鍼灸師は枕で練習する
今回話を聞いたのは「鍼灸エスク下北沢」の院長飯塚均さん。この道20年のベテランである。
ちなみに、ぼくはこの鍼灸エスク下北沢の定休日の日曜と月曜に院を借りて指圧の治療をやっている。前からよく知っている人です。
院長の飯塚さん。性格はきさく
―― 鍼灸の修行法ってどんな感じでやるんですか? 変な修行法とかあると良いなと思っているんですけれども。
「斎藤は指圧だけで鍼灸はできないんだもんなー。鍼の修行法って段階があってね。最初は枕に鍼を刺す。後は人によっては糠を袋に詰めたやつとか、厚紙とかでやる」
鍼はこんな風にプラスチックの管と一緒に使う
管で鍼を固定して針先をちょっと枕に刺したら
管を抜く。ここからもっと深く刺したり、揺らして刺激を与えたり、いろいろ
「そのあとは自分の脚に刺したり、学生同士で刺したりして」
―― 学生同士で最初に刺す時って、ものすごく怖い!って知り合いの鍼灸師から聞いたんですが。
「ぜんっぜん恐くないよ。日本で使う鍼って細いもん」
髪の毛くらいの細さ
「以前、看護学校の人から『初めての採血の練習がすごい恐かった。学生同士でブルブル震えながらやった』って話を聞いていて。それに比べたら鍼の練習は怖くないね。実際痛くなかったし」
鍼が細いからって恐くないなんてことあるのか? と思ったが、たしかに採血と比べたらだいぶマシだ。
それにしても看護学校の女の子が採血の練習で震えちゃうの、初々しくてかわいい。ひょったしたら、そっちに取材に行った方が楽しかったかも。
浮いているリンゴやトイレットペーパーに刺すのは高度
「まあここまでの話はふつうだよね。変わった練習法だと『浮き物通し』っていうのがある。これは水に浮かべたリンゴに鍼を通す」
―― それ、人間の身体より難しくないですか?
「難しいよ。おれはやったことない」
―― じゃ、飯塚さんもできるかどうかわからない?
「できないかもね。こういうは、修行法としてよくいわれてる、って程度。物好きな人がデモンストレーションとしてやったりしてね」
たぶん空手家が蹴りで氷柱割ったりするような感じだ。あれが鍼灸師だと水に浮かべたリンゴになる。なんというか渋くて良い。
「あとはトイレットペーパーに鍼を刺して、芯まで行くっていう練習がある。これもやったことないけれども、よく言われている」
初めてのトイレットペーパー通し、やってくれた
「けっこう固いな……。難しいね。意外と入らない。力任せでやると鍼が曲がってしまうね」
キャリア20年の鍼灸師でもトイレットペーパーに鍼を通すのは難しい。それにしてもトイレットペーパーが人を試している、という珍しい光景である。トイレットペーパーの身分が一気に上がった。
脈診は練習したけれども使わない
東洋医学には「脈診」という診断技術がある。手の脈をとって、その場所と強弱で身体の悪いところがわかるというものだ。ミステリアスでこれぞ東洋医学って感じがする(ちなみにぼくはできない)。
「脈診はだいぶ練習したよ。だけど、全然使わなくなっちゃった」
―― どうしてですか?
「治療院に来る人がほとんど『腎虚』(腎臓に元気がない)の脈なんだよ。多分そういう脈だから治療院に来るってことだと思うけれどね。もう、9割が腎虚。だから今はあえて治療の時に脈診をするってことはやらなくなっちゃったなあ」
――なるほど……。ちなみにぼくの脈ってどんな感じですか?
脈診の様子。すごく神経集中させてる
脈診の結果は、「少し腎虚っぽい感じだけれども、わりと良い脈」なんだそうだ。よかった!
自分でも枕やってみた
試しに自分でも枕に鍼を通す練習やらせてもらった。
枕相手でもおっかなびっくりである
枕に刺すの、かんたんに通り過ぎて、感触がよくわからない。気を付けないと鍼も奥深くまで入って行ってしまいそうである。
「人間だと筋肉の層がいくつもあって、明確に固いところと柔らかいところが別れてる。地質学調査やっているみたいな感じ。指圧だと体表からのアプローチしかできないからどうしても2次元的になっちゃうけれども、鍼だと3次元的に見れるから、そこがやっぱり鍼の面白いところかな」
――刺さることは刺さるんですが、自分の手元怪しいの、自分でもよくわかります。
「当たり前のようにやってるけれども、知らない人だとやっぱりむずかしいんだなあ……。斎藤なら意外とできるんじゃないかとか思ったけれども」
実はうまく行ったら「飯塚さんの脚に一回刺させてください!」っていおうと思っていたんだけれども、そういう展開ムリでした。
鍼灸師は自分の顔にも頭にもガンガンさす
「鍼は自分で調子悪くなった時に自分で刺せるのもいいよね」
なんていいながら、飯塚さんがなんでもない様子で顔に刺しだした。
ぼくたちがシャープペンの芯の入替するぐらいの気楽さでガンガンさして行く
「副鼻腔炎っぽくなったときにはこれで一発で治ったかな」
(「こういう写真が欲しいんだろう?」といわんばかりに)「あとは頭なんかも刺すよね」
――刺すところが自分で見えなくても大丈夫なんですね。
「そりゃ見なくても平気だよ。斎藤が指圧するときもいちいちツボを見たりしないで、手の感触でやるでしょ。それと同じ」
ううむ、そうかあ……。とうなづきながらも、頭と顔に鍼である。一々なんでもないことのようにしゃべるが、けっこうすごい。
頭に針が刺さった人」ができあがり
枕から自分の顔まで
あの枕の練習の延長線上で、自分で自分の顔をさせるようになる……というところまでたどりつくのだ。やっぱり遠い道のりである。
そしてそれよりも難しいのが「トイレットペーパーに刺す」というやつなのだから、なにがなんだかわからなくておもしろい。
指圧師から見ても、鍼灸師ってやっぱりちょっとミステリアスな世界だな……と思いました。