埼玉県吉川市。周囲は住宅なんですが、駅からむかえにきてもらうような場所でした
埼玉県吉川市。名物は田んぼの中のナマズというのどかな場所にカラーボールの工場がある。株式会社石山の社長、石川さんが工場を案内してくれた。
株式会社石山の石川さん。石川さんのお父さんが28年前にはじめた工場らしい。
今やカラーボールといえば
迎えにきてくれた石川さんは車に乗るなりカラーボールといえば何だと思いますかと訊く(※)。えっ、野球のカラーボールじゃないんですか。
石川さんのところでアンケートをとったところ一番は防犯カラーボールだったらしい。そういえばそうか。今カラーボールといえばぶつけて色つける方らしい。ぶっそうな世の中だ。
待てよ。そういえば今カラーボールで遊んでいる子供を見ない。これからする話はカラーボール業界がきゅっと締まっていく話だ。
※『美味しんぼ』でありそうな出だしだ
カラーボールはこういう塩ビパイプと同じ塩化ビニル
塩ビの粉と可塑剤を入れてまぜる
カラーボールの歴史
――カラーボールって日本で作ってたんですね
「うちが今創業28年目か、1985年から。この業界十数社あったんですけど、今残ってるのは国内で4社だけです。
実際にお店に並んでるボールの9割以上が輸入です。残ってる4社は中国メーカーとの戦いというかね。100均屋さんで3個100円だと一般のお客さんはそっちで買っちゃうんですよね」
――いつ頃からあるものなんですか?
「一番最初は軟式テニスみたいなゴムボールが主流でした。戦後なんかはずっとそれがありまして、カラーボールというのはここ40年くらいのものですね。
ゴムボールだとカラフルなものもなかったですし、色のついたピカピカのツルツルのボールでということでその頃はずいぶん売れていたようですね」
太古の昔からあるようなイメージでいたが40年前。遊ぶのが小学生までとすると……今25~52歳くらいがカラーボール世代か。狭いか、いや妥当か。
混ぜる機械
混ぜたものを真空にして泡を抜く機械
スタートがピークだった
――そんなむちゃくちゃ古くもないんですね
「古くはないですけど新しいものでもありませんので、定番というか、なくなることもないかぎり盛り上がることもないのかなと。
スタートからピークが続いてて、バブルがはじけて遊びの種類も変わってきてということだと思いますね」
スタンダードな商品を作ってるところはどこもそうかもしれないが、「スタートがピーク」「盛り上がることもない」とはっきり言うのには驚く。それを毎日作ってるのに、だ。
できたどろどろの材料でカラーボールを作るとこんな透明に
徐々に下火になってったカラーボール
――石川さんはカラーボール作って長いんですか?
「入ったのは2000年頃くらいですかね。その頃は下火も下火ですね。ま、下火といいつつ今はそこからかなり下がってきてますね」
――下火になるまでに何か大きなことがあったんですか?
「ま、なんもないと思いますよ。単純に遊びの多様化でじわじわと。テレビゲームが全盛だったりしますんで。
昭和46年生まれの僕らの中学生くらいにはファミコンの一番最初のやつが出てましたから。あそこら辺からですかね、遊びの仕方が大きく変わったのは」
あのインパクトは身におぼえがある。ところでいわゆる"鬱展開"の話が続いてるが、ゲーム以外の玩具があれ以降ずっと鬱展開な可能性はある。それも世界中で。
なので色を作って混ぜる。この工場では色も作る
工場見学でも好きな色を作ってくれる
遊ぶ場所がない
――今子供はカラーボールで遊んでないんですか?
「遊びの多様化ということもありまして、ずいぶん減っています。
私自身はカラーボールで遊んだのは56年とか。ドリフが全盛というか、ああいう時代の遊びですよね。道路でなかあてみたいなのやったりとか。公園でも普通にやってましたからね。
今は公園でも『ボール遊び禁止』と書いてあるところ多いですね。市によるとカラーボールはいいらしいんですが、書きようがないと」
そうだ、カラーボールはよく袋小路の道路でやっていたなあとノスタルジーに浸りそうになったが、もちろん死ぬ可能性もあるな。道路で遊ばない今の子はかしこくなった。
材料が出来上がるまでは3時間くらい。このあと奥で焼く
ヘソと呼ばれる空気弁をセットする
今はコンビニに置いてある
「あるいは売ってるところ自体が少ないですから。駄菓子屋さんはどんどんなくなってますしね」
――駄菓子屋とか文房具屋にありましたよね
「両方ですね。今は一個単位で袋になってるものをコンビニだとかホームセンターで扱ってもらうのが主流です。
ただ学校や公園の近くのコンビニだと置いてもらえたりしますが、それよりも遊戯王のカードのほうが坪単価の利益いいなと思われると発注しないですからね」
テレビゲームの後もどんどん新しい遊びが出てくる。大丈夫かカラーボール。武器は色がついていて柔らかいこと。か、勝てるのかそれで。
もう片方の金型に材料を注入する
この工場の目玉、回転成形機。縦に横に回転させながら焼く。石川さんのお父さんが回転成形機の技術者で脱サラして工場はじめたそうだ。
野球人気の低迷というよりも…
――野球人気がないというのもありますか?
「今は基本的に野球が子供の遊びの選択肢の中に入ってないと思います。
小さい子は野球自体知らないんじゃないかな。小学校で地域の野球チームに入ればまた別なんですけど、それまででボールを使って投げる遊びというのはあんまりないと思います。
たとえばお父さんが子供と一緒にうちのボール使ってキャッチボールしてるのもあんまり見ないし」
野球も知らないしそもそもボールを投げないのが今の子たちらしい。
「ナイターの中継もほとんどないですしやらないと興味持たないんですが今は遊びの中でほとんどないですから。
そういう子が野球に興味を持たないというか気づかずにどんどん大きくなっていくので。プロ野球のお客さんはどんどん減っていくのかなと」
野球人気がないからボール人気もないのかなと思っていたが、そもそもボール投げる遊びがないから野球人気もなくなるらしい。因果関係が逆なのか。ボール屋さんならではの視点だ。
約300度、7分くらい焼いて出して水に沈めて冷やす
取り出して空気をあてる
ボールを投げられない子供
――カラーボール野球をしてないというよりボール自体投げてないんですか?
「オーバースローで投げられる子が少ないですよ、今の子は。幼稚園のカリキュラムでも小さいボールを片手で投げるというのはあんまりやってない。
GWのときに墨田区のイベントでストラックアウトをやったんです。投げられない子は5年生でも6年生でも当たらない。
250人くらいは参加して半分くらいはまともに投げられないかな。大人も投げられないですね。逆にご高齢の方のほうが投げられた気がします」
型から外してボールができてる
手で持ってられないくらいほっかほかである
投げられないからおもしろくない
「しかも上手に投げられる子がだれもいなかったら遊びとしては成り立たないので。そうするとますます遊びとしては扱われにくいのかなって」
――あ~、そうか、やっぱりヘタだとおもしろくないですかね
「おもしろくないんじゃないですかね。というかボールで遊ぶっていう発想にならない、鬼ごっことかそっちに行っちゃうんじゃないですかね」
聞けば聞くほど負のスパイラル。だんだんつらくなってくるので、もうぼくはカラーボールで一切遊んでなかったことにしよかな。
そこから2階へ。おばちゃん2人が作業している。祖母がこういう感じで歯ブラシ作ってたため、この風景だけで泣ける…
ここでバリをとって空気を注入
そもそもカラーボールで何ができるんだろう
――そもそもカラーボールでできることってなんですかね
「基本的には投げて捕って、ですね。サッカーはやらないですね。あとは手でにぎったりとかペットのおもちゃにもなりますね。
ジャグリングの道具も作ってます。グラムがしっかりしてないとやりづらいので、手作業できっちり計ったり成形したりします。あるいはマッサージで使うとか。重量を重くしてかたーく作るんですよね。それで整骨院なんかで治療に使ってもらったりとか」
空気を注入するのをやらせてもらった。失敗。
封入。どの作業場所もラジオが絶えまなく流れる
テレビに出てくるカラーボールは大体ここ
――特注で作るのも多いですか?
「たとえば企業の商品の宣伝用に使うプライズ品みたいなやつですよね。配るもの。
CMの演出で使うものも作ってます。ボールプールだと約一万個くらい。あとはテレビ番組とか大体うちです。お昼の番組のコーナーで特定の色のカラーボールが3個出てくるんですけどああいうのも。
あるいはコンサートで客席に投げ込みますよ、とかイベントに来た人にあげるとか。そっちの使い道は増えてはきています」
――今、コンサートでカラーボール投げ込むんですか?
「ぼくもあんまり知らなかったですけどね。アイドルのコンサートなんかでサイン書いて、それを客席に投げる。
一人そんな100個も200個も投げないんですけど10個投げたとして、たとえば今度納めるグループだと6人いるんでそれを40公演やるとなると2400個ですか。それなりのボリュームですね」
アイドルとは、かわいい、歌うまい、踊るの上手、それに加えてカラーボール投げるの多い。昨今のブームでアイドルは多くを求められすぎである。
――アイドルめちゃめちゃカラーボール投げてますね!
「ただああいう業界は時期がシビアで。夜の9時に電話かかってきて翌日関係者のベンツがきて積みこんで帰っていくみたいなこともあったり。
ぎりぎりまで色々話が変わるんじゃないですかね。うちが断るとボールを探すのは不可能になっちゃうし、そうなるとなんとかしないとってなりますね」
勝手な想像であるがこういう場合もう私たちの頭の中には秋元康氏しかいない。
秋元さんが「カラーボールだよね」といえば下っ端がベンツ飛ばして埼玉のおっちゃんおばちゃんが夜なべしてカラーボール作るのである。
秋元さん、納期のことがあるからカラーボール中心にAKBのコンサート考えてくれないかな。
(※秋元氏が指示してるというのは想像です)
CMで使われたボールプール。テレビやCMなどのカラーボールはここで作ることが多いらしい
一日2000個も作ってるのか
――これ一日中作ってるんですか?
「一日中やりますね。36型あるんで一日大体50回~55回で1800~2000個ですね。基本的には毎日です。たまに機械をとめてメンテナンスしたりとか。一ヶ月で4万から5万個くらいですね。大体3人でまわしています。下に1人、上に2人」
ここだけで年間50万個……想像とちがった。それがシェア1割未満の国産4社のうちの1社だとすると、カラーボールって年間2000万個くらい消費してるんだろうか。
今までの話の流れを全く無視するようだが、使いすぎじゃないかな、カラーボール。
スプレーで彩色もここで。石川さんは子供の頃これやってお小遣いをもらったとか。ボールもらい放題で人気者になれましたか?ときくと、そんなことなかった、と。
これも体験させてもらえる。半分だけ塗ったものをもらって帰った
ここのカラーボールすげ~な!とかはない
――作ってるのは同じ人がやってるんですか
「一応私もできますけど、彼が一番なれてますね。回転成形の機械で縦と横の回転数は材料によって全然ちがうんです。ちゃんと把握して設定しないといびつなボールになってしまう。
これが失敗したボール。ボールになったときにぐるん、ぐるん、みたいな飛び方ですね」
――ここの会社のボールはすげ~な!とかあるんですか?
「あんまりないですね。大体みんなしっかりしてますね」
――失敗したボールがエラーコインみたいに価値出たりしないですかね…
「まあ出ないでしょうね(笑)。みなさん喜んで持って帰られますけど」
機械の故障で出来上がったいびつなボール。価値はない
カラーボール作りが大変そうだ
――そういえばここはどこもラジオが流れてますね
「ラジオ流した方が効率がいいんですよ、音がないよりも。みんなそれぞれ聞いてる局がちがうかったりするんで。ぼくはあちこち移動してるんでぜんぜん話がつながらないですが(笑)」
――夏は暑そうですよね。クーラーつけるんですか?
「クーラーあるんですけど、きかないんですよ。冷却するときに水槽に落とすじゃないですか。あれで湿気が出ちゃうんですよねかなり。そうするとクーラーじゃだめで結局みんな窓開けちゃうんです。みんな汗だらだらでやってます」
5月初旬のこの日は30度、夏場は42、3度になるそうだ。想像するだけでむりだ。二階が一階よりも暑いらしいが、あのお母さんたちがラジオをガンガンにかけながら灼熱の封入作業をしてる。夏場のカラーボールを大切にしよう。
ラジオが流れる中、黙々と作業している。これが一日つづくのだろう。
この状況、何かに似ているな……
カラーボール、今そんなことになってるのか。おもしろいのはおもしろいのだが(……それで、いつ山岡さんと栗田さんが出てくるんだろう)と話をききながらずっと思っていた。『美味しんぼ』じゃないのかなこれは。
カラーボールの今後について石川さんはいう。
「手に取れば投げたくなるから今の子も投げるとは思うんですよ。ただ手に取るきっかけがないのかなって。
この辺りに保育園が9箇所あるんで、園の授業で使ってくださいと200個ずつ配りました。それで子供たちが投げる形を覚えてもらって、この地域だけでも遊ぶ風習ができればいいなと思ってまして。
投げてほしいですね。投げて遊んでてほしい。遊べばそれなりにおもしろいし、運動なんですっきりもするし」
自分たちが遊んでた遊びがなくなってしまうさびしさももちろんあるが、投げなさすぎは心配だ。無人島に漂流したとき鳥を石で落とせなくて餓死するだろうし、寮住まいのあの子の部屋の窓に石を投げたときも手元が狂って怒ったシスターが出てくることだろう。
石川さんのこうした取り組みを立派だと思うし、頑張ってもらいたい。あのカラーボールの楽しさを残してもらいたい。
ただ、ただである。
社会状況の変化を憂いて最後にわずかな希望を提示して終わる……やっぱり『美味しんぼ』みたいだ。
いや、これはカラーボールで遊んだ思い出で必要以上に感傷的になってるのだろう。石川さんも頑張ってるし『美味しんぼ』もおもしろい。工場見学も見応えがある。