特集 2012年1月14日

真冬の日本海でタツノオトシゴは見つかるのか

結論から言うと見つかりませんでした
結論から言うと見つかりませんでした
2012年1月3日。
東洋大学が2年ぶり3度目の箱根駅伝総合優勝を果たし、大手町辺りが熱狂に包まれていたのと同じ頃。

石川県能登半島では、
「そうだタツノオトシゴを探しに海へ行こう!」
と思い立った人間がいた。

「だって辰年だから!」
という安易な理由で。
石川県出身。以前は普通の会社員。現在は透明樹脂を用いたアクセサリーを作る人。好きな色は青。好きな石はサファイア。好きな犬はウェルシュ・コーギー。

前の記事:一夜漬けの筆文字対策~謹賀新年編

> 個人サイト capria

タツにまつわるあやふやな記憶

生タツノオトシゴ。しかも天然。

見つけられたらとてもめでたいと思ったのだが、今考えればめでたいのは私の頭の方である。

しかし全くアテがなかったわけでもなく、昔、子供の頃の磯遊びで何度か見かけたことがあるような気がしたのだ。(気がした、という時点ですでにあやふやな記憶ではある)

具体的にはこう、海辺にタツノオトシゴの死骸が落ちていて、それがもうカラカラに乾いていて、干物みたいになってるのを拾ったことがあるような、ないような。

新年明けましていきなり干支の死骸というのもどうかとは思うが、もうこの際それでもいい。見に行きたい。
まあ、見られなかったんですけど
まあ、見られなかったんですけど

真冬の磯もいいものだ

ともあれ近くの海辺へ向かった。
都会でいうところの「ちょっとコンビニまで」とほぼ同じ感覚で、「ちょっと磯まで」が成り立つ場所なのである。
ここらの磯は遊歩道として整備されています
ここらの磯は遊歩道として整備されています
看板のすぐ先には、もう青い海
看板のすぐ先には、もう青い海
ちなみに看板の手前には、「海洋ふれあいセンター」という体験学習施設がある。磯に向かう前にちょいと立ち寄ってタツノオトシゴの生息情報の聞きこみでも、と企んでいたのだが。
海洋ふれあいセンター。小学生の頃、課外授業などでよく訪れました。
海洋ふれあいセンター。小学生の頃、課外授業などでよく訪れました。
しかし残念ながら休館日。
しかし残念ながら休館日。
あわよくばこの施設にタツノオトシゴの一匹や二匹いるのではないかと思っていたがそう甘くはなかった。でも大丈夫です、自力で探しますから大丈夫です。
とにもかくにも、磯に到着
とにもかくにも、磯に到着
冬の日本海側にしてはそこそこの好天で、さほど波も高くない。まあまあの磯観察日和といえるだろう。

ちなみに本日の気温は3度。陽が出ているのでそれほど寒いとは思わない。だからもっと磯に来る人がたくさんいてもいいはずなのだが、見渡す限りひとりぼっちだった。能登の磯人気が心配になるが多分大きなお世話だ。
ここ、すごくいい磯なのになあ
ここ、すごくいい磯なのになあ
馴染みの磯を見渡しつつ、早速タツノオトシゴ大捜索といこう。
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貝殻で喜んでいる場合ではない

記憶を頼りにまずは足元から探すことにした。貝や海藻に混じって落ちている(はずの)タツを探す作戦だ。
足元はこんな状態なのだ。砂浜ならぬ貝浜状態。
足元はこんな状態なのだ。砂浜ならぬ貝浜状態。
ぐにゃっとした、貝?
ぐにゃっとした、貝?
小石と小貝とサザエのふた。本体はどこに。
小石と小貝とサザエのふた。本体はどこに。
「ハチミツとクローバー」という漫画のあとがきで、とにかくたくさんの小貝を拾いたい!という企画があったのをふと思い出した。これは確かに楽しい。拾っても拾っても、また違う色や形が目に飛び込んでくる。貝天国はこんなところにありました。
やった、シーグラスも発見!
やった、シーグラスも発見!
いやちょっと待って。何をしているんだ私は。
いやちょっと待って。何をしているんだ私は。
うっかり貝拾いに夢中になっている場合ではない。探しているのはタツである。

ちなみに最初に見つけたぐにゃっとした貝は、後で調べたところ「ヘビガイ」というものらしい。惜しい。来年の干支ならこれでよかったのに。

イソギンチャクの思い出

やはりここは水の中を探るべきだ。そのための磯だ。
やはりここは水の中を探るべきだ。そのための磯だ。
タツくんいますかー?
タツくんいますかー?
お、イソギンチャク発見。冬の海でも立派に生きているのね。
お、イソギンチャク発見。冬の海でも立派に生きているのね。
子供は残酷だ、という話の例に漏れず、私も小さな頃はこういうイソギンチャクに適当な小貝を放り込んで食べさせる遊びを良くしていた。このふわふわしているイソギンチャクが貝を落とした途端にぎゅっと縮こまるのが面白かったのだ。

しかし今にして思えば、あれはきちんと殻ごと消化できていたんだろうか。ひょっとして食べていたんじゃなくて嫌がっていたんじゃないか。餌だと思って飲み込んでみたら硬い貝殻だったときの気持ちはいかほどだろう。コーラと思って飲んだらイソジンだったくらいの衝撃かもしれない。私なら泣く。

大人とは、イソギンチャクに貝を食べさせない人のことである。

もし妻夫木聡がエレベーターで訪ねてきたらそう答えようと決めた。
いや、そんな最近見たCMの話はどうでもよいのだ。 引き続きタツを探さなくては。

海の小路、藻の群生

飛び石を伝って歩けば、そこはもう海の上
飛び石を伝って歩けば、そこはもう海の上
浅いところならプール感覚で遊んだりもできる(※夏限定)
浅いところならプール感覚で遊んだりもできる(※夏限定)
こういった遊歩道が海岸線沿いにずっと向こうの方まで続いていて、散策コースとしてはなかなか悪くない。

波の音を聞きつつ、海を眺めつつ、歩いているうちに段々タツノオトシゴのことなんてどうでもよくなりかけて、もうこのまま大人のカジュアル磯遊びという方向の企画にでもしたらいいじゃないかと一瞬考えた。自分で設定したハードルを飛び越えるでもくぐるでもなく忘れ去るという手法である。人としてまずい。

2012年初頭からそういう堕落はいかがなものかと思うので、気合を入れなおして捜索を続けよう。
あ、なんとなく良さげな場所を発見しましたよ
あ、なんとなく良さげな場所を発見しましたよ
この辺り一帯が「藻」だ。藻ゾーンだ。
この辺り一帯が「藻」だ。藻ゾーンだ。
私の勘ではこういうところにタツは潜んでいると思う。しかしじっと水の中を見つめてみるが、タツどころか小魚の一匹も見当たらない。

アイドルの出待ち気分(やったことはない)で熱い視線を送ってみても、その先ではただゆらゆらと藻が揺れるばかりである。
すぐそこ、足元にいそうな気がするのに
すぐそこ、足元にいそうな気がするのに
何も取って食おうというわけではないので素直に出てきてほしいのだが、そんな気持ちも虚しく全く影も形も見えない。

いると思うんだけどなあ。
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唐突ですが、能登弁講座です

糸や紐なんかが絡まってぐしゃぐしゃになること、を能登弁で「もだかる」という。タツノオトシゴ捜索の過程でその語源に思い当たったので聞いていただきたい。
こう、藻ゾーンに木の枝を突っ込むと、
こう、藻ゾーンに木の枝を突っ込むと、
絡まる。つまり、藻が集って(たかって)くる。
絡まる。つまり、藻が集って(たかって)くる。
これまで考えたこともなかったが、「もだかる」の語源ってこれじゃないのか。絶対これだろう。 我ながら新年早々ナイスひらめき! とやや興奮気味に思ったが、あいにく証明する術はない。

あと、当然ながらこの発見はタツノオトシゴ探しにおいて何の役にも立たないということを付け加えておく。
タツの姿は見つからぬまま、徐々に辺りは夕暮れの気配
タツの姿は見つからぬまま、徐々に辺りは夕暮れの気配
――帰ろうかな、暗くなる前に
――帰ろうかな、暗くなる前に

実はタツノオトシゴは、最初からあなたの目の前に

さて干支に会えぬまま磯を離れてしまったところで、本当のことを言おう。
実は、タツノオトシゴはこの記事のかなり最初の方の写真で既に登場していた。

とはいえ気づいた方はまずいないだろうと思う。
え?そんなの写ってたっけ?というそこのあなた、どうかこちらをご覧頂きたい。
最初に立ち寄った「海洋ふれあいセンター」の写真。道路に何か描かれているのには気づきましたか?
最初に立ち寄った「海洋ふれあいセンター」の写真。道路に何か描かれているのには気づきましたか?
実はこれ、海の生き物たちのイラストが描かれているのだ
実はこれ、海の生き物たちのイラストが描かれているのだ
そしてその中にほら、なんとタツノオトシゴが!
そしてその中にほら、なんとタツノオトシゴが!
幸せの青い鳥ならぬ、青いタツノオトシゴである。

チルチルとミチルが探し求めた青い鳥と同じく、青いタツノオトシゴも実は最初から目の前にいたのだ。幸せって、本当はそういうものかもしれないですね。めでたしめでたし。

……と、名作文学の力を借りたところで実に苦しい言い訳にしかならない。ちっともめでたくない。

結局見つけられないまま終わるしかないのか。たとえ今回無理でも、せめてタツを見るための方法くらいは知りたい。
そう思い、最後に専門家の元を訪ねることにした。
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魚の専門家に会いに行く

翌日のお天気は雪だった。昨日は磯日和だったのに。
翌日のお天気は雪だった。昨日は磯日和だったのに。
やってきたのはこれまた家の近くにある「海洋漁業科学館」という施設である。このコンクリート製の大きな船みたいな建物の中には、海や魚に関する資料が詰まっている。
魚や貝の標本が並んでいるのだが
魚や貝の標本が並んでいるのだが
やっぱりここにもタツノオトシゴの姿はない
やっぱりここにもタツノオトシゴの姿はない
辰年だからそういうものを用意してあるかも、という期待がなくもなかったのだが、残念ながらあくまで通常営業の科学館である。干支には振り回されない、という姿勢だろうか。

ちなみに生きた魚もいる。水槽が2つだけ置かれていて、その中に泳いでいるのは…。
なぜかメダカと、
なぜかメダカと、
錦鯉(金魚に見えるが「錦鯉」と書いてあったのだ)
錦鯉(金魚に見えるが「錦鯉」と書いてあったのだ)
淡水寄りのチョイス。なぜ…と思わなくもないが、そういう細かなことをいちいち突っ込むのはやめにしたい。というか、こういう場所には普通の展示品に混じって「ん?」というものがあったりするものなのだ。
たとえば魚の形の巨大知恵の輪。
たとえば魚の形の巨大知恵の輪。
海洋資源を管理する渋いゲーム。(画面がバグっていてスタートボタンが出たり消えたりしていた)
海洋資源を管理する渋いゲーム。(画面がバグっていてスタートボタンが出たり消えたりしていた)
イカのランプ。これはちょっと可愛い。家に欲しい。
イカのランプ。これはちょっと可愛い。家に欲しい。
そして隅の方には「魚ライブラリー」なる小さな資料コーナーがあり、海に関する図鑑がずらりと並んでいた。
ちょうどいい、ここでタツノオトシゴのことでも調べようかと思ったのだが
ちょうどいい、ここでタツノオトシゴのことでも調べようかと思ったのだが
索引ページ、「たこめし」「たこやき」はあるのに「タツノオトシゴ」がない
索引ページ、「たこめし」「たこやき」はあるのに「タツノオトシゴ」がない
どういうことだよ……
どういうことだよ……
しかし落胆するのはまだ早い。今日の目的は図鑑を調べることでもメダカを眺めることでもないのだ。この施設では魚の専門家が様々な質問を受け付けてくれるらしいのである。
というわけで研究員さんにお話を伺いました
というわけで研究員さんにお話を伺いました
――タツノオトシゴって、例えばこの辺りの海辺なんかでも見られるものでしょうか?

「そうですね、いると思います。たまに調査で海中にカゴを仕掛けたりするんですけど、入ってることもありますよ」

――それは季節に関係なく、今の時期なんかでも?

「はい、冬もいるはずですよ。ただ水温が低いからじっとしてて動かないだろうしエサの食いつきも悪いだろうから、捕まえて観察するのは難しいんじゃないですかね」

――じゃあ、ちょっと海に行って見てみたいな、と思ってもそう簡単じゃないですかね?

「いやー、難しいと思いますよ。よっぽど運が良くないと……」

――ええと、ではタツノオトシゴが見たい場合はどうするのが一番いいんでしょう?

「水族館にいるんじゃないですかね。辰年だからそういう企画もあるでしょうし」
正論過ぎてグウの音もでない。
正論過ぎてグウの音もでない。
はい。というわけで、ここまで来て得たものは「辰年にタツノオトシゴが見たければ水族館に行くのが良い」という的確すぎる結論だった。

真冬の日本海をうろちょろする必要は全くないらしいので、皆様はぜひそういった施設に足をお運びください。

でも磯遊びは楽しい

久しぶりの磯遊びはとても楽しくて夢中になった。もう少し暖かくなればもっと多くの生き物が観察できるだろうし、運が良ければタツにも会えたりするかもしれない。手軽なアウトドアとしておすすめだ。

尚今回は革ブーツにスカートという磯をなめきった服装で出掛けてしまったが、基本的に磯遊びの際には「動きやすい服装と滑りにくい靴」という装備は常識であろうと思うのでどうか真似なさいませんよう。
タツノオトシゴは別の図鑑でようやく発見。実物には水族館で会ってください。
タツノオトシゴは別の図鑑でようやく発見。実物には水族館で会ってください。
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