歌舞伎町にいるのは「ハシブトガラス」
先生が集合場所に指定したのは新宿・歌舞伎町。カラスたちは、ここに密集する飲食店が出す“ゴミ”を食べに来るのだ。
人もまばらな朝7時の歌舞伎町
さて、紹介が遅くなりましたが先生の名は松原始さん。1969年奈良県生まれで、京都大学理学部時代にカラスの研究を始め、同大学院で理学博士号を取得。2007年から東京大学総合研究博物館に勤務している。
どことなくカラスに似ている先生(右)
昨年1月には『カラスの教科書』(雷鳥社)を刊行。この本は現在8刷で、2万部を超えるヒットとなっている。
全400ページ、入魂の書き下ろし
観察を始める前に、先生から基礎知識のレクチャーを受けた。世界には約40種のカラスがいるが、日本に生息するのは7種。なかでも代表的なのは「ハシブトガラス」と「ハシボソガラス」だという。
ハシブトガラス(左)とハシボソガラス(右)
「名前の通り、違いはくちばしが太いか細いか。ハシブトはもともと森林にいたのが都市部にも進出したもので、鳴き声は『カアカア』。ハシボソは農耕地や河川敷に多く見られ、鳴き声は『ガアガア』です」
つまり、歌舞伎町にいるのは「ハシブトガラス」なのだ。森林とビル群の近似性が進出した理由のひとつだともいわれている。
ところで、上の比較写真は先生から送ってもらったものだが、ファイル名にそれぞれ「さん」が付いており、静かに感動したのであった。
カラス愛ゆえ呼び捨てにできない
また、この日も7枚あるという自家製カラスTシャツのうちの1枚を着てきてくれた。絵は水洗いに強い布用のマーカーで描いているそうだ。
いつも心にカラスを
焼き鳥やラーメン、マヨネーズなどが大好き
さて、いよいよ歌舞伎町の中へ。すると、さっそくゴミ袋に集まるカラスたちの姿が。
ゴミ収集車が来るまでの勝負
「カラスは嗅覚がほとんど発達していない代わりに、視力が飛び抜けていい。従って、ゴミ袋越しに目で見て食べられるものかどうかを判断しているんですね」
大きなカラスに見えなくもない先生
「焼き鳥やラーメン、マヨネーズなど、高カロリーなものが大好き。チャーシューの切れっ端なんかも、彼らにとっては最高のごちそうです」
うずらの玉子…なるほど、焼き鳥屋だ
こちらはラーメン店
早朝の繁華街に、カラスたちの鳴き声が響き渡る。
「『カア』とひと声鳴くのはコンタクトコールといって、要するに自己紹介みたいなもの。『カアカアカア』と続けた場合は、『ここにエサがあるよ!』と仲間に教えるフードコールです」
かっこよく飛び立った瞬間を激写(足下にハト)
いったん隠してから、あとでゆっくり食べる習性
しばらく歩くうちに、カラスばかりが目に入るようになってきた。
しかし、これはカラスではない
あらためて驚いたのは、彼らが近づいてくる人間の様子を注意深く観察しているということ。とくに、カメラのレンズを向けるとすぐに飛び去ってしまう。
と、ここで植え込みの上をウロウロしている一羽を発見。あれは何をしているんでしょうか?
不自然なポジショニング
「おそらく、自分で植え込みに隠したエサを探しているんでしょうね。カラスは『貯食』といって、ごちそうをいったん隠してから、あとでゆっくり食べる習性があるんです」
なるほど。あれ、先生、あの木の上にあるのって巣じゃないですか?
上のほうに、もじゃっとした固まりが
やはり巣でした
「針金ハンガーと枝で作ってますね。ここも春夏は葉っぱが生い茂って、外からは見えない場所だったんでしょう」
カラスがハンガーを盗んでいく話は有名だが、先生はカラスがガムテープを巣作りに使おうと思案しているという奇跡の1枚を撮ったことがある。
結果的には心折れて捨てたそうです
実際の「カラスの行水」は長い
次に向かったのは代々木公園。食事のあとに水浴びをする姿が見られるはずだと、先生は言う。
ここには水場がたくさんある
「カラスは、ああ見えてきれい好きなんですよ。食事のあとは体の汚れを水で落として羽繕いをします」
カラスについても言及してください
ずんずん進む
美しい飛翔フォーム。羽を広げると1mにもなる
朝8時から元気な皆さん
そして、彼らの水浴びの様子は想像以上にダイナミックだった。
寒くないですか…
「カラスの行水」という言葉があるが、実際のカラスは飽きもせず延々と水辺で戯れていた。時折、うがいをするような仕草を見せる。
「鳥は嚥下機能がないので上を向かないと飲み込めないんです。唯一、下を向いたまま飲めるのはハトの仲間ですね」
その時、「あれ、くちばしが面白い形してるな」と先生。
指さす方を見やれば
ハシブトではあるものの、かぎ爪のようなくちばしを持つカラスがいた。
戦闘能力が非常に高そうである
いやあ、カラス面白い。観察ツアーの最後に、先生に聞いてみた。やはり、女性もカラスみたいな人が好きなんですか?
「カラスみたいな女性って…どんな人でしょう。あ、でも本上まなみさんはいいですね。どこかで『お堀で溺れているカラスを助けた』っていう話をしていて、それ以来好きになりました」
2時間の観察ツアーを終えて
身近にいるのに、理解しようとしてこなかったカラス。今回のツアーでは、彼らの生態や行動原理に触れることによって、『カラスの教科書』の帯文にある「あれほど面白くてカワイイ鳥はいない」という意味が少しわかった気がした。今までごめん。お酒を飲めるのなら、いっしょに一杯いきたいところです。