まず受け渡し用に同じアタッシュケースを2つ買った。
カバンを2つ買い、知り合いに頼む
同じアタッシュケースを2つ買った。B4サイズだと書いていたが届いたのはA4サイズだった。この小ささ、見るからに小型爆弾が入っている。それか子供銀行券かだ。
交換相手はデイリーポータルZ編集部の安藤さんに頼んだ。当日の朝、メッセージで指令をおくる。現場ではスパイになりきり言葉を交わさずにカバンだけ渡し合う。
待ち合わせの指令を送る。スパイはいつだって急だ。
テラス席にいるスーツ姿の男、足元にはアタッシュケース
テラス席にて後ろの席と
最初の受け渡しはテラス席にて。午後1時半ぴったりに背中合わせの席についた二人がカバンを交換し合う指令を出している。
待ち合わせの15分前に到着。幸いにも隣り合わせの席2つは見つかった。席につき怪しまれないように昼食をとる。
それにしてもなんたるスリル。まだはじまっていないのに。今食ってるのがドトールのミラノサンドなのかメラミンスポンジなのかまるでわからない。
中に入っているのはオレンジである。意味はない。
午後1時30分、男は来た
そして待ち合わせの午後1時30分直前、すり鉢の底にあるテラス席から上を見上げると、いた。
サングラスの男だ。間違いなく某国のスパイ。しかもちらちら顔を出してはまた引っ込んでいく。こちらの存在を確認しているのだ。バレバレだぞ、スパイ。
ちらちら見えるサングラスの男。スパイが来た。
そして午後1時30分きっかりに……みなさん、大変です、スパイがいますよ!
緊張は最高潮に
午後1時30分から60秒ほど経ったころ、背後の席に物音、気配を感じる。緊張が走り肌がひりつく。口の中のミラノサンドはいよいよ粘土の味になってきた。
スパイがいる! 某国のスパイがいるぞ!
10秒が1分にも2分にも感じられる
男が小さく動くのがわかる。時間にして10秒程度だろうが1分にも2分にも感じる。何をやってるんだ、気づかれたらどうするんだ。
そしてだれにも気付かれずにバナナとオレンジを交換していったスパイ
日常がとんでもなくハリウッド
その後、男が立つ気配。背中合わせで気配と気配のやりとりがおわる。なんだこの真剣勝負は。私が持っているのはオレンジで、彼が持っているのはバナナなのだ。こんな南洋のサルの物々交換みたいなことでなぜこれだけの緊張感が得られるのか。
無事に交換できたバナナ。ものすごいスリル
そもそもなんなんだこれは
これで普段一緒に仕事をしたりする人と何も言わずにバナナとオレンジを交換しおえて別れた。
それにしてもなんなんだこれは。なにをやっていたんだ私たちは。深い謎の中を進んだ結果、緊張のざらりとした手ざわりだけ残った。
次の指令、公園のベンチで。待ち合わせの5分前。
ああ、いるなあ、スパイ。サングラスかけてるしあれ絶対スパイだよなあ。
今度は自分が交換しにいく
次は公園のベンチで隣り合わせに座ってのカバンの交換。新聞を読んでいろ、と安藤さんには指令を送ってある。今度は自分がカバンを交換しにいく番だ。
待ち合わせの5分前、公園をのぞくと、いる。サングラスの男が足元にアタッシュケースを置いて新聞を読んでいる。見るからにスパイ。見るからに某国のまわしもの。
これほどまでにスパイとは。この時点で警察に捕まったとしても、私たちは甘んじて罪を受け入れる。
サングラスをかけて新聞を読む男と相席をするのはスパイしかいない!
お兄さん、スパイがいますよ!
置き引きと何がちがうのか?
交換する側は交換する側でまたちがった緊張がある。
前回、安藤さんは「周囲の人に見つかったら手の込んだ置き引きと思われそうで緊張した」と言っていたがまさにそう。やってることは置き引きのそれだ。
待つ側は悟られないように目線を動かさないが、交換する側になると周囲もよく見える。気にしたそぶりは誰も見せなかった。なるほど、だからこそのスパイ。バレないからこうやってるのか。すごいぞスパイ。
それにしてもスパイの威力を思い知るほど、流れる時間の空虚さを感じるのはなぜだろう。
気づかれないからこそのスパイの交換だと思い知った
次の指令は駅のエスカレーター。予定時刻までエスカレーター前で待つスパイが二人。大きな矛盾を感じる。
難易度の高い交換、エスカレーター上で
次なるスパイ指令はエスカレーターで追い越しざまにカバンの交換。大江戸線の長いエスカレーターを指定したのだが、乗ってる時間は数十秒、チャンスはその時間しかない。
携帯電話の時計はぴったり正しいのだろうか。時報をきいたほうがいいのか。不安になりながら現場に行くとまた彼はいた。
5分前、エスカレーター前でうろうろするスパイ二人。これならタイミングは合いそうだ。今ここで交換すればいいじゃないかという矛盾を抱えたまま、エスカレーターに飛び乗る。
いった。チャンスは数十秒。
きた、スパイだ! スパイがきたぞ!
オレンジとバナナを交換して
さっそうと去っていくスパイ
お母さん、ぼくも映画で見ていたようなスパイになれました
成功、だれも気づかない
決まった。一瞬のチャンスだけに(決まった!)という思いが先行する。そしてその直後にわきあがる(だが一体なにしてるんだこれは)という思い。エスカレーターで交換した本物のスパイもこんな思いでいるのだろうか。
下り方向に人はたくさんいたがだれにも気づかれず。その後も交換を繰り返したがまったく気づかれない。
「メガネ洗浄機に先客がいてどうしようかと思った」という安藤。二人で何も言わず洗浄機が空くのを待った。
一体置き引きと何がちがうのか?はスパイの永遠のテーマだ
アルタ前は待ち合わせとスパイ行為のメッカ
スパイあるある「あそこにいるなあ」
スパイの交換を繰り返す。だんだんわかってきたのは交換の前にスパイはスパイを確認しあっているということだ。
アルタ前での交換では、指定場所の柱から交換相手のスパイがよく見えた。指定時間まで彼も待っているのだ。
決して時間に遅れてはならないスパイの交換において少し前集合は基本であり、お互いの(……ああ、あそこにいるなあ)という確認はあるあるといえる。
交換時間がくるまで、ずっと視界にはスパイがいた
スクランブル交差点での交換、ちらっと見る人はいるものの誰も気にはしない
このセキュリティ意識の低さ。日本はスパイ天国だ。
むしろ気づいてもらうべく、指をさしながら交換してみた
それでもまったく気にされなかった。ようやくわかった、みんな無視してたのだ。
スパイもなんとなくやってんじゃないか
実際にやってみて思ったのはここまでする必要があるのかということ。受け渡しの5分前に、ちらちらお互いの存在を確認しあうのには大いなる矛盾を感じた。
もちろん「ドラマの演出だから」で片付けてしまえることだろう。しかしそれでも実際私たちが某国に指名されたときを考えてみてほしい。きっとこういった受け渡しをするような気がする。
それは結婚式で2人でケーキにナイフを入れることとそれを「初めての共同作業だから写真に撮れ」と宣言することをなんとなく受け入れるように。みんなそうしてるんでしょ?となんとなくスパイをするだろう。
流されるスパイ。もっとスパイには自分をしっかりもってほしい。そういう意見も理解できるが、そもそもこういったスパイ行為はたのしいのだ。
かばんの中に入ったバナナとオレンジが、某国の機密データに。日常が一瞬にしてハリウッドとなる。
「さあ、盛り上がってまいりました」
あなたがスパイになったときは、こういうスパイな受け渡しをしたほうがいい。それは「せっかくの」スパイなのだから。スパイ、超アゲていこう。
サングラス買いたての安藤さんが自分を撮影して見た目を確認した写真が出てきた。不安は的中、一目でスパイとわかる。