巡礼者ピクトは格好の落書きターゲット
今更ながら改めて説明させていただくと、サンティアゴ巡礼路とは、カトリック三大聖地の一つである「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」へと続く道である。
その巡礼路上には道標の案内板が立てられており、それがあるお陰で巡礼者は道に迷う事無くサンティアゴまで歩き通す事ができる。
巡礼路の至る所に置かれた道標の案内板
これを辿って行けば、道を間違える事は少ない
この案内板に描かれているのは、巡礼路の方向を示す矢印、ホタテ貝をモチーフにした巡礼路マーク、そして巡礼者の姿をあしらったピクトグラムである。
瓢箪付きの杖を手に持ち(昔は瓢箪を水筒として使っていたのだ)、前傾姿勢で前へ前へと進むピクトのデザインは、なかなかシンプルで分かりやすい。
……が、シンプルであるが故に、人々のいたずら心を刺激してしまうのだろう。落書きがされる事も多く、特に巡礼者の数が増える終盤の辺りは顕著であった。
頭に帽子をかぶせられ、少し見えにくいが背中にはザックを背負う
巡礼者なのに荷物を持っていない事を疑問に思ったのだろうか、ピクトに帽子とザックが付け加えられ、現代の巡礼者スタイル風にアレンジされていた。
とまぁ、巡礼路の案内板には、このような感じで何らかの落書きが施されている場合が多い。中でも特に多く見られるのが、ピクトの女性化である。
髪の毛が生やされ、スカートをはかされている
メッセージなんざも添えられたり
こちらは頭に冠を乗せたお姫様スタイルだ
長い髪を振り乱して進む。うっすら見るスカートはロングである
あまりお上品であるとは言い難いが、それでも落書きの中になんとなくの規則性が見いだせて面白い。
女性化に続いて多く見られたのは、背中に羽を生やした天使スタイルの落書きである。
前傾姿勢が天使と親和性が高いのか
翼に加え、なぜか足まで付け足されるのが特徴的だ
こちらは片翼スタイル
サンティアゴがなぜ聖地なのかと言うと、イエス・キリストの十二使徒の一人である聖ヤコブの墓があるからだ。一説によると、天使によって導かれた隠者がその聖ヤコブの墓を発見したという。
これらの案内板もまた巡礼者をサンティアゴへ導く為の存在であり、天使の落書きがされるのも、まぁ、分からなくない。
しかし中には天邪鬼もいるもので、天使の落書きが多い中、巡礼者のピクトを悪魔に仕立てる者もいる。
悪魔の尻尾が生やされていた
杖の瓢箪は手足が生やされ、まるで何かの生き物を棒で串刺しにしているようではないか。おまけに看板も汚い。不遇なピクトである。
悪魔とはまたベクトルが違うが、こちらは魔女スタイル
今度は魔女っぽい三角帽子を被せられたピクトだ。股下には空飛ぶホウキのようなものが描かれているが、手に杖を持っているのでやや不自然な印象がぬぐえない。
さて、落書きは何もピクトをいじるものばかりではない。思い思いのインスピレーションを元に、自由に描かれるようである。
杖を持つ……クラゲ?!
案内板の下部に描かれた、かわいらしいクラゲの巡礼者。おそらくは、その上にあるホタテ貝の巡礼路マークをアレンジしたものだと思うが、なかなかユニークな視点である。
道路標識も落書きの餌食に
サンティアゴ巡礼路は普通の舗装道路を歩く箇所も少なからずある。そのような所では、道路標識もまた落書きの対象となっていた。
このような普通の道路標識も狙われがち
「左カーブ有り」を蛇の舌に見立てた落書き
「牛注意」の標識は何だか酷い事に
額に角が生え、ユニコーンと化した牛である。他にもごちゃごちゃ落書きがされているが、小学生レベルな感じが一周して微笑ましく思えてくる。
グラフィティもサンティアゴ巡礼路仕様に
スペインの巡礼路では、町の壁や高架橋の橋脚などにグラフィティ・アートを見る事もあった。
それらのグラフィティもまた、サンティアゴ巡礼のシンボルであるホタテ貝や杖、瓢箪をあしらったものが多い。
町中に描かれたホタテ貝のグラフィティ
これは巡礼者と聖ヤコブだろうか
「a Santiago」はスペイン語で「サンティアゴへ」という意味である。つまり左の人物は巡礼者だろう。右の人物は胸にホタテ貝マークが描かれ杖を持っている事から、聖ヤコブではないかと思われる。
巡礼者と聖ヤコブが肩を取り合ってサンティアゴへ。日本の四国遍路には、遍路は一人で歩くのではなく弘法大師空海と二人で歩くのだという「同行二人」の考え方があるが、サンティアゴ巡礼もまたそのような「同行二人」の概念があったりするのだろうか。
こちらはグラフィティと言うより壁画か。昔の巡礼者の姿である
捨てられた靴もアートっぽい感じに
落書きから話が反れるが、サンティアゴ巡礼路では靴を見かける事もある。壊れた靴を捨てたのか、あるいは落し物なのか、それは分からないが、まぁ、ともかく、時々靴を目にする。
しかし、ただ道端に落ちているというワケではなく、何とも目を引く感じに置かれていて、これが意外と絵になるのである。
巡礼路の道標の上に揃えられていたり
木の柱に括り付けられていたり
積み上げた石の上に乗せられ、足を模した石がつっこまれていたり
モズのはやにえのように枝に刺さっていたり
その辺に打ち捨てられたままにするのではなく、こうして巡礼路のちょっとしたモニュメント的な存在に仕立て上げている所にセンスを感じる。
フランスの巡礼路はより芸術性が高い
さて、これまではスペインの巡礼路沿いで見た落書きやオブジェ的なものを紹介してきた。一方、フランスはどうだったかと言うと、これがフランスの巡礼路には落書きの類がほとんど無いのである。
スペインの巡礼路と比べ、フランスの巡礼路は歩いている人の数が少ないという事もあるが、それ以上にフランス人の気質が大きいのではないかと思う。
とはいうものの、所々に見られるオブジェ的なものは、スペインよりも多彩で個性豊かだ。せっかくなので、この場を借りて紹介しよう。
ロゼルトという村の広場。一見すると普通の石畳だが……
その一角が、ペロンと持ち上がっていた
このように、フランスでは町の中にさりげなくアート的な要素が忍ばせてあったりする。流石は芸術に強いこだわりのある国……という事だろうか。なかなか憎い遊び心である。
またフランスの巡礼路には、道沿いの住民の手によるある種の素朴芸術と言うべきオブジェも多く、目を楽しませてくれる。
ガラクタを寄せ集めて作った謎のオブジェ
こちらはスキー板で作った門と柵
木を巡礼グッツで飾る人もいる
このぶら下がったツナギには、遠目に見てびっくりさせられた
落書きから素朴芸術まで、盛り沢山なサンティアゴ巡礼路
今から思い返してみると、サンティアゴ巡礼は気付きの連続だったように思う。珍妙なオブジェを見つけては喜び、落書きに目を止めては他の落書きと見比べてみたりする。
もちろん、巡礼路上に数多く残る古い教会では、ガチな文化芸術を存分に楽しめるし、1000年以上の歴史がある道を歩きつつ、悠久の何かそういう雰囲気に浸る事もできる。
そのような、様々なモノをきめ細かく見て周れる徒歩旅行というのは、最高に贅沢な旅行のスタイルですな。
余談ではあるが、フランスのフィジャックという町で見かけた男性が、編集部の安藤さんにそっくりでびっくりした
ちょっとしたお知らせですが、著者の個人サイトに書いておりました、サンティアゴ巡礼の旅行記が完結しました。サンティアゴ巡礼についてご興味がありましたら、ご覧いただければ幸いです。
【サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼】
また、個人的なUstream配信も隔週で行っております。現在はサンティアゴ巡礼について、写真をお見せしながら巡礼中の様子を話しています。こちらもご興味ありましたらどうぞ。次回は6月21日(金)21時頃からの予定です(デイリーポータルZのUstreamが放送中の場合には時間を後ろにずらします)。
【Ustream:閑古鳥旅行社旅行報告】