保谷しか知らなかった
僕は保谷駅を通る西武池袋線沿線で生まれ育ったので、保谷という地名は何となく知っていた。小学校低学年のころ、クラスの発表会で電車好きの友達が「池袋から保谷までの駅名をすべて記憶して披露」したのを覚えている(断じて僕ではない。僕はさらに先の小手指まで言えた)。
それに対して谷保は少なくとも2回は乗り換えしないと行けない地域で、子供にとって完全にレーダー圏外。初めて知ったのは高校のころ、バイト情報誌で勤務地が保谷かと思ったら谷保、というのを目にしたときだ。
保谷じゃないの?谷保ってどこ?という驚きは今でも覚えている。同じように谷保近くの人が初めて保谷を知ったときの反応も知りたい。
保谷は車両基地があって終着の列車が多いので何かと目にする駅名
保谷駅へ
というわけで、友達が保谷までの駅名を披露してから僕が高校でバイト情報誌を広げるまで、のさらに2倍くらいの時間が経って、ようやく保谷駅にやってきた。
こちらは「保谷」駅
駅前は豪華にペデストリアンデッキ
駅の南口はペデストリアンデッキになっていて、日当りのいい広場だった。明るい、一足早い春のような暖かい日差しの中で子供が走り回り、鳩が羽を休め、老婦人が深刻な話をしていた。
デッキの下からは路線バスやタクシーが発着していて、周辺地域からの交通アクセスも良さそう。
家を買った不動産屋、駅までのバスと通勤電車がすべて西武、という人も多い土地である
保谷グルメ
駅前の通りは両側に10階建て未満くらいのビルやマンションが建ち並び、そこにあらゆるチェーン店が入居している、まさにザ・郊外の駅前通りといった雰囲気。
なかでも目についたのがラーメン屋で、駅前の一等地に3軒並んでいるのを見つけたときは思わず「ほぉー」と感嘆の声を上げてしまった。
これぞ郊外の駅前通り
ラーメン屋が軒を連ねるいまもっとも保谷らしい場所(勝手に決めた)
もしこの並びが100年くらい続いたら、街の名前を「三軒ラーメン屋」と変えてはどうか(三軒茶屋みたいに)。
そからすぐ先に、昼間から行列のできる店を見つけた。ここもラーメン屋だ。
老若男女が黙って並んでいる
さすがに気になったので並んで食べてみた
地元民と思われる人が大勢並んでいたラーメン屋さんは店員が全員女性。その雰囲気通りやさしい醤油味のラーメンはとてもおいしかったけど、予想外に量が多くて食べ切るのに苦労した。普通の2倍くらいあるのだ。
それでも皆さん、サイドメニューなんかも頼んで黙々と平らげていた。
駅前の並びといい、巨大ラーメンの受け入れられ具合といい、もう保谷住民の主食はラーメンと言っても過言ではないだろう。
住宅街を歩く
お腹がいっぱいになったところでさらに歩く。大通り沿いは商店もあるのだけど、一歩裏に入ると住宅街の中に畑が多く残っていた。
この眼鏡屋さんは地名と関係あるのだろうか
住宅街の裏手にはいまも畑が多く残る
あてもなく彷徨ったのだけど、ほかには特に見どころになるようなものはなかった。ここまできて告白すると、事前に「保谷 見どころ」とか「保谷 観光」で検索してもほとんど何も引っかからなかったのだ(ちなみにこれは谷保も同じである!)。
どうしよう、典型的な出落ち記事だ、と思った瞬間、こんな景色に出くわした。
川のはじまる場所
ネタが弱すぎてテレビ的な引っぱり方をしてしまった。保谷の住宅街を歩いていたら、突然こんな場所に出くわしたのだ。
誰の手作り看板なんだろう
よくPhotoshopで塗りつぶすと文字の中残ったりするよね
ラー油の瓶のような、どぎつい色使いで目の前に現れた看板には、ここが白子川の起点であると書かれていた。川のはじまる場所だ。なになにこういうの興味ある!
と思って橋の上から覗いてみると、水の流れていないコンクリートの水路があって、少し先の深くなった場所から水が流れていた。
うわあこういう景色大好き!
川底に排水口がある!川底なのに!
その先から急に川になる
いいねいいね!まだこの川の仕組みは分からないけど、ふつうの住宅街の中にこんなハードコアな土木構造物が出てくるのはたまらない。
では反対側から見てみよう。
段差のところに穴が開いているかと思ったらなかった
起点の上流にも穴が続いていた
上流には明らかに暗渠っぽい道が続いていた
起点の橋の下にも穴が開いていて、上流は暗渠になっているようで、いい感じの細い道が続いていた。もちろんここを遡ってみる。
塀から伸びたパイプが合流してて楽しい。たぶん排水だけど
ここまで読んでくれた皆さんはこういう道好きでしょう?
もともとあった道と暗渠道の段差の処理、こういうなんとも言えない感じが好き
しかし、暗渠はその先でふつうの道に上書きされてルートが分からなくなってしまった。仕方がないので駅の反対側に行ってみることにする。
コンビニオーナーの駐車場の出入り口は車止めるなよ斜線(想像)
これ、右側の細い道が古くからあるんじゃないか
なんもない駅の北側
踏切を超えて駅の北側にやってきた。こちらは駅前ロータリーはあるものの、商店もほとんどなく、いままさに畑から住宅街に脱皮しようとしている感じ。
畑と住宅と空き地が入り交じっている街並み
調べても地図で見ても特に目を引くようなものは何もないのだけど、唯一気になったのはこの交差点。
矢印の方から道路が伸びて交差している
地図だとこの真ん中
画像の上から下に通る道路は駅前に続いているのだけど、それに比べてそのほかの道は太さや向きを考えると明らかに古い道に見える。つまり、太い直線の道が引かれる以前はこの交差点が5叉路で、ひょっとしたらこの一帯の中心地だったのかも知れない。
いやこれあくまで妄想だけど。でも今はクリーニング屋しかない交差点で、昔の賑わいを勝手に想像するのは楽しい。
ちなみにこの傍らに建つマンションのネーミングがけっこう思い切っていたので晒して、以上で保谷からの報告を終わりたい。
3階建ての単身者向けマンションだった
谷保駅へ
冗談のような「保谷→谷保」という乗換え検索をして、南武線の谷保駅に到着した。
こちらは「谷保」
そういえば保谷を通っているのが西武線、谷保を通っているのが南武線、というだけでも面白いのに、両方とも電車のシンボルカラーは黄色である。これも何かの縁なのだろうか。
特に何も考えず、保谷駅と同じように谷保駅でもまず南口に降りたところ、想像を超える景色が目に飛び込んできた。
確かに谷保でいろいろ検索してもほとんど何も出てこなかった。でもそれにしたって。
味のある階段を降りて駅前に出ると...
そこにあるのは路地裏
駅前には商店の1軒もなく、ただ古い住宅街と車1台通れるかどうか、という細い路地があった。これほどまでに何もないとは。
これが駅前通り
谷保駅は開業してから80年以上経っているらしいのだけど、その間もうずっとこの状態なのだろうか。それはそれで面白いけど。
かつて店があったことはあるようだ
谷保天満宮
しかし、その先に進むと駅からすぐの場所に大動脈、国道20号線(甲州街道)が通っていた。そしてその向こうに谷保天満宮という歴史のある神社があった。
ちなみに、洗練されていないさま、を表す「野暮」という言葉はここから生まれた、という、ちょっと表に出すにはあんまりな伝説もあるらしい。
現在はほかの神社と遜色ない
敷地内には湧き水からの水路が流れていた
交通安全祈願発祥らしい
境内を抜けて反対側に出ると、そこにも細い水路があって水が流れていた。これなんか、写真の撮り方によっては小京都とか言っても通用するレベルかも知れない。
あらちょっといい感じじゃないですか
水路をたどる
地図で見ると、このあたりは水路が何本か通っているようで、実際歩いていたらそこらにあった。でも水が流れているのは一部で、時期的なものか干上がっているのが多かった。干上がった水路、というのも非日常な感じがしていい。
流れているというより濡れている水路
少し先は完全にカラカラ
きびしい公園
そんな中で、水量の豊富な水路沿いの道を歩いていたら、城山公園というところに行き当たった。どうやら江戸時代の城跡らしい。
正面のこんもりしたところが城山
公園内は歩道が敷かれているのだけど、逆に歩道以外の場所は厳重に柵で囲われていて、立入禁止の看板がいくつもあった。せっかく起伏のあるいい雰囲気の公園なのに、過剰な立入禁止警告で気分はすっかり萎えである。
歩道はきれいに整備されている
関係者って江戸時代に住んでた人たちですかね
具体的に危なさって何だろう
ポップ体で書かれてもねぇ
これは確かに子供にみせられない系の危なさだけど
すっかり気分も萎えて公園を抜けると、崖下を流れている細い水路沿いに小径が通っているのを発見。さっそく突入してみる。
ハケ下散策路っていい名前
ハケはこのあたりの言葉で「崖」のこと。つまり崖下を通っている水路沿いの道である。これがいい道で、萎えた心を奮い立たせるのに十分だった。住宅地としては保谷がいいけど、歩くのは谷保の方がだんぜん楽しい。
こういうところを歩いて行く
首都高みたいに川の上を跨いだり
だいぶ駅から離れてしまったので戻ることに。途中、保谷と読めるお寺を発見!
ひさびさに保谷の文字が
駅の北側へ
歩いて駅まで戻り、踏切を渡って北口の方にやってきた。こちらは小ぢんまりとしたロータリーがあって、南口に比べればだいぶ賑やかな雰囲気。
つつましやかなロータリー
バス停やタクシー乗り場もあり、周辺地域へのアクセスは保谷と変わりない...と思ったら、バス停がとんでもなかった。
高速夜行バス!!
なんと谷保駅、大阪行きの高速夜行バスが停まるのだ。大阪まで乗換えなしで直行、大阪から乗換えなしで直帰。
アクセスの良さは谷保駅の圧勝!
ロータリーの先は、庶民的な商店街が続いていた。この道を真っすぐ進むと国立駅に到達する。
同じ国立市内とは言えやや庶民的な雰囲気
谷保、閑静な学園都市というイメージがある国立と同じ市内ながら雰囲気はだいぶ庶民的なので、国立ブランドには憧れてるけどお受験ママの仲間には入れない、というような人にはピッタリの町だと思った。
保谷と谷保のちがいは
1日かけて、長年気になっていた保谷と谷保を歩き回ってみた。
どちらも自然が豊富な住宅街、そして何もないというイメージで、結局ほとんどちがいはない、と言っていいんじゃないかと思う。ぜひ姉妹都市提携を結んでほしい。
と思ったら、一説には大昔に保谷に住んでいた人々が移住して谷保という地名をつけた、とも言われているらしいことが分かった。
なんだやっぱり関係あるんじゃないか。