伝来の地、大阪へ。
セアカゴケグモに会いたい。だが情報が無い。情報が無いからこそ一層出会いたいとも思うわけだが。
こういうときは過去の情報に頼るしかない。セアカゴケグモはオーストラリア原産の外来種だが、日本で初めて見つかったのは大阪府であったらしい。
大阪と言えばたこ焼き…だけではございません。
毒グモ伝来の地大阪。よし、ここへ行こう。地域の名物料理の場合、どこで食べようか迷っても、元祖を謳うお店に行けばまあハズレはないものだ。そんな誰が聞いても的外れな理屈で目的地を決めてしまった。
心強い助っ人登場
さて、やってきましたは大阪府堺市。
実は僕にとって初めての大阪。
なぜ堺なのかというと、毒グモ事情に詳しいある人から「そのあたりがセアカゴケグモのホットスポットらしい」と出発直前にうかがったためである。その事情通とはこの方。
有毒生物偏愛サラリーマン、伊藤健史さん。
以前に当サイトのUSTREAM配信で共演させていただいた伊藤さんである。有毒生物のことならこの方に聞けば間違いないだろうと思い、今回の企画について相談をさせてもらっていたのだが、なんと情報提供どころか大阪までご一緒していただけた。貴重な休日を削ってもらってまで。頭が上がらない。
まずは堺市役所へ。
やみくもに探してもきっと発見は難しいだろう。というよりも、まずどこを探せばいいかもわからない。まずは現地入りしたからこそできる、確実な情報収集をしなければならない。伊藤さんの勧めで市役所へ向かうことに。
市役所内で配布されていたセアカゴケグモ対策リーフレット。
おお!我々にうってつけの資料があるではないか。ここまで大々的に注意喚起されているということは、やはりこの町に奴らがいるのは間違いないようだ。
リーフレットによると、セアカゴケグモは排水溝のふたの裏や公園の遊具の陰など、低い位置にある人工物の物陰に多いらしい。また、巣には落ち葉が絡まっていることが多いらしい。
恥を忘れて探す。
よし、探し方がわかったところでさっそく毒グモハンティングに移ろう。
市街地を歩きながら、いかにも彼らが潜んでいそうな場所をしらみつぶしに覗き込んでいく。
地面にへばりついて探しまくる。
伊藤さんも負けてはいない。
…道往く人の視線が痛い。かなり恥ずかしいぞ、これ。
だがそんなことは言っていられない。羞恥心は忘れて探し続けよう。旅の恥はかき捨てと言うではないか。
それにしても探すべきポイントが多すぎる。「人工物の陰」なんていわれても、大都会大阪は人工物まみれなのだ。絞りようがない。
歩道橋の陰。怪しい。
水抜き管の中。怪しい。
ベンチの下。怪しい。
児童公園ですべり台を覗き込む男。怪しい。
疑心暗鬼になってしまい、街中を舐めるように手当たり次第に探ることになってしまった。
そう、「どこにでもいる」生き物の捜索は実は難しいのだ。たとえばカブトムシを探すなら林の中でクヌギの木だけを見て回ればいい。しかし今回探しているクモの場合、そういう目印が多すぎるのだ。ハチ公とモアイ像が無数に乱立する渋谷で待ち合わせをするようなものだ。
違う生き物ばかり見つかる
あっ、クモの巣!
こっちにも!
しかし見つかるのは
普通のクモばかり。
ウロコアシナガグモというきれいなクモも見つかった。ちょっと嬉しい。
探し始めて数時間。その他のクモは見つかるものの、肝心のセアカゴケグモは見つからない。
突然とりつかれたようにシャッターを切りはじめる伊藤さん。もしや発見!?
ハチの巣でした。さすが有毒生物好き。
イラガの幼虫。これも毒虫。
カブトムシのメス。伊藤さん曰く「毒のない生き物も好きなんですよ。」
しかし、やはり毒グモは見つからない。いったん昼食をとって体勢を立て直そうと駅前まで戻ることになった。
発見!
と、そのとき、一台の自転車がベルを鳴らして僕たちを追い抜いて行った。急いで道の脇に避けたところ、ものすごい存在感を放つブロックが目に入った。
ゴゴゴゴゴゴゴ…
ああ、絶対なんかいるわ、この陰。ゴキブリとかかもしれないけど。
朝から街中の地べたを這いつくばって経験を積んできた僕たちにはわかる。
さっそくどかしてみる。
むむっ。クモの巣発見!丸いボールのようなものはクモの卵のう。
リーフレットに書かれていたような枯葉やゴミを巻き込んだクモの巣だ。クモの卵が詰まった袋(卵のう)も見える。これはひょっとするか!?
おっかないのでピンセットを使ってクモの巣をほじくり返すと…。
いた!
黒いボディーに鮮やかな赤。間違いようもない。セアカゴケグモだ。15年前に我々を恐怖の底へと突き落とした毒グモは、やはり今もこの日本で生き長らえていたのだ。
しかし、まさか一番発展している駅前にいるとは。大興奮である。
実物はものすごくきれいでかっこいい。
実を言うと僕は少年の頃からずっとこのクモに憧れを抱いていた。理由は、かっこいいから。黒地にビビッドな赤のラインというカラーリングの妙は日本の生き物にはそうそう見られない(イモリくらいか)。毒のある生き物には派手なものが多いがこれほどスタイリッシュに己のデンジャラスさを周囲にアピールできる者はそういないと思う。
いかにかっこよくとも、相手は人に直接害をもたらしかねない外来種。捕獲して殺虫剤を詰めた瓶に放り込む。
このクモは法律で特定外来生物に指定されており、生かしたままでの輸送が禁じられている。さらに駆除も求められているため、その場で殺さなければならなかった。だが君の死は無駄にはしないよ。きちんときれいな標本にして伊藤さんにプレゼントしてあげるからね。…何の救いにもなっていないだろうが。
卵のうの中には無数の卵が。
ばっちり繁殖してるってことですね。
ちなみにここで見つけた個体はメス。卵があるということはオスもいるはずだ。
また枯葉を巻き込んだクモの巣を発見。
いました!オスのセアカゴケグモ!…なんか奥さんの尻に敷かれそう。
メスとは似ても似つかない貧弱な体に特徴の薄い模様。これでもあの悪名高い毒グモなのである。
なんとか雌雄一匹ずつを見つけることができた。その後も夜まで堺区を徹底的に探すが、初日はそれ以上の個体を見つけることは出来ずに終わった。
2日目、本命の南区へ!
2日目は伊藤さんと相談した結果、前日探索した堺区よりもさらに発見例の多い南区へと足を向けることとなった。最初からそうしろと言われそうだが、美味しい部分は最後に食べたいではないか。少なくとも僕はそういうタイプだ。
さらに2日目は気合を入れるためにこんなものを用意した。
駅前。いきなり気なるベンチを発見。
駅から出てすぐに、ベンチに花壇といかにもセアカゴケグモが潜んでいそうな怪しいポイントに遭遇する。
とりあえずと軽い気持ちで覗いてみると…。
うわー!いかにもいそう。
まさぐってみると空の卵のうが出てきた。
昨日見たゴケグモのものとそっくりだ。うむ。期待が高まる。
さらに注意深く探していくと。
よっしゃあー!
やっぱりいたー!!
しかし昨日見つけたのと模様が違うぞ?実はこれは亜成体といって、まだ完全に大人になりきっていないクモなのだそうだ。先ほどの卵のうから生まれ出た子だろうか。これはこれできれいだ。
南区は毒グモ天国(地獄)!
その後もベンチの下で、側溝の中で、次々と見つかる毒グモたち!
昨日、堺区であんなに苦労したのが信じられないくらい大量にいる。
ちょっと探すと、どこもかしこも毒グモの巣だらけ!(セアカゴケスーツは暑いので脱いだ。)
小さな個体も
成熟した個体もよく太っている。
前日に見つけた二匹が別種に見えるほど、ここ南区のクモはプリプリしている。巣に引っ掛かっている虫の死骸の数もものすごいのだ。南区は堺区よりもいくらか緑が豊かなように感じられたので、餌となる虫の数も多いのだろうと思う。そうした環境の差異がセアカゴケグモの個体数の差にもつながっているのかもしれない。
今回見つけた最大の個体。脚を広げると一円硬貨より大きい。
毒グモとの付き合いには十分注意しよう
十五年間憧れてきたクモにこれでもかというほど対面できて僕たちは大いに満足した。
やはりセアカゴケグモは大々的に報道されなくなった今も大阪の街の中でひっそりと、けれどもたくましく生きていたのだ。正直、少し感動してしまったが、これは決して望ましいことではない。しかも今回は住宅街でも多くのクモが確認された。これではいずれ事故が起こることは必至だろう。クモがどんなところにいるか、万が一咬まれた場合はどのように対処すべきかを知って備えておく必要がある。そうした情報については
大阪府のホームページが詳しい。
同行の伊藤さんもクモ柄の手袋を持参していた。考えることは同じだ。