特集 2011年11月9日

あやしい形の道はたいてい元水路、そしてもらい泣き

柳原町に川の痕跡はあるのか?

牛田駅で下車したぼくは、ちょうど川跡になるはずの道に向かう。
おそらくここが川の跡
おそらくここが川の跡
一見、変わったところは見受けられない。けれど、元川だった道の街並みと、隣の道の街並みを見比べてみてあることに気づいた。
元川の道は新しい家が多い
元川の道は新しい家が多い
古くからある道には商店街
古くからある道には商店街
元川だった道の方の街並みは、道に面した家がどれも新しいのに比べ、古くからある道に面した建物は古かったり、商店街になっていることが多いような気がしたのだ。
川が道になってから新しくできた街並みと古くからある街並みで、景色の違いが出ているのではないだろうか?

おじいちゃんの話を聞き入ってしまう

周辺を探索中、川跡の道沿いにある喫茶店のおばちゃんに川の痕跡がないか聞いてみた、しかし、このおばちゃんは違う町からアルバイトに来ているだけらしく、町のことはよく知らないという。「今来てる常連さんなら昔のこと知ってるんじゃないかな?」というので、お言葉に甘えて、お店の常連さんに話を聞いてみた。
その常連さんのおじいちゃんは、店の隅に陣取り、ひとり静かに競馬新聞を眺めながらモーニングをとっていた。
地元の常連が集う喫茶店
地元の常連が集う喫茶店
--すみません、あの、このあたりの事について調べてるんですが……お近くにお住まいですか?
「あー、住んでるのは近くだよ」
--昔、そこの前の道が川だったのってご存知ですか?
「いや、俺は元々深川の方の生まれでよ、こっちのことはあんまり知らんな……」
ズコー、である。
川の思い出話などが聞けると思ったのだけど……しかし、深川といえば前のページで取材してきた五間堀や六間堀の近くのはずだ。そっちの話が聞けるかもしれない。
--深川なんですか! たしかあのへんには五間堀や六間堀なんて堀がありましたよね。覚えてらっしゃいます?
「ああ、堀ね。あったね。当時はよ、電車が縦横に走っててよ……ズズッ(コーヒーを飲む音)」
深川の思い出、おわり。
これはちょっと困った。べつの話題を差し向けてみる。
--お元気ですね、おいくつですか?
「いくつに見える? 1928年生まれだよ、昭和3年。おかしなもんでね、昔はサバを読んでたんだけど、この年になるとね、西暦で言っちゃうの、はっきりわかるから。大正生まれはもうほとんど居ないな。俺の知ってるひとで一人しかいない。昭和生まれは結構いるんだ」
--ぼくも昭和生まれですから、昭和50年。おんなじ昭和の同級生ですよ。
「え、あんたも昭和?若いねー」
40歳以上年上のおじいちゃんに「若いねー」なんてほめられると、なんだか妙な気持ちになる……。

最初の記憶は阿部定事件

おしゃれサングラスを使用
おしゃれサングラスを使用
--昭和3年ですか。どんなことがありましたかねぇ?
「事件があっただろ?おちんちん切っちゃうやつ」
--阿部定事件ですか?
「そう、それ。親父がよ、新聞読むだろ、すると母親が顔真っ赤にして「そんなの子供の前で読まないで!」って怒るんだよ」
--え?なんでですか?
「昔は声出して読んでたからな、ハハッ」
あ、確かに昔の人は新聞を声に出して読んでたって話をどっかできいたことある! まさかこんなところで裏取りできるとは思わなかった。 しかし、いきなりの阿部定事件。この事件は昭和3年の出来事ではないけれど、たぶん、このおじいちゃんの語るべき最初の記憶が「阿部定事件新聞記事音読事件」なのだろう。重みのあるエピソードだ……。
--お父さんは何をされてたんですか?
「軍人だよ、日清日露、体験してるからね」
そうだ、確かに昭和初期の軍人さんなら日清戦争も日露戦争も体験してるだろう……「坂の上の雲」の世界とつながったような気がしてちょっとうれしい。
「俺は終戦の玉音放送も聞いてるからな」
--確か、終戦は昭和20年ですから17歳の頃ですか?
「そう、志願して行ったんだから」
--志願兵だったんですか!
「飛行機乗りになりたくてよ、少年飛行兵。志願したんだけど、目が悪くて整備兵にしかなれなかった。追浜に工場があってそこに居たんだ」
--そうですか、やっぱりゼロ戦とかに憧れたんですか?
「おう、名前わすれちゃったけど、なんとかデンザブロウっていう先輩も志願して行ったんだ。当時は霞ヶ浦に飛行場があって、あそこで乗ったグラマンが初めて乗った飛行機だよ」
ぼくは飛行機に詳しくないので、その場でiPhoneを使って「グラマン 飛行機」を検索してみた。するとアメリカ軍の飛行機だということが分かった。日本の少年飛行兵がアメリカ軍の飛行機に乗るってのもよくわからない話だけれど、そのへんは何かの記憶違いかもしれない。
--(おじいちゃんにiPhoneを渡し)グラマンってこういう飛行機ですか?
「おう!これ、これだよ! ハァー……そうだ…ハスウデンゴロウだ……俺よかいっこ上の先輩だよ……死んじゃった……」
おじいちゃんはiPhoneに写しだされた飛行機の小さな画像を見つめたまま、小さく嗚咽しはじめた……。
青春時代の懐かしさや、楽しい思い出、大事な人を失った悲しみが、グラマンの検索画像を見て一気にあふれでたのだろう。
--(もらい泣きしつつ)……懐かしいですか?
「だいたい、無条件降伏とかいうけどよ、俺はまだアメリカ許してねぇからな」

……と、こんな感じで、1時間半もおじいちゃんの話を聴き込んでしまった。この他にも古今亭志ん生と並んておしっこした話や、浅草でエレベーターボーイをしてた頃のたけしを見た話など、面白い話をたくさん聞いたのだけど、残念ながらすべて川とは関係ない上に、書きだすと長くなるので割愛したい。

川跡の話に戻ります

もらい泣きをした喫茶店から、川跡の道に沿ってずーっと進むと行き止まりにたどり着いた。東武伊勢崎線牛田駅のホームだ。よく見ると線路の一部が鉄橋のようになっている。
鉄橋?
鉄橋?
よく見えないので、駅の向こう側に回りこんで観察してみると……。
これは! 明らかに川に架かっていた鉄橋だ!
これは! 明らかに川に架かっていた鉄橋だ!
昔の地図を見てみると、たしかに川をしめす波線が牛田駅まで伸びている。おそらく、40年以上前は、この下を川が流れていたのだろう。
川がこのころまではあったのだ(「東京東北部 5万分1地形図」国土地理院・昭和29年応急修正)
川がこのころまではあったのだ(「東京東北部 5万分1地形図」国土地理院・昭和29年応急修正)
すっかり川だったことを忘れている柳原町の古隅田川は、牛田駅のホーム下に川だった頃の記憶を僅かに留めるのみとなってしまっている。

あやしい道はほぼ元水路でいいと思う

今回めぐった3件の「あやしい道」はどれも元水路だった。
地図を眺めていて「あれ?」とか「おや?」と思う道を見つけたらまずは「元水路だったのかな?」と思っていただいてほぼ間違いないと思う。
<もどる ▽デイリーポータルZトップへ

デイリーポータルZを

 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ

↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓