雑談の本は読んだものの
雑談が苦手なのを何とかするために、「雑談力」とか「できる人の話し方」とかそういった類の本は何冊か読んだことがある。だいたいこんなことが言われているだろう。
雑談とは
・どうでもいい話 orどうでもいいところでの話
・役に立たず下らない話を心がけ、力まない
→大当たりを狙わない
・あいさつの延長だ
・ちゃんとできればビジネスでも信頼感が得られる
相手の気持を汲み取る・思いやりが重要
・相手を褒める(身につけてるものなど)
・質問する
・相手に合わせる
(「楽しみですね」「しんどいですね」、オウム返しする)
・相手を否定しない
その他、話し方のコツ
・事実+気持ちを話す
・普段の行動の話題
・見たままのことを言う
・クローズクエスチョン→オープンクエスチョン
それは分かった。でも僕は全然うまく雑談ができない。行政が悪いのか、いや、実践が足りないからだ。
こういうのはスポーツと同じで、本を読んでるだけではうまくならない。
読んですぐ雑談できればいいのだが……
実践するしかない
そういう話をしたら、当サイトのウェブマスター林さんが、新宿ゴールデン街の雑談にちょうどいい店を紹介してくれるという。そのバーで、他のお客さんと話すぞ!
とは言っても、いきなりは無理なので、はじめは林さんに付いて来てもらうことにした。適度に温まったところで林さんには抜けてもらうという計画だ。
ゴールデン街を歩いているところを描いたのにお地蔵様になってしまった
バーへ…
バーにはまだ客がいなかった。いきなり予定が狂ったが、まずはバーのマスターを相手にトレーニングということにする。
一言目が出てこない。耐え切れずに林さんが、今回の企画をマスターに説明する。
するとマスターは一言「そうなんですが、赤いマフラー同盟かと思いました」と。本に書かれていた雑談のセオリー「見たままのことを言う」をいきなり実践されている。
体に馴染んでいるというのはこういうことを言うのだ。武道の型のようである。僕は怖気づいた。
そんな同盟関係あるはずがない
見たまま、が言えない
林さんが「見たまま褒めるんだよ、例えば『そのしましまのシャツかっこいいですね』とか」、とマスターの服を褒めてみせる。そして僕にやってみろと言うのだが、何を褒めてもいいのだが、つい話題に上ったマスターの服を眺めてしまい、「襟元が二重のひだひだですね」と言おうか迷っているうちに無言になってしまう。最初に思ったことを言うのが重要なのだ。
そうかと思えば正直すぎてもいけないこともある。
優しいマスターがぼくに「まんがとか読むんですか?」という質問をしてくれた。雑談セオリー「普段の行動の話題」だ。しかし僕はこの素晴らしいボールに対して「読まないですね」と答えてしまった。これはウソでもいいから「読んでいる」と答えるべきだった。最初に思ったことを言ったばかりに…。
これ以上ない浅はかな答え
逆に相手にに質問するというのも難しい。「この店はいつから何年前からやっているんですか?」というような素直な質問をスッと言うことができない。
逆にマスターから「しゃべるのが苦手で困ったことは?」と聞かれて、「駅そば屋で、そばを頼んだのにうどんが出てきた」というようなエピソードを話したらややウケしたりしたが、本当は、この盛り上がりを相手の手柄にしてあげたいのだ。
他の客が来た
自らの雑談力に打ちのめされ、「やっぱり行政が悪いのでは……?」と思い始めた頃に、他の客が1人やってきた。予定通り、入れ違いになるように林さんは店を出る。
どうやら常連の様子である。話さねば話さねば…と焦りつつも言葉は出ない。
客はおもむろに「そこでさあ、タクシーが警察に捕まってたよ」と、マスターに話しかける。携帯電話をかけながら運転していたタクシー運転手が警察官に見つけられて、それを否認したまま30分以上そうしているのだという。
「タクシー」「警察」「携帯電話のながら運転」……どれをとっても身近なキーワードである。切り込むなら今しかない!
いろいろ考える。質問の可能性はいっぱいある。
無理だった。ああでもないこうでもないと考えているうちに、別の話題に変わってしまった。今度はマスターが「あのカレンダー何枚かった?」と客にたずねる。「ああ、11枚」と客。
謎の多い話題だ。 「あのカレンダーって何?」「カレンダー11枚ってどういうこと?」質問はいくらでも思いつく。今こそチャンス! ……なのだが、やっぱり無理。チャンスだと思えば思うほど、地蔵のように体は硬くなった。
さらにお客がやってきて、諦める
何も喋れないうちに、さらに店に2人お客さんがやってきてしまった。その一人が入ってくるなり店でかかっていた音楽を聞いて「お、〇〇か、いいねえ」とポツリと言った。「見たままのことを言う」だ。それが会話に発展したわけではないのだが、これができないのだ。
もうだめだ。残っていたハイボールをキューっと飲んで、お金を払って店を出た。雑談なんか全然できなかった。
別の店で待っていた林さんに全然ダメだったことを伝え、この日は帰った。
ピザは美味しかった
街の居酒屋に行く計画
数日後、改めて酒の場に出かけて雑談力を試すことにした。今度ははじめから一人で行く。
地元ならなんだかんだで話がしやすいかもしれないと思い、住んでいる地域にある個人経営の居酒屋に行くことにした。食べログに乗ってないのでどんなところかさっぱりわからない。
また、先日の失敗を踏まえ、曖昧に「雑談をする」のではなく、ミッションとして
・ 「この店は何年前からやってるんですか?」と聞く。
・ 店の中の何かについて聞いてみる。
・ 相手を褒める。
の3つを定めた。なんとしてでもクリアしたい。
本物はもっとくすんだ色をしておりました
こんばんはー、と店に入ると、70歳手前くらいの店主は客席でテレビを見ながら酒を飲んでいた。月曜日は定休日なんだけど、暇だから店を開けていたのだそうだ。
やる気あるのかないのか。
刺し身がねっとりしている
カウンターに座り、メニューを見ると刺し身や魚介類しかない。魚推しの店らしい。
お通しも刺し身。まず、まぐろを一切れ食べてみる。ねっとりと柔らかく、甘みがある。「柔らかくておいしい!」と思ったのだが、刺し身が柔らかいことは褒め言葉なのか分からなかったので、一旦スマートフォンで「刺し身 柔らかい」で検索してみた。よく分からなかったし、タイミングも失ってしまった。
悲しい写真になってしまったが、おいしかった。
雑談の口火を切る
酒を飲みながらほぼ無言。テレビをチラチラと見たままで話を切り出せず、緊張感だけが高まる。
このままでは先日の二の舞いだと、つまみのタコを注文する勢いで「この店っていつからやってるんですか?」と聞いた。やったぞ!
メニューのお湯割りサワーは、聞いたらただのお湯割りらしい。
二十数年前、 新日鉄の社宅に付属していた魚屋で働くのを辞め、ここに店を開いたところから話は始まった。さらにその前の若い頃は板前に憧れて関西で修行をしていたそうだ。
すかさず「どうして関西へ?」と聞くと、店主は大の酒好きで、関東に住んでいたらすぐ親に酒を飲むための金を無心してしまうからだという。全体的に解像度の粗い話だ。
そこからおよそ3時間に渡り、おじいちゃんの話を聞くことになる。
思い出の年賀状を見せられる
「売られた喧嘩は買うが、悪いやつ以外には手を出さない」がポリシーな店主は、校内の悪いやつらをとっちめるような行為をしていたため、その評判で理事長から個人的に呼ばれてコーヒーを御馳走になったりしていたという。話しぶりから見ても、それが自慢のようだった。
これは褒めるチャンスと思い、「そんな生徒は他になかなかいなかったでしょうね」と合いの手を入れると4、5人くらいなものですかね、と答えられた。けっこういる。
「(理事長との親交があった)証拠があるんだよ」と、理事長から貰った年賀状を見せられた。およそ50年前の、知らない人から知らない人に送られた年賀状を、なぜ僕は見ているのか。
たしかこんなことが書かれていた
話が多い
その後、競艇を見るのが好きだったけど最近は行ってないという話(客に予想を教えてたら客がハマりすぎてその奥さんが文句を言いに来たから)や、数年前に亡くなった妻との出会い(スケート場でナンパした)など、いろいろな話を聞いた。若いころの店主がバイクに乗っている姿を写したモノクロ写真も見た。
兵庫で板前修行していたとき、刺し身の皿に飾る葉っぱを姫路城の公園で採集する仕事があった話も印象に残っている。 45年前くらいの話だろうか。
話を聞いていて「長い」とは思わなかったが、「一度に聞くには多いな」とは思った。
そんな光景、夢にも思ったことがなかった
ミッション達成
こうして全てのミッションを達成した。 店主をさんざん褒めたし、壁一面に貼られた競艇選手のサイン色紙のことも聞いた。
僕が何かしゃべろうとするとほぼ店主に遮られていたことに問題がなくはないが、確実に初対面の人とでも雑談をすることができたのだ。これで完全に雑談力が付いたとは思っていないが、1つのステップにはなっただろう。
おじいちゃんと話せ
自慢しがちな酔っぱらいのおじいちゃんと酒を飲むと、雑談下手な僕でも3時間も間が持つということがわかった。発見である。
その結果が何だったのかというとよくわからない。ただ、いい雑談ができると「あの体験は一体なんだったんだろう」と不思議に思い出させることはある。詩は要約できないというが、雑談もまた同じなのだ。
一番人気だという玉ねぎサワーを頼んだ。なんの味もしないのが逆に新鮮だった。あとサワーなのに焼酎がすごく濃かった。