お洒落なバーでもモリモリ食べたい
バーという新しい扉を叩くにあたり、僕にはひとつの懸念があった。それは「バーでご飯をモリモリ食べていいのか」ということだ。
話は10年前に遡る。当時社会人になりたての僕が上司に連れて行ってもらったバーが、冒頭で述べたようないわゆる本格派のバーだった。そこはあくまでお酒を楽しむ場であり、周囲の大人たちはミックスナッツをかじりながら黒ビールを飲み、チョコをつまみながらワインを飲んでいた。
ミックスナッツ
若かりし腹ペコの僕はその時どうしてもピザが食べたかったのだが、そんなシャレオツな雰囲気の中でひとりガッツリ重いものを食べるのが恥ずかしくて、ついに注文することはできなかった。
しかし、このままバーのムードに屈してピザを我慢し続ける一生なんて嫌だ。ムーディーな雰囲気も堪能する。なおかつ、ご飯もモリモリ食べる。それが両立できればバーの楽しさは倍になる。
というわけで今回は3軒のバーを巡り、それぞれの店で食べたいものを堂々と注文。ムーディーな雰囲気に負けることなく「バー飯」をモリモリ食べ歩いて、お腹も心も満たしたいと思う。
やってきたのは代官山のバー「One」
オープンしてまだ1年という大人のバーです
バーということで正装
同行の地主さんもジャケット着用
今回は、モリモリ食べることには定評がある地主さんにも同行してもらった。地主さんはバー初潜入ということでかなりテンションが上がっている様子。
ちなみに、ぼくも地主さんもいつになくカチっとした格好だ。バーに対する畏怖が過剰なフォーマルスタイルに表れている。
ドキドキしながら入店。カウンターに案内される
ムーディーな酒のディスプレイ
ムーディーなカウンターの調度品
そして、かっこいいバーテンダー。ミスタームーディー
迫りくる怒涛のムーディー
カウンターに着くなり、四方八方から押し寄せるムーディー。ふだん松屋や白木屋などにばっかり行ってる我々にとって居心地がいい状況ではないが、緊張していることをかっこいいバーテンダーに悟られないよう注意しなくては。
まずはカクテルから「ギムレット」を注文
「あなたをイメージして作りました」(とは言われていない)
地主さんは「ホワイトレディ」をオーダー。たぶんネーミングの響きだけで選んでいる
最初のオーダーはカクテルのメニューからギムレットを注文した。ギムレットがどんな酒なのかは正直よく分かっていないが、なんとなく通っぽいので頼んでみたのだ。
「あ、おいしい」
「マスター、腕あげたね」(なんてことはもちろん言ってない)
日本一のカクテルに酔う
なお、おいしいギムレットを作ってくれたこのバーテンダーさん。じつはサントリーのカクテルコンペで日本一に輝いた実績をもつというすごい人である(奥のカウンターにいたおばさまが教えてくれた)。
そんな凄い人に向かって、いきがってよく分からない酒を注文してしまい何だか恥ずかしい。このあと正直に初心者であることを白状したら、お酒の楽しみ方を色々と教えてくれて、ぼくらのバーに対するコンプレックスを和らげてくれた。とてもいい人だ。日本一なのに、そんなことはちっとも鼻にかけない。
お通しのマカロニ。お洒落だがもっと食べたい
そんな優しいバーテンダーさんのおかげで気持ちがほぐれ、いつしか自然体でバーを楽しんでいる自分に気づく。今宵はいい夜になりそうだ。
いざ、食いしん坊オーダー
さて、ムーディーな時間はけっこう堪能したので、そろそろ食いしん坊タイムに突入したい。メニューをみるとけっこうフードが充実していて、焼きそばやマーボー豆腐なんかもある。メニューにある以上、注文していいに決まっているのだが、このムーディーなカウンターで焼きそばをモリモリ食べるのはけっこう勇気がいる。
思いのほかフードが充実していて悩む
「一番お腹にたまる重いものって何ですかね」
店員さん「カツサンドなんかどうですか?」
店員さんによれば「カツサンド」がこの店のイチオシとのこと。じゃあそれください。
「バー飯」一品目「カツサンド」
おいしそう
おお、カツサンドをとめるピンがどこかピクニックを思わせる、想像していたよりもわんぱくな外観だ。一気に食いしん坊のハートに火がついた。
ごちそうを前にムーディ崩壊。食いしん坊の宴が始まる
カツサンドにはしゃぐ31歳
んーまふー
地主さんもひと口
あ、すごくおいしいですね
肉厚でジューシーなカツに自家製の濃厚なソースが染みたカツサンド。老舗の洋食屋にも負けない本格的な味だ。お酒に合うよう濃い味付けにしてあるので食いしん坊的にも満足感が高い。
ふたたびやってくるムーディーな時間
カツサンドのあまりのおいしさに夢中でペロリとたいらげてしまった。お皿が空になると同時に食いしん坊の愉悦は終わりをつげ、再びムーディーな時間がやってくる。
おいしかったカツサンドに思いを馳せつつ、再びムーディーに身を委ねる
今度は素直におすすめのお酒を聞いたところ、界隈ではこのお店でしか飲めない特別な黒ビールを出してくれた。
「ガージェリースタウト」という低温で長期熟成させた濃厚な黒ビールで、きちんとした品質管理ができる店にしかおろせないという貴重な一杯だ。
18世紀末のロシアの女帝も愛したビールとか
地主さんは「男らしい酒を」と注文。そんなざっくりしたオーダーにもサラリと応えてくれる
男の一杯。「エヴァン ウィリアムズ12年」ストレート
榎並、地主ともに2杯目の酒は渋い大人のチョイスとなった。そして、そんな酒のテイストに影響されて、我々はふたたびムーディタイムに突入したのである。
黒ビールを一杯あおって
YES! ムーディー
ワイルド&ムーディー
ムーディー、そしてキューティー
いや、はしゃいでしまって申し訳ない。場に慣れていくうちにこのムーディーごっこが楽しくなってきて、ムーディーな写真を撮ることに夢中になってしまったのだ。
本日2度目のモリモリタイム
ひとしきりムーディーにひたったところで、またお腹が空いてきた。ここからはモリモリタイムの到来である。
メニューをくれるかね
う~んあれもこれも食べたいなあ
どれもおいしそうで決められないので、いまやぼくらが全幅の信頼を置くバーテンダーさんにオススメの品を出してもらうことにした。
黒ビールとの相性を考えてチョイスしてくれたのがコチラ。
「バー飯」二品目「自家製ロースハム」
大きくカットされた厚切りのロースハムが5枚。これは食いしん坊的にもなかなか食べ応えのある一皿だ。
わーうまそう
と、いつもなら無邪気にはしゃぐところだが、いや待て、ここはあえてムーディーにハムを攻めてみようじゃないか。
ムーディー
うん、ムーディー
オーケー、ムーディーだ
あれ、食いしん坊?
駄目だ食いしん坊だ
暴かれたムーディー
暴かれた丘ムーディー
ムーディーの中に潜む一瞬の食いしん坊をカメラは見逃さなかった。ムーディーをキープしようと思っても、ロースハムの芳醇な香りとコクが口の中に広がった瞬間、どうしても緩んでしまうのだ。
ギリギリムーディーをキープできるハムとの距離感は約10センチといったところ
ペロリ。ごちそうさまでした
ダシに1週間つけて熟成させたというロースハムは味わい深く、コクのある黒ビールとの相性も抜群だった。大満足である。
ムーディーにお会計
聞けば料理にはかなり力を入れているようだ。お酒を主役としながらも料理もモリモリ食べてほしい。そんな思いから、ダイニングバーではなく「Bar&Dining」というスタイルをとっている。
まさにムーディーと食いしん坊の融合である。
2軒目は六本木の「Wine&bar bb」
すっかりムーディーへの耐性がついた我々が2軒目に訪れたのは六本木のワインバー「bb」。こちらも路地裏の半地下に店を構える本格的なお洒落バーである。
入口に気づかず何度も通りすぎてしまうほどの隠れ家
ムーディー&セクシー
六本木という土地柄もあってか、ここはムーディーなだけでなくどこか艶っぽいセクシーな雰囲気も漂うバーだった。ムーディーだけでも手に余るのに、そのうえセクシーとは。
これは厳しい闘いが予想される。
妖しい雰囲気のカウンターで
セクシーに
そしてダンディに
ぼくはレッドアイを
地主さんはセックス・オン・ザビーチをオーダー
今宵という名の一期一会に乾杯
セクシースパイラルにはまる
また背伸びしてよく分からない酒を注文してしまった。いかん、また雰囲気に呑まれてるぞ。
ここは早々と食いしん坊タイムに突入して流れを変えよう。そんなわけでオーダーを取ろうと店員さんを読んだら、セクシーなうさぎさんの格好をしたお姉さんがメニューを持ってきた。さすが六本木、いろいろぶっ飛んでいる。
ドキドキした
意表をつくセクシー攻勢。セクシーがセクシーを呼ぶエロスのスパイラルに混乱しながらも、堂々とお姉さんに言う。
「この店で一番重いものをください」
バー飯3品目「オムライス&コーンポタージュのセット」
バー飯4品目「サーロインステーキ丼としじみ汁」
食事は意外とファミレスっぽい
店の雰囲気とは裏腹に存外しっかりしたご飯が出てきた。どことなく漂うファミレスっぽさ。遠い異国の地で友人に出合ったような安心感が、セクシーに立ち向かう勇気を我々に与えてくれる。
セクシーと食いしん坊のせめぎ合い
ファミレスっぽいなどと言ったが味はかなりの本格派。ふわふわのオムライスに濃厚なデミグラスソースがからんでうまい。
サーロインステーキもやわらかうまい
あまりにもセクシーな肉に、思わず顔つきもいやらしくなる
周囲の大人たちはお姉さんに軽口をたたきながら優雅に、そしてセクシーにお酒を飲んでいた。まさに遊び慣れた大人の社交場といった雰囲気で、無論ぼくらのように本気で飯を食ってる客などいない。
先ほどバーに入門したばかりなのに、いきなり何段階か飛び越えてしまった気がする。セクシーというステージは僕らにはまだ早すぎる。
急いでオムライスをかきこみ、すぐにお会計をした。
もう少し大人になったらまた来ます
お腹いっぱい
とにもかくにもボリュームのある食事に腹はふくれた。試合に負けて勝負に勝った。そう思いたい。
いざ、最後の店へ
三軒目「Bar Orange」
最後に訪れたのは西麻布のバー「Bar Orange」だ。事前に調べたところ、マスターが一人で営むカウンターのみの小さなバーで、まさに隠れ家。フードは乾きものかチーズくらいで、純粋にお酒を楽しむことを目的とした、いわゆる正当派のオーセンティックバーである。
この小さな看板だけが目印
最後の闘いへ
地下というのがまた不安をあおる
「Bar Orange」は地下にある。冷たいコンクリートの壁に重厚そうな扉があり、どうやらここが店の入口のようだ。なんかいよいよ本物だぞこりゃ。
上司に連れられていったバーでの苦い思い出が蘇ってくる。
この扉の向こうにあの日がある
意を決して中に入ると、店内には長いカウンターがあり無数の酒が並べられていた。カウンターにはマスターがひとり。やはり、身震いするほど本気のバーだ。
清潔感あふれるシックなカウンター
美しくディスプレイされたこだわりのお酒
そして渋いマスター。これぞバー。バー以外のなにものでもない
先ほどとは打って変わった、どっしりとした正当派のたたずまいに早くも気おくれしている。
だが、ぼくらだってムーディーとセクシーを経てここへ来ている。そうたやすく呑まれるわけにはいかない。
まずはセクシーにワインをオーダー
地主さんはマスターオリジナルのカクテルを所望
ムーディーな写真が簡単に撮れる
それにしても雰囲気のあるバーだ。どこをどう切っても画になるからムーディーな写真が簡単に撮れてしまう。
だが、ムーディーを狙いすぎて失敗することもある
どんなおもしろフェイスでもムーディーの力を借りれば驚くほどダンディになれる。だから男はバーで女性を口説くのだと合点がいった。
さて、では早速食事をオーダーしよう。
ダンディ&ハングリー
「あの…何か重いものってできますか?」
俺は腹が減っているんだ
メニューにはやはりナッツやチョコといったつまみしかなかったが、「とにかく食べたいんだ!」というぼくの熱い思いが伝わったのか、チーズの盛り合わせを出してくれた。
バー飯5品目「チーズの盛り合わせ」
おいしそう
3種類のチーズとバゲットの盛り合わせ。これがこの店でもっとも「重いメニュー」だ。おいしそうだしワインに合いそうだけど、写真を撮っても食いしん坊感があまり出ないのが残念だ。
いや、待て。撮り方によってはあるいは
あ、食いしん坊だ
どんなにムーディーな状況をも食いしん坊側に引き寄せてしまう自分の才能に驚いている。写真に食いしん坊という要素を加えたい人がいたら、ぜひ編集部までご一報を。
マスターのお話もおもしろかった
マスターの有難い人生訓
チーズを食べ終わると、マスターは色んな話を聞かせてくれた。バーのオープンからこれまでの歩み、バーの粋な利用方法、お酒との付き合い方、含蓄ある全ての言葉にいちいち感心させられた。そうか、バーとは人生を学ぶ場でもあったのか。
お通しのドライフルーツもうまかった
最後はマスターからお名刺をいただき、なんだか大人の階段を上った気分
「恋愛相談とかも受けるんですか?」「あちらのお客様からですって言ったことありますか?」そんな僕らの無邪気な質問にも、嫌な顔せず応えてくれた素敵なマスター。ぼくはあの日からあなたのことを心の中で「東京のお父さん」と呼んでいますよ。
バーでお腹いっぱい食べてもいい
ムーディと食いしん坊の両立をテーマにお届けしてきた今回のバー巡り。結論としては、最近のバーは料理も充実しているところが多く、ガッツリ食べても特に問題はないということが分かった。
これからもバー飯をモリモリ食べ歩いて、グルメでダンディな男になりたいと思う。