思い出
今や色々な所でみかける丼丸チェーン店。基本的には海鮮の丼ものを持ち帰りで、525円という安価で提供している。しかしこちらのお店は店内でも食べる事ができ、握りも出せる、チェーンの中では珍しい方のお店だった。ちなみにお店毎に仕入れ先は違うそうだ。
私の心模様が反映しているのか、最終日の天気は雨。
3年半前、「子供の頃の夢を叶える」という企画でブログを書こうと思い、初対面の大将に寿司を握らせてください!といきなりお願いしに行った。元々お店に買いには来ていたのだが、カウンターに入るのは初めてで、もちろん断られる可能性が高い、ダメ元の訪問だった。
しかし大将は「夢叶えなよ!」と粋な返答をくれ、後日大事な休憩の1時間を使ってお寿司を握らせてくれた。
手にシャリがついて大変だった。幼馴染み夫妻がお客。
夢を叶え、大好きなイクラを大量に使った軍艦もたらふく食べた幸せな1時間。忘れられない。
その貴重な体験以降、私はカウンターに必ず顔を出す様にした。持ち帰り客が多く、顔が見れないのが残念と大将が言っていたからだ。
ある時夏バテに良いよと出してくれたオマケ
私は良い事があった時や悪い事があった時、いや何でもない時でも事ある毎によく食べに行った。気兼ねしない値段、美味しい寿司が出る安心感。そして大将とのちょっとした会話を楽しんだ。
ある時顔に疲れが出ていたか、マグロの乗った小鉢をおまけしてくれたりもした。他にも、私が大好きなイクラは気のせいかいつも多めに見えたりした。気遣いが凄く嬉しい。
PM 5:00 様子を見に行く
最後なので集合写真を。大将をサポートしてきた方達と
レジのおばちゃんとも天気の話など、些細だけれども会話をしていた。いつも元気な対応が、これから寿司を食べる嬉しさと相まって私のテンションを高くしていた。
閉店日の金曜17時、会社を早めに切り上げまずは様子見と店にやってきた。いつもはサポートは一人だけなのに今日は3人揃っている。最後なので手伝いに来たそうだ。
PM 6:00 大忙し
絶え間なくオーダーが入る!
17時の時点ではまだネタはあるとの事だし、邪魔になるのもなと一度出直して18時にまたやってきた。カウンターにも外にもお客がひっきりなしにやってきて凄く忙しそうだ。私は一緒に食べようと声をかけていた幼馴染と母が来るのを待ちながら、ネタが尽きやしないかソワソワし始めた。
すると「エンガワ無くなりましたー!」と大将の声。ええっ!
PM 6:20 急いで注文
無くなったら困ると急いで注文。ネギトロ軍艦の大きさにはいつもビックリする。上の8貫が525円、下の12貫が785円。安い!
大将のその一言に動揺し、二人が来る前に急いで注文した。エンガワはまだあった。どうやらエンガワを多く使う「エンガワ丼」を作る程の分量は無くなったという意味だったらしい。
お任せ握り4貫を追加
寿司は私を簡単に幸せにしてくれる。
3年半ぶりに店に来た幼馴染みと、母。満足そうだ
味噌汁はもう無いと言われショック中
3年半前に私の握った寿司を食べて貰った幼馴染みが「最初から大将の握ったのを食べてたら俺も通ってたのに」と文句を言ってきた。あの時は私の手際の悪いニチャニチャ寿司を食べさせていたため店の印象が良くなかったようだ、双方に悪い事をしてしまった。
PM 6:50 看板の明かりを落とす
お持ち帰りのみになった
看板の電気が消される
19時前。早くも看板の電気が落とされた。ちなみにこの日はネタが無くなり次第終了にすると言っていた。つまりは終わりが見えて来たと言う事なのか。ああ嫌だ!だけど時は無常にも過ぎてゆく…。
PM 7:10 大将イチオシ握り&追加オーダー
こりゃ美味しいよ
追加でお任せ握りをオーダー
ちょっと落ち着いた大将が「最後の一貫はこれ食べさせたかったけど、なくなっちゃう前にね」と言って美味しいトロをいただいた。楽しみにしていたお味噌汁が飲めなかったのを引きずっていたけど、これで気持ちは回復した。
追加でお任せ8貫をオーダーすると、さっきとは少し内容が変わっていた。
PM 8:00 大将、涙
おばちゃん達からサプライズプレゼントが渡されたのだ
流石にやられた大将。「泣かせる事ができた!」と喜ぶ皆
寿司屋はワサビ以外で泣くところじゃない。だけど大将や皆の思い出つまった日々を思うと私も目頭が熱くなった。
みんな口々に、「また会いましょうね!」と元気に言っていた。大将はそんな彼女達のパワーにきっと助けられてきたんだろうな。
最後はこの常連メンバーで過ごす
カウンターに、常連中の常連達が並んだ。私は4名のうち3名に見覚えがあった。相手もその様だった。TVでやってるニュースについて話したり、昔女遊びをしていた話を聞いた事あったのを思い出す。
初めて会ったハンチング帽子の人は私が大将に話しかける様を見て「もしかして伝説の女ですか?」と声をかけてきた。いきなり寿司を握らせてくれという女がいたというのを大将は皆に話していたらしい。伝説にされたの初めて!
PM 8:10 ほぼ空っぽになった冷蔵庫
残りのシャリ
残りのネタ
冷蔵庫もほぼ空っぽに
もうこの中には原価二千円分も無いですね、と言っていた。あ、これだけは高いです、とイクラが詰まったタッパーを指した。欲しかった。
ちなみにこの日は缶ビールだけで持ち込みOKスタイルだったが(誰も持ち込まなかったが)、いつもは瓶ビールを出していて、常連客が仕事帰りに来るには最高の場所だったのだ。
PM8:15 キープされてた最後の味噌汁
一番最後に入ってきた女性の常連さんに出した丼。美味しそう~
あ!味噌汁だ!なんで?
終わった筈の最後のお味噌汁は、女性の常連さんがキープをしていたらしい。私も前もって言っておけば良かったのだ。失敗したー!と悔しがると、その女性は「あたしさっき食べたからどうぞ食べて」と譲ってくれた。彼女はなんと今日3回目の来店なのだそうだ。
や、やるなあ…
こちらの美人が譲ってくれました(なぜか昔の写真を持ってきていて見せてくれた)
旨いよ…
実はこのお味噌汁の存在、先日閉店を知った日に初めて知った。その時は3つ先の駅から毎週ウォーキングでこのお店に来ているというご夫婦に教えてもらった。手作りで、なんと100円なのだ。ほぼ元が取れていないがお客に喜んでほしいと手作りしていたのだ。その安さからインスタントだと思い込んで頼まずにいた私。今まで勿体無いことしてた。
PM 8:30 私以外はお腹一杯。いよいよ最後の寿司!
幼馴染みも他の常連客も、もうお腹が一杯で食べれないと言い出し美味しそうな切り身が私に周ってきた。私も満腹は近いが、まだいける!
お腹一杯でも全然入っちゃう
では最後に何にしましょう、と大将が改めて聞いてきた。残っているラインナップから私は大好きなイクラと、巻きではなく握りも欲しいなとまだ残っていたエンガワを頼んだ。
これがこの店最後の寿司か…(美味しそう!)
アレっ何?!
これで大将の寿司はしばし食べ納め…、といざ箸で口に持っていく所で、お姉さんと大将が外に出て行った。あれ、もしかしてお客さんが来ました?
PM 8:35 あなたが最後のお客さん?
粘る若者。気持ちは分かるぞ、最後食べたいよね
大将が「もうほとんどありません」とその若者の客に言うも、彼は粘りを見せ、何でも良いですと答えている様子。結局大将は「どうしても俺のが食べたいって言って」と嬉しそうに残ったネタを使いお任せ海鮮丼を作ったようだった。
私はこの店最後の注文だったハズのイクラとエンガワを食べながら、何が残っているか心配になった。このままでは若者が最後の客となってしまうので、もちろんもう一貫頼むつもりだ。まさか全部無くなっちゃったからガリを乗せた寿司とか出さないよね、大将!
PM 8:43 本当に最後の寿司
しかし大将はちゃんと私のことも考えてくれていた。これが本当の最後の一貫だ。スペシャル軍艦!!
若者の海鮮丼を作り終えたあと、大将が「じゃあ最後はこれで!」と得意げにお皿を差し出した。その上に乗っていたのは…なんとイクラ、ウニ、生エビ、カニ、ホタテのスペシャル軍艦だ!こんなの見たの初めてだ~
思わず目を瞑り海の中を泳いだ
最後の最後にこんな贅沢ができるとは…1ありがたい。気がつけば舌に集中するために目を瞑っていた。これは美味しい寿司を食べる時の私の癖だ。
PM 9:20 閉店
食べるものは無くなり、お茶をすすりながら常連の人たちと話していたらもう9時を過ぎていた。大将の思い出話を聞きたかった所だけど、この心地いい空間の中、常連さんも話し足りなかったんだろう。
ゾロゾロと外に出る。雨はすっかり上がっていた。
3年半前に教わった、「かっこいい皿の出し方」ポーズ
大将、今日は疲れましたよね
最後に、3年半前に撮った写真と同じポーズをお願いした。朝から忙しい一日を送った大将は疲れ気味の、やり切った顔をしていた。
大将のキャリアはもう30年近くと長い。そのうち、このお店にいたのは4年半。凄く濃かったですね、とシミジミ言っていた。
また食べに行きます!
そう、また食べる
近くにあった好きなお店が無くなるのはもの凄く悲しい。だけど大将はどこかで握り続けるのだから、またそこに食べに行けばいいのだ。(この土地は丼丸の事務所になるそうだ)
3年半前お寿司を握らせて貰った時、まさかこんなに早くお店が無くなるなんて思いもしなかった。けれど今日ここに来て、大将が色んな人に愛されてる事がよく分かったのは嬉しかった。かつて自分の手にひっついていた米のように、これからも大将にひっついて食べに行こうと思う。