特集 2013年11月12日

「おじさん」と「高校生」と「浜崎の奥さん」を食べる

全部魚の名前です。
全部魚の名前です。
アバサー、イラブチャー、ミーバイ、グルクン…。沖縄には呼び名の面白い魚が多い。でもそれは僕たち本土の人間が琉球独特の言葉の響きを新鮮に感じているだけであって、その意味合いに面白味を見出しているわけではない。
だが誰もが「何それ!?」と言ってしまうような意味ありげな名を持つ魚もいる。「オジサン」に「コウコウセイ」、そして「ハマサキノオクサン」だ。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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まずはオジサン!

どいつもこいつもわけのわからない名前だ。一体どんな姿をしているのか?そしてどんな味わいなんだろうか?確かめるために彼らがまとまって生息する石垣島へ飛んだ。
いまさらだが石垣島は海が綺麗。だがもはやその中にいる珍名魚にしか興味はない。
いまさらだが石垣島は海が綺麗。だがもはやその中にいる珍名魚にしか興味はない。
まずは砂浜で釣り竿を伸ばし、「オジサン」を狙う。このオジサンという魚は珍名フィッシュの中では割と有名なので知っている人も多いだろう。ヒゲの長い、海の中にいる緋鯉のような魚である。
まず釣れたのはタイワンカマス。おいしい魚だが名前が普通なのでリリース。
まず釣れたのはタイワンカマス。おいしい魚だが名前が普通なのでリリース。
オジサンは沖縄のリーフや砂浜ならどこにでもいる魚で、泳いでいても釣りをしていても毎回のようにその姿を見ることができる。しかし今回のようにいざピンポイントで狙っていると案外お目にかかれなかったりする。でもまあその代わりに他の魚が釣れてくれるので退屈はしない。
こちらはイッテンフエダイという魚だろうか?おいしそうだがまだ小さいし、名前も普通なのでリリース。
こちらはイッテンフエダイという魚だろうか?おいしそうだがまだ小さいし、名前も普通なのでリリース。
ここで同行の友人が「釣れたぞ~。」と声を上げる。
駆け寄ると波打ち際で綺麗な魚が波打ち際で暴れている。顎には2本のヒゲも生えている!
無駄に躍動感あふれる写真が撮れた。
無駄に躍動感あふれる写真が撮れた。
オジサンか!オジサンだ!と喜んでいると、友人から水を差す言葉が。
「オジサンじゃなくてモンツキアカヒメジやね。」
オジサンじゃないのか…と落ち込んでいると、友人からフォローが。
「でも沖縄じゃヒメジの仲間はどれも一緒くたに『オジサン』って呼ばれるしこれもオジサンとして扱っていいんじゃない?」
一応これも「オジサン」ではある。一種目確保!
一応これも「オジサン」ではある。一種目確保!
そうなのか!じゃあ一種目達成ってことでいいんだな!?
「あー、でもモンツキアカヒメジは『オジサン』よりも『カタカシ』って名前で呼ばれることの方が多いかなー。」
ハッキリしろよ!もういい!こうなったら正真正銘のオジサンを釣ってやる!
ちなみにこちらの魚こそが今回は姿を見せてくれなかった「標準和名:オジサン」を誇るオジサン・オブ・オジサン。オジサンの中のオジサン。
ちなみにこちらの魚こそが今回は姿を見せてくれなかった「標準和名:オジサン」を誇るオジサン・オブ・オジサン。オジサンの中のオジサン。
話を整理すると、沖縄にはヒメジ類という髭の生えた魚の一群が多種分布している。彼らは髭面がおじさんっぽいからという理由で、まんま「オジサン」という名で総称されているのだ(漁師さんなどは混同を避けるため、もう少し詳細に呼び分けることもあるらしい)。また、その中には本当に和名(図鑑なんかに載っている正式な名前そのものが「オジサン」になってしまったものもいる。今回はできればその「THE・オジサン」を釣り上げたいのだが…。
また別の友人がずいぶん立派なオジサンを釣ってくれた。
また別の友人がずいぶん立派なオジサンを釣ってくれた。
残念ながら「THE・オジサン」は最後まで姿を見せてくれなかったが、オオスジヒメジというオジサンたちの中でも特に大きく育つオオスジヒメジという魚が釣れた。ビッグダディだ。
市場でも確かに「おじさん」として売られていたし、これでいいか!
市場でも確かに「おじさん」として売られていたし、これでいいか!
モンツキアカヒメジとオオスジヒメジ。二人のおじさんがいれば十分すぎる量の肉が採れる。少しは口惜しいが、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。それに今回はまだこれから「コウコウセイ」と「ハマサキノオクサン」も確保しなければならないのだ。オジサンにばかりかまってもいられない。

一歩も動かずコウコウセイ確保

さあ、オジサンの次はコウコウセイだ。
しかしここで驚愕の事実が耳に入る。「コウコウセイは沖合にいて、グルクン(標準和名はタカサゴ)漁の混じりで獲れる程度」しかも「グルクンに比べて味が落ちるので釣れてもリリースされ、市場や魚屋には並ばない」というのだ。八方ふさがりだ!
ここでグルクン豆知識。グルクンってこういう赤い魚だと思われがち。
ここでグルクン豆知識。グルクンってこういう赤い魚だと思われがち。
でも本来はこういう綺麗な緑色の魚。釣られて興奮したり、死んでしまうと赤く変色する。
でも本来はこういう綺麗な緑色の魚。釣られて興奮したり、死んでしまうと赤く変色する。
しかしここで朗報が。沖縄で魚類を研究している知人がちょうど石垣島のグルクン釣り船に乗り込むところだと言う。すかさず「コウコウセイが揚がったらもらってきてくれ!」と頼む。
本来は漁師も捨ててしまう魚なので、二つ返事でOKをもらえた。ウキウキしながら帰港した友人を迎えに行く。

これが「コウコウセイ」!なんと5尾も!
これが「コウコウセイ」!なんと5尾も!
「ほい、コウコウセイ。」友人がクーラーボックスから取り出したのは何の変哲もない小魚。ほう、これがコウコウセイか!

「こんな魚どうすんの?」と聞かれたので食べるつもりだと答えたところ、「グルクンの方がおいしいのに…。」と前評判通りの悲しいことを言われてしまった。

死んでしまったので色が落ちているが、本来はもっと綺麗な魚。体の両サイドに走る黄色いラインが命名のカギ。
死んでしまったので色が落ちているが、本来はもっと綺麗な魚。体の両サイドに走る黄色いラインが命名のカギ。
このコウコウセイという魚、本名は「キツネウオ」という。普通に覚えやすい名前があるのに、八重山ではなぜかこんな名前で呼ばれている。
その由来について地元の漁師さんと研究者に訊ねたところ「体側に走る黄色いラインが八重山のある高校でかつて採用されていた学帽の装飾に似ていたため」という面白い説を聞くことができた。
キツネウオの名の通り、確かにキツネ顔。
キツネウオの名の通り、確かにキツネ顔。
これでオジサンに続いて二種目達成だ!残るはハマサキノオクサンのみ!

魚屋さんと仲良くなる

が、ここでまたも悪い知らせが。ハマサキノオクサンもやはり岸から釣ることは難しい魚で、しかもそこそこ珍しい魚なので漁師さんでもなかなか狙っては獲れないというのだ。
でも夜を徹して頑張る。
でも夜を徹して頑張る。
そういう情報を聞くと心が折れそうになるが、実を言うと僕は以前に八重山の堤防でハマサキノオクサンと思しき魚を釣り上げたことがある。当時は大物狙いだったので、写真もろくに撮らずにすぐにリリースしてしまったが…。

小魚ばかり釣れる…。
小魚ばかり釣れる…。
そんな過去の成功だけを心の拠り所にして釣り竿を振り続けていると、突然大物が掛かった。巨大なハマサキノオクサンでありますように!!
良い型のミーバイでした。
良い型のミーバイでした。
やたら立派なミーバイ(ハタ)という魚だった。この魚はとてもおいしいのだが、今日の目当てはあくまでハマサキノオクサンである。確保するとクーラーボックスがこいつだけで一杯になってしまうので逃がしてやることに。
しかし、釣り鈎の掛かりどころが悪く、エラが少し傷ついている。これでは逃がしたところで死んでしまう可能性が高い。

居酒屋が併設された魚屋さんに持ち込むことに
居酒屋が併設された魚屋さんに持ち込むことに
どうしたものかと思案した結果、釣り場近くの魚屋さんに引き取ってもらうことにした。「こんな上等なミーバイもらっていいのー!?」と人の良さそうなおかみさんは喜んでくれたようだ。代わりと言っては何だけど…とお店の魚で大量の沖縄てんぷらを揚げてくれた。
沖縄で魚の天ぷらといえばこういうフリッターのようなホットスナックを指す。
沖縄で魚の天ぷらといえばこういうフリッターのようなホットスナックを指す。
おかみさんにハマサキノオクサンを探しているという旨を話すと、「ハマサキノオクサンならたまに漁港のセリにかかるから、見つけたら取っといてあげるよー!」というお言葉!
僕はあと2日しか島に滞在できないが、これならなんとか手に入るかもしれない。

ちなみにその後はまた釣り場に戻り、天ぷらを食べながら朝まで粘ったが成果は上がらなかった…。

石垣島の漁港はアツい!

さて、魚屋のおかみさんから「漁港のセリ」というワードが飛び出した。
それはぜひ見学したいものだ。ハマサキノオクサンもそうだが、ひょっとすると他の面白い魚たちにもお目にかかれるかもしれないと思い、翌朝足を運んでみた。

早朝の漁港。セリの準備中でたくさんの魚がトロ箱に詰められて並んでいく。
早朝の漁港。セリの準備中でたくさんの魚がトロ箱に詰められて並んでいく。
なんでも石垣の漁港では一旦セリが始まると一般人は会場への立ち入りが禁じられてしまうが、準備中は邪魔さえしなければ見学が可能だと言う。確かに僕以外にも観光客や水産系の学生さんの姿があった。

青!
青!
赤!
赤!
南国らしく色とりどりの魚たちが並ぶ。魚好きとしてはとても楽しい空間だ。ただし全ての魚はすでにシメられているが。
かわいいエビもいた。持って帰って飼いたい。
かわいいエビもいた。持って帰って飼いたい。
オジサンたちの姿も!だが今の僕はすでにあなた方には興味が無いのだ。
オジサンたちの姿も!だが今の僕はすでにあなた方には興味が無いのだ。
ほとんどが沿岸で捕れた浅場の魚だが、八重山ではマグロの延縄漁も盛んなので各種マグロやそれに混じる深場の魚もセリにかけられる。
アカマンボウ。マンボウと名が付くが、実はリュウグウノツカイに近い深海魚。マグロによく似た赤身で美味。
アカマンボウ。マンボウと名が付くが、実はリュウグウノツカイに近い深海魚。マグロによく似た赤身で美味。
ヒレジロマンザイウオという魚が大量に。そのままの姿で魚屋に並んでいるのは見たことが無いので、切り身やすり身に加工されてから出回るのだろう。
ヒレジロマンザイウオという魚が大量に。そのままの姿で魚屋に並んでいるのは見たことが無いので、切り身やすり身に加工されてから出回るのだろう。
この日の漁港には残念ながらハマサキノオクサンの姿は無かった。本当に珍しい魚なのだなあ。

ついにコンプリート!

翌日、ついに石垣島を去る日だ。空港へ向かう前に祈る思いで例の魚屋さんへ顔を出す。すると店の奥から「ハマサキノオクサン、買えたよ!」との声が!!
「エラのところにトゲがあるから、料理する時は気をつけないとだめよー」と店員さん。
「エラのところにトゲがあるから、料理する時は気をつけないとだめよー」と店員さん。
おおお、ついにハマサキノオクサンとご対面だ。
これが「ハマサキノオクサン」こと「トガリエビス」。モヒカンヘアーのような真っ赤な背びれが印象的。
これが「ハマサキノオクサン」こと「トガリエビス」。モヒカンヘアーのような真っ赤な背びれが印象的。
ハマサキノオクサンの正式な名前はトガリエビスという。いわゆるエビスダイの仲間である。漁獲量が少なく、小型でも1尾1000円は下らない八重山でも特に高価な魚であるが味はとても良いらしい。
昔、八重山にいた「浜崎さん(濱崎さんかもしれないが)」という名士がこの魚の味をとても気に入っていたそうで、その奥さまは毎日のように港へ買い求めにやってきていたという。そんなこんなでこの魚は「浜崎の奥さん(が買っていく魚)」とあだ名をつけられ、すっかり定着したということだそうだ。
確かに鰓蓋に鋭く長いトゲが。
確かに鰓蓋に鋭く長いトゲが。
これで全ての魚が揃った。さあ、食べよう!

まずはオジサンから

魚は一旦すべて沖縄本島へ持ち帰り、落ち着いた環境で料理することにした。とりあえずオジサンを捌いてみよう。
これだけ大きいオジサンなら刺身にできるな。
これだけ大きいオジサンなら刺身にできるな。
下ごしらえのために腹を割くと、ツンと鼻をつくにおいがする。新鮮なのに内臓が臭いのだ。これはオジサンに限らず、沖縄では海底を漁るタイプの魚に共通する特徴だったりする。
そういえば、沖縄で大きな魚を釣りたいならオジサンのぶつ切りをエサにするといいと聞いたことがある。この内臓の強いにおいが肉食魚を惹きつけるのかもしれない。
オジサンのバター焼き。と書くとなんだか脂っこそうな感じがするが、さっぱりしていてとても食べやすい。
オジサンのバター焼き。と書くとなんだか脂っこそうな感じがするが、さっぱりしていてとても食べやすい。
3枚におろした後は友人たちに調理してもらった。メニューはバター焼きと刺身だ。
見た目はタイの身に似て非常においしそう。味はどうか。
タイのように見えるのがオジサン(オオスジヒメジ)の刺身。皮が緑がかっている方は同時に獲れたイラブチャー(アオブダイ)の湯引き。
タイのように見えるのがオジサン(オオスジヒメジ)の刺身。皮が緑がかっている方は同時に獲れたイラブチャー(アオブダイ)の湯引き。
…おいしい。内臓の臭みから警戒していたが、実にクセのない食べやすい魚だ。
難点があるとすれば、あっさりしすぎていて個性が無いところだろうか。調理前の姿を見ていなければ、少なくとも僕にはこの魚がオジサンだと判断できないだろう。

コウコウセイとハマサキノオクサンはプロに頼む

…オジサンは捕獲後すぐに捌けたので刺身でもいけたのだ。しかしコウコウセイとハマサキノオクサンは水揚げからやや時間が経過しているので、刺身でポテンシャルを発揮できるか怪しい。奥さんより高校生よりおじさんの方がフレッシュというレアなケースである。

と言って僕にはあまり魚料理のレパートリーが無い。そして魚の数がごく限られているので、決して失敗は許されない。うっかりミスをしようものならまた0から集め直しだ。
よし、プロに頼もう。
「今日の魚は普通だねー。またサメ釣ってきてよ。」
「今日の魚は普通だねー。またサメ釣ってきてよ。」
那覇にある台湾料理の隠れた名店「青島食堂」へ持ち込むことにした。
こちらのご主人は以前ポロっと「いろんな珍しい食材を料理してみたいよねー。」とこぼしてしまったことがある。ならば!ということで、それ以来サメやらカミツキガメやら外来魚やら妙なものばかり持ち込まれ、調理させられているのだ。もちろんすべての犯人は僕である。
彼なら高校生だろうが奥さんだろうが間違いなくおいしく料理してくれるはずだ。

目を離した隙にもう完成している
目を離した隙にもう完成している
揚げたぶつ切りのコウコウセイにスパイスのきいた甘辛いタレが絡められた料理。名称は聞き忘れた。
揚げたぶつ切りのコウコウセイにスパイスのきいた甘辛いタレが絡められた料理。名称は聞き忘れた。
同席した友人らと談笑していると凄まじい勢いで調理が進み、次々と皿が運ばれてくる。尋常でなく良い匂いがする。するとたちまち店内の四方八方から箸が伸びてくるので、写真一枚撮るのも必死だ。撮影が済んでも争奪戦は続いている。やっとこさコウコウセイとハマサキノオクサンを確保して頬張る。
ハマサキノオクサンの姿揚げ。野菜とキノコの餡を掛けていただく。
ハマサキノオクサンの姿揚げ。野菜とキノコの餡を掛けていただく。
コウコウセイに関しては何かとグルクンと比べられる理由がわかった気がした。肉質も味もグルクンによく似ている。味が落ちるという意見についてだが、僕にはそうは思えなかった。料理人の腕が良かったというのも大いにあるだろうが…。ただ一つ、明らかにグルクンに劣る要素を挙げるとすれば、より小型なので食いでが無い点だろうか。

ハマサキノオクサンはというと、とても上品な味わいだった。さすがに地元の名士が愛するだけのことはあるといった印象である。あっさりしているのにしっかりした味わい、あるいは旨みが強いのにしつこくないといった感じだ。高級魚となっているのも頷ける。
早い話が、
早い話が、
全部美味かった!
全部美味かった!

八重山以外にもいるよ!

全国的にメジャーになりつつあるオジサンは言うまでもなく、実はキツネウオもトガリエビスも温暖な海域なら八重山に限らず広く分布している。ただコウコウセイとかハマサキノオクサンという変った名称がガッチリ根強く定着しているのが八重山地方であるということなのだ。南の島へ行ったら、海や市場で彼らを探してみよう。
港ではタイヤも釣れた。八重山は色々釣れて楽しいなあ。
港ではタイヤも釣れた。八重山は色々釣れて楽しいなあ。
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