いくぜ必殺ソニックブームだ
ハッキリと「大丈夫」と言ったのにはもちろん根拠がある。
以前にテレビの科学ドキュメント番組で「ムチを振った時に鳴る『パン!』という音は、先端が音速を超えた時に発生するソニックブームだ」と言ってたのを観たのだ。
すごい、ソニックブームだ。
物体の速度が音の伝達速度(音速)を超えた時に発生する衝撃波だ。
格闘ゲームの必殺技でお馴染みのアレの、本物だ。
飛行機によるソニックブーム(イメージ)
カウボーイのムチがパンパンと音を立てているのは見たことあるが、あれはムチが地面を叩いている音だと思っていた。
ムチを振ることでソニックブームが自在に起こせるなんて、めちゃくちゃ格好いいじゃないか。
ということで、ムチを振ってソニックブームを起こす「クラッキングウィップ」と、離れた位置の的を狙う「ターゲットウィップ」を日本国内でスポーツ競技として普及させようとしている『日本スポーツウィップ協会』の合同練習会にお邪魔させてもらうことにした。
本当にすごい音速
すでに奥の方でムチを振る方が。
場所は都内の体育施設。スポーツウィップ協会では、大阪と東京でそれぞれ月に1回~数回、メンバーが集まって練習会を開催している。
協会員でなくても、興味のある人は参加費を払えば自由に参加させてもらえるとのこと。(もちろんムチのレンタルもあり)
開始時間をちょっと過ぎたぐらいに伺うと、会場ではもう練習を開始している方がいる。
パン!パン!パン!
取材で動画の撮影はNGとのことなのでGIFアニメで表現するしかないが、特に気負った感じもない男性の前方から「パン!」という乾いた破裂音が、ムチを振り降ろす度に聞こえてくる。
えええっ、あれがソニックブームなのか。そんなに気さくに超えて良いものなのか、音速。
なんだか信じられず、意味もなくムチを見せてもらう
「すいません、この音って、ソニックブームですよね?」
「あ、ハイ、そうらしいですよー」
やっぱり気さくだ。
ムチ図解
ムチは大きく分けるとこんな感じの部位で構成されている。
で、ハンドルを握って大きくしなやかに振ることでトングより先がループ状に送り出され、最後にクラッカー部でループが解けた瞬間が音速突破の瞬間だという。
(実際には、音が鳴ったからといって常に音速を超えているわけではないらしいが)
という話をうかがっている間にも、協会のメンバーが集まってきてはムチを手に練習を始める。
なんと両手ムチ。
パパパパパパパパパパパン!(エンドレス)
普通に街を歩いてる格好の人が両手にムチを持っている、という状態がすでによく分からないが、そのムチを同時に振り出すと、ソニックブームがマシンガンかヘリコプターの音のように連続して響いてくる。
…という連続写真を撮っているのに気付かず前を横切ってしまった。申し訳ない。
なんかもう完全に面白くなってしまい、いろんな角度から音速超えてるのを見たかったのだ。これは格好良すぎるぞ。
ウィップパフォーマー登場
そうこうしているうちに、東京での練習会を主催している方が入ってこられた。
ウィップパフォーマーのナオミさん
ナオミさんは、いろんなステージで踊りながらクラッキングウィップを見せるパフォーマンスをしている、プロのウィップパフォーマーである。
パフォーマンス練習中のナオミさん(パパパパパン)
ダンスの合間にもソニックブームが激しく鳴り続けます(パパパパパン)
ウィップパフォーマンスがどれぐらいスゴいかというのは、実際に動いて音が出ているのを見るのが一番なので、できればYoutubeなどで「
whipcracking」と検索して欲しい。思わず腰が引けるすごさだ。
アメリカのウィップパフォーマー動画を鑑賞中。正直、凄すぎてイメトレにならない。
ムチと鬼軍曹
日本スポーツウィップ協会が行っているのは、練習する場を参加者が合同で借りている「合同練習会」なのだが、初心者にはちゃんと主催者…東京だとナオミさんが危険の無いように丁寧に指導してくれる。
なんといってもムチは本来武器なので、怪我をせずに楽しむためにはきちんとした注意が必要なのだ。
で、さらに言えば、今からやるのはスポーツなので、始める前にはきちんと準備体操も必要だ。
ここでちょっとでも手を抜くと、容赦なく鬼軍曹ナオミさんがツッコミをいれてくれる。
鬼軍曹ストレッチ。でもやらないと怪我に直結するので真剣に。
しっかり準備運動したら、ムチをお借りして練習開始だ。
このあと、音速を超えます。
気を持たせるようですが、まずは基礎練習
いよいよ音速を超えますよ。
このポジションから…
ゆっくりふりあげ
ヒジを曲げながら腕を降ろし
そのまま柔らかく前に振り抜く。(パン!)
特に力は使っていなさそうだし、腕の動作自体はかなりゆっくり。それでもムチの先端は音速を超えている。
ナオミさん曰く「力が入っているとダメ。腕までがムチの一部と思って脱力するのが第一」とのこと。
なるほど、アレだ。バキの鞭打だ。(注:格闘漫画の主人公が使う、腕を脱力させ鞭のようにしならせて打つ打撃技)
よし、(理論は)わかった!
今度こそ本当に音速を突破する
このように振る。とにかく柔らかく、ゆっくりと確実に。
それからの30分で分かったことは、運動神経が良いか悪いかというのは結局「頭の中のイメージを身体でトレスできるかどうか」だ、ということだ。
回りくどい言い方をせずに自分を傷つける覚悟で言うが、正味のところ酷い有様だった。
家に帰って写真を見るまではここまで酷いと思っていなかったが、現実を見るとやっぱり酷い。
ぐちゃ。
べしょ。
隙あらば腕や足に絡まるムチ。まっすぐ振ったつもりでも、さながら意志を持った触手のように前後左右うねるムチ。
写真には写っていなかったが、ムチの先端が自分のふくらはぎやら背中、果ては後頭部まで襲いかかってきた。ゆっくり振っているので泣くほどではないが、それでも痛い。
叩かれたと言うよりは、軽く尖っための棒でふざけ半分につつかれた、ぐらいの痛さだ。
どっこい、それでも練習である。
「2時間ぐらい練習したら音を鳴らせる人もいるし、何回も練習に来てやっと鳴らせる人もいる。でも最終的にはちゃんと音は出ますよ」というナオミさんの言葉を信じて。音速の向こう側にある明日を信じて。
鏡に向かって黙々と振ります。
そして、その瞬間は唐突に来た。
具体的に言うとムチを振り始めて2時間ちょいぐらいに来た。
汗だくなので上は脱ぎました。
(パソ)
!!!
音鳴った!
確かに、周りで練習している皆さんのように乾いた「パン」という破裂音ではなく、濡れたビニール袋を猫がふざけ半分に叩いたみたいなシケった音だったが、確かに鳴った。
いま僕は確かに音速を超えたのである。たぶん、ほんのちょっとだけ。
じんわり喜びを噛み締めています。(腕が疲れすぎてガッツポーズするのは嫌だった)
いやー、嬉しい。
疲れて腕からだいぶ力が抜けていたのが功を奏したのか、これまでに振った中で最も「これや!」と思った時に音が鳴ったので、余計に嬉しい。
あと、参加者の皆さんから「意外と早く鳴りましたね。びっくりしました」と誉めていただいたのも嬉しかった。たぶん「コイツ無理」と思われていたのだろう。
結局、その後もしばらく振り続け、最終的には10回に1回ぐらいは音が鳴るようになった。
きちんとムチをコントロールしきっているという自覚は全くないが、それでもあの強烈な音が鳴る手応えと爽快感は癖になる。これはストレス解消の手段としてかなりキてるんじゃないか。
これは面白いので、少なくとも両手ムチで音速が超えられるようになるまでは続けたいと思う。今年の忘年会ぐらいには、余興で音速を超えるとかやってみたい。
参加してる方々に「なんでムチに興味を持ったんですか」と訊ねたところ、わりと多かったのが「インディー・ジョーンズで」という意見。あと、一人だけ「魔界城ドラキュラが格好良くて」(主人公がムチを振って吸血鬼を倒すファミコン時代からのゲーム)という方もいた。なんかこの人とは友達になれそうな気がした。
とりあえず、興味を持たれた方は日本スポーツウィップ協会のサイトから、練習会のスケジュールを調べて行ってみたらいいと思う。予約などはいらないそうなので、直接会場へどうぞ。
日本スポーツウィップ協会
協会のツィッターアカウントは
こちら。
今のところ、大阪・東京共に1/14に練習会があるようです。