都心から約1時間
ネットでざっと調べただけで、埼玉には地元で採れる青菜を練り込んだ緑色のうどんが数種類存在することがわかった。
過去にも当サイトで藤色のうどんや人参うどんなどの色付きうどんを紹介しているが、これらもなぜか軒並み埼玉である。
埼玉って、実はうどん県だったのか?
一駅の区間が徐々に長くなり、景色がグッと山っぽくなってまいりました。
東武東上線に揺られること約1時間。最初の目的地である寄居に到着。
改札を出たところに寄居名物の写真が並べられており、
これから食べに行くエキナセアうどんの写真も!
まず最初に食べるのは「エキナセア」という寄居町で採れるハーブを練り込んだ緑色のうどんである。
が、エキナセアと言われてもピンとこない、というか聞いたことがない。「紫ばれん菊」という和名を知ったところで、こちらも初耳だ。
どうやらカルシウムやカリウム、鉄、ビタミンなどの栄養成分が豊富なハーブらしく、このエキナセアが寄居の特産品なのだという。
珍しいうえに体にもいい緑麺となれば、俄然期待が高まってくる。
思った以上にちゃんとしていた
駅から歩くこと10分あまり、目指す店はすぐに見つかった。
こちらがエキナセアうどん発祥の店「熊五郎」
事前に「エキナセアうどん、今日は食べられますか?」と電話で確認済みだったので、地方取材にありがちな「臨時休業だった!」や「食べたかった物が売り切れていた!」などのアクシデントもなく、無事に目的のうどんを注文することができた。
というか、聞けばこの店、うどんは全てエキナセア入りだという。
なんと、白いうどんは作られてさえおりません! 強気!
「この店で白いうどん作っても売れないからねー」とご主人。
メニューは日替わり・ぶっかけ・月見たぬきうどんの3種類。もちろんどれもエキナセア入りの緑麺が使われる。
ここまで徹底してやるからには相当な自信があるのだろう。早く食べたい…と麺が茹だるのをじりじりしながら待つこと約10分。
うどんが出てきた!
聞けばなんでも答えてくれます。ものすごく親切。
これがエキナセアのお茶を砕いて練り込んだ、エキナセアうどん。
うん。緑だ。かなり抑えた感じのシブい緑だが、それがまたいい。
これがやたら発色のいい鮮やかな緑色だったら、ちょっとどうしようかと思ってたところだ。
うどんはどれも500円! かなりの格安。お値打ちというほかありません。
しょうゆベースのつけ汁に付けて、さっそく食べてみる。
麺を持ち上げた感じはプリップリ。
あ、これすごくおいしいやつだ!
見事なまでに、つるっつるのもっちもちだった。エキナセアの他にもゴマと桑の葉が入っているそうで、麺自体の風味がとてもいい。味付けなしで、このまま麺だけでも食べられそうなくらいである。
かといって、つけ汁ともよく合う。料理としての完成度が高い。
ご主人によれば、この店の麺は大盛りが基本なのだという。
「多かったら残してくれてもいいんです。でも最初に多いと思っても、全部食べちゃう人がほとんど」
「とにかく休みの多い店でねー。えへへへ」
ご主人のTシャツには「エキナセアうどん」と書いてあった。すばらしい!
一人でお店をやっているご主人からは「とにかく料理をするのが好きで好きでたまらない」といった雰囲気が滲み出ており、さぞかし地元の方々に愛されている好人物なんだろうな…と思わされた。
新聞でも紹介されてました。
日替わりメニューがバラエティー豊かすぎ。麻婆うどんやミートソースの日も!
エキナセアのパンフレット。お茶は50グラムで千円なのだそう。高価!
店先に実物のエキナセアが。これかー。
大盛りのうどんがおさまった腹が心地よい。
正直、実際に食べてみるまで「ちょっとB級グルメっぽいのかなぁ…」とタカをくくっていた部分がないわけでもなかった。それがまさか、ここまでちゃんとおいしいうどんだったとは。
これは他の麺も期待できる。さっそく次へいこう。
まさかの不作
寄居の次は、小川町の「のらぼう菜うどん」である。
のらぼう菜も初めて聞く名前だ。「野良にボーッと生えてるから」という理由でこの名がついたらしく、江戸時代には天明・天保の飢饉を救ったという救世主的な伝統野菜なのだそうだ。
こいつはすごい。地域振興のためのうどんに練り込む素材として、これほどうってつけの経歴をもつ野菜もそうはあるまいて。
味は高菜に似ているそうですよ。期待。超期待。
ここ「武州めん」で食べられると聞いてやってきました。
店頭にもこの通り、のらぼう菜うどんの宣伝が。はやく食べたい!
「今度の緑うどんはどんなんかな」と注文を待つ。…が。
しかし、高らかに「のらぼう菜うどんを下さい!」と告げる私を待っていたのは「今日はのらぼう菜やってないんですよ~」という給仕のおばさんの無情なひとことであった。
まさかの展開である。
おばさんには「のらぼう菜うどんを食べにきたので帰ります…すみません」と告げ、そそくさと店を出た。
待て待て落ち着け。のらぼう菜うどんを食べさせる店は他にもある。まずは電話だ。電話で確認だ。
…え?
小川町にある候補の全店に電話をかけたが、どこも今期は作ってないという。なんと「今年は春先の天候が不順でのらぼう菜が不作で…。うどんを作りたくても作れないんですよ」と言われてしまった。
飢饉を救ったほどに強い野菜じゃなかったのか! どっかの野良にボーっと生えてるんじゃないのか! と思わないでもなかったが、今は栽培方法も昔と異なっているのだろう。残念だが諦めるしかない。
のらぼう菜がダメなら他がある。埼玉には他にも羽生市に「モロヘイヤうどん」が、草加市には「小松菜うどん」があるのだ。行くか。そっちにするか。
しかし電車利用の我々をあざ笑うかのように埼玉は広大であり、車でもない限り小川町からそれぞれの地域への移動は困難であった。
負けた。埼玉の面積に負けた。
埼玉に行かずとも食べられた
くやしい。小麦消費量が香川県に次いで2位だという埼玉のうどん。おいしいに違いない緑のうどん。 どうやら埼玉西部は稲作よりも小麦の栽培が昔から盛んだったようで、自宅で打ったコシのあるうどんを「武蔵野うどん」と称し、各家庭で食べていたという。
なるほど武蔵野うどんか…と興味がわいて調べたところ、埼玉出身の方が世田谷区内に店を開いていた。
なんとそこでは「紫蘇うどん」が食べられるらしい。やった、また緑の練り込み麺だ!
三軒茶屋にある「じんこ」というお店へ。
売り切れる前に食べに行かねば! との思いから開店とほぼ同時に店に入り「紫蘇うどんを!」と前のめり気味に注文した私が告げられたのは、またも無情なひとことであった。
「あ、紫蘇うどんですかー。実は昨日の夜に出すぎちゃって、今また新しく打ってるところなんですよー」
別紙にわざわざ「季節限定」と書かれた紫蘇うどん。超うまそう。ていうか絶対うまい。
なんなんだ。私はもう緑の麺を食べられない運命だとでもいうのか。なぜこうもすんなり食べられないのだ。
こうなったら意地でも食べてやる。
というわけで、紫蘇うどんが打ち上がるのを待つあいだ、普通の武蔵野うどんを食べることにした。
「ザ・荒くれ」という言葉がピッタリの見た目。なるほど、これが武蔵野うどんか…。
なんという荒々しさだろう。太さも長さもバラバラで、いかにも腰の強そうなうどんである。
この麺をあたたかいつけ汁に浸して食べるのが武蔵野うどん流らしい。
よし、どれどれ…。
…すごい。すごいすごい。
これ、すごいうまい。すごいうどんです。
ぐにゅっ、むちっ、という噛み応えがとにかく強力なので、通常のうどんのように一度に何本もずるっと食べることができない。
一本いっぽんを噛み締めるように何度も咀嚼することで、うどんの味がよく分かる。
やっと会えたね
食べ終えた頃、待望の紫蘇うどんが打ちあがったというのでさっそく注文。茹であがるのを待った。
念願の紫蘇うどん。今度はつめたい汁にしてみた。薬味はわさびのみ。
これも深みがかった緑麺。小さくなった紫蘇がちらほらと見えて、なんとも涼しげ。
お店の方いわく「打ち立てなので、ちょっと柔らかいです」とのことであったが、なんのなんの、しっかり固い。
紫蘇はわずかに香るのみで主張しすぎておらず、麺だけを噛み続けていると、なんともしみじみとした味わいが感じられる。
つまり、この噛み応えが麺を味わうことに直結しているのだ。これはいい。
たまらん。2杯目だというのにどんどん入る。
帰り際、埼玉出身のご主人に「武蔵野うどんって、どこもこんなに固いものなんですか?」と訪ねると「いやいや、本場はもっと固いですよ!」と言われてしまった。
これより固いのか!
埼玉のうどんは奥が深い
讃岐うどんのように統一された名称がないせいで実感に乏しいが、実は埼玉は相当な「うどん県」なのだと思う。
武蔵野うどん・加須うどん・熊谷うどんなどの他、おっきりこみ・こうのす川幅うどん辺りも入れるとなると、相当なスケールの「うどん王国」になる。
そんな埼玉がうどんに野菜を練り込みがちなのは、きっとサービス精神のなせる業なんだろう。
うどんを食べすぎて、ついあれこれ手を加えたくなった、工夫したくなった…というのが真相なのだと思った。