特集 2013年2月20日

書き出し小説大賞・第11回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表、十一回目である。

夜中、窓の外から痰を切る音が聴こえてくることがある。いわゆる「カーッ、ペッ!」というヤツである。おそらく年配者の咽から絞り出されたであろうあの音には、然しただの不潔さ以上に、人生そのものを凝縮した哀切な響きがある。短い音にあらゆる感情が込められているという点では、書き出し小説に似ているのではないだろうか。汚い例えで申し訳ないが。

今回も集まった珠玉の書き出し小説。その裡に秘められた切なる感情を読み取って欲しい。

書き出し自由部門

しおりの挟まれたページは白紙だった。
TOKUNAGA
白紙から始まる物語。これぞ書き出し小説。
観客にわからないようにアシカを蹴るのも、難しいものだ。
おかめちゃん
知りたくなかった舞台裏。
落としましたよ!と手渡されたのは、さっきまで軒下に干されていて、今ポケットにしまったはずのものだった。
ハラセン
よくニュースで体育館いっぱいに陳列されている、アレだ。
親父のひっくり返したちゃぶ台は、宙で回転すると、寸分たがわず元の位置へと着地した。家族の夕食は続く。
TOKUNAGA
茶碗や湯飲みも無事着地。
指定されていた駅前に、暴れ太鼓のモニュメントなどという待ち合わせ場所はどこにもなかった。大男が一人、こちらを見ている。
xissa
両手に鉛のバチを握って。
チェックメイト。飛車の上に黒の碁石を叩きつけて、寺内はそう口にした。彼のせいで牌が交ぜられない。
しろみ
この書き出し以降、寺内は登場しない。
酩酊しながら開けようとした魚肉ソーセージの金属で歯が欠けた。テレビでは熱血漢の塾講師が「じゃあいつやるの?今でしょ!」と息巻いている。
こむー
同空間に孤独と熱血=間抜け。リアルな道具立て。
身長30cmほどの小人が1エーカーの森を散歩していた。1歩歩くと2人になり、2歩歩くと4人になり、22歩歩く頃には森に歩くスペースが残っていなかったので、その日の散歩はそれでお終いにした。
兎は月を見てぴょんと跳ねた
海外の掌編アンソロジーにあってもおかくない。夢のようでもある読後感。
「いいかね、あれがペテルギウス」そう説明しながら覗き込む先生の望遠鏡はとても長くて、月に届いてしまいそうだった。
夏猫
絵本的な世界が浮かぶ。たむらしげる氏のイラストなんか似合いそう。
「ねんど」だ!高校以来だから10年ぶりか。ものすごくいい女になってる。ああ、本名が思い出せない。
さいしんどう
ねんどがブロンズに!
これは、股間に物が当たった際の金属効果音を最初に考案した男の話である。
大伴
思わず飛ばし読みしたくなるという、新手の書き出し。
到着した消防隊員たちは一列に並ぶと自慢のポーズを決めながら自己紹介を始めた。
wabisuke
結果、ボヤが全焼に。
会計を済ませ病院を出たところで、お釣りの小銭を地面にぶちまけてしまった。近くにいた中年男性が拾うのを手伝ってくれ、私が礼を述べると彼は微笑を浮かべて、また「妻の視力を返せ!」と書かれたプラカードを持って元の位置へ戻っていった。
勘定奉行
小銭がつないだふたつのドラマ。
今夜、東京中のメトロを止めたのはあたしだ。
そらまめかかお
この場合「地下鉄」では事件性が先立つ。メトロが正解。

常連組が安定した力を見せた回と言えるだろう。
ハラセン氏の作品は主題であるモノの名前を出さずに、それを的確に想起させる上手い作品となっている。このようにテーマや感情、あるいはオチを文章上に表さず、あえて読者に受け渡す方法は、あらかじめ文章量の少ない書き出し小説にとって、もっとも有効な手段といえよう。
そういう意味ではTOKUNAGA氏の作品は究極的かもしれない。白紙のページを渡された私たちは、そこに自らの物語を書き付けるしかない。
花伝書の有名な一文「秘すれば花」の通り、言わぬことで届く言葉もある。この能の秘伝をいま一度噛みしめたい。

さて、続いては今回の規定部門、モチーフは引き続き「妹」であった。 前回にまさるとも劣らない、斬新な妹像が提示された。厳選された十本を紹介しよう。

書き出し規定部門(モチーフ・妹)

テトラポッドの上でカサカサしている大量のフナムシに、僕は「妹」と名付けた。
ねことか
俺の妹がこんなにカサカサするわけがない。
声がどんどん低くなり、お兄ちゃんと呼んでいたのがおまえ呼ばわりになった。おぶった妹が石のように重くなり始めた。
山本ゆうご
夏目漱石の「夢十夜」に似た話があるが、妹変換すると違った味が出る。
捕まった渡辺の部屋からは、妹のランジェリーと、私の『美味しんぼ』が押収された。
ただの県民
妹への微かな嫉妬が漂う。
「影ってさぁ、その人の分身なんだってね」 妹はそう無邪気に笑うと、僕の影の上でプロ並みのタップダンスを披露した。
靖丸
兄の心情を想うと、切ない。
何作目かを聞きたかったのだろう妹が、私に尋ねて来た。「今やってるの、なん丁目の夕日?」
菅原 aka $.U.Z.Y.
まさかのパラレルmovie。
妹は月に一度羽化をして窓の外に羽ばたく。私は戻ってきた彼女の汚れた足をそっと拭う。
夏猫
儚くも美しい情景が浮かぶ秀作。月に一度という点も意味深。
帰るなり満面の笑みで台所に駆け込んでいった弟が、次の瞬間には姉の部屋に殴り込みにいった。私のところに泣きついてくるまであと10秒ほどか。
紙製梱包具
妹を軸に家族全体が描写されている秀作。
トモエは補助輪のついた自転車を押しながらため息をついた。「だからついて来るなって言ったじゃあないの」サチコは黙ってトモエの後ろを歩く。膝の絆創膏は足を曲げるたびにつっぱるし、顔は涙と鼻水が乾いてヒリヒリした。
宮尾
きっちり書かれた王道の書き出し。芥川龍之介の「トロッコ」を思わせる。
「妹じゃなかったんだ」「はい」
法衣に身を包んだシスターは笑顔を崩さずに否定した。
レイタ
痛恨の翻訳ミス。
電話で出馬を打診された妹は、ゆっくりと煙草をくゆらせた。
ただの県民
打って出るのか?妹よ!

今回もバラエティ豊かな妹が集まった。 妹そのものに重心を置くか、妹との関係性に重点を置くかで、味わいも変わってくる。端丸氏の作品は兄と妹の関係性を表すことで、互いのキャラを引き立てている。紙製梱包具氏、宮尾氏、ただの県民氏、夏猫氏の作品にも同系統の技が意識されている。 ねことか氏の作品では、もはや妹は概念のみとなり、その概念すら元型を遠く離れている。同じモチーフでも距離感、アプローチによってこれほど多様な作品が集まるのかと驚かされる。ともあれ二回の募集で妹系ノベルはその裾野を広大に伸ばしたのではないだろうか。(自負)

では次回のモチーフを以下に発表する。
次回モチーフ 失恋
あらゆる創作において絶えることのない普遍のテーマといえよう。 失恋の決定的場面だけではなく、それを漂わせる書き出しでもよい。また前述したようにモチーフとの距離感、アプローチ、どの人物を視点に置くかでも、ドラマは多様に創れるだろう。無論、経験をそのまま作品に昇華させてもよい。各自勇気をもって、古傷に立ち向かって欲しい。 締め切りは2月27日、発表は3月1日を予定している。

投稿フォームで自由部門か規定部門かを選ぶこと。それでは諸君からの力作を待っている。以下の投稿フォームで応募されたし!
最終選考通過者

高橋 政敏/ハンドルネーム/赤嶺総理/越雲/生おにぎり/木製チキ/橘太郎A/くびまわり寝具/概念覆す/表情豊/エルバンダ/G_Ken1/雷花/ちんげもじ/パク/coda /ヨイトマK/kanata/megahiro/fumi/ミスターミステイク/よしおう/れのん/長瀬勝手口/すり身/トニヲ/タコさん/雛/猫毛/じゅんじゅん/縄文式あんぱん/パンプル/吉蔵/suzukishika/
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