特集 2013年10月10日

書き出し小説大賞・第33回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第三十三回目である。

今年はまだ一発ギャグが出ていない。昨年は「ワイルドだぜ~」があった。今年も「じぇじぇじぇ」「倍返し」など流行語はあるが一発ギャグはない。そんなことを考えながらウトウトしていると、短い夢の中に白い軍服を着た謎の男が現れた。男は怖ろしい形相で私を睨み、直後ビシッと敬礼を決め「それだけっ!」と叫んだ。そこで目が覚めた。覚めたあと、軍服の男は芸人で「それだけっ!」は「どんだけ~」的なギャグであることが理解できた。 書き出し小説は短いが、一発ギャグではない。極限まで研ぎ澄まされた文学である。

書き出し自由部門

長針が短針をただ追い越して一日が終わる。
大伴
秒針はさらに忙しい。
その標識のピクトグラムとほぼ同じポーズで、彼は長い階段を転げ落ちていった。
Perry The Punch
ある意味標識を守った。
僕の「やる気スイッチ」は内臓についてるんだ。たぶん、脾臓のあたり。よくわかんないけど。
紀野珍
手術が必要。
キャッチャーが返球したボールも消えた。
TOKUNAGA
魔バッテリー。
醤油を渡す母に、ソースを返す父のクロスカウンターが入った。
TOKUNAGA
テーブルクロスが黒に染まる。
手の甲に貼って剥がしたセロハンテープについたケラチンを見ることでしか、自らの生を実感できない。
おかめちゃん
奇遇にもポストイットと同じ粘着力に。
そのトイレットペーパーは円筒のまま拭くタイプのものであった。
大伴
それは富豪用。
電車の中で、二人のギャルがあたしの服装を見てくすくす笑う。「これはオシャレ指南なんだ、むしろこれはありがたいと思わなくちゃ」いつものように言い聞かせ、あたしはしゃがんで、靴下の口をくるんと丸めた。
ペロ
「あたし」のキャラが健気でバカ。
世界的ドラマーになった今も、お箸でやると、ものすげえ怒られる。
ヨ太郎
世界的ドラマーの母ちゃんに。
夕方と言うには早い午後、商店街の金物屋でノコギリを選ぶ母を見かけた。
ハラセン
時間帯の微妙さがいい。
司会者は彼の話を必死に掘り下げた。しかし、掘っても掘っても泥水しか出てこなかった。
おどげっつぁん
泥沼の生放送。
ゴムでできた喧嘩神輿が激しくぶつかり合う、ぶつかった衝撃で男たちは跳ね飛ばされるが笑顔は崩さない。僕はこの村の優しい祭りが大好きだ。
トニヲ
スポーツ御輿。
おじいちゃんが柿を一直線に積み上げて売っている。
xissa
だるま落としっぽく買いたい。

Perry The Punch氏の作品「ピクトグラムとほぼ同じポーズで」のレトリックが効いている。紀野珍氏は「よくわかんないけど。」の文末に語り手の弱気とナルシストぶりが漂う。ペロ氏の「わたし」は憎めないキャラ。文中の「おしゃれ指南」「靴下の口をくるんと丸めた」がキャラの可愛らしさをさらに引き立ている。ハラセン氏の作品は「夕方と言うには早い午後」という時間帯が光の加減や人のまばらさを感じさせ情景を成立させている。書き出し小説をネタに終わらせないためには、文中にこうしたフックのあるひと言を入れることが大切である。常連の作品はネタ寄りになろうと文章全体に「小説っぽさ」がありさすがである。今回は個人的にトニヲ氏の「ゴムでできた喧嘩神輿」に驚かされた。ぴょーんぴょーんと秋空に舞う男たちが目に浮かぶ。

すでに書き出し小説は「書き出し」の枠を越え一行小説の趣きになっているが、ときには初心に戻り後の物語を連想させる系の書き出しにも気をとめてほしい。完結系と開放系を往復することで作品のレヴェルはさらに上がるだろう。

つづいては今回の規定部門、テーマは「中学生」であった。思春期の帳に舞い戻った書き出し作家たちの多感な作品をご紹介しよう。

規定部門 モチーフ「中学生」

この全能感は本物だ。
紀野珍
後に分かるけど、違うぜ。
邦楽を聴くのはダサい。しかし気になるのあの子は邦楽しか聴かないらしい。どうしたら良いんだろう。
イワモト
素直な心情がいい。
人がやってる格ゲーとか、見るのが好きだ。
xissa
老成タイプの中学生。
良介の学生服は日増しに変形していき、既に飛行可能だ。
TOKUNAGA
もう折り紙っぽくなってる。
深夜、ストリートビューで佐々木さんの家へと向かった。
TOKUNAGA
むかし自転車いまグーグル。
二学期に入ると、女子はますます小利口に視線を操り始めた。
merumo
変わるのはヤンキーだけじゃない。
少年は十五歳になり、恋の仕方を覚え、挫折の苦味を味わい、右手から龍が生まれないことを知った。
ZERU
右手の使い道は、他にある。
友人にあげた自作のデモテープを、まさか自分の結婚式で流される日が来るとは思わなかった。
おかめちゃん
友情か、復讐か。
闇属性の俺と光属性のあいつが、親友になれるなんて思っていなかった。
おかめちゃん
みんなお母さんから生まれて来たの!
正岡子規は落顔される確率が高い。ザビエルよりも範囲が広くてアレンジ多様。
かすみん
正岡子規はポニーテールに。
こいつがいなけりゃ、俺はモテてた。ぷちっと潰したいが痕が残るとモテ期が遠ざかる。もう少しの辛抱か。
かすみん
THE思春期。
キャンディのカタチに折られた手紙が回ってきて、不道徳の時間が始まった。
m_k
「不道徳の時間」がいい。
なんで。なんでゥチの名前彫ってくんなぃ…。しゅうくんの名前画数多くてぃたかったけど、ゥチ安全ピンあぶって彫ったのに。腕の内側の痛いほうにだょ。片思いだけどわかってほしぃょ。
ババア伝説
本物の日記のぞいてる気持ちになりました。
入学式が終わる頃には「上流の岩」と呼ばれていた。
がちようじょ
あだ名の名人っているよね。
小学校の時と比べて、教室から出る綿埃が少し黒くなった。
義ん母
年頃の油分が。
不毛な社内会議に出るたびに、「バケツのどこまで水を入れるか」でもめた中学のホームルームを思い出す。
xissa
不毛は同じでもあの頃は熱かった。
黒板、シャーペン、連立方程式。舌の裏に隠したたまごボーロが、ゆっくり溶けていく。ヒソヒソと笑い声が起こった。誰かが、食べてるな。カレーせんべい。
みつる
リズミカルな文体で教室を活写。
中2の夏休みだったと思う。雑誌の付録のメイクブックを握りしめて、地下の100均で、すっごく地味なベージュのリップ、ピンクのアイシャドウ、透明のマスカラを買った。一度も使わなかった。気が付いたら化粧なんていくらでもしてた。その過程を、何故だか今は覚えてない。
みつる
憧れの時期がいちばん鮮明。
生まれてはじめて手をつないだのは、放課後の階段。三段分だけのデート。今も引き摺っていると知ったら、あの人はドン引くだろうな。
夏目
一生覚えてる一瞬ってある。
校歌を3番までスラスラと歌えるのは、私の場合、小学校でも、高校でもない。
Perry The Punch
納得。

当初はいわゆる「中二病」的なネタ系で占められるのではと危惧していたが、予想はいい意味で裏切られた。たしかにそういう作品も多かったが、一読で「あの頃」のまだ未熟だけど思い詰めた心情がよみがえるような、キュンとする作品が多かった。

TOKUNAGA氏のストリートビュー。まだネットのない頃は好きな子の家を遠回りして見に行ったものである。時代とツールは変わってもあの気持ちは変わらないだろう。merumo氏、夏休み明けがらりと変わる不良ネタは定番としてあるが、その周囲の変わり映えしないクラスメイトにもたしかな変化がある。目の付け所がよかった。ZERU氏、最後の一文が秀逸。世界の中心から弾かれる少年の心情をきれいに描いた。かすみん氏、鏡をのぞき込むニキビ面が浮かび微笑ましい。ババア伝説氏、小文字の入れ方、ちょっと「病み」の入った感じがリアルで匿名の書き込みを読んでいるよう。がちようじょ氏の作品、そう言えばあだ名のセンスがすげえいいヤツ、クラスにいたなあと思い出した。みつる氏はリズミカルな文体で教室の細部から気配までを表現している。あの年頃の腰の落ち着かないそわそわした雰囲気までがすごく出ている。もう一作の化粧品の作品もいい。「覚えてない過程」にあったいくつかの恋愛まで妄想させる秀作である。夏目氏は直球の胸キュン系。まんまとキュンとしました。

今回は個人的にも一気に中学時代へ飛ばされキュンときたり、じんわりしたりした。そしてあらためて歳を取ったなと実感した。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
記念日

人生にはさまざまな記念日がある。そんな節目が今回のモチーフ。誕生日や結婚記念日など個人的な記念日もあるが、学校の創立記念日、国の祝日など公的な記念日もある。なんの記念日であるかは問わない。個人的なものの中にはさらに自分だけが決めた特別な日もあるだろう。フィクションでつくった架空の記念日でもいい。そこに立ち現れるさまざまな情景、人物の立ち振る舞い、心理、サプライズなどを描写して欲しい。ハレの日だけにドラマも立ち上げやすいのではないだろうか。

締め切りは10月18日、発表は同月20日を予定している。以下の投稿フォームで自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。力作待ってます!
最終選考通過者

夏猫/you-403/とりあえずとうじゅ/教えません/こめ/あくおす/流し目髑髏/もんぜん/よしおう/g-udon/アイアイ/Shinho
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