キャバレーってまだあるんですか?
ネットで調べると、キャバレーは減っているものの東京にもまだ何店舗かあるらしい。本当によかった。大人へのステップであるキャバレーが残っていなかったら、東京は子どもでいっぱいになるところだった。
じゃあグランドキャバレーってどんなところなのだろう? キャバクラとは違ってショーがある、くらいはわかる。体験を知りたいので、Q&Aサイトなどで調べてみる。
キャバクラだと「キャバクラってどんなところなんですか?」「キャバクラ行っても楽しめないのですが、どうしたらいいですか?」という実践的な質問が多い。体験者が多いからだ。
しかし、問題のキャバレーとなると「キャバレーってまだあるんですか?」「キャバレーってどんなところですか?(しかし回答はみんな言っていることがけっこう違う)」という、あやふやな情報であふれていた。東方見聞録みたいな状態である。
ようするにネットをする人はとキャバレーにあまり行かないのだろう。 なので細かく教えてくれるページはなかったが、とりあえず老舗と呼ばれているキャバレーに行くことにした。というか今残るのキャバレーはどこも老舗のようだ。
覚悟を決めて、やってきた。
まだ入店してもいないのに
電車に乗ってキャバレーに向かう途中、緊張しすぎて気持ち悪くなってしまった。キャバレーはもちろんキャバクラなどの店に行ったことないので、初めての大人の世界である。気合を入れようと飲んだレッドブルのせいかもしれない。胸が少し重い。
安心するために、少しでも情報を手に入れようとスマートフォンでキャバレーについて調べていたら、バッテリーを30%くらい使った。行く前からダメージを負っている。
電車から降りるとそのまままっすぐキャバレーへ向かう。……つもりだったが道を一本間違えたせいで少し遠回りしてしまった。
店は見えるが、入るのは躊躇する
キャバレーを二度通り過ぎる
そうこうしていると店構えが見えた。が、通り過ぎた。 店の前に案内のボーイさんが立っていて、彼が別の客に説明していたからだ。 後ろに並ぶのも、ちょっと情熱的すぎるので、一旦通りすぎようという判断だ。
少し街を散歩したあと店に戻り、もう客はいないことを確認したあと近づいてみたが、やっぱりまた通り過ぎてしまった。二度目である。
今度は言い訳なしの「臆病」だ。どうしたものか。
もうこれしかない
酒の力
やっぱり気恥ずかしくて、入る勇気がないのだ。僕はコンビニに駆け込んで小さなウイスキーのボトルを買った。コンビニの前で開け半分くらい飲む。味がしない。
意を決してキャバレーの前に歩み寄る。
キャバレーの前にいた店のボーイさん(背中に「祭」と書かれたハッピを着ている)に「一人なんですけどいいですか」と話しかける。
すると「ここに来るのは初めてですか」と聞かれ、かぶせるように「初めてです!」と答えると、料金システムなどを説明してもらった。全部ネットで調べて知っていた通りだった。ここでまず少し安心した。
大人はパーカーを着ない
店に入ると、木曜日の7時過ぎだったのにかなり賑わっていた。
客は40代から60代(あるいはそれ以上)のサラリーマン男性たちという感じで、パーカーを着たぼんくらは僕以外一人もいなかった。僕は大人はパーカーを着ないということを学んだ。帰ったら全てのパーカーを燃やそう。
へぇ~、ここがキャバレーか~
キャバレーといえばショーなので、ショーがよく見えるという場所を選んで、ボーイさんに通してもらった。店内はうす暗いのかなと思っていたが、けっこう明るかった。BGMを生バンドが演奏しているのがキャバレーっぽい。もうここまでで大人の階段をのぼった気がした。
天井に桜の花を模した飾りが吊してあって、壁には「さくら祭り」と書かれた張り紙が。「エロ祭りか!」と色めき立ったが結果的に全然そんなことはなかった。歓送迎会の季節なので、いつもと違うイベント的なことをやっているそうだ。
店の様子をジロジロと観察していると何人かのホステスさんが近く通る。しかし、どれも過ぎて行ってしまった。そんなに一瞬で来るものではないらしい。実は店員に忘れられていて、このまま2時間くらい1人で座らされているのでは……と想像してすこし不安になった。
荷物を壁際につめる
席は4人がけのボックス席だった。はじめ僕は角の壁にぴったりつくように座って、荷物は隣に置いた。しかし、周りの人たちを見たところ男性の隣にはホステスさんが座っており、このままではホステスさんが来た途端に荷物が邪魔になってしまう。
そう気づいた途端、荷物を僕と壁の間にきゅうきゅうに詰めた。やったあと、準備しているみたいで恥ずかしくなった。
ビール飲むか迷う
さて、問題がある。すでに目の前にあるビールに手をつけていいのかわからない。入ったときに頼んだものがすぐに出てきた。
たぶん、飲んでいいんだろう。 でもせっかくキャバレーに来たのに一人で飲み始めるなんて寂しいじゃないか。でもでも、飲んで待ってないと、「何やってたんだコイツ……」と思われてしまうのではないか。でもでもでも……。非常にどうでもいいことで悩んでしまう。 大人はこんなことで悩まないだろう。
もう飲んじゃおうかなと思ったころに、こちらの方にうすいクリーム色のドレスを来たホステスさんがやってきた。「はじめまして」と言って僕の隣りに座る。荷物をどけておいてよかった。
システムの波に溺れる
まずホステスさんから名刺とカレンダーにお店の営業日が記されたカードを渡された。名刺には手書きで名前と出身地が書かれている。
渡された定休日カードを注視していると、ホステスさんは「定休日はこのマルが付いているところですよ、見えます?」とカードを指さし、そしてカードを持つ僕の手に触れた。
その時歴史が動いた。
かつて僕がインドに旅行に行ったとき、インド人は僕に馴れ馴れしく話しかけてくることはあっても、触れてくる人は一人もいなかった。つまり、キャバレーはインド以上であった。三蔵法師が求めた天竺にあるありがたいお経とは、営業日カードだったのではないか。
その他に、始めてきた人は胸に付けるという白いばらをもらった。店内の照明にブラックライトが混ざっていて、白いばらはすごく目立つようになっている。別に玄人になりたいわけじゃないが、素人まるだしなのははずかしい。
ここまでは挨拶代わりというか、「初めての人にはこうする」というマニュアル的な一連のシステムなのだろうが、僕はもう息切れしそうになっていた。
ホステスさんに訊く
僕が「こういうところはじめてきました」と言うと、ホステスさんはキャバレーのことを色々教えてくれた。
「キャバクラと比べるとキャバレーは、指名を取る競争があまりないからホステスさん同士仲がいいし、何より終電で帰れるんですよ!」
キャバレーが働きやすい環境であることをプッシュされた。昼は会社員をしているというホステスさんに、終電で帰れることは嬉しいだろう。 僕も働かせてほしい。
在籍しているホステスさんが200人くらいいるので、源氏名を決めるときに名前の希望がいくつもかぶってしまい大変だったという話も聞いた。
僕は超重症の口下手なのため、話を聞いている間ほぼ「あー」とか「そうなんですかー」とかしか言わなかったので、ホステスさんにはつらい思いをさせたかもしれない。
しかも隣に座っている人と話すのに慣れていないので、話すときにどこを見たらいいか分からず、ホステスさんの右の瞳を集中的に見るか、全然違う方を向くかしかしていなかった。なのでどんな顔か覚えていない。大人として恥ずかしい。
だがホステスさんはそんな僕にもきちんと話をしてくれた。ありがとう。そんなホステスさんは休日はBL漫画を読んだり、ネットで喪女スレッドまとめとかを読んで過ごしているらしい。活動の領域がすごい。
これが初心者マークの白いばら
桜まつりがはじまる
会話しながらふと店内を見回すと、ステージ横の壁に天守閣のような薄型の立体があった。僕がホステスさんにアレはいつもあるのかたずねると「今気づきました! いつもはありませんよ。桜まつりだからじゃないでしょうか」とのことだった。
そう、今日はは桜まつりなのである。
すると店内の照明が少し落ち、何かはじまりそうな雰囲気になる。桜まつりのショーが始まるのだ。
昭和感のあるショー
音楽とともに合成音声のような女性の声でアナウンスがされる。「初音ミクか。ちゃんと新しいものも取り入れてるんだなぁ」と関心していると、アナウンスの後ろでうっすらかかっているBGMが「ザ・ベストテン」のそれだと気づいた。
声は初音ミクじゃなくて黒柳徹子のモノマネだった。全然新しくない。
そしてノリの良い男性(副店長らしい)がステージに出てきて「ハイスクール・ララバイ」を歌い出した。どうしようもないほど楽しげだ。僕も思わず手拍子をしてしまう。
男性が歌い終わると、ミニスカートの黄色い派手な服(錦糸卵みたいなヒラヒラしたものがたくさん付いている)を着たホステスさん達も現れる。そして「セーラー服を脱がさないで」を歌い出した。きっとこの日のために練習したのだろう。頑張り屋さんである。
さくら祭りの正体は、ホステスさんによるショー、店の装飾、あとボーイさんのハッピだった。歌やネタの仕込み方が昭和感があってすごく、昭和の人が亡くなったらこういう天国に行くんだろうな、という趣だった。
桜はイメージです
ショーのおひねりの渡し方
プロのダンサーさん達によるショーもあった。とてもキレのある動きのダンサーさんたちが通路に流れてくる。
すぐ目の前のフロアでのダンスは迫力がある。次から次と違う衣装のダンサーさんが来るのだが、10人くらいがものすごい早着替えをして回しているだけのようだ。これもすごかった。
それはいいのだが、前にいる客がテーブルに乗せてている洗濯バサミがついた棒が気になる。あれは一体なんだ。よく見ると洗濯バサミは折りたたんだ1000円札を挟んでいる。
たっぷり20分ほどのダンスが終わるとホステスさんがダンサーに近づき、1000円札をはさんだ棒をダンサーさんたちに渡していた。おひねりじゃない、おはさみだ。これがキャバレーだ。
「キャバレーは大人のもの」と思っていた僕の意識を再確認させてくれる様式だ。
「おひねり棒」
満足した
21時に料金システムが切り替わるので、その前にホステスさんがボーイさんを呼んでくれる。
その呼び方がかっこよくて、火をつけたライターを高く上げて、ボーイさんに見せるのだ。そんなライターの使い方はみたことない。なんだか今日は全部に感動している気がするなあ。来てよかった。
料金を支払うとき財布を見て、1万円程度で足りるのに2万5千円用意していったことを思い出した。キャバレー恐れすぎである。
僕と同じように21時で帰るお客は多く、店の前はドレスで着飾ったホステスさんであふれる。似たような景色を見たことはあるが、今回は客として見送られる当事者だ。これもちょっと恥ずかしい。
ホステスさんは「またよかったら来てください~」と言いながら、すごい勢いで手のひらを「バイバイ」させる。僕は、自分も同じ勢いで手のひらを「バイバイ」し返すべきかわからず「はい、また」と言って、会釈して帰った。大人って難しい。
帰りの電車で今日あったことを何度も何度も反芻しました…
キャバレーよ、永遠に
緊張して入ったキャバレーだったが、すっかり楽しんだ。帰るときには、温泉から出たあとのようなほっこりしたような気持ちになった。
まだまだ大人ってなんだかよくわからないが、キャバレーは「大人になった気分」にさせてくれた。大人になるステップの一段分は、キャバレーにあることは間違いないだろう。