きっかけは採石置き場
ある程度の大都市だけの光景かもしれないが、冒頭で述べたように、住宅街に突如、生コンクリートを作る工場が出現する場所がある。
ふつう、こういった施設は郊外にありそうなものだが、東京だと高級住宅街の真ん中にあったりするのだ。
そのことを考えるきっかけになったのが、以前見てきてジャーニーという企画(→
こちら)で見かけた、住宅街にある砕石置き場だ。
「そういえば、こういう景色よくあるよな、新宿の真ん中にもこういうのがあったよ」とその時に思った。
きっかけとなった砕石置き場
新宿の真ん中に生コン工場
明治通りは山手線の内側、五反田・恵比寿・渋谷・新宿・池袋をつなぐ東京の大動脈だ。
その明治通りの、新宿タカシマヤタイムズスクエアの目の前に、生コンクリートをミキサー車に入れる工場があるのを見て、「なんでこんな一等地に」と思った記憶がある。
新宿といえばいわずとしれた日本を代表する大都市である。
そのほぼど真ん中といっていい場所に、なぜこんな工業施設があるのか、とても不思議だった。
そしてここ以外にも、生コン工場がとつぜん建っている場所がいくつか思いつく。
これは取材せねば。
そう思い、まずは新宿へと向かった。
新宿高島屋タイムズスクエア前のコンクリート工場
あれ、なくなってる
さあ撮影してやろう、と勇んで向かったところ、どういうわけか、その場所はコインパーキングになっていた。
ありゃりゃりゃ。なくなってるじゃん。
ひょっとして僕が見ていたのは幻か! と驚いたが、帰ってから調べたら去年なくなってしまったというニュースを見つけた(→
こちら)。
超ショック。
(存在していた頃の
画像がGoogleマップにあった)
そして記事によると、どうやら都心の生コン工場はどんどん姿を消しているらしい。
いまのうちに残っているものを見ておかなきゃ。
ん、なくなってる…
住宅街の生コン工場
先のニュースリンク先でタネあかしされてしまったが、ミキサー車でコンクリートを運ぶ場合、工場から90分以内でなければならないという決まりがある。
僕は子供の頃からミキサー車が大好きで、学校を中退してとくにやることがなくて工事現場の警備員のバイトをしていたときに、ミキサー車の作業の様子をずっと眺めていた。
そのうち運転手さんと仲良くなって、いろいろと話を聞いた。
工場から現場まで、一日何往復できるかで給料が決まるということ、だから工場に近い現場だとうれしいということ、でもそんなに金にならないから兄ちゃんはもっと稼げる仕事についた方がいいぞということなどなど、実際に働いているひとじゃなきゃ知らないことを教わった。
話はそれたが、そういういう理由で、規模も大きく渋滞の激しい東京では、時間の制約上で住宅街にでも生コン工場を作る需要があるのだ。
葛飾区の住宅街
というわけで、住宅街の生コン工場を探しに葛飾区へ向かう。
業者の名簿から住所をしらべて見つけた生コン工場だ。
金町駅からてぽてぽと歩くこと数十分、民家の屋根越しにそれっぽいものが見えてきた。
お、あれは
葛飾区水元の生コン工場
新宿に比べると建物の密度はそれほどでもないが、戸建てや中層マンションやファミリー向けのアパートが並んでいる一角に、周囲の雰囲気とは一線を画す生コン工場があった。
コンクリート工場
5階建てのマンションよりも少しくらいの塔と、そこから伸びるベルトコンベア。
そして脇に積まれた砂と砂利。
家族が生活するすぐとなりに現れるマテリアル。
大人からすると、たぶんここは生コン工場よりも芝生と砂場がある児童公園であるべきなのだろうけれど、たぶん子供は(少なくとも僕が子供だったら)、この工場に日々憧れの視線を向け、そしてきっとこの工場の近くに住むことが誇りだろう。
アパートの裏なのにベルトコンベア
このへんの子供がうらやましい
このあたりに住んでいる子供(とくに男の子なのだろうか)は、学校帰りにこの工場のそばを通っては、働く車に見とれているにちがいない。
僕もこの近くで生まれたかった。
そしたら毎日血湧き肉躍るような興奮の日々だったろうと想像する。
これはこの工場がどうとかということではなく一般論だけど、そりゃ確かに大型のミキサー車が走っていれば事故の可能性が少しはあがるかもしれないが、それはいまの日本だったらどこに住んだってリスクはある。
作業の土ぼこりで洗濯物が干しにくかったり、いろいろと不都合はあるのだろうけれど、それよりもこんな工場が身近にあるときめきの効果のほうが、子供にとってはよっぽど大きいんじゃないかな、と間近に生コン工場を見てときめきながら思った。
できたてのコンクリートを生コン車に入れる装置
繊細かつ完璧なミキサー車
工場の敷地にはコンクリートミキサー車が止まっていた。
生コン車というのは何度見ても見飽きない。
ゴミ収集車とかクレーン車とか、いろいろと特殊な機能がついた自動車は数あれど、こんなにメカニカルな車は他にあるだろうか。
ミキサー車のどこがいいかって、コンクリートを工事現場に降ろしたら、すぐに洗わないと、コンクリートが固まってしまうというところだ。
なんと繊細な。
しかも、洗浄のための設備までこの車には備わっているのだ。
なに、その完璧さ。
メカニカルで繊細で完璧。
なんというかこう、僕もそうありたいな、などと思ってしまう。
生コン車停車中
命の源
生コンクリート工場というのは、都市を生命にたとえるなら、それを生み出す生殖細胞のようなものではないだろうか。
街の中に生コン工場ができ、生コン工場が街を作る。
そう考えると、この工場は命の源である。
なんだか、そびえ立つプラント塔が神々しくさえ見えてきたぞ。
都市を生み出す生命
砕石置き場も発見
この生コンクリート工場へむかう道沿いに、砕石置き場もあった。
冒頭にも書いたが、砕石置き場も住宅街に突如現れるマテリアルの代表だ。
同じく葛飾区水元
住宅街に砂利とダンプカー
同じように一戸建てやマンションの中に、ばばんと非日常的な空間が広がっている。
数台のダンプカーと大人の背丈よりも高く積まれた砂や砂利。
ファミレスのメニューの中にレバ刺しが紛れ込んだみたいな不思議さだ。
砕石や砂の資材置き場
輸送コストと保管コスト
砕石置き場が町の中にあるのは、輸送コストが理由らしい。
これも工事現場の警備員時代に聞いた話なのだけど、道路の舗装工事や建設現場で使う砕石(砂利)というのは価格に占める輸送コストの割合がずいぶん高いので、それを抑えるために比較的地価の高い都心に近いところに砕石置き場があるということだ。
ダンプカーがずらり
資材置き場の向かいもダンプカーの駐車場になっていた。
きっと近所の悪ガキちゃんたちは、こっそりここに進入して、ダンプの荷台に上ってかくれんぼとかして見つかって、ものすごく怒られたりしているんじゃないだろうか。
そういう場合、見つかって怒られるのは言い出しっぺの悪ガキではなく、きまってそれに引きつられてびくびくしながら遊んでる子供なのである。
僕がそうだったからよくわかるんだ。
子供だったらここで遊びたい
世田谷区にも砕石置き場が
さて、これまでの2カ所はいずれも葛飾区だったが、一般的にはそれよりももっとエグゼクティブなイメージのある世田谷区内にも砕石置き場がある。
世田谷区の砕石置き場
世田谷区等々力の砕石置き場
つづいて紹介するのは世田谷区等々力の砕石置き場。
等々力と書いて「トドロキ」と読む。
上京してしばらくたつが、トドロキといえば轟二郎世代の僕にとっては、いまだにちょっとした違和感のある地名だ。
建設資材が積まれている
戸建て6千万町に砂利
等々力は都心から近すぎず遠すぎず、ちょうどいい距離の町である。
たとえば会社で等々力に家を買ったなんていう人がいたら、羨望の眼差しを浴びるようなところだ。
ちなみに不動産サイトで調べたところ、このあたりで新築の戸建てを買おうとすると、最低でも6千万円くらいするらしい。
そんなところに砂利を置いているんだから、贅沢というかなんというか。
取材時間の関係で夜になってしまったのだが、翌日の作業の道具を整えたらしいトラックが、何台か敷地に泊まっていた。
働きに出るのを待っている
マンション街に砕石置き場
等々力よりももう少し都心に近い、学芸大学駅付近にも砕石置き場があった。
このあたりは、マンションやおしゃれなお店がたくさんある町で、マンションの駐車場には高級外車がたくさん止まっている。
芸能人の誰々が住んでいる、なんていう話もよく聞く町だ。
そんなところに、砂利が置かれているのだ。
マンションが建ち並ぶ超住宅街
敷地は広い
この砕石置き場は、敷地も広い。
大規模のマンションが一棟まるごと入りそうな広さだ。
本当にこれで採算が合っているのか、とどうしても考えてしまう。
住宅街と砕石置き場
もちろん商売でやっているのだから、大赤字ということはないのだろうけど、そのへんの帳簿がどんな感じになっているのか知りたいなあと思っている横を、高級スーパーの袋を提げたオシャレな若い夫婦が通り過ぎていった。
向かいのマンションに住んで眺めていたい
品川区のコンクリート工場
砕石置き場をいくつか見たが、本題の生コンクリート工場に戻ろう。
品川区というと、臨海部の埋め立て地は工業地帯のイメージがあるが、内陸部の住宅地にもコンクリート工場があるのだ。
品川区のコンクリート工場
戸越のコンクリートタワー
品川区の戸越は「戸越銀座」という、東京でも最も大きな商店街のひとつがある町だ。
僕もこの近くに住んでいる。
幹線道路に面して高層のマンションが延々と並び、裏路地にはいると昔ながらの住宅や中規模のマンションがある。
そこにすっくと生コンプラントが建っているのだ。
立派なマンションが建ち並ぶ
ピーポ君がお出迎え
マンションのすきまから顔を出す無機質な塔に、警視庁のマスコットキャラピーポ君が描かれている。
交通安全の啓蒙なのだろうけど、これはちょっと残念だ。
せっかっくかっこいいんだからそのままにしていればいいのに。
肉体派の二枚目俳優がかわいいキャラクター物の携帯ストラップを付けているような不釣り合いさだ。
そのすぐそばにコンクリートタワー(文字通りの意味で)
またもやミキサー車
この生コン工場にもミキサー車が止まっていた。
ここでもじっくりと観察してしまう。
そういえば昔、ミキサー車と名前が似ているという理由でナスターシャ・キンスキーという女優さんを好きになってしまったことがある。
たしかシャンプーかなにかのCMに出ていて「この人ミキサー車みたいな名前」と思って見ているうちに、いつのまにか気になる存在になっていたのだ。
ちなみにミキサー車や生コン工場については「
ナマコンパーク」というサイトがわかりやすい。
大量の砂とミキサー車
目黒区の巨大生コン工場
最後に紹介するのは目黒区碑文谷にある生コンクリート工場だ。
目黒区のコンクリート工場
高級外車ディーラーや高級家具店とならんで
この生コンクリート工場が面している目黒通りには、高級な家具を売っている店や、高級な外車を売っている店や、高級な食品を売る店が並んでいる。
そこへ居を構える生コン工場。
こういった住宅街では、目に見える物はそれがなにかだいたい使い途が理解できる。
軒先の雨樋だったり、店舗の看板用の照明だったり、歩行者信号の押しボタンだったり。
けれども生コン工場は、それらとは一線を画す「わからなさ」だ。
向かいには外車ディーラーが立ち並ぶ
そのわからなさの固まりから、都市が拡大していく命の源が生み出されているのだ。
これこそまさに神秘だろう。
ハイソタウンのなかにある生命維持装置
年に一度くらい開放してくれないかな
そんな神秘が、目黒区という、あのタモリが住むような町に渾然とそびえている不思議さに心を奪われてしまう。
カジュアルフレンチのケータリングでホームパーティをしているそのとなりで、生コンが生産されているのだ。
都市多様性というにはあまりに激しすぎるその差を眺めていると、距離感がわからなくなってしまう。
本当にこれだけのスペースが必要なのか
なくてはならない物なんですね
と、最後は妙に壮大なテイストで興奮してしまったが、都会というのはいろんな物が詰まっているので面白い。
建物の材料として使われる無機的なはずのコンクリートが、その鮮度の大切さから生き物のように扱われ、供給源が都市のなかに点在しているというのは、なんだかとっても不思議な気がする。
そしてそれよりもなによりも、ミキサー車のかっこよさにあらためて心を奪われてしまった。