趣味と実益をかねて
じつは御大、「
(変わった)古本屋の作り方」という記事に登場する『特殊古書店マニタ書房』店主、とみさわ昭仁氏その人である。
公開時は2012年11月。同年2月に古本屋開業を決意し、仕入れのためのブックオフ巡りをスタート。当初はもちろん、ブックオフ全国制覇への旅がはじまるとは思ってもいなかった。そりゃそうだ、都内近郊のブックオフに足しげく通っていればすむ話じゃないか。
日本一標高が高いブックオフ「富士吉田店」にも
日本最南端「那覇小禄店」も行っている
驚愕の、全国支店チェックリスト
なにがここまで彼をかき立てたのか。それはひとえに、とみさわ氏が50年の年月をかけて培ってきた常軌を逸した「コレクター気質」というものが大きいだろう。まずはこちらをごらんいただきたい。
もはや本来の目的を失っているかのようなとみさわ氏作のチェックリスト。なにこれ……。標高まで書いてあるよ……。(もっと詳細だったが省かせていただいた)
蒐集歴については後に記するとして、この膨大な数を踏破したからこそ発見した『居抜き!ブックオフワールド』をまずはごらんいただこう。とにかくブックオフは、居抜き物件が山のようにあるのだ。
居抜きといえばブックオフと言っても過言でなかった
佐倉王子台店(元ユニクロ)
盛岡稲荷店(元ハローマック)
豊田下林店(元アルペン)
名古屋平和が丘店(元靴流通センター)
東久留米前沢店(元文教堂)
川口飯塚店(元ウイング書店)
以上は元の物件が判明した例だが、実はブックオフハンターとみさわ氏でも「元が不明」とおっしゃる居抜き物件があるという。
わたしにとっては「不明」というよりも、もはや「意味不明」。このまま活かそうと思った意図があまりにも不可解すぎる。これでいいのか、ブックオフよ。
しかもバランスよく塗装してるじゃないか。むしろ楽しんではいないか?
浜松可美店(元不明)ディズニー王国のようだ
浦和南元宿店(元不明)グーグルアースで見るとおっぱいに見えるなんなんだ先端が赤色って。
本日中に6軒巡る群馬制覇ツアー
群馬県には現在10軒のブックオフがある。とみさわ氏は、すでにそのうちの4軒をまわっているので制覇するには今日中に6軒。はたしてそんな苦行に、わたしはついていけるのだろうか。
なぜかカーナビの精度を力説するとみさわ氏
意気揚々。宝探しをしにいく子どものようだ
「オレは方向音痴なんだけど、ブックオフ巡りをはじめてから日本の地理に詳しくなったね。カーナビのおかげでロスタイムもないしね」
え。
えええーーーーっ!スキー板に「本」の文字
1軒めブックオフ藤岡店
アルペンスキーではなさそうだな……バブルの遺産かな?と、とみさわ氏
いつのまにか中央分離帯へ!
またたく間にあんな遠方にいる!
やっと駐車場にて撮影……
あらゆる角度から、命がけでブックオフ全景を撮影するとみさわ氏。小走りだから付いていくのがやっと。ワープをするかのような凄まじい早さだ。
貴重な仕入れをした、ではなく、物件を見た!と大満足ご友人が作ってくれたというオリジナルTシャツもさぞ喜んでいることだろう
滞在時間は15分以内!
撮影も済んだところで店内をまわる。「ちょっと付いてきて」と、どんどん進んでいくとみさわ氏。
ここでおどろいたのはその足取りの早さだ。古本屋たるもの仕入れには万全を期して物色すると思っていたが、まるで本棚を見てもいないかのような早さなのだ。
グルりと店内を一周し、「おしっ!ないね!つぎっ!」
所要時間8分。全国制覇の神髄を見た気がした。
--あんなに早くて、ちゃんとチェックできてるんですか?
「もちろん。コツがあるんだよ。つぎの店で教えてあげるからね、ちゃんと付いてきて」
--は、はい。
2軒めブックオフPLUS高崎上大類
比較的新店舗に多いオレンジ&ブルーのカラー
早足に追いつくのがやっとだったが、いきなり背表紙に手を出すこと2回。まるで歩いている途中で流れるように本を取り出していく。
とくに中身を吟味することなく、そのままレジへ持っていき会計を済ます。これがプロの技なのか。
これだけ通いながら、ポイントカードを所持していなかった
効率よく店内をまわるための流れ
ブックオフツアールーチン2
本棚を見て行く
1.コミックス100円コーナー(絶版ものを探す)
2.児童書(ケイブンシャ大百科探し)
3.新潮文庫の雑本100円コーナー(マイブック探し)
4.ノンフィクション、実用書100円コーナー(メインの仕入れ)
5.手芸ソーイング(変なセーターブック探し)
6.男性写真集(高見沢ギター写真集探し)
7.ゲーム攻略本(ファミコンの攻略本探し)
仕入れはもちろん、彼のコレクションも兼ねているようだ。
--でも、ほとんどチェックしてるようには見えなかったんですけど。
「これだけ通ってると、棚を見ただけでほとんど一目でわかっちゃうんだよね。どの店舗にもある本の中に、一冊だけちがう背表紙があると『おっ?』と思う。同時に手がでてるね。オレは希少本を探してるわけだしさ」
この本とあの本、あとこれも同じ売り手だね動体視力大会があればボクサーにも勝てるのでは?
たとえばコミックスひとつとっても、70年代のラブコミ全巻があれば、同じ人が別の本を持ってきている可能性が高い。異質な本があれば、ほかにも必ず同じ売り手により異質な書籍があるはずだ。そういうときは、少し時間をかけてチェックしていくそうだ。
とはいえ、わたしの知るかぎり、ほんの5分延長したていどだったが。
つぎは彼の、蒐集家としてのルーツを追っていきたい。ここまで極めるに至った経緯をプロファイリングしていこう。
3軒目ブックオフSUPERBAZAAR17号前橋リリカ
複合施設のためか家族連れが多い。1階はスーパーマーケット
いつやめてもいい。今500軒以上回った人がいたらすぐやめちゃう
とみさわ氏は、文筆業、ゲームデザイナー、古本屋店主といった顔を持つが、知る人ぞ知る蒐集家でもある。「野球カード」「ZIPPO」「万年筆」から「人喰い映画」「覆面スター」など、幅広いうえにとことん追求し、そして、すぐ飽きる。
3軒目めをまわったあたりから、わたしの思いはほぼ確信に変わっていた。
--とみさわさん、これって仕事というよりもコレクションじゃないんですか?
「そりゃそうだよ。そうじゃなきゃこんなところまでわざわざこないよ。でもね、オレいつやめてもいいの」
--えーー!
「オレ競争心ないからさ、上がいたらつまんなくなっちゃう。今もしブックオフ500軒まわった人がいたらすぐやめちゃうね」
なんという蒐集魂。というよりも、とみさわ魂……。
蒐集って奥深いんだな……
でもやっぱりわけがわからないな、と車窓を見る
4軒めブックオフ前橋広瀬店
めがね橋のような外観
おおっ!これはいい物件だーと気合いを入れるとみさわ氏
5軒めブックオフ50号桐生西店
ゲリラ豪雨のあとの晴天。天も我らに味方している
ブックオフハンターとしての小技を習得した気になる
とみさわハンターについてまわっているうちに、5軒めにしてわたしも小技を習得した気分になってきた。棚一面、見覚えのある書籍が増えたのだ。これは新しい発見だった。
半日にしてこれならば、何年も通えば立派な目利きや背取り屋も夢じゃない気がする。
その証拠に、ブックオフにしては高価な『ホストヌード集』の購入を迷っていたとみさわ氏に、「需要がない」という理由で阻止をした。彼はたいへん名残惜しそうであった。
ブックオフツアールーチン3
買い物が済んだら、買った冊数をアプリ4squareでつぶやく
(記録のため)
とにかく記録だけはマメにとるとみさわ氏
6軒めブックオフ桐生相生店
437軒を踏破。1都9県制圧に成功!
群馬ブックオフ制覇の旅を終えた。車での移動だったことや、店内もさほど歩かなかったことから肉体的疲労もなく、達成感というほどのものはなかったが新しい発見は数多くあった。
最後のルーチンとして、とみさわ氏は帰宅後、例のブックオフ全店リストのチェックリストを塗りつぶしていくそうだ。なにより至福の時間だろう。
今日で437軒を踏破。1都9県を制圧したこととなる。
原点は、お茶屋のサトルくんだった
ただ、わたしにはどうしても気になる点があった。それは、とみさわ氏の「競争心のなさ」である。そんな彼が、どうして一等賞を目指してこうもあらゆる方向へ邁進しているのか。どこかにルーツがある気がしていた。
--たくさんのモノをコレクションしてますけど、一番古い記憶ではなにを収集していたんですか?
「小学校1,2年の頃かなあ。酒蓋(酒のフタ)を集めてたのがはじまりだね。ところがさ、おさななじみのサトルくんがお茶屋さんでね、お茶箱一杯に酒蓋が入ってるわけ。アレを見た瞬間、『やーめた』って思ったね」
こ、これだ!
「それからだよ、オレの競争心がなくなったの」
そうか……。とみさわ氏の崇高ともいえる競争心の欠如、それにともなう酔狂なモノへの蒐集魂。一等賞でなければあきらめるという潔さ。どれもこれもお茶屋のサトルくんが原点だったのだ。ありがとうサトルくん。お茶屋のサトルくん!
本日の収穫本。
こんなマニアックきわまりない本を瞬時に見つけ出し速攻で手に取るとみさわ氏の腕。見事だった。わたしはおおげさではなく神業を見ている気にもなった。「マイブック」以外は、そのうちマニタ書房の店頭に並ぶことだろう。
ガソリン、高速代を考えるとまるっきり合わないが、そんなことはおかまいなし。それもまた、神が授けてくれた才能ではないだろうか。
集めてないと死んじゃう
ブックオフに到着し、外観の写真を撮りまくる。
15分以内で店を出て、購入した本の記録。そしてつぎの店の住所をカーナビに入力する。とみさわさんの顔は、完全に蒐集の鬼だった。
そうなのだ。やはりとみさわさんは、ブックオフを蒐集していたのだ。行ったら最後、「あれを買えばよかった」などと後悔することもふりかえることもいっさいない。
「集めてないと死んじゃうんですよ、オレ」あのコトバが忘れられない。
とはいえちゃーんと、店内では仕事の顔、そして神業を見せてくれました。こうして蒐集した特殊希少珍本が連ねている「マニタ書房」、気になる方はぜひ一度訪ねていってください。
マニタ書房(不定期営業)東京都千代田区神田神保町1-14小川図書ビル4F
http://d.hatena.ne.jp/pontenna/20130101/p1
見てみて!虫除けがぶら下がってるよ!とうれしそう……