特集 2011年8月25日

群馬県と埼玉県の境は川の跡

田んぼの真ん中を走る草の部分が、群馬県と埼玉県の県境なのです
田んぼの真ん中を走る草の部分が、群馬県と埼玉県の県境なのです
先日、群馬県の板倉町を訪れた。板倉町は群馬県、栃木県、埼玉県の境界に位置する町で、利根川と渡良瀬川の合流点付近に位置する、水の郷だ。

私はそこで、なんとも不思議な光景を見た。両岸に延々と堤防が連なっているのに、その間に川が無く、田んぼになっているのである。しかも、そこが群馬県と埼玉県の境であると知って、より興奮した。

今回は、そんな板倉町で見かけた、ささやかなリリカルをお伝えしたい。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

前の記事:うどん食べて大師のもとへ~遍路日記まとめ~

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水の郷の、水の文化を見に行った

私が板倉町に興味を持ったのは、水に関する独特の文化があると聞いた事による。

利根川、渡良瀬川という二本の大河川が交わる地点に位置する板倉町は、農業に適した肥沃な土地が広がる一方、極めて水害の多い土地でもある。この地に住む人々は、様々な工夫を編み出し、水に順応してきたそうだ。

私はそのような、板倉町の水の文化を見に行こうと思い、板倉町を訪れた。

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板倉町があるのはこの辺り。周りは見事に水ばかり
板倉町へのアクセスは、東武日光線を利用し、板倉東洋大前駅で下車するのが便利である。駅の近くにはレンタサイクルもあり、板倉町散策の拠点とするに最適だ。

レンタサイクルを借りて、とりあえず駅の東へ向かうと、目の前になみなみと水を湛えた広大な湖、渡良瀬遊水地が現れた。
まずやってきたのは、渡良瀬遊水地
まずやってきたのは、渡良瀬遊水地
渡良瀬遊水地の湿地帯は、広大ですなぁ
渡良瀬遊水地の湿地帯は、広大ですなぁ
この渡良瀬遊水地は、明治時代に作られた渡良瀬川の遊水池で、元は上流の足尾銅山から流れてきた鉱毒を沈殿させる目的で、谷中村という村をまるまる一つ潰して作られたそうだ。

今では治水目的に利用されており、その広大な土地には湖や湿地帯が広がり、鳥類も豊富な湿地帯として貴重だという。

うむ、この渡良瀬遊水地だけでもなかなかの眺めであるが、今回の目的は、渡良瀬遊水地へと流れ込む、谷田川をたどる事である。

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谷田川は利根川の近くを流れる小さな川です
というワケで、渡良瀬遊水地の散策もほどほどに、私は自転車の進路を谷田川へと向けて、その沿岸を走り出した。
渡良瀬遊水地の水門を越えて谷田川へ
渡良瀬遊水地の水門を越えて谷田川へ
その沿岸の、のどかな道を西に向かって進む
その沿岸の、のどかな道を西に向かって進む
すると、凄く良い風情の茅葺家屋が
すると、凄く良い風情の茅葺家屋が
そのすぐ側には……おぉ、沈下橋まであるのか!
そのすぐ側には……おぉ、沈下橋まであるのか!
沈下橋とは、川が増水した時に流されないよう、欄干などを設けない橋の事だ。この橋は床版が木製で、なかなかに情緒がある。

谷田川をたどり始めていきなりこのような景色に出会う事ができるとは、幸先が良い。これはこの先もなかなか期待できそうだと、自転車のペダルをこぐ脚にも力が入る。

さぁ、引き続き、谷田川をたどって行こう。
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谷田川とその水文化

谷田川は、利根川や渡良瀬川のような大河川ではないものの、小さい川であるが為に護岸工事などもあまりされておらず、その周囲には今もなお、水の郷らしい風情が残されている。
素朴ながらも心洗われる風景ですなぁ
素朴ながらも心洗われる風景ですなぁ
川の両岸に広がる水田も、これまた良し
川の両岸に広がる水田も、これまた良し
なかなかに気持ちの良い所であるが、もちろん、水の側で暮らす人々は苦労が絶えない。先ほどの情緒豊かな沈下橋も、水害へ対策として生み出した産物であるワケだし。

そのような土壌において、水害を防ぎ、また水を最大限に利用しようと、独自の文化が発達した。その水文化というべき板倉町の文化を代表する存在が、水塚(みつか)である。
主家より少し高い所に築かれている、蔵のような水塚
主家より少し高い所に築かれている、蔵のような水塚
洪水時の倉庫件避難所として、どの家にもあったという
洪水時の倉庫件避難所として、どの家にもあったという
洪水が起きた際には、この水塚の一階に物資を退避させ、二階に家族が避難したという。また揚舟も備えており、辺り一面が水に浸かっても、孤立せずに行き来ができたという。

現在は、利根川や渡良瀬川に高い堤防が設けられ、川が氾濫するような事はなくなった。その為、水塚の必要性が無くなり、数多くの水塚が取り壊されたというが、それでも現在、まだ結構な数の水塚が残っている。

今後は、この土地の歴史を物語る文化財として残されていく事だろう。そう期待したい。
引き続き、谷田川沿いを走る
引き続き、谷田川沿いを走る
祠や石仏なども、良い味出してるなぁ
祠や石仏なども、良い味出してるなぁ
川べりには揚舟が繋がれていたりもする
川べりには揚舟が繋がれていたりもする
う~ん、水郷ですなぁ
う~ん、水郷ですなぁ
谷田川は、なかなか味のある、良い川である。十分な時間をかけて谷田川を巡り、満足したのでそろそろ引き返そうと思うのだが、ただ同じ道を戻るのも芸が無い。

そういえば、この谷田川は利根川の近いところを平行して流れている。それならば、利根川を経由して戻るのはどうだろう。そう思った。

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谷田川から利根川に移動し、その堤防沿いを行こう
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大きすぎる川は微妙かな

谷田川と利根川は治水の為の水路によって結ばれており、それをたどればすぐに利根川へと辿り着く事ができる。

……が、さすがは大河川。利根川の堤防は驚くほどに高く、しかもどこから上れば良いのかいまいち分からずに、少し迷った。
この水路の突き当りが利根川の堤防
この水路の突き当りが利根川の堤防
やっとこさ利根川が見えても、なんかピンとこない
やっとこさ利根川が見えても、なんかピンとこない
多分、利根川やその河川敷が広すぎるせいかな
多分、利根川やその河川敷が広すぎるせいかな
う~ん、まぁ、確かに大きな川なのだけど、どうも、景色としてはイマイチな感じがする。

景観の構成要素が豊富な谷田川と比べ、利根川は単調というか、どこまで行っても同じような景色というか。おそらく、全ての規模が大きすぎる為に、そう感じるのだろう。
むしろ、堤防上から見る集落や――
むしろ、堤防上から見る集落や――
水田の風景の方が楽しいかな
水田の風景の方が楽しいかな
板倉町の南東端まで利根川沿いを走り、さて、ここからどのように戻ろうかと、iPhoneのgoogle mapを開いて、ふと気が付いた。

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利根川(左下のマーカー)と谷田川(右上のマーカー)の間に……川が通っている?
利根川から谷田川に向かって、逆L字状に群馬県と埼玉県の県境が存在し、しかもそれに沿うように、川のような筋が走っているのだ。

道路や家々がその筋に沿って作られてている事から考えて、やはりそこには川があると考えて良いだろう。そしてこれをたどれば、谷田川に戻ることができるはずだ。私はそう考えた。
……が、上記地図の左下のマーカーの地点に、川は無し
……が、上記地図の左下のマーカーの地点に、川は無し
しかし、その県境付近にまで行ってみても、谷田川方面へ向かう川などどこにも見当たらない。ありゃりゃ、絶対川があると思ったのに。

まぁ、水を湛えた川が無くても、その道に沿って走っていけば、谷田川へ辿り着く事は可能だろう。少し拍子抜けしたものの、とりあえず私はその道を行く事にした。
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そこは川の跡、廃川であった

地図や衛星写真だと川っぽいのに、川ではなかったその道をしばらく行く。

そこには水田が広がっており、その中央に、わずかに水が残る溝が続いている。これは……水路、なのだろうか。
その水路がどこまでも続く
水田の中に水路?のような溝が続く(クリックで県境表示)
地図を見る限り、どうやらこの草がもさもさ生えている水路のような溝こそが、群馬県と埼玉県を分かつその県境であるようだ。

ぱっと見ではなんて事は無い水路であるが、県境、すなわちかつての国境であったくらいなのだから、相当に歴史のある水路なのだろう。
その水路がどこまでも続く
その水路がどこまでも続く(クリックで県境表示)
葦が生えてて見にくいが、近くで見るとこんな感じ
葦が生えてて見にくいが、近くで見るとこんな感じ
この水路沿いを走ってみて、確信が持てた。やはりこの一帯は、かつては川だったに違いない。水田は、川だった場所を堰き止め、干拓して作られたのだ。水路は川の名残である。
水田の両側には堤防もあるし
水田の両側には堤防もあるし(クリックで堤防の位置表示)
その堤防部分を利用して、水塚も建てられている
その堤防部分を利用して、水塚も建てられている
調べてみると、ここは「合ノ川」、または「間ノ川」と呼ばれる利根川の派川であった。江戸時代の後期に呑口(川の入口)が締め切られ、水田に開発されたようだ。

なお、廃川となった後、その跡地は「古利根川」と呼ばれるようになったそうだ。へぇ~、土地利用の変遷というのは、面白いですなぁ。
さらに進むと……おや、あれは
さらに進むと……おや、あれは
おぉ、やはり沈下橋。でも、最初に見たのとはちょっと違う
おぉ、やはり沈下橋。でも、最初に見たのとはちょっと違う
と思って進んだら、最初の沈下橋に辿り着きました。沈下橋は二つあったッ!
と思って進んだら、最初の沈下橋に辿り着きました。沈下橋は二つあったッ!

なかなか楽しい水の郷

こうして、私は再び谷田川に戻ることができた。っていうか、古利根川沿いの道は、この沈下橋の場所に通じていたんですな。

なんとなく行ってみた板倉町の川巡りではあったけれど、これがなかなか楽しかった。水の郷という特色も、想像していた以上に残っていたし、川の跡にも興奮できたし。

う~ん、やはりこういった、その土地ならではの特色や、土地利用の変遷を伝える遺構というのは、大事にしていきたいものですなぁ。
板倉町には群馬県下最古の建造物もあるよ
板倉町には群馬県下最古の建造物もあるよ
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