当然、咲いてない期間の方が長い
2010年の小石川植物園のショクダイオオコンニャクの開花期間は2日間だった。(と断定したが、僕はそのとき見に行かなかったのでこれはインターネットの情報である。)
同園での開花に限れば、さらに前は1991年まで遡ることになる。正確な開花日で計算すると、2010年の開花は実に6820日ぶりの騒動であったのだ。
長いということが言いたい
花の咲いている日が2日間、差し引きして花の咲いていない日が6818日間。圧倒的に咲いていない日の方が多い。
つまり長いということが言いたい
しかし、どうだろう。我々の記憶に残ってるのは、“花の咲いた”ショクダイオオコンニャクではないだろうか。その理由は、そこにメディアが殺到するからなのだ。結果、我々視聴者にはその印象が残ることになるのだ。
こんなに期間が長いのに、我々は“花の咲いていない”ショクダイオオコンニャクの姿を見ていないではないか。情報の少なさから言えばそっちの方が珍しいのだ。
なのだなのだとバカボンのパパのようになっちゃったけどしょうがない。これは事実なのだ。
というわけで取材を申し込んだ
小石川植物園は東京大学附属の研究施設である。こんな興味本位の取材は受けてくれないかもと思いながら、だめもとで小石川植物園に依頼してみたところOKが出た。自分で頼んでおきながら、ここにきて背筋が伸びる。
この門をくぐるのは二回目だ
実は2年前に来たが拝覧叶わず、展示物を記念撮影して帰った。その節は悲しかった。しかし今は取材の許可をいただいた身だ。じっくり観察して、積年の好奇心を満たしたいと思う。
読者の方は早く見せろと思っているかもしれないが、構成の都合上もう少しもったいぶらせていただきたい。(あっけなく終わるから。)
それにしても、休園日の植物園はお客さんがいないのでここが本当に東京の真ん中かと思うくらい静かだった。清掃作業をしている人がちらほら確認できるのだが、それがなければ怖くなってきそうなほどなのだ。その上、広さと植生の多様さも相まって不思議な感覚になる。
太古の時代に迷い込んだ様だ…
邑田園長が急用とのことで、急遽技術職の山口さんに対応いただいた。象牙の塔……そんな言葉もよぎったが、山口さんは活動的な人だった。
現在、ショクダイオオコンニャクは非公開の場所で管理されており、一般の入園者は見ることが出来ない。植物にまつわるエトセトラを聞きながら、その場所へと近づいていく。はりきって行こう。
「レースソウは木枠じゃないと育たないという噂もあります。」名前通りレースの刺繍のよう
植物園の守り人という感じの山口さん。なお、開花していない普段のショクダイオオコンニャクの様子を知りたいという声は結構聞くそうだ。
これがショクダイオオコンニャクの現在の姿だ!
とある温室に入って、山口さんが指さした先にショクダイオオコンニャクがあった。
土のみーっ!?
―今、コレどういう状態なんですか?
「ショクダイオオコンニャクはサトイモ科の植物であり、光合成で根塊(イモ部分)に養分を溜めこみます。葉っぱの時を何回か繰り返して養分を溜めたあと、最後に花を咲かせて種子を作ります。葉柄(ようへい)が枯れたら切って植替えするんですが、今はここから葉になるのか花になるのかの時ですね。」
※葉柄…葉と茎を接続している部分だが、一見すると茎に見える。
つまり今は、葉柄を切って植え替えをした後で、この鉢の中には休眠状態の根塊があるというわけだ。図で説明するとこんな感じ。
生活史フローチャート
開花した株がその後も元気なら、葉柄が生えて養分をためるループにふたたび入る。
というわけで、あの世間をにぎわせたショクダイオオコンニャクは、今は土の中だった。言う必要ないけど、和田アキ子風に言えば、“鉢で今 眠りの中”だ。言う必要ないけど。
こういうのが埋まっているわけですね。この株でこんにゃく作れるか聞いたら「絶滅危惧種ですからねぇ」と苦笑いされた
―では次はいつごろ開花しそうなんですか?
「それはコンニャク自身しかわからないですが、サトイモ科の研究をしている園長は根塊を見てその兆候がわかると言いますね。ただちょっと、この株は元気が無くなっているんですよー。この見えてる根が元気ない。」
ちょろちょろしてるのが元気のないという根。 緑のケースはナメクジ除け
―“この株は”ってことは…?
「この隣のもショクダイオオコンニャクです。もともとの株(根塊)が分裂して、この前咲いたのは分裂したうちの一つだったんです。」
隣の鉢もそうだった。葉柄が伸びている
「1991年の株は開花したあと死んでしまったのですが、1993年にジム・サイモンという植物の種子の採集している人から新たに譲り受け育て、2010年にようやく咲きました。8年くらいで開花するところが、途中で株が分裂してしまったので予想よりは遅れましたがね。」
ジム(故人)は珍植物ハンターといったところか
「大きいでしょう。」
どんだけ分裂してんのショクダイオオコンニャク!株が三つに割れたために結果的に最初の開花に17年もかかってしまったという。分裂は不本意なことなのだ。
巨大なズッキーニみたい
―この株はもう天井届きますね。たっぷり栄養蓄えてそうだし、そろそろ花咲くんじゃないですか?
「葉柄を切って植替えたら、2014年か15年くらいには、って我々も期待してます。ちなみに1991年のは咲かせたとは言わないんですよ。結果的に死んでしまったわけですから。繁殖が続いてはじめて、咲かせたと言うんです。」
今度こそはという職人の想いを感じる。2005年には線虫に株を食い荒らされ、2010年の開花時の受粉は成功しなかったという。世界には“17年ゼミ”という黙ってても17年ごとに大量発生するセミがいるというが、そのように確実な周期性があるわけではないのが難しい所である。
非公開でいいところをなぜ公開するのか
開花時に人前にひっぱり出してきて、あえて見せるのには理由があった。保管している温室を一時的に公開することもできたが、あの真夏の暑さで強烈な匂いが充満したらマズいという話になったそうだ。そこで、園長がサトイモ科の研究者だったこともあり大々的にプレスリリースを打ち、屋外に特設テントを作って展示する運びになった。
大学側からも出来る限り取材を受けるよう通達があったので、当時は相当に多忙を極めたという。大事に育ててきたものだったから、ぜひお披露目したかったというのもあると思う。一人娘の結婚式を見守る父親の心境だったに違いない。
ここまできてカラスにやられるのは嫌だよね
そしてやっぱり気になるのが匂い。山口さんが聞いた中でうまい例えだなと思ったのが、中継のアナウンサーが言っていた『漬け物が腐った匂い』だそうだ。ちなみに2003年と2007年に開花したショクダイオオコンニャクの近縁種であるアモルフォファルス・ギガスは『魚介の腐った匂い』らしい。どちらにせよ不快!
当時はもうとにかく記録記録の日々だったと山口さんは言う。
「この園には“初めて”のことがつきまとう。“初めて”扱うものはとにかく記録をします。そのデータを参考にして、出来るだけ将来の成功につなげていくんです。」
「これを一番見てほしい」と持ってきていただいた資料の量がハンパない
もちろんショクダイオオコンニャクだけが記録対象ではなくて、資料はかくして膨大になる。2014年か15年、ショクダイオオコンニャク開花の知らせを聞いたら、それは職員さんのたゆまぬ努力の成果でもあるのだと少し思いを馳せてみたい。
次回の開花は見に来たい
嗅覚は記憶を呼び起こすと言われている。小石川植物園で前回匂いを体感した人は、次回の開花で匂いを嗅いだときにあの真夏の記憶が蘇るのだろうか。それはちょっとうらやましい。
余談だが、僕の父は趣味で園芸をしている。何か取材時のネタになるかなと思い、「植物に関して何か不思議に感じてる事ある?」と漠然と聞いてみたところ、取材後にメールが送られてきた。偶然にもサトイモというワードが出て来たのでびびった。コンニャクイモ植えるのを勧めてみようかな。