機能性を超越
たぶんこれ気になっていた人多いんじゃないかな。
恵比寿駅からすぐ。久保ビルという建物の外に…
遠目で見るとなにかの模様のようだ。
角をまたいでの張り込み方にも気合いが感じられる。
ダイナミック!そして読めない!(いくつか見ていくと、だんだん読めるようになります。ってそれ、物件情報としてどうなのか)
「マンション」の字のハネがすごいことに!「高級分譲賃貸マンション」がどんどん小さくなっていくあたりの、後先考えない勢いにぐっとくる。というか「譲賃」のあたりは字はもはや一体化。あと、洋室のジュウタンの表現がすばらしい。
準貸家なんだね!と頷かざるを得ないダイナミックさ。「一階」の「一」がもはや何かを塗りつぶしたかのような太さに。プライバシーを守るための目線のよう。
間取り図の特殊な形にもめげず、余白を使い切るぞ!という気概が感じられる。「3」だけなんかかわいらしい(でもやっぱり太いけど)。
これを「貸事務所」と読める人間の認識能力ってすごい。あと、これだけダイナミックなのに、賃料の数字など肝心のスペック数字がやけに弱々しいのがかわいい。
「貸」とか「店舗」とか「恵比寿」とか、書き慣れた(と思われる)文字ほど読めない。
「事務所」もかなりのダイナミックっぷりを見せる。
もうこれなんかがシンプルに見えてくる!
この「あらかじめゲシュタルト崩壊した」文字群ときたら!ダイナミックにもほどがある。一部をじっと見てると図と地が入れ替わって、黒字に白い模様が描いてあるかのように見えてくる。
試しに、冒頭の間取り図の文字部分だけを切り取って、その「白黒比」を測ってみた。
この部分の「地」である白い面積と、「図」である黒い面積とを比べよう。
まずは文字じゃない部分。125万179ピクセルと計算された
まずは文字が書かれていない白い部分。約125万ピクセルという結果。(Photoshopでコントラスト高めて、白い部分を選択し、ヒストグラム表示で計測しました)
さて、同様に黒い部分を測ると…!?
なんと約238万!
圧倒的な墨痕具合!
ちなみに、上の文章の白黒比を測ったら、こんなもの。比較すれば、この間取り図の力強さがよく分かるというものだ。比較しなくても分かるけど。
どんな方が描いているのか…
さて、こうなると、いったいどんな方がどんなつもりでこの間取り図を描いているのか気になる。
ということで、この久保商事さんに取材してみました。
おじゃましまーす。
すごくすてきでおもしろい方!
久保商事の蟹さんと。うれしくて記念写真撮らせてもらっちゃった!
「もの好きだね-」と言いながらも、快く迎えてくれたのは、久保商事の蟹さん。蟹さん、ってキュートな名前だなあ。どちらのご出身ですか?
「もともとは広島だね。あなたはどちら?」
---えーと、ぼくは千葉出身です。
「へー、千葉から来たの?」
---あ、今日は打ち合わせなんかもあったので、そのついでに立ち寄らせていただいたんですが。で、どういう経緯でここで不動産屋さんを?
すごくアットホームな事務所です。
「10年ぐらい前に久保さんから任されて独立したんだよ」
---あー、なるほど、それで「久保商事」なんですね。
「そう。この世界自体はもう30年ぐらいかなー。あなたは何やってるの?」
---あ、ぼくは写真撮ったり文章描いたりしてますが。
「へえ、それで食ってけるの?」
---いやあ、たいへんですよ。あのー、で、ずっと不動産屋さんですか?
「いや、東京の前は大阪で建築やっててね。どういう写真撮ってるの?」
---えーと、説明しづらいんですが、工場とか団地とか…
「はー、そうなの」
テーブルの上のオブジェにぐっときた。
話の間じゅう、ちょくちょく逆質問されて、それがすごくおもしろかった。蟹さん、どうやらフリーの仕事に興味津々のようだ。やはり不動産やさんだからだろうか、安定した収入の無い人間が気になる、とか?
壁に若い頃の蟹さんの写真が!ちょうイケメン!
描いているのは女性!
---で、この間取り図なんですが、蟹さんが描かれてるんですか?
「いや、別の人間が描いてる。で、あなたのところは何人ぐらい?」
---え?
「仕事はどのぐらいで?」
---え、あ、フリーで一人でやってます。
「へえー。よくやってるねえ」
---ええ、たいへんです。で、描いてる方ですが、どんな方なんですか?
「ああ、いまちょっと調子が良くなくてねえ、休んでる。女性だよ」
---え!そうなんですか!それは…残念。お会いしたかったです。
「あなたと同じぐらいの歳じゃないかな」
事務所内にもところ狭しと物件情報が。
実際描くところをみたかったのだが、残念。しかし、女性というのは意外だった。ちょうど蟹さんぐらいの感じの方が描いているのかと思っていた。
---どうしてこんな風に描くようになったんですか?
「それはやっぱり目につくようにね。ウリの部分を強調してね」
---(全部ウリってことか…)
あらためてウリを強調するためか、ついに赤線が!強調が強調を呼ぶ、強調のインフレである。そして右下「マンション」の隣の文字が読めなかった。ウリらしいのに。(どうやら「スタイル」のようだ)あと「洋室十.二五帖」の「十」は間取り図内の数字を見てからやっと読めた。
---だんだんこういうテイストになっていったんでしょうか?
「やー、たぶん最初っからこうだったよ。それにしてももの好きだねえ、ほんとに」
---そんなことないですよ!ずっと前から気になってて。そういう方多いんじゃないですか。評判はどうですか?
「うーん、特になにも」
見れば、すべてが「久保商事テイスト」ってわけではない。もはや、なんか物足りない。
---え!ぼくみたいに取材に来る人、いままでにいませんか?
「あなたが初めてだよ」
---意外です。
と、そのとき、お客さんが入ってきた。
まるで仲の良い親戚のような雰囲気でお客さんと話をしていたのが印象的。
どうやら、この久保商事で事務所を借りている方らしい。せっかくなので訊いてみた。
---この間取り図、どう思います?
「ここらへんでは名物ですよね-」
---やっぱりそうですよね!ほら、蟹さん、界隈では有名なんですよ!
「褒めてくれるのはあなたたちぐらいだよ」
その後も「最近は暇だよ。あんたは忙しいの?」なんて言いつつ、つぎつぎとお客さんがやってきていた。
そうだねえ…これなんかどうかねえ
---いままでにざっと何枚ぐらい描いてますかね?
「うーん、まあ、1000枚ぐらいはいってるんじゃないの?」
---すごい!あと、最後に、ぼくが都内で8万前後で一人暮らしするとしたらどれお勧めですか?
「そうだねえ、これなんかどう?」
これを勧められました。前出の「ジュウタン描写物件」だ!
とてもすてきでゆかいな蟹さん。お客さんが絶えない理由のひとつが分かった気がした。
---いつか描き手の方にもお会いしたいです。ありがとうございました。
「うん、あなたもがんばってね。お疲れ様」
久保商事の隣が空いてました。
その隣の物件はこれ!「二分」と「一階」の「二」と「一」の太さが目に浸みる。
落ち着いてくると文字以外にも目が行く
さて、もうすこし久保商事作品を見ていこう。
衝撃から立ち直って落ち着いてみてみると、文字以外にもキュートな部分があることに気がつく。
文字だけでなく、間取り図内の畳の描写やベランダの質感、台"処"の床の描き方など、見所はまだまだ多い。
これは文字もさることながら間取り図への描き込みがすばらしい。廊下や階段の描写もいいし、あとはバスタブのマークがキュート!
見ていくと、どうやら既存の、いたってふつうの間取り図にどんどん描き込んでいっているようなのだ。その手つきもまたすてき。
これも「温泉マーク」がかわいい。あと「七分」の「七」がすごい。全体的に画数の少ない文字ほどダイナミックになる傾向が。
これも温泉マークがいい。あと和室の床の間の木目描写にぐっとくる。
描き込んでいない「恵比寿」がなんだか物足りない。そして温泉マーク。
「通勤、通学~」あたりの描き込みを自制した感じにむずむずする。そして温泉マーク。
これはシャワーの描写がかわいい!
あとは、細かく格子状に床を描き込んでいくスタイルにも注目だ。
タイルなのだろうか。それともカーペットだろうか。不揃いだが妙に味がある床面描き込みが愛おしい。
これも床がいい。
上のものなどは、四角く塗りつぶされている部分が何かの文字かと思ってじっと見てしまったが、どうやら柱のようだ。柱と文字の区別さえ定かではない、それが久保商事スタイル。
恵比寿に行ったら見てみてください
以前「
修悦体」が話題になったが、次は「久保商事体」ではないか。まだまだ現地にはたくさんのダイナミック間取り図が展示されているので、恵比寿に見に行ってみてください。
久保商事は、
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