兎にも角にもイメージ重視
アパートというものは、当然ながら大家だけで成り立つものではなく、何はともあれ店子が入らない事には始まらない。
店子を獲得して満室にする為には、建物の立地条件や居住性に見合った家賃設定を始め、様々なことを考えなければならないだろう。アパートの名前はその最たるものだ。
店子にとって、アパート名はそのまま住所となる。オーナーは自分のセンスを総動員して、人気の出そうな名前を付けようと知恵を絞るのだろう。あるいは、不動産業者主導で決めるのかもしれないが。
いずれにせよ、アパートの名前には、語感やイメージの良いものが用いられる事が多い。
よくある、こういうアパート
クレストとは……「頂上」とか、そういう意味か
「頂上」と名付けられたこのアパート。どちらかというと谷下に建っているのだが、まぁ、その意味はあまり関係がなく、単語から受ける語感を重視したのだろう。
こちらのアパートは……
ウイング、翼である。明日に向かって飛び立つ、ポジティブな印象の名だ
ガーデン長後。庭が広そうな印象を受けるが……
外から見た限りでは、手前の坪庭(というか植木?)しか見当たらない
ちなみに、長後とは神奈川県藤沢市北部の地名である。ただし、このアパートが建っているのは藤沢市に北接する綾瀬市の南部であり、長後までは徒歩約20分の距離がある。
まぁ、確かに最寄駅は小田急線の長後駅なのだが……。長後駅近隣の物件を探している人を取り込もうという、したたかさが垣間見れる。
同じく、この辺りの地域では「湘南」の名を冠するアパートも多い。しかしながら、一般的な湘南のイメージである海岸からは、約10km離れた内陸に位置している。湘南というある種のブランドを利用したイメージ戦略なのだろう。
グリーンビュー湘南。緑が見えるという事か
隣りが公園なので、確かに緑が見え……る? 芝生だけだが
植物を連想させる単語は、実に多く用いられている
ペパーミントでかわいさと爽やかさをプラス
フローラル、花である。ミントより大人のかわいらしさがある
良い香りがしてきそう……か? いささか直球すぎる気もするが
もっと直球なのがきた。なんと優美な名前だろう!
……と、まぁ、ポジティブなイメージの名前というのも、実に多種多様である。
アパートの名前といえば、上記の「クレスト広田」や「ウイングヤマダ」のように、外来単語+オーナー名(もしくは地名)が基本形といえるだろう。
しかしそれに捕らわれるばかりでなく、特に最近は割とフリーダムに名前が付けられているようだ。
オーナーの名前、絶対「マサル」さんだろう!
「ヨー」ってなんだYO? 飛行機の垂直軸回転の事?
フルフルって、確か悪魔の名前だったような……スペルはFurfurだけど
これは……「ピーチ」と「チェリー」を合わせた造語かな
階段には、なぜかライオンが鎮座していた。なんとも自由な感じである
王道は「ハイツ」と「メゾン」
アパートの名前に使われる単語として、最も多いのはやはり「ハイツ」である。
英語ではHeights。高台、あるいは高台に建つ家という意味の言葉であるが、日本では高低関係なくアパートの一般的な名称としてよく用いられているのはご存じの通り。
オーナー名(もしくは地名)+ハイツは定番中の定番
これは、大家さんのイニシャルだろうか
パールっぽく、わざわざ白銀色に塗装しているところに努力が見られる
ツが少し小さく、ハイッに見えてしまってしょうがない
また、ハイツほどではないものの、「メゾン」もなかなか健闘していた。フランス語でMaison、家の意味だ。
メゾンって、いつから日本のアパートに使われるようになったのだろう
これまたイニシャルか。アパート名としてはあまりおもしろくない
花の名前もよくある感じ
ハイツやメゾンにくっつく単語は、いずれも奇をてらわずオーソドックスなものばかりである。ハイツ、メゾンはアパートの古典的名称ということだろうか。
続いては、さらに古典的……というか、日本におけるアパート名称の原点を見てみよう。ズバリ、「荘」である。
古き良き、オールドスタイルな「○○荘」
今でこそしゃれっ気の多いアパートが増えたものの、よくよく探してみれば、古めかしいアパートも結構残っているものである。
そしてそのようなアパートは、十中八九「○○荘」というネーミングである。これがまた、良い感じの雰囲気を醸し出しているのだ。
いいよ、いいよ、このたたずまい
いいよ、いいよ、この手書き文字
なかなか古そうだけど、庭も広くて立派だ
その名も、湘南荘。いつもは苦手に感じる湘南という文字を、なぜだかすっと受け入れられる
こちらは割と普通な感じのアパートだが
おぉ、この木の表札、カッコ良い!
あまり古くなさそうなアパート。90年代くらいかな?
おぉ、「荘」である。あえて「荘」と名づけた大家さんに乾杯
やはり、古いアパートはなにか滲み出てくるものがありますな
味のある手作り感。ずっと残って欲しいものである
このような、オールドスタイルなアパートに遭遇すると、思わず嬉しくなってしまう。
その都度アパートの名前をチェックしてみたりするのだが、古いアパートは名前を掲げていない場合も多くて少々残念だ。
これ、ひょっとしたら、「荘」じゃない? うん、きっと「荘」だ
……が、アパート名の表示がどこにもなくて、ちょっとがっかり
建物の立地や状態を表すアパート名
アパートの名前には、そのアパートの立地や状態を示しているものも多い。坂の上ならヒルトップ、川の側ならリバーサイドなどである。
少し高い位置にあるだけというだけで、ヒルという名がつく
こちらはグランを付けて、より壮大なイメージを付加
ヒルトップというが、なだらかな坂の上の方(トップではない)にあるだけだ
純然たるイメージのみのネーミングよりかは具体的に感じるものの、それでもやはり、アパートの印象を良くしようというイメージ要素が入り込んでいる事は否めない。
それよりかは、アパートの外観的特徴を表す名前の方が、まだピンとくる感じである。
外壁がオレンジ色なので、オレンジコート。これは分かりやすい
こちらはブラウン
名前の割に白っぽいが、よく見たら屋根など部分的にこげ茶色だ
続いてグリーンハイツ
落ち着いた色合いの緑色で、上品さがある
こちらもまた同じくグリーンハイツ
……って、緑じゃなく、紺色とクリーム色ですがな
色を表す単語の中でも、やはりイメージ的な要素の強いグリーンには注意が必要である。
建物の色が緑とか、木々が多い場所であるとか、そういうのならまだ納得できるものの、緑要素がほとんどない物件にも、しばしばグリーンという名が使われているのだ。
やたらと多いフランス語名のアパート
アパートの名前には、フランス語が多用されがちである。
英語よりも耳になじみがない分、新鮮に感じるからだろうか。あるいは、フランス語の響きが好まれるのだろうか。
理由は良く分からないが、とにかくフランス語で名付けられたアパートは数多い。
ロジュマン(Logement)=邸宅
シャルマン(Charmant)=魅力的
シャルム(Charme)=愛らしい
シェモア(Chez moi)=私の家へ
ロゼ(Rose)=ピンク色
アドゥシール(Adoucir)=穏やか
クラージュ(Courage)=勇気
メルベーユ(Merveille)=素晴らしいもの
ラ・シエル(Le Ciel)=空
シャテニエ(Chataignier)=栗、ボワ(Bois)=森。栗の森か
アンプルール(Empereur)=皇帝、フェール(Fer)=鉄。……皇帝鉄?
だらだらと羅列させて頂いて恐縮だが、こんな感じでアパート名にはフランス語が氾濫している。
辞書をたぐって、ポジティブな言葉を調べて、語感の良いものを選ぶ。そんな感じで名付けているのだろうか。
フランス語の他にも、ヨーロッパの言葉もちょくちょく目にした。
トレランツ(Toleranz)=ドイツ語で許容
ユングフラウ(Jungfrau)=ドイツ語で乙女、あるいは同名を冠したアルプス山脈の山
ちなみに、私が以前住んでいたアパートはスペイン語で「陶器の家」を意味する「カサ・セラミカであった。鉄骨軽量気泡コンクリート造だったが。
さて、最後は私が調査した範囲内で、最も多用されていたアパート名を紹介して終わりにしよう。
アパート名の最頻出単語は「太陽」
「ハイツ」や「メゾン」など、アパートを表す言葉以外のもので、一番多く使われている単語は「サン」や「サニー」などといった、「太陽」を意味する言葉である。
アパート名は、基本的によそのアパートと被らない名前を付けるようである。しかしながら、この「太陽」を意味する言葉は、あちらこちらのアパートで目にした。
ぽかぽかと温かいイメージのこの単語。おそらくは、日当たりの良さをアピールする意図があるのだろう。
とにかく、よく見かける
太陽というイメージに合わせて、アパートの色も暖色系である事もある
実際、この名が付いたアパートは、どこも日当たりが良さそうであった
がんばれ、アパート
数多の数があるアパート。その名前はオーソドックスなものから凝ったものまで多種多様である。中には「えっ?」と思ってしまうような名前もあったりと、調べていてなかなか面白かった。
近頃は消費税増税を間近にして、家の建築が盛んである。畑を潰して、新たにアパートを建てようという方もいるかもしれない。その際には、参考にしていただければと思います。
ちなみに、もし私がアパートを建てるとしたら、その名前は「閑古鳥荘」にすると思う。
最近は大型マンションに押されがちなアパート。これからも頑張ってもらいたい