特集 2012年6月18日

遠野、カッパ開放区

美しい景色が広がる遠野の里
美しい景色が広がる遠野の里
岩手県に広がる北上山地の盆地にある町、遠野市。河童が登場する民話でも知られている町だ。

恐ろしい妖怪でもあり、時にユーモラスでもある河童。様々な話が今も残るのは、人々を引きつける何かがあるからだと思う。

そこで私が「じゃあカッパになってみよう」と思うのは飛躍だろうか。しかしそこには一応の合理性があるので、どうか話を聞いてほしい。
1973年東京生まれ。今は埼玉県暮らし。写真は勝手にキャベツ太郎になったときのもので、こういう髪型というわけではなく、脳がむき出しになってるわけでもありません。→「俺がキャベツ太郎だ!」

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カッパと化した自分そのものがフリーパス

今回訪れたのは岩手県の遠野市。米などの栽培が盛んで、自然が豊かに残る町だ。市内で立ち寄った道の駅にも、地元産の農作物がたくさん並んでいた。
まだいつもの自分
まだいつもの自分
後先考えずニンニク買っちゃうテンション
後先考えずニンニク買っちゃうテンション
国産の立派なニンニクがこの値段は安いと、遠野に来たばかりなのに購入。車の中がその臭気で満たされて、妙にスタミナがついた気分になる。

そして遠野と言えば、河童の民話が伝わる町。おみやげコーナーでもカッパ系の商品がたくさん揃っていた。
ぐいぐいカッパ押し
ぐいぐいカッパ押し
謙虚なカッパ系商品も
謙虚なカッパ系商品も
かわいらしいイラストの描かれたクッキーなどのお菓子はいかにも旅先だが、気になったのは「かっぱ焼き」。勢いだけで「遠野名物!」と言い切るのではなく、「遠野名物にしたい」と、思いのこもったコピーが添えられている。

さて、道の駅で気分が高まったところで、本当の目的地に行こう。
30代後半になるとこういう施設が沁みるようになる
30代後半になるとこういう施設が沁みるようになる
それは「遠野ふるさと村」。移築された古民家が並ぶ、昔ながらの風景を再現した施設だ。個人的には数年前ぐらいからこうした施設に心惹かれるようになって、自らのおっさん化を感じる次第だ。
里帰り気分で
里帰り気分で
しかし、ただのおっさん化では済ませたくないところ。その反骨精神が、自分をカッパにしたんだと思う。
マストアイテムは自作
マストアイテムは自作
使い込まれたテクスチャを目指した甲羅
使い込まれたテクスチャを目指した甲羅
目指したのはコンセプトは「誰にでもわかりやすく、それでいてできるだけリアルなカッパ」。肌ベースとなる全身タイツこそ既製品を購入したが、腰みのは麻ひもを編んで作り、甲羅は年季の入った質感になるようにしたつもりだ。
伝説って聞いてたんだけどな
伝説って聞いてたんだけどな
観光バスからの視線はうまくいってる証
観光バスからの視線はうまくいってる証
全体的なグリーンボディは視認性もしっかり備えているようだ。少し離れたところを走る観光バスからも、微妙な笑顔でこちらを見ている乗客の様子が見て取れた。

同じ遠野の地を訪れた者同士、「ここで全身緑の奴がいたら、そりゃカッパでしょ」という了解を私たちは分かち合っているのだ。
いざ乗り込もう
いざ乗り込もう
目を合わさずともわかる視線
目を合わさずともわかる視線
そんな気を遣わなくてもいいのに…
そんな気を遣わなくてもいいのに…
こりゃ大変だ!
こりゃ大変だ!
エントランスに入ると、聞こえるのは低いどよめき。「さすが遠野だね」的な感じで軽く流されるかと思っていたが、そうでもないらしい。

レストランのメニューには、キュウリの乗った「カッパざるそば」なる写真が。おなかも空いていたので食べたかったのだが、実際に注文して店員や他の客から「カッパだけに、やっぱりそれか」と思われるのが恥ずかしくて、今回は我慢。

さらには「カッパ捕獲許可証」なるものも販売されていた。これは危ないと思ったが、よく読むと対象は少し離れたところにある「カッパ淵」というところ限定とのことなので、胸をなで下ろす。

ここまで読んで、「また悪ふざけか」と思った方もいるかもしれない。ちょっと待ってほしい、今回ばかりはそうではないのだ。
オフィシャルでカッパ推奨
オフィシャルでカッパ推奨
レギュレーションもしっかりと存在
レギュレーションもしっかりと存在
来訪時、遠野ふるさと村では「かっぱの仮装コンテスト」を開催中。お皿・甲羅・口ばしのカッパ3点セットを身につけ、村内で写真を撮って応募できるというわけだ。これに参加するのが今回の目的である。

今回は、なんちゃってカッパが伝説の残る聖地をおふざけで荒らすという話ではない。あくまでカッパウェルカムの企画に挑戦するという形なのだ。

期間中はカッパの仮装をして行くと、通常520円の入村料が無料となる特典もある。悪ふざけを超えてカッパになる経済的な合理性も備えているのだ。
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ハードなカッパライフの洗礼

チケット売場の係員さんは、一発で「カッパですね」と認識。レジにあったメモに「カッパ 1」と記して、入村を許可してくれた。さあ、村内に入ろう。
いきなりまずい予感…
いきなりまずい予感…
まあこうなるよなあ
まあこうなるよなあ
村への扉を開けたところで遭遇したのは、団体でやってきていた子供の集団。これはやばい。

始めは「……カッパ?…カッパ?」だった子供たちのつぶやきは、すぐさま「カッパ、カッパ!カッパだ!」という歓声に変わっていった。一人が近づいてくると、一気に押し寄せてくる。

どうやら彼らはハードタイプのコンタクトを積極的に取ってくるスタンスらしい。甲羅をバシバシ叩いてくる子もいる。
高まっていく人口密度
高まっていく人口密度
大人は遠巻き
大人は遠巻き
しかしこの甲羅、段ボールをベースにスポンジを詰め、柄を描いた布で包んだソフトタイプ。クッションの役割を果たすので、叩かれても痛くない。そして叩いた子供達を傷つけることもない。

「どうして甲羅、やわらかいの!?」と訊いてくる子供に、「まだ若いからだよ!」と返答。カッパとしての自分の瞬発力を意外に感じるやり取りだ。

そんな子供に対して、大人は一定の距離を取るという傾向。興奮する子供たちを前に、引率者として「変なのに会っちゃったな…」と思う気持ちはわかる。
皿が、皿が取れる!
皿が、皿が取れる!
やっと一人になれたよ…
やっと一人になれたよ…
もみくちゃになる中、皿が取れそうになるハプニングも。伝説では皿が割れたり乾いたりしたらカッパは死ぬことになっていたはずだ。ここはなんとか守りたい。

「またね、またね」と言葉はやわらかく、でも子供には追いつけないスピードで混乱から逃亡。なんとか静かなところに来ることができた。

写真をご覧の通り、ここ遠野ふるさと村は自分がカッパの格好をしているのを除けば、のどかでとてもいいところだ。
自分の居場所を探して
自分の居場所を探して
作物を育てる田畑と棒
作物を育てる田畑と棒
初夏の緑が鮮やかな村内。田んぼや畑では実際に農産物を栽培していて、美しい農村の姿が見事に再現されている。
古民家と棒
古民家と棒
また別の古民家と棒
また別の古民家と棒
移築された古民家も点在する村内。L字型をしているこれらの建物は「曲がり家」と呼ばれ。人が暮らす母屋と、馬の居場所である馬屋が一体となった形をした、この地方の伝統的な家屋だ。

ところで写真の右側から、棒のようなものが写り込んでいるのには理由がある。それは、カッパの仮装コンテストに参加するに当たり、モデルとして目指したものに関係している。
この感じを出したい
この感じを出したい
写真を撮るとき、ついこうなる
写真を撮るとき、ついこうなる
それは、小説『河童』でも知られる芥川龍之介が描いた河童図。学生の頃に何かの本で目にして以来、独特の雰囲気がずっと印象的だった絵だ。これを目指したい。

手に持っている大きな植物は、個人的に「芥川スティック」と命名。埼玉の自宅近くの河原で取ってきたフサフサ草に、紙で作った大きな葉を接着して持参したものだ。

そして芥川スティックを持ったままカメラを構えると、上のように入り込んでしまう、というわけなのだ。ならば降ろせばいいのだが、カッパならではの臨場感がある写真だとも思う。
芥川フィッシュは魚のぬいぐるみで対応
芥川フィッシュは魚のぬいぐるみで対応
でも、なぜかうまく決まらない
でも、なぜかうまく決まらない
遠野というロケーションは最高だし、目指すべきモデルの設定もいいだろう。カッパグッズも納得の出来ばえのものを準備できたのだが、なぜだろう、写真を撮るとどうもピンと来ない。

まだカッパが板に付いていないからだろうか。さらにベストの撮影ポイントがあるのだろうか。村内を散策して試行錯誤していこう。
保護色ながら存在感のあるカッパ
保護色ながら存在感のあるカッパ
散策に疲れたらひと休み
散策に疲れたらひと休み
水車小屋にて
水車小屋にて
結構いい感じになってきたか
結構いい感じになってきたか
しかしすごいのは、遠野という土地のカッパ包容力。村内を散策しながらなんとなく写真を撮るだけで、カッパが様になるのだ。こんな風に自然と一体化する経験は初めての気がする。

遠野の神秘的な雰囲気に包まれると、カッパの格好をしていること以外は心から淀みが消え去っていくようだ。芥川風河童になることを目指しつつも、村内を純粋に楽しむことも忘れたくない。
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揺れるカッパ心

村内には遠野に伝わる様々な風習も展示してある。この「雨風祭り」の人形もそうだ。
指差し確認よし!
指差し確認よし!
台風の退散や豊作を願って行われるという雨風祭り。その際に使われる人形であるらしい。それはいいのだが、局部が妙に強調されているのが気になる。

遠野にはコンセイサマ(金勢様)と呼ばれる、男性のシンボルをかたどった神様も伝えられているとのこと。どうやらそれともつながりがあるらしい。
思わず真顔になるカッパ
思わず真顔になるカッパ
ひび割れに硬貨がねじり込まれてる
ひび割れに硬貨がねじり込まれてる
そのコンセイサマも村内で発見。巨大なのはともかく、割れ目に硬貨がグイグイと押し込められている様子に思わず息を呑む。人ごととは言え、たまらない気持ちになる。
松嶋菜々子のサインを凝視
松嶋菜々子のサインを凝視
ああ、皿が乾いたなー
ああ、皿が乾いたなー
村内を散策するうち、良い天気だったこともあって喉が渇いてきた。いや、ここはカッパらしく皿が乾いてきたというべきか。

カッパの格好をしていると、すれ違う人たちから次々にキュウリを差し出されたりするかもと思っていたが、そうでもない。きっとみんな手持ちのキュウリがなかったのだろう。

やってきたのは「こびるの家」。「こびる」とは遠野の方言でおやつのことだそうだ。ここでちょっと休憩しよう。
とても雰囲気のある店内
とても雰囲気のある店内
それをぶち壊す、人工的な色のカッパ
それをぶち壊す、人工的な色のカッパ
暑い日なのに囲炉裏に当たるという矛盾をはらんだポーズを取った上で、いくつかあるメニューの中から「ひっつみ」を注文。かわいらしい名前の、この地方の郷土料理だ。
へろへろした小麦系料理の魅力
へろへろした小麦系料理の魅力
その正体は、小麦粉を練ったものを薄くちぎってゆでたもの。具だくさんに野菜と一緒に入っていておいしそう。「カッパと言えばキュウリ」という既成概念は忘れて、ふるさとの味を楽しもう。
食べづらい…
食べづらい…
皿まで外す必要はなかったか
皿まで外す必要はなかったか
くちばしがどうしても邪魔だったので、一瞬だけ少し人間に戻って食べる。鶏ガラベースという汁がまずうまい。ひっつみそのものも、うどんとは違った食感が楽しい。

ちょっとリラックスし過ぎてしまったという思いもあるが、やっぱり人間の食べ物はおいしい。改めてカッパになって、コンテスト用写真の撮影に戻ろう。
しまった!
しまった!
こびるの家を出て、しばらく歩いたところで気がついた。忘れ物をしてしまったのだ。
カッパさんコールには愛想よく
カッパさんコールには愛想よく
あぶねえ、盗られてなかった
あぶねえ、盗られてなかった
店内では邪魔になると思って入り口に立てかけておいた、芥川スティックを置いてきてしまったのだ。

ダッシュしながらも、離れたところから「カッパさーん!」と呼ぶ声がかかる。急ぎつつもフレンドリーに手を振りながら戻ると、まだスティックがあって一安心。他のカッパが見たら速攻で盗んでいただろうから本当によかった。
ここは違うな
ここは違うな
カッパ「いい場所知らない?」馬「……」
カッパ「いい場所知らない?」馬「……」
さて、コンテスト用の写真を撮ろうと思うのだが、なかなかイメージ通りに決めるのが難しい。もう少しがんばってみよう。
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自分なりのベストカッパアンサー

引き続き散策しながら、撮影スポットを探索。行き交う人たちの中にはフレンドリーに接してくれる人も多く、カッパ心が癒される。
皿も潤って元気回復
皿も潤って元気回復
いい思い出にしてくれるといいな
いい思い出にしてくれるといいな
家族連れとは何度か記念写真におさまった。ただ、写真を撮ろうとするのはどちらかと言うと大人主導。中には父親が「一緒に写真撮ってもらおうよ!」と提案しても、「いいよ…いいよう!」と頑なに拒む子供も何人かいた。

大人があくまでカッパジョークとして受け取っているのに対し、子供は純粋に怪しさを察しているんだと思う。かわいい着ぐるみではない、アンオフィシャルのインディーズカッパならではの宿命だ。
新しいスタイルの山伏
新しいスタイルの山伏
もう一息か
もう一息か
まずい、いい加減頭が痛くなってきた。皿とくちばしの締め付けが、じわじわと頭部にダメージを与えていたようだ。

コンテスト用の写真撮影ミッションは、未だ納得のいくものに達していない。田んぼの前で撮ったのは悪くはないが、今ひとつ芥川河童の陰のある雰囲気に欠ける。

その後も記念写真タイムと交錯しながら撮影。これでいこうと思えるものがようやく撮れた。
自分なりのベストショット
自分なりのベストショット
撮影した写真を、今回目指した芥川河童と改めて比べてみる。まずまずの線まで近寄れただろうか。
目指したのはこれ
目指したのはこれ
表情もダークカッパ気取り
表情もダークカッパ気取り
川で魚を捕ってきた河童がその帰り道、たまたま人間とすれ違って目が合った、といったシチュエーションだろうか。表情に疲れが見えるのも結果的にいい雰囲気を出したと思う。

よし、ミッション達成としよう。ふるさと村も十分に楽しんだので、これで帰るとしよう。
さらば心のふるさと
さらば心のふるさと
入村時とは別スタンスの子供達
入村時とは別スタンスの子供達
村を後にしようとエントランスに戻ってきたところ、入村時にもまれた集団とは別の子たちと遭遇。先の軍団はハードタイプだったのに対して、この子たちはキラキラした瞳で「カッパさんですか?」と、ピュアに声をかけて来てくれた。

だからこそ、「はいカッパです」と答えてしまうと、嘘をつくようで心が痛む。一瞬の葛藤のあと、「そう見えるかな?」と答える。
おじさんいくらでもポーズ取るよ
おじさんいくらでもポーズ取るよ
ちょっとしたカッパタイム到来
ちょっとしたカッパタイム到来
ここで出会った人たちは、大人も子供もみんな笑顔で接してくれた。お子さんと一緒に写真を撮ったお母さんからは「しばらく待ち受けにしよう」との声も聞こえた。近寄ってきた男の子は、「6月12日、プール開きなんだ」と教えてくる。

一瞬意味がわからなかったが、私はもしかして誘われているのだろうか。それは「カッパだから泳ぎがうまいはず」という前提を踏まえてのことなのか。

だとしたらごめん。おじさんその日は仕事で埼玉にいるんだ。
なぜだかジャンケン大会に
なぜだかジャンケン大会に
カッパスキル全開で握手
カッパスキル全開で握手
中には「ジャンケンしよう!」と誘ってくる子も。ここはひとひねりしようと思って「カッパはね、パーしか出せないんだよ」と言って臨むと、みんなちゃんとチョキを出してきてうれしい。

少し離れて見ていた女の子もしずしずと近寄ってきて「握手してください」。ここは何かカッパらしいこと言わなきゃと「自然を大切にね」と手を差し出すと、「はい!」といい返事。なんてかわいいんだ。

みんな「ありがとう」と言ってくれたが、そう言いたいのはこっちの方だ。おじさん、すっかり心を洗われて自分なりのカッパとしてベストを尽くしたよ。

埼玉に帰るカッパ
埼玉に帰るカッパ
単におかしな格好を定期的にしたいだけという気持ちを、カッパ仮装コンテスト参加という大義名分で覆って臨んだ、遠野カッパ開放区。そこを去るときに、こんな純粋なうれしさに満たされるとは全く予想していなかった。

最後に出会ったのは、言葉のイントネーションからして地元の子たちだったと思う。もしカッパとしての私が君たちの楽しい思い出になっているのならもちろんうれしいけど、カッパ側にとっても君たちのことは、とても素敵な思い出です。
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