ヤクザとの待ち合わせ
前日に連絡がきた待ちあわせ場所は「新宿」。
いくらなんでもアバウトすぎないか? と思いつつ、そのままバスで向かっていると「ヤクザからLINEくるワロタww」というナゾのメッセージがいくしゅんさんから入った。
会う前からさっそくの奇跡である。
「それ、早速キャプチャとりましょう」と返すと、どうやらヤクザとはわたしのことだったらしい。
場所指定 > 寝坊 > 待たせたあげくにじぶんのバスがおりる場所に待ち合わせ変更 > その場にいないと怒る
んー。たしかに……。神さまなのにすみませんでした。
ヤクザ、お断りっすよ。
腹ごしらえ中も店内に目を光らせるいくしゅんさん
いつも全方向に視線を飛ばす
「まずね、店内に入るでしょ。そしたら周囲を見渡しますね。なにがあるかわからないから」
―― わたしだったらめちゃくちゃ疲れちゃうけど、家に帰ってからグッタリってことはないんですか?
「ないですね。いつも180度全方向に視線を飛ばしている状態が基本になってるから。常にスーパーサイヤ人でいることをデフォルトとしている悟空親子(ドラゴンボール参照)みたいなもんです」
では、そのデフォルト状態で発見して撮影した一部を紹介しよう。
人類中心編
背後の(通称)うんこビルと完全に融合している。ここまで気持ちのいい堂々たる飲みっぷりを、わたしは今まで見たことがない。
泣いている(?)女の子と警察官のコラボレーションに高まる妄想力。
必死に写真を撮る姿に感動さえ覚える。ちょいと出ている被写体であろう頭部もお見逃しなく。
ポーズをキメているかのような二匹のワンちゃんと、(おそらく)飼い主とのこの落差が秀逸な1枚。
「どういう風のふきまわし?」と言いたくなるようなキケンきわまりない写真になぜか生活を想像させる。
ART BOOK FAIRへ
手前ミソだが、去年「いか」と「たこ」の本を、編集・発行した。デイリーポータルのライター数人や、いくしゅんさんにも参加していただいている。ちょうどその本を出展しているイベントがあったので行ってみることにした。
ホーム内でも容赦なく180度周囲を観察するいくしゅんさん。時間に余裕があるときは、撮影チャンスを狙い、ひとつ前の駅で降りて歩いていくこともあるという。
ふだんは文学フリマ、コミティア、コミケなどに出展しているため、このアートな空間では多少浮いていた。いくしゅんさんはどんな写真集にもいっさいキョーミを示さず。
プチ奇跡が!
長年……といっても2年近く会ってなかった知人夫婦に遭遇。わたしにとっては思い入れの深いお二人だ。もちろん発見者はいくしゅんさんである。
名前を言われても瞬時には何事が起こったのかわからず、気がつくとわたしは一方的に抱きついて再会をよろこんでいた。そして足元が……。
おそろいだった。(強行にプチ奇跡)
視力2.0で180度見る世界が奇跡を引き寄せる
「(さっきの二人)アソビさん一人なら気付かなかったでしょ」
―― うん、いくしゅんさんといなかったら、ぜったいに気付きませんでしたね?。ありがたい……。そもそもわたしは周囲なんてほとんど目にしてないし。視力も悪いし。いくしゅんさん、視力は?
「2.0ですね」
―― やっぱり……。
「でも180度見てますから。横見たり、後ろ見たり……だから、歩いていて人の話はほとんど聞いてませんね。
ほかの人の何倍も多くあらゆる方向を注視してるわけだから、神様とか天才とか言われても、ぜんぜんピンとこない。天才じゃないよ、努力だよって思うんですよ」
そうか……。奇跡や偶然がつぎつぎに彼の前に現れるのではなく、いくしゅんさんが自らのチカラで勝ちとったものだったんだ……。
ではつぎは、その努力の賜物をさらにご覧に入れよう。
こども中心編
いくしゅんさんの写真によく登場する姪っ子さん。最近では、故意に顔をかくしている姿が増えたが、テンションがあがるとすぐこうなる。
顔も見えないのに、丸まった背中と指先で、さびしげな姿が一目瞭然。
頭が出ているこどもたち2人の困惑している表情が目に浮かぶ。
電車とアイマスクのコントラスト。
こちらも姪っ子さん。豊かすぎる表情に、大物の存在感あり。
インドフェスタへ
近いということもあり、代々木でやっているインドフェスに行くことにしたが、イベントなどはいくしゅんさんにとっては無意味だということをわたしはすっかり忘れていた。
ホームでは端から端まで歩いて観察することも多々あるという。
インドフェスには何のキョーミも示さず、遅咲きの一輪のひまわりにシャッターを押していた。
探したってないものはない
―― さっき(知人に会えたこと)は本当にびっくりしたけど、被写体となる奇跡にはなかなか出会えませんね。
「そりゃそうですよ。ぼくは2、3ヶ月に1回のペースで撮影にでかけますけど、ほとんど収穫ナシです。逆に友だちに会いにいく途中だったり、コンビニの帰り道とか、そういうときにいいものが撮れますね」
―― ああ、だから基本的に起きているあいだは目を光らせているという……。
「そう、そんな感じです。女の子と歩いていたって、ぜったいに手をつなぎませんからね。すぐにシャッターきれないから」
―― わぁ、それはプロフェッショナルな発言! いくしゅんさんならではですね。やっぱり被写体で面白いのはおじさんおばさん、こども……そのへんですか。
「あと動物ですね」
―― こどもと動物、一番むずかしいってやつだー。
動物中心編
くれるのかくれないのか……。待ちかまえるスズメたち。
犬の得意げな表情と、後ろでカメラを構えるおじさんにも注目してください。
最初、タワシだと思ったそうですが……
もがくネズミちゃん。一連のシリーズになっていて、最終的に脱出成功とのこと。
わざわざ日陰で羽を膨らませる一羽のハト。このひねくれ具合はいくしゅんさんに似ている気がする。
どうしても中に入りたいカエルちゃん。こちらも一連のシリーズになっています。
中野を経由して高円寺へ
つぎは、代々木からバスで中野へ向かった。車中から、散歩中の犬を撮影していたいくしゅんさんだが、いまひとつの出来だったらしい。
そして彼の、ホームグランドともいうべき高円寺へ。
一年中「便所サンダル」を貫いていたが、最近ではビーチサンダルにレベルアップしていた。こちらもなれているから疲れないとのこと。
高円寺、駅前広場にて、今にも溶けそうなソフトクリームを必死にむさぼっているピンクの女児を撮影中。
プチ奇跡2が!
当日は、本人とも交流のあるバンド「どついたるねん」のTシャツを着ていたのだが、駅の改札口で、メンバーの一人トムさんに遭遇。プチ奇跡2だ。
自動改札を通るとき、駅員さんになにか訊ねていたトムさんを発見したらしい。
「アソビさーん! アソビさーん! ちょっときて~!」と大喜びだったのになぜこの顔……。
バンド写真集に、メンバーがいっさい出てこない写真を提供
「どついたるねん」といえば、気鋭の写真家7名による撮りおろし写真集を昨年秋に発行。いくしゅんさんも参加している。
わたし自身もひねくれ者という自負があるが、「負けた」と思ったのは彼くらいものだ。
なにしろ、彼の撮った写真はすべて、メンバーの顔が1枚も写っていなかったのである。それが許される呆れられた人物、それが、写真家いくしゅんなのだ。
そのほかの特徴写真
事故現場によく遭遇(発見)するのも、彼の特徴である。あちこち目を光らせるのはいいが、そのためにご自身が事故に遭わないことを祈る。
車窓犬シリーズや家から外を見る犬シリーズも最近の傾向。このわんちゃんは枕付きだったそうだが先日家が取り壊されてしまったとのこと。
犬の表情、この瞬間を撮るのはなかなか難しいと思う。しかもカメラ目線だ。
車内でのエロ雑誌、新聞読みシリーズも最近は多く撮っているらしい。
休憩中の喫茶店にて。「今日は収穫ナシやなあ……」とカメラをチェック。
休憩と称してなぜかカラオケへ。このときスーパーサイヤ人パワーが発揮していたかどうかは不明。
そのほかの写真
こどもがいたずらしているのか、本気なのか正体不明な一枚。
道いっぱいに広げられた、こどもたちの水筒。
隣のビルから下着姿の老婆が写リこんでいる、ただそれだけの写真なのだが……
写真展『ですよねー。』(2011年)で、この写真の前からぜったいに離れなかったダボちゃんことデイリーライター大北&高瀬ご息女。幼児をもとりこにさせるナニかがあるらしい。
2年前の写真展『タコだまし』風景。一瞬カオスにみえる展示も、何日もかけて練り込んでいた。
ぜんぜん奇跡じゃなかった
新宿・信濃町・代々木・中野・高円寺と密着取材をしてみて、プチ奇跡はあったものの、やはり奇跡は撮れなかった。撮れなくて当然だと思った。
ほぼ365日、常に血眼になりながら全方向に注視している彼と、たった一日過ごしただけで奇跡が見つかったとしたら、いくしゅんさんの存在理由がなくなるではないか。
この一日でも、彼は、首がおかしくなるんじゃないかと思うくらいになんどとなく後ろを振り返っていた。彼の写真は奇跡でもなんでもなかったのだ。
神さまでも天才でもない、いくしゅんさんのおっしゃる通り、努力の産物だった。じゃなければ写真に取り憑かれた狂人だ。
ふつうの光景の、小さな奇跡を。
スタジオもない、レフ板もない、ディレクションももちろんしない。日常の、ふつうの光景、そこにある小さな奇跡である「おかしみ」の瞬間を見逃さずにカメラに収めることがどれだけむずかしいことか、身にしみてわかった。
それに挑戦し続け、貫き通しているいくしゅんさんの意地とプライドに、わたしは崇高な執念をみた気がしているが、かといって今までと変わらず、新作を観ては頭をからっぽにして「あははー!」と笑っていきたい。
きっとそれが、いくしゅんさんの本望なのではないかと思うのだ。
本人はきっと、否定すると思うけど。
これからも、好きなものしか撮っていきませんよっと。