の海老マカロニグラタン」とあって、それにもかなり惹かれていたのだ。そして、店内の壁にも沢山のサインが飾られていた。
店内にもサインがたくさん
吉永小百合さん
森繁久彌さん
美輪明宏さん
美輪さんのサインには、「キャンドルのチキンバスケットは宇宙一です」と書いてある。「世の中で一番うまい」を越える「宇宙一」という評価が美輪さんから下されているのだ。これはもう、絶対うまいに決まっている。
チキンバスケットがやって来るのが待ち遠しくてならない。
しかし、なかなかやって来ないのだ。だから僕はビールを頼んだ。チキンバスケットには生ビールが合うはずである。
ビールを頼んだ
「泡がクリーミーな生ビールです」と言いながら、ウエイトレスの女性が生ビールを持ってきてくれた。見るからに泡のきめが細かい。昼間からビール、という罪悪感を忘れさせてくれる泡立ちである。
クリーミーな泡がうまい生ビール
チキンバスケットが来るまでに飲んでしまったらいけないので、ゆっくりとキャンドルの生ビールを味わった。
僕の隣りでは少年がオムライスを食べている。優しそうなお父さんとお母さんに連れられて、キャンドル最後の日にオムライスを食べている。時折、スマホをいじりながらオムライスを食べていて、そのことを母親から叱られていた。
僕もお母さんと全く同意見だ。食事中にスマホをいじってはいけない。ましてやキャンドル最後の日のオムライスである。オムライスのことだけを考えて食べた方がいい。君は恵まれている。
僕なんて44才になって初めてキャンドルにやって来たのだ。出来ればそのオムライスを一口もらいたいけれど、僕は大人だからそんなお願いはしないし、こうしてビールを飲んでいる。
少年のオムライスを気にしながら
それにしてもなかなか料理がこない。
卓上に置いてあるマスタードの蓋を開けて、これをチキンに付けて食べたら美味しいだろう、などと想像して時間をつぶす。
美味しそうなマスタード
時計を見ると、時間は12時半になろうとしている。並び始めて1時間15分。僕はまだチキンバスケットと出会えていない。ゆっくりと味わいながら飲んでいたビールも空になっている。チキンバスケットと合わせようと思っていたのに。
チキンバスケットが来る前にビールを飲みきってしまった
ついに世の中で一番うまいチキンバスケットが!
60才を超える人生の先輩から銀座キャンドルにまつわる話を聞いた。
1960年代、キャンドルが入っているビルの上階には、遠藤波津子理容館という美容室があったのだという。遠藤波津子さんは近代美容を日本に持ち込んだ人の1人として知られている。当時の若い女性たちは、その遠藤波津子理容館で髪を結い、同じビルの1階にある有賀写真館でお見合い写真を撮り、キャンドルで食事する。というお決まりのシンデレラコースがあったのだという。
今、遠藤波津子理容館はこのビルにないし、キャンドルも今日でこのビルでの営業を終了する。
遠のいていく昭和。なかなか来ないチキンバスケット。
と、その時、僕のテーブルに海老マカロニグラタンがやって来た! チキンバスケットはまだだ。
1950年の海老マカロニグラタン
説明するまでもないが、「1950年の」は1950年に作ったグラタンを今、という意味ではなく当時の製法で作った、ということである。
スプーンですくって一口運ぶ。
マカロニグラタンを味わう
クリーミーで優しい味がする。さっぱりしているようで深い味わい。
今まで食べてきたグラタンの中で一番美味しい。今まで僕がグラタンを食べた時は大抵二日酔いの時で、この日は万全の体調だったから比較するのはフェアじゃないかもしれないが。
あっという間にマカロニグラタンをたいらげてしまった。
そして、ついに! 僕のテーブルに世の中で一番うまいチキンバスケットがやって来た。
世の中で一番うまいチキンバスケット、見参
バタートースト、コロッケ、輪切りの生オニオンと
フライドチキン!
バスケットの中にはフライドチキンが2つと、バタートースト1枚、コロッケ1つと生オニオンのスライスが2枚入っていた。あ、あとパセリ。
どのようにして食べたらいいのか分からなかったので、とりあえずナイフとフォークでフライドチキンからいただくことにした。
今、僕の口に世の中で一番うまいチキンが
はいったー
フライドチキンというよりも、さっぱりと揚げたチキンカツと言った方が正しいだろう。チキンには衣がついている。グラタンの時も感じたのだが、最初はあっさりとしているが、口の中で次第にうまみが広がっていく感覚。付き合えば付き合うほど良さが分かってくる友人、そんな雰囲気がする。
世の中で一番うまい、そして宇宙一美味しい(美輪さん評価)チキンバスケットに、追加注文したビールを合わせる。
あうー
合わないはずがない。
あっという間にチキン2つを食べてしまった。この軽さだったら、1羽分くらい食べられそうである。
一緒に入っていたコロッケ、トーストの味も絶妙だ。
シンプルなコロッケがまたうまい
チキンバスケットを食べるまで、あまり美味しくない方がいいな、と思っていた。なぜなら、今日でここは終わってしまうからだ。美味しかったとしても、その味をもう一度味わうことが出来ないのだ。
実際に食べてみて、世の中で一番うまいという触れ込みは伊達じゃなかったことを知った。そして、最後の日に食べたことを少し後悔した。
今日で最後なのかー
あっという間になくなってしまった
今のオーナーは3代目
食事を終えて、忙しそうにしていた岩本さんに声をかけた。
岩本さんと
岩本さんは3代目、初代のおじいさんが進駐軍ベースで籠に盛られたフライドチキンの味に感銘を受け、銀座キャンドルは始まったのだという。
色々とお話を伺いたかったのだが、お客さんの列はまだまだ続いている。「お邪魔にならないように」と電話で約束していた通り、こそこそと銀座キャンドルを後にした。
行列は続く
地下から地上に上がると、キャンドルの外にはまだまだ行列が続いていた。最後の日のランチタイムも16時を過ぎてしまいそうだ。
世の中で一番うまいチキンバスケットの味を思い出しながら空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。
抜けるような青空
キャンドルのチキンバスケットはなくならない
銀座キャンドルはこの日で一旦幕を下ろしたが、チキンバスケットはなくならないのだ。Facebook上で、
「チキンバスケットの専門店として、国内外の催事を周り、次の我々の居場所を探して行く予定です」
と書いてあったし、岩本さんから「この近くでやれそうな場所が見つかりそうなんです」というコメントをいただいた。まだはっきりとした情報は未定だが、必ず復活してくれることだろう。そしたら今度は1羽分のチキンバスケットを食べる予定だ。