谷中銀座コロッケ・メンチカツ戦争
まず「すてきな商店街でコロッケを食べる」ということを押さえておきたい。向かったのは谷中銀座。ここでは人気の店が2軒あり「コロッケ・メンチカツ戦争」を繰り広げている、という話を聞いた。
ほとんど観光地みたいな商店街
人気店の肉のサトー。みんなコロッケまちしている
うまそうだ
こちらも人気店のすずき。お店がきれい
街歩き番組の画像がズラリ
店の前には、芸能人がうまそうにコロッケを食べている画像が何枚も貼られていた。そうそう、冒頭でいいたかったことはこういうことなんだよな、と思いながら僕も楽しそうにコロッケを食べている写真を撮る。
うまい
商店街でほっこり週末
谷中銀座がすごく楽しそうだ。コロッケもおいしそうに見えるだろう(谷中は実際いいところでコロッケもうまいんだけれど)。こういう写真がフェイスブックに上がっていたらうらやましく思える。
しかし、僕たちの頭の中に「商店街+コロッケ=いいところ」みたいなステレオタイプが知らない間にへばりついているんじゃないのだろうか。
違うところでコロッケを食べてみよう。
パッとしない商店街
僕の近所の商店街はどうもパッとしない。商店街とうたっているのにお店が少なくて住宅街みたいだし、肉屋もない。コロッケ食べ歩きなんて夢のまた夢である。
しかし、買ってきたコロッケと一緒に写真撮ったらどうか。
商店街でほっこり週末…に見えるか?
だめだ、やっぱり背景に店の数が少なすぎる。これじゃあ人んちからコロッケをつまみ食いしたドロボウみたいだ。
コロッケはそのへんのコンビニで買った
しかし、映っているコロッケ自体はうまそうである。状況の解釈が変わっても、コロッケを食べている写真自体はうまそうに見えるのかもしれない。
だとしたらこういうのはどうか。
3日ぶりの食事
近くにあったゴミ捨て場でコロッケを食べてみる。
想像以上にやばい写真が撮れた
とたんにホームレスっぽい。「久しぶりの食事にありつけた!」って感じだ。
手にしているコロッケは全然うまそうに見えないが「きっと彼にとってはすごくおいしいんだろうなあ」と、思わせるインパクトがある。いいゴミ捨て場、といえなくもないかもしれない。
富士そば
にぎわっている商店街の中でも、そば屋前でコロッケを食べるとまた少し意味が変わってくる。
「そば屋」+「コロッケ」=?
これは「すてきな商店街でコロッケ食べ歩き」とはまたちょっと違う写真だ。
意味を求めるとすれば「かけそばを食べきった後にお腹の中でコロッケそばを作ろうとしている人」になるだろうか。どうしても背景のそば屋にコロッケがひっぱられる。
こういうのを後追いで食べたことにしようとしている人
交番前
けっこうコロッケ写真は繊細なのかもしれない。たとえば交番前で撮影すると、
「親切な人のおかげで助かりました!」
「落としていたコロッケが無事に交番に戻ってきた人」の写真になる。
「落としていたコロッケ」ってなんだよ!という声が聞こえてくるが、ちょっと他に「コロッケ」+「交番」の解釈が思いつかない。
シャーロックホームズも「すべての不可能なことを消去して、最後に残ったものがどんなにありえないことでもそれが真実だ」といっていた。
他に思いつくことがない以上、落としたコロッケが戻ってくるということがこの写真では真実である。
こういうやりとりあったはず
銀行前
銀行前でコロッケ写真を撮ると「コロッケを銀行に預けていた人」の写真になる。
「やっぱりメガバンクが安心!」
さすがに無理があるかな。どんなに強引に考えても、銀行にコロッケを預けるのはない。
通帳にコロッケがいっぱい
さっきの「落としていたコロッケ」が僕の想像力の限界だ。いや、よく考えたらやっぱり「落としていたコロッケが戻ってきた」ってのもない気がしてきた。
…一応いいわけしておくと、撮影しているときはけっこう本気で「これ、コロッケを銀行に預けている写真が撮れた!すごい!」と思ったのだ。やはり手持ちのコロッケには人を湧き立たせる何かがあるということか。
コロッケ写真を楽しくとるのは難しいのでは
このほかにも色々なところでコロッケ写真を撮ったが、やはり最初の谷中銀座のような素直な楽しい写真にはなかなかなりにくい。
不動産屋の前でこんな風にテンション高いと「僕たち同棲始めます!」みたいな写真になる
この場合の「僕たち」というのはコロッケと僕のことであろう
やはりコロッケにも撮られるべきシチュエーションがあるということか。すごく変というわけでもないけれども、少し変な写真ばかり撮れる。
街歩き番組ではちょっと使えそうにない構図だ。
ゲームセンターの前だと「クレーンゲームでコロッケ取りました」みたいな写真である
税務署である。これは納税の苦しみが先に立って、コロッケがあんまりうまそうに見えない
商店街で、一見楽しそうだが「ふぐ料理を食べてみたいけれどお金がないのでコロッケで我慢している人」ととられかねない
これはなんだろう、ピクニックのようで、そうでもない。極端にぎこちない
やはりゴミと一緒に撮るのが一番インパクトがある、と考えるようになった
そして今回の撮影の終盤ではなんとなく落ちてるごみを撮って満足していた(もうなんだかわからなくなってきている)
コロッケを食べていいればいいというものでもない
最初はコロッケがあればいろんなところが楽しそうに見えるんじゃないのか、と思って企画を始めた。
しかしやってみたら全然そんなことはなかった。ちょっと背景がずれただけで、変な意味が出てきて、そっちの方が気になってしまう。
いい商店街じゃないと、いい商店街の写真を撮るのは難しいということだ。
あまりいいたくないが、モデルの資質の問題もあるかなという気はちょっとしている