特集 2012年12月4日

書き出し小説大賞・第4回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表、四回目である。

まずは今回も、熱意あふれる作品を投稿して頂いた、書き出し作家の諸君に深く感謝する。 最近では選考に没頭するせいか、なにを読んでも書き出しだけでその全文を読んだ気になるという悪癖がついてしまった。おかげで仕事メールさえ書き出しだけで内容を判断し、結果、得意先の信用を著しく下げている。

そんな由々しき事態に見舞われながら選んだ16作品。
今回もこの書き出しに続く、めくるめく物語を想像しながら読んで頂きたい。

隣の客とはよほど好みが合うらしく、私はまだ甘エビしか食べられていない。
まくらのソウル
回転寿司の上流側に座る謎の人物。言い回しの妙だけで状況を的確に表した。

親友から10年ぶりに届いた年賀状には、軽いジョークを丹念に消した痕跡があった。
TOKUNAGA
ジョークの痕跡に10年の歳月が現れている。

ファスナーが閉まる音を聴くと,身がよじれるようにかゆくなる。
TL125
ちんちんしまえない。

豆電球の恋は夕暮れにはじまるといいますから、そっとしておきましょう。
とりかわつくね
LED電球からは生まれないリリカルな作品。宮沢賢治的世界。

サングラスの柄が耳に届かなくなったあの日、母の言う血の意味を知った。
だーたん
異形の恐怖が感覚的に伝わる。小道具の使い方が上手い。

レーズンパンのレーズンだけを取り除いていたら、何やら地図のようなものが浮かび上がった。
どんちょう
冒険の予感…。

私はグー、右の人はチョキ、そして左の人は古い巻物を出した。
ウウタルレロ
たしかにパーは紙だが。

御使いは終末のラッパを高々と掲げたが、少し考えた後リコーダーに持ち替えた。
ysn
御使いは下校中の小学生になった。

水面に月が映っている。仰向けに浮いた女たちは腹の上で貝を割り始めた。
侘助
敢えてラッコではなく、人間の女たちを想像したい。

姉は夜更けすぎに「由紀江とか、ワルだろう?」と呟いた。
ボリビア錫彦
由紀江、男子ウケはいいと見た。姉のキャラもいい。

「お台所にロールケーキがあるからお友達にも出してね」上の娘にそう告げると、静香は自宅スタジオのドラムセットに戻った。
ただの県民
お友達の心中を察する。

万華鏡を回すたびに、笑顔が近付いてくる。
もりしょう
どんな笑顔かは読者の想像次第。

っっっっっっっっk・・・・・・ふと気を許した瞬間、画面の文字が踊った。もはやこの時間帯の恒例行事といってよかった。
コバァン
ZZZ…に代わる新しい睡眠表現かも。技ありな作品。

アンタを出産したときにいきんだら、折れたんだよと前歯の無い母が笑った。
ぞんびのアンテナ
母親への頼もしさと畏怖が、ユーモアを含め爽やかに伝わる。

モンスターペアレントは森の人気者だ。
TOKUNAGA
里では厄介者。

俺の倍速木魚についてこられるかい?
からておどり
木魚とバトル。ラノベの新ジャンル。

以上である。

作品のレヴェルは前回でも記した通り、全体的な底上げ傾向にある。 今回の秀作ではとくに技巧派の作品が目立った。
まくらソウル氏の言い回し、コパァン氏の「っっっっk・・・」など、日常の何気ない風景も、視点の置き方や切り口によって、鮮やかな冒頭場面となる。 投稿作の中にはせっかくいい題材を選びながらも、描写が単純なため勿体ない結果になっているものも見受けられる。内容に対するアイデア同様、その語り口に関してもさまざまな方法を試みてもらいたい。

さて今回は予告通り、11月中に発表した秀作から更に厳選した月間賞を発表する。
当デイリーポータルZ主宰、林雄司氏をゲスト審査員に迎え、協議の結果、栄えある月間賞に選ばれたのは以下の3作品である。
書き出し文学
11月月間賞

朝顔は咲かなかったし、君は来なかった。
スエヒロ

その村では卑猥な形の野菜しか実らないという。
TOKUNAGA

水面に月が映っている。仰向けに浮いた女たちは腹の上で貝を割り始めた。
侘助
スエヒロ氏の作品は第1回目の秀作発表、その冒頭を飾った作品である。
待ち人と咲かない朝顔を並べたことで、主人公のほろ苦い心情が見事に表れた。失恋とも取れるし別の可能性もある。その後の展開にもさまざまな想像が広がる。
きれいにまとまった書き出しは、書き終わりの一文としても読める。「朝顔は咲かなかったし、君は来なかった。」始まりは終わりと結ばれ、物語は円環する。

TOKUNAGA氏は書き出し文学のユーモア担当として、すでに常連の風格を漂わせている。
ともすればネタになりがちな一文を、毎回絶妙な文体で書き出し小説に昇華させている。同氏の作品はどれも同じく面白かったが、林氏との協議でこの作品を選ばせてもらった。
書き出し小説をシリアス派、ユーモア派に分けるとしたら、TOKUNAGA氏の作品はユーモア派の王道と言えよう。今後ともこの生まれたばかりのシーンを牽引して欲しい。

侘助氏の作品は今回の秀作から選ばれたものである。
秀作発表には毎回、何点か詩情豊かな情景を書いたものが選ばれている。
中でも侘助氏の作品は幻想的ながら、そこにひとつの仕掛けが施されている。文中ではラッコを連想させながらも、読者はそれ以上に、ラッコではない空想上の女たちを想像せずにはいられない。
書かれた内容以上の光景を、強制的に想起させるテクニック。書き出し小説の重要課題を驚くべきレヴェルでクリアしている。


続いて、私と林氏が選んだ特別賞を発表する。
天久賞

「あ、肉まん考えた人か。」そう思ったときはもう、滝つぼが眼前に迫っていた。
エイミー
頭からいきなりインディ・ジョーンズ並みのアクションシーンを持って来る思い切りの良さに惹かれた。全体のヌケもいい。 書き出しというとどうしても心情描写や状況説明が多くなってしまう中、バカバカしくもスリルあるこの冒頭はひときわ目立った。テンポのいいギャグアニメにすればピタリとはまりそう。ペンネームから勝手に女性を想像しているが、女性の方が意外な球を投げてくることが多い気がする。
林賞

団体名が連なる、歓迎看板の白い文字は水性ペンキで書かれており、その文字を水で綺麗に洗い流すのが現在の私の仕事である
菅原 aka $.U.Z.Y.
誰もが知ってるけど気にしてこなかったポイントを突いてきたところに惹かれました。書き出しの1行でアクロバチックな展開があるわけではないのに、その前後に何があったのか、あるのかが気になります(「現在の私の仕事」と書いてある)。 決して読みやすいわけではない句読点の打ち方も文学的でかっこいいし、現代アメリカ小説のような乾いた諦めのようなものを感じる、と言ったらいいすぎかな。

それでは最後に、ゲスト審査員林氏の総評で締めくくりたい。

応募総数が4000件を超える人気企画になりました。芥川賞でもここまで応募ないんじゃないでしょうか。
応募総数に応じてレベルもどんどんあがって1行で時間の流れを想像させる、景色を広げる、ものによっては身体をむずむずさせるものまでありました。ちあきなおみの喝采の歌詞のようです。文章ってすごいですね。
仕事中もずっと応募作品を見て笑ってました。ありがとうございました。


申し遅れたが、今回は本来なら11月の30日に発表予定であったところ、諸事情により遅れてしまったことをお詫びしたい。本当に申し訳ございません!(土下座)
さて、次回の締め切りは12月10日正午、発表は12月12日を予定している。師走の慌ただしいなか恐縮であるが、引きつづき諸君からの力作を待っている。以下の投稿フォームで応募されたし!
(最終選考通過者)

さかな/よっしっしー/天網恢々疎にして上沼恵美子/第7迷路/東京少年/田中テルー/murako/ラタン/ブヒー童貞トン/新ちゃんパパ/鹿/長尾パンダ/タカノ/NCハマー/おかめちゃん/tkq/小雪/よしおう
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