特集 2014年8月4日

甲子園優勝投手の投球を完コピする

甲子園優勝投手の全投球を体感してみた
甲子園優勝投手の全投球を体感してみた
先日、全国高校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」に挑む49代表が出そろった。開幕は8月9日。いち野球ファンとして、球児たちの熱い戦いに注目したい。

高校野球の中でも、夏の大会はとりわけハードだ。特に炎天下のなか連日マウンドに上がるエースピッチャーの疲労は想像もつかない。

果たしてどれほど過酷なのものなのか?

昨夏の甲子園優勝投手の全投球を完コピして確かてみた。
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。

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> 個人サイト Twitter (@noriyukienami)

甲子園の過酷さを体感したい

昨夏の甲子園。決勝は前橋育英(群馬県)と延岡学園(宮崎県)の2校で争われた。4対3で前橋育英が辛くも勝利した好ゲームだった。
なお、この試合、勝利した前橋育英のエース・高橋光成投手は9回をひとりで投げぬいている。まさに鍛え上げられた肉体と精神がなせる業である。

そのどちらも持たないぼくだが、決勝での高橋投手の全投球をそのままなぞって体感することで、甲子園のマウンドの過酷さを身をもって体感したい。

検証にあたって参考にしたのは過去大会のデータベースが掲載されている毎日新聞の「高校野球」特設サイト。直近の大会のものなら一打席ごとの詳細まで分かる充実ぶりだ。特に、「一球速報」のコーナーでは一球ごとの球種、球速、コース、結果が記録されており、試合の臨場感が蘇ってくる。
まずは高橋投手VS延岡学園打線の全記録をチェックする
まずは高橋投手VS延岡学園打線の全記録をチェックする
まずは高橋投手と延岡学園打線の全対決を一球ずつメモしてみた。細かい配球の妙は僕にはわからないが、打者によって攻め手を変える投球の奥深さが感じられる。バックネット裏でスコアブックをつけながら野球を観るのも楽しいかもしれない。
そして屋上にやってきた
そして屋上にやってきた

炎天下の屋上へ

本当はちゃんと野球場でやりたかったのだが、個人で借りられる球場がなかったので断念し、会社が入っているビルの屋上に上った。ここが俺のマウンドだ。この日の気温は35度。直射日光にさらされる水道橋の屋上は、甲子園のマウンドにもヒケをとらない暑さだと思う。

ちなみに今回は一人で撮影しているので球を受けてくれるキャッチャーがいない。壁相手に投げてもいいがすっぽ抜けて通行人に当たると危険だ。

これらの問題は以下の方法によって解決した。
1.球を投げる方の手にビニール袋をかぶせ、手首をガムテープで固定する
1.球を投げる方の手にビニール袋をかぶせ、手首をガムテープで固定する
2.袋の中でボールを握る
2.袋の中でボールを握る
3.思いっきり投げる
3.思いっきり投げる
昔ヤングマガジンで連載されていた『ストッパー毒島』で、主人公の毒島投手が新しい変化球を習得するときに用いた練習法である。全力で放っても球は袋の中で止まるので安全だ。

かくして、たった一人の甲子園は幕を開けた。
メモで配球を確認し
メモで配球を確認し
投げる。この繰り返し
投げる。この繰り返し

プロ注目右腕の投球を完コピ

ちなみに僕が完コピを目指す高橋投手は、最高球速148km、スライダー、カーブ、フォークを投げ分ける本格派右腕とのことだ。

一方こちらは本格派の運動音痴。もちろん変化球なんて投げれない。ストレートのMAXは測ったことないが、ボウリングのスコアは60くらいだ。

でも、今回は妄想の中の甲子園なので、本当はそんな球投げられなくてもこちらの都合でなんとでもなる。(実際には袋の中でボールは止まっているわけだが)頭の中ではキレのあるボールを内外角にズバズバ投げ分けていることになっている。

そんなわけで1回は全12球。打たせて取る見事なピッチングで三者凡退に抑えた。

この調子で完投を目指したい。
しかし1回を終わった時点で疲労はピークに。これが甲子園か…
しかし1回を終わった時点で疲労はピークに。これが甲子園か…
8月の酷暑の中で行われる大会を巡っては異論の声もあるというが、たった12球でそれを身をもって体感した。炎天下の全力投球は、まさに命を削る苦行である。頭がぼーっとしてきた。

このままクーラーの効いた事務所に戻ることも可能だが、これまで応援してくれた人たちを裏切ることはできないという設定なので、それは許されない。
5分休憩の後、2回のマウンドへ
5分休憩の後、2回のマウンドへ
2回は14球。クリーンナップを三者凡退に抑えた
2回は14球。クリーンナップを三者凡退に抑えた
2回も三者凡退。特に、4番の岩重選手をアウトコース低めいっぱいのスライダーで三振に斬った投球は我ながら見事だったと思う。

いや見事なのは高橋投手だ。こうやって投球をなぞると、彼がものすごくいい投手だということが改めて分かる。さすがプロ注目の右腕だ。
風で三脚が壊れるという過酷な状況のなか、試合は三回へ。
風で三脚が壊れるという過酷な状況のなか、試合は三回へ。
動揺したのか三回、先頭打者にデッドボールを与えてしまう
動揺したのか三回、先頭打者にデッドボールを与えてしまう
次打者は送りバントの構え。ランナー警戒
次打者は送りバントの構え。ランナー警戒
ここは先取点をやりたくない場面。簡単に送らせるわけにはいかない。渾身のストレートを高めに投げ込む。
画面から外れるほどの渾身
画面から外れるほどの渾身
そんな気迫が実ったのか、二者連続で送りバントを阻止。続いての打者も2球で凡打に仕留め、三回を無失点で終えた。高橋投手と僕のナイスピッチングは続く。
約190cmの長身から投げ下ろすストレート
約190cmの長身から投げ下ろすストレート
そして、キレのあるスライダーで快投
そして、キレのあるスライダーで快投
ベンチ(日蔭)で束の間の休憩
ベンチ(日蔭)で束の間の休憩

試練の四回裏

ここまで三回を無安打に抑え上々の立ち上がりだったが、鬼門は四回だった。
先頭の2番打者を打ち取るも、ファウルで粘られ11球を費やす
先頭の2番打者を打ち取るも、ファウルで粘られ11球を費やす
ほっとしたところを次打者に痛打され、この日初めてのヒットを許す
ほっとしたところを次打者に痛打され、この日初めてのヒットを許す
続く4番にも連打を許し、1アウト1・2塁のピンチ
続く4番にも連打を許し、1アウト1・2塁のピンチ
たたみかけるような攻撃。さすがは決勝まで勝ち上がった宿命のライバルだ。強い。

もう逃げたいが、おれはひとりじゃない(ひとりだけど)。ともに汗を流したバックを信じて投げよう。
アウトコース攻めで5番を打ち取り2アウト
アウトコース攻めで5番を打ち取り2アウト
だが、次打者に四球を与え2アウト満塁に。この日最大のピンチを迎える
だが、次打者に四球を与え2アウト満塁に。この日最大のピンチを迎える
満塁のピンチにバッテリーが選択したのは強気の内角攻めだ。ピンチの時こそ力でねじ伏せる。高橋投手はそういうタイプのエースなのかもしれない。
内角をえぐる強気の投球
内角をえぐる強気の投球
だが、高いバウンドの内野安打を許す。2点を失った
だが、高いバウンドの内野安打を許す。2点を失った
さらに、次の打者にもフォアボール。苦しいピッチングが続く
さらに、次の打者にもフォアボール。苦しいピッチングが続く
やや不運な内野安打で2点を失い、なおも満塁。この回だけでここまで28球を投げさせられている。もう家に帰りたい。
バッター集中
バッター集中
続くバッターにはカウント1-2から外角のストレートを痛打され、ライト前に運ばれる。三塁ランナーが生還し、3点目を失う。さらに、二塁ランナーも本塁を狙うが、好返球でタッチアウトに。

3アウトチェンジ。好守備に助けられ、なんとか3失点で踏みとどまった。この回は32球。あと10球多く投げてたら熱中症で倒れていたかもしれない。色んな意味でバックに助けられた。
バックに感謝
バックに感謝
あと5回か…
あと5回か…

つらいけど頑張る

ここまで4回を投げて67球。鍛え上げられた高校生でも疲れが見え始める頃合いだろう。

こっちは甘やかされたおっさんなのでなおさらヘトヘトなのだが、気力で5回から8回まで気力で45球を投げた。
5回。打者4人に10球の省エネ投球で無失点
5回。打者4人に10球の省エネ投球で無失点
6回。三者凡退
6回。三者凡退
7回。二連続三振含む三者凡退
7回。二連続三振含む三者凡退
8回。一四球を許すも次打者を併殺に仕留めて無失点
8回。一四球を許すも次打者を併殺に仕留めて無失点
もう換えてください監督
もう換えてください監督

いよいよ最終回

さて、試合は4対3と前橋育英1点リードのまま9回裏までやってきた。この回を抑えれば優勝である。ここまで112球を投げているエースが最終回のマウンドに上る。
だが最終回にも試練が。先頭打者に7球粘られた末、デッドボールを与えてしまう
だが最終回にも試練が。先頭打者に7球粘られた末、デッドボールを与えてしまう
この日2つ目の死球
この日2つ目の死球
さらに、続く打者にもヒットを打たれノーアウト 一、二塁。一塁ランナーが帰ればサヨナラ負けという大ピンチとなった。

もうこうなったら開き直って自分の最高のボールを投げ込むしかない。流してきた汗の量を信じよう。
帽子の裏ににじむ努力の二文字
帽子の裏ににじむ努力の二文字
帽子のつばの裏に書いた努力の二文字。もちろん僕は特に努力してないし、この帽子もさっき近所で買ってきたものだ。

でも甲子園で優勝したい気持ちは嘘じゃない。僕にできるのは渾身の球をキャッチャーミットに投げ込むことだけだ。
気迫なら負けない
気迫なら負けない
気合が球に乗り移ったか、7番打者、8番打者ともに内角のスライダーで打ち取る。これで二死。ようやくあとひとりのところまでやってきた。
あふれる感情をおさえつつ
あふれる感情をおさえつつ
魂の全力投球
魂の全力投球

優勝

最後のバッターに投じたこの134球目のストレートはこの日最速となる141km。ここにきてこんな凄い球が投げられる高橋選手はまさに真のエースだと思う。最後も渾身のストレートで空振りに斬ってとり、見事胴上げ投手となった。
えせエースも感動
えせエースも感動

すばらしきかな高校野球

最後のボールがミット(袋の中)におさまった瞬間、湧き上がる感動。都会の屋上で繰り広げられた137球の熱投は、僕の心に確かな満足感をもたらした。

妄想ですらこんなに感動的なのだ。じっさいに甲子園に優勝したらきっと失禁してしまうだろう。

なお、この日の翌日は全身が痛く、満身創痍で原稿を書いた。たった一日でこうなのだから、過密日程の中で連投を続け代表権を勝ち取ったエースたちの疲労は計り知れない。

全ての球児を尊敬するとともに、心からのエールを贈りたい。
しばらく動けませんでした
しばらく動けませんでした
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