製法を調べます
『古釘などの鉄くずに、お粥や茶葉などを混ぜて壺に詰め、2ヶ月くらい発酵させるとドロドロした非常に臭い液体ができる』
子供の頃、「まほうの薬を作ります」とか言ってこんな感じのことしたことがある。あとで母親に見つかって大変なことになった。
『この液体に、ヌルデという植物の虫こぶから作った「ふし粉」という粉を混ぜて歯に塗る』
』
虫こぶ。
ヌルデの虫こぶというのは、葉にアブラムシが寄生して巨大に膨らんだ構造物である。
はっきり言うと、すごく気持ち悪い。
(興味のある方はこちら→
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これはよく見かけるツツジの虫こぶ。まだかわいい。
食べ残しと鉄くぎを発酵させた異臭を放つ液体を、虫が寄生して奇形化した植物とともに、歯に塗る。
昔の人の、お歯黒に対する情熱が理解できない。
お歯黒、ネット通販で買えました。
上記の物を自宅で作るなどと言うと、おそらく妻に離縁されてしまうので、お歯黒の素は買うことにした。
意外なことに黒くない。ぱふぱふした粉。
お歯黒は、科学的には「タンニン酸・鉄イオン・カルシウム」の混合物であるらしく、異臭発酵やアブラムシなどに頼らずとも、薬品を混合して作ることができる。
科学バンザイ。21世紀バンザイ。
さあ、さっそく歯に塗ってみよう。
お歯黒、歯からは取れない
さて、ここで子供のころ「理科はかせ」と呼ばれた僕の勘がはたらく。
これ、歯に塗るというか、歯に染み付く系の成分じゃないだろうか。おそらく元の白い歯には戻らない。こんなもの、自分の歯に塗りたくない。
だが、そんな僕の手元に都合良く、塗ってもいい歯がある。
去年抜いた親知らず。
恥ずかしいので、画像は小さめにした。
親知らず、捨てるのも惜しいので、なんとなくとっておいた。せっかくなので、この機に活躍してもらおう。
お歯黒パウダー、その黒さを発揮
おそるおそる、お歯黒パウダーを水に溶かすと……
ふあっ! 黒くなった!
ナスの皮のごとき、色の深さ。
最初は疑いの目で見ていた黄土色の粉だが、「ねるねるねるね」もかくや、と思うばかりの変色ぶりである。こいつは頼もしい。
さあ、これを親知らずに塗ります
黒……っ! 黒……っ! まさに圧倒的、黒……っ!
あっというまに黒く染まった。
しかし調べるところよれば、かつて新婚の女性はお歯黒がなかなか歯に染まず、せっせと毎日塗ったという。
ということは一見黒く見えるこの歯も、実際はそんなには黒くなって無いのではないだろうか。
ということで洗ってみると……。
全然染まってない!!
きれいさっぱり落ちてしまった。小学生の頃、歯のエナメル質は鉄よりも硬いと習ったが、さすがに手ごわい。
それでもあきらめずに何度も塗ってみる。
2回目
3回目
んー……。なんか、イカ墨パスタを食べた後
、ぐらいにしか染まらない。これは時間がかかりそうだ。
歯は漬け置きをしておいて、お歯黒を少しだけ口に入れてみようか。
渋っ! そして鉄臭っ!
人類が口にしうるものの中でも一等級にまずい。血の味がする渋柿
みたいなまずさだった。
毎日こんなもの口に入れてたなんて、昔の新婚女性はどれだけ我慢強かったんだ。心底尊敬する。
舐めた後、呪いのシミのように舌から黒が取れない。
お歯黒、あっさり落ちる
それから6時間ほど漬け置きした親知らず。
漆黒に染まりたる、我が身体の破片(かけら)
ほどよく黒も染み込んだのではないだろうか。
満を持して引き上げてみよう。
おお、けっこう染まってる!!
これは上出来だ!黒というより、紫に近い感じだが、ここまで染まれば、歯磨きをしてもそう簡単に落ちることは無いだろう。
試しに磨いてみよう。
ハイ、落ちましたーー!!
ものすごい歯の白さである。
むしろクリニカのCMで使ってもらってもいいぐらいじゃないだろうか。
もう一度お歯黒漬けにして、勝負は明日に持ち越す。
お歯黒24時
心機一転、新しい粉を出して漬け直した親知らず。
かれこれ、24時間お歯黒に漬け込んだ。
何やら毒の沼地に現れたモンスター
みたいになっているが、正体は日本の伝統文化である。
さあ水洗いしてみよう。
おお!染まった!?
昨日よりも、圧倒的に黒の付き方が安定している。色も深く浮世絵で見るお歯黒のようだ。ブラシでこすっても落ちない。明らかに成功だ。
成功! 21世紀のお歯黒、成功!
しかしこれ、磨いても取れないのだろうか。昨日のは磨いたら結構いい勢いで落ちた。
歯磨きしてみよう。
あれ、けっこう取れた……、でもまあ、こんなもん?
取れたといっても、クリニカで10分ぐらい磨いてこれだった。普通に磨く分にはほぼ落ちない。
昔の人も、週に1回は染め直して黒さを維持してたというし、もしかしたらこのぐらいがお歯黒の限界点なのかもしれない。
成功なのかわからないが、成功。
さてそんなことより、塗りながら一つのコツを覚えた。
お歯黒パウダーは水を入れ、混ぜてすぐじゃないと黒く歯に染まらない。時間が経つと、ただの黒い粉になってしまう。
今日のぼくらが、染髪剤のA液とB液を混ぜて速やかに髪に塗るように、昔の人もあくせく急ぎながら歯の色を染めてたのだろうか。
そう思うと昔も今も、人が体を染めるのに同じ苦労をしているようで、ちょっとおかしくもある。
虫こぶについてもっと知りたい人は、これを読もう(超マニアックです)