特集 2011年6月29日

ウェルカムベアならぬ「ウェルカムはんざき」を作った

Welcome to Our Wedding!ワァー!
Welcome to Our Wedding!ワァー!
「“ウェルカムはんざき”を作っていただけませんか?」

そんな依頼が来たらあなたはどうしますか?というか、そもそも「はんざき」って何だろう。

つまり結婚式でお客様をお迎えする人形を、はんざき=オオサンショウウオで、私に作って欲しいということなのだ。

予想だにしない依頼ではあるが、はんざき好きとしては、捨て置くわけにはいかない。たぶん世界初の「ウェルカムはんざき」、その制作の様子をお伝えする。
1970年群馬県生まれ。工作をしがちなため、各種素材や工具や作品で家が手狭になってきた。一生手狭なんだろう。出したものを片付けないからでもある。性格も雑だ。もう一生こうなんだろう。(動画インタビュー)


> 個人サイト 妄想工作所

何でもやってみるが吉

その依頼は、このようなメールとしてある日突然、私の元に来た。

「初めまして。いつもデイリーポータルZを楽しく読んでいます。」
(中略)
「さて、お願いなのですが、実は乙幡さんに、結婚式用の『ウェルカムはんざき人形』の作成をお願いできないかと」

たいていの人は、ここでもう一度最初からメールを読み返すはずだ。
「ウェルカム」に「はんざき」と来た。

まあ、もう少し読み進めてみよう。

「なぜかと言えば、妻となる彼女との初デートの時、はんざきを見に行ったのです。彼女は元々、はんざきさんがなぜか大好きで、昔から『自分の前世は絶対はんざきさんだ』と言うほど。」

なぜかはんざきが大好き。この点に関しては、激しく共感だ。

「動かないはんざきを、閉園時間まで2人で飽きずに眺めていました。そんな思い出のはんざきを、彼女の大好きなはんざきをウェルカム人形にしてもらうには、やはりはんざきさんへの愛情をもつ乙幡さんをおいて他にいません。結婚式の当日、彼女へのサプライズとして、ぜひ乙幡さんにお願いしたくメールをした次第です。」

その後に続けて、このデイリーポータルZでの記事にしてくださっていい、との言葉。

まったく知らない方からのご依頼である。はんざき好きという共通点はあるとはいえ、果たして私なんかが、人生の重要なイベントである結婚式の小道具を、作ってよいものだろうか?しかもネタにして記事に書くなど。

その上、本来の「ウェルカム人形」はたいてい「ウェルカムベア」であり、このようなものが定番である。これが「はんざき」版になる、とお考えください。
ザ・ウェルカム人形。未知の領域である。
ザ・ウェルカム人形。未知の領域である。
しかし一方で、こうも考えた。私も、その彼女に負けないくらい「はんざき」が大好きだ。はんざき関連の記事も2本書いている(「“ハンザキ”がハンバーグに似ているので作ってみた」「ハンザキ祭りでハンザキ山車をひっぱってきた」)。そんな私を指名してくれるとは、何と光栄なことだろうか。はんざきといえば乙幡、という方が日本のどこかで私を待っている。

またそれだけでなく、花嫁をなんとかして喜ばせてあげたいという、その気持ちに何より心を打たれた。

承諾の返事を出すと、たいそう花婿は喜んでくださったが、さあこれからが勝負だ。未だ見ぬ「ウェルカムはんざき」をデザインし、花婿・花嫁の2体作り上げる仕事が待っている。さっそく資料集めだ。

しかし、自分の持っているはんざき写真は、どれも皆水槽の中でぐてーっとしている。そしてめったに動かないので、最初に見た姿勢と最後に見た姿勢はほぼ変わらない。立体物を作る参考にならん。
モデルをやる気のない有り様。
モデルをやる気のない有り様。
なので、唯一の資料…以前買った「オオサンショウウオ」フィギュアを引っ張り出してきた。5~6cm大だが本物そっくりのフィギュア、これは参考になる。
はい、これがはんざき。オオサンショウウオでございます。
はい、これがはんざき。オオサンショウウオでございます。
むーん。つぶらな瞳、てきとうな体形。
むーん。つぶらな瞳、てきとうな体形。
平たい…。そして、はいつくばっている。いったいどうやってこれを「ウェルカム人形」として働かせることができるというのか。

新郎に事前に要望を聞いてみたが、すべて私にお任せしたいとのことだった。それでも、色使いやそっくり度合いの要望を聞いてみたところ、「式場が伝統ある雰囲気の落ち着いた場所なので、それになじむくらいで」とあった。ということは、そんなにデフォルメとかせず、モデルに忠実に作るのがいいと考えた。

そういったことを考慮に入れつつ、じっくり描いたラフが、これだ。
実際は、ぐたーっと寝そべる感じに計画変更。
実際は、ぐたーっと寝そべる感じに計画変更。
モデルに忠実って言ったじゃない!…いや、あのですね、たぶん誰が描いてもだいたいこんな感じになると思うのだよ。そもそものモデルが、のべーっと、ぐてーっとしているのだ。しょうがな…

おっと、今回はめでたい内容にしなければ。文中にも、後ろ向きな言葉や「忌み言葉」などはできるだけ入れないようにしたい。「切る」→「ハサミを入れる」などと、言い換えていきたい。目立たないが真心のこもった仕事を見てくれ。
プラナリアじゃないのだ。
プラナリアじゃないのだ。
この口。手を入れてパクパクできるよう設計。
この口。手を入れてパクパクできるよう設計。
腹と背で色を変えてみた。背はマダラのフェルトが見つかった。「はんざき色」と言っていい。さあハサミを入れよう。
腹と背で色を変えてみた。背はマダラのフェルトが見つかった。「はんざき色」と言っていい。さあハサミを入れよう。
型紙さえ作れば、あとは縫うだけ。「だけ」で済むかどうか。
型紙さえ作れば、あとは縫うだけ。「だけ」で済むかどうか。
腹から手を突っ込む仕様である。ぐえっ。
腹から手を突っ込む仕様である。ぐえっ。
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緊張と弛緩のマリアージュ

はんざき口パク人形を2体。「あとは縫うだけ」とは書いたが、けっこうな作業量である。その上、後から「ここ、どうしよう?」って箇所も見つかって、計画変更することも多い。
直径から腕周りの長さをはじき出すのに、久々に円周率計算をしました。
直径から腕周りの長さをはじき出すのに、久々に円周率計算をしました。
腕・足をつけたところ。フジコフジオ風。
腕・足をつけたところ。フジコフジオ風。
これはロースハムじゃなくて口腔内の部品。
これはロースハムじゃなくて口腔内の部品。
手足の指は簡単に縫ってすませたが、犬っぽくなった。
手足の指は簡単に縫ってすませたが、犬っぽくなった。
もらう人がすでにわかっている、そんなものを作るときは、他の場合よりもいっそう緊張する。まだ見ぬその人と、面と向かって作業しているかのような。

ただ、緊張とは言うものの、作っておりますものが「オオサンショウウオ」である。緊張しつつも、今こうして作っている物をあらためて俯瞰するたび、精神の弛緩するのを禁じえない。何言ってるんだ。
普段は使わない「抗菌・防ダニ・防臭」綿で、お2人の永遠の記念に。
普段は使わない「抗菌・防ダニ・防臭」綿で、お2人の永遠の記念に。
あーもう、目を入れるのが楽しみでしょうがない。
あーもう、目を入れるのが楽しみでしょうがない。
手を入れるところは、後から裏地を縫って、腹から奥へ突っ込んだ。彼の心情を察するに「オエーッ!」ってなもんだろう。
手を入れるところは、後から裏地を縫って、腹から奥へ突っ込んだ。彼の心情を察するに「オエーッ!」ってなもんだろう。
裏地と体を縫い合わすのが困難だったので、布用強力両面テープでとめる。
裏地と体を縫い合わすのが困難だったので、布用強力両面テープでとめる。
作りながらも、「これ、はんざきさんに見えるだろうか?」と漠然と不安を感じていた。試行錯誤の果てに何だかわからないカタマリができてしまったら…それが式場の受付台の上で、まだ見ぬ来賓の方々の衆目にさらされるとしたら…縫う手も汗ばんでくる。

わはっ!

おっと失礼した。なぜ破顔一笑してしまったかといえば、目の前にこんなものが現れたのだ。
むひょ。
むひょ。
わぁー。
わぁー。
どこが「実物に忠実」なのか、ということはさておき、自分褒めを承知で書くけど、かわいーいー。

顔じゅうを占める口、それに反してつぶら過ぎる目。もう構造からして、はんざきはかわいいに決まっている。もう誰が作ったってかわいいのだ。私はその法則に従って作っただけなので偉くもなんでもない。偉いのははんざきだ!創造主だ!宇宙だ!

本当は、体表面に広がるいぼいぼも再現したかったが、グロくなりすぎても困る。格調高い式場に、多数のいぼいぼは、さてどうだろう。まだら色のフェルトで表現するということで、許してつかあさい。

さてこれでお開きではない。ウェルカムはんざきの「ウェルカム」な部分を作らなければ、完全ではないのだ。

いい日 はんざき

ウェルカム人形とは、新郎新婦に成り代わってゲストをお迎えするという役目を担っているので、当然新郎新婦と同じように着飾っているのが一般的である。

が、事前にネットや手芸店で調べてみると、着飾りの度合いはまちまちだ。男性ならタキシードか白スーツが定番だが、ボタンの数が1個だったり3個だったり、ボタンの色も白だったり黒だったり。紋付袴、ベストだけなんてのもある。

女性だったら、頭にベールやティアラ、首にはネックレス、手にはブーケを持たすのが定番のよう。それらだけで花嫁の記号を満たせるので、ドレスまで着せずともOKだったりする。もちろんドレスもあれば、よりGOODなのでしょうけども。

ああ、こうやって書くと何でもない。しかし私は今からこれらの衣装を、「オオサンショウウオ」にあつらえようとしているのだ。どうにも愉快ったらないのだ。
というわけでティアラ作り。パーツ屋で材料とレシピを手に入れ、こつこつ作業。
というわけでティアラ作り。パーツ屋で材料とレシピを手に入れ、こつこつ作業。
おほ、できた。気分が高まる。
おほ、できた。気分が高まる。
娘(新婦&はんざき)の旅立ちを寿ぐように、一針一針。
娘(新婦&はんざき)の旅立ちを寿ぐように、一針一針。
ますます気分出てきた。
ますます気分出てきた。
2匹に何を着せるかだが、地べたにのべーっと四肢をおっぴろげた様を見るに付け、あまり布で覆わないほうが良いような気がしてくる。というか肩も首もない彼らには、なかなか服を着せるのは難しそうだ。
よって花婿はんざきにはベストでいいかと。
よって花婿はんざきにはベストでいいかと。
花嫁はんざきにはドレスはないが、ティアラにベール、ブーケにネックレスで、華やかに。
花嫁はんざきにはドレスはないが、ティアラにベール、ブーケにネックレスで、華やかに。
うほ!

またも破顔一笑である。お幸せそうですなぁ。
ぼくたち!わたしたち!けっこんしまーす。
ぼくたち!わたしたち!けっこんしまーす。
ここへ来て、どうにもこの2匹を嫁がせるのがさびしくなってきてしまった。それはまるで新郎新婦の親御さんの気持ちのように。まだ見ぬ相手である新郎新婦の、とうとう親レベルまで気持ちがぐっと近づいてしまった。実際に新郎新婦とお会いしたら、どこまで近しくなってしまうのだろうか。

さて、約束の日がやってきた。結婚式の朝、である。
ほんとのウェルカムベアと対峙する、ウェルカム両生類。
ほんとのウェルカムベアと対峙する、ウェルカム両生類。
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汝、はんざきのようにあれ

結婚式当日。なんとか縫製を間に合わせ、とある立派な式場へとやってきた。本日の式の担当者さんとお会いし、まずは打ち合わせのためブライダルサロンへ。席に着くや、「これが例の・・・」と袋から取り出す。

サロンはふわふわの絨毯に上品なソファや家具が据えられ、ここで式を挙げたいと下見に来たカップルがそこここで打ち合わせをしている。その中で、テーブルに並べ置かれたはんざきさんたちが笑っている。

でもご担当者はさすがに「幸せのプロ」で、新郎からすでにお聞き及びのウェルカムはんざきの到着を、自分のことのように喜んでくださる。はんざきたちよ、こんな上級な空間に置かれることになって、よかったな…。

さて新郎新婦の着付けが整ったとのことで、担当者さんに導かれ、控え室となっている一室へ。うーん、私はどんな顔でこの廊下を歩くべきだろうか?親族?違うな…業者?ということでもないしな…体験したことのない、不思議な気分である。
ぼくたち、どこにいくの?
ぼくたち、どこにいくの?
担当者さんの手にぶら下がる、はんざきさんたち。一路、控え室へ―
担当者さんの手にぶら下がる、はんざきさんたち。一路、控え室へ―
まずは担当者さんがコンコンとドアをノックし、控え室へ。私は廊下で待つ。ひととおり連絡用件を済ませられたあと、呼ばれて私はおずおずと室内へ…まさに、テレビで見るような「どっきり」的状況だ。あるいは人探し番組で再会する、大人になった小学生とやっと探し当てた恩師、みたいな。あるいはモノマネ芸人のモノマネする後ろからぬうっと立ち現れる本人…ってもういいか。何にせよ、くすぐったい!

新郎はこのことをすでに知っており、新婦はまったくご存知ない、念のため。
私が、恩師ですじゃなくて乙幡です。本日はこれを・・・
私が、恩師ですじゃなくて乙幡です。本日はこれを・・・
「ハジメマシテ」「ハジメマシテ」
「ハジメマシテ」「ハジメマシテ」
麗しき新郎新婦の手には、ウェルカム両生類。
麗しき新郎新婦の手には、ウェルカム両生類。
新郎と初めてご挨拶を交わすが、お互いどうにも照れくさいような気がする。「はじめまして」なのだが、親族のような気分。そしてはんざき同好の士である。

もちろん新婦さんはそれ以上に同好の士であるが、まったく聞かされてなかったため、いったい何が起こったの?!という表情。だんだんと様子が飲み込めたところに「ほら、はんざきさんです」と差し出すと、すごく喜んでくださった。作って良かった!

ご対面も終わり、新郎新婦は次の手順へ急ぐ。分単位のスケジュールだ。挨拶も早々に切り上げ、私もいったんフリータイムに。その間、はんざきたちはしかるべき配属先へと移動である。

移動し終えたことを確かめ、その配属先である来賓控え室へお邪魔した。

おお、さっそく仕事を始めているではないか!
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幸せの象徴 「はんざ喜」

いたいた、パカッと大口開けて。
記帳台の上で…
記帳台の上で…
くったくのない表情で…
くったくのない表情で…
わぁー。ウェルカム トゥ アワー ウェディング だよぅ。
わぁー。ウェルカム トゥ アワー ウェディング だよぅ。
ご記帳台の上に寝そべる、はんざき夫婦。かつてこんなに低視点なウェルカム人形があっただろうか。ほぼ水平の体勢である。

さて、ゲストの方々が次第にこの部屋へ集まってきた。皆、記帳を済ませ、ウェルカムドリンクを取ってそこここで談笑している。

その空間にしれっと入り込んで、ウェルカムはんざきの仕事ぶりを遠くからズームで押さえる、異邦人・乙幡だ。なるべく怪しげに見えないよう、自分なりに業者風を装ったりした。業者風、と言っても、はんざきを眺めてはちょっと考え込む振りをしたりして(「あの位置でよかったか」「顔の角度はあれでよいか」などと)。余計怪しかったかもしれない。
ご記帳の方々にはどう映っているのか…
ご記帳の方々にはどう映っているのか…
「わぁーかわいー!」 うけた!その調子だ、はんざきたちよ。
「わぁーかわいー!」 うけた!その調子だ、はんざきたちよ。
さまざまな場所へ配置され活躍するはんざきたち。
さまざまな場所へ配置され活躍するはんざきたち。
後日、夫妻から次のような写真が送られてきた。「式と2次会を終えた後の、ナチュラルハイな花嫁です」とのこと。「両手に はんざき」である。
後ろ姿だけどなんだか楽しそう。いわんや はんざきをや。
後ろ姿だけどなんだか楽しそう。いわんや はんざきをや。
はんざきたちは披露宴中、新郎新婦(人間のほう)のテーブル横の台に鎮座していたという。すごい晴れ舞台だ。そしてゲストの反応も「なんでサンショウウオなの?」と興味津々だったそうだ。私まで「なんでサンショウウオなの?」と思ったりしないでもないわけだが、喜んでいただけて何より。役目を果たして、ほっとしています。

ご夫妻から来たメールには他にも、
「今、はんざきさんたちは我が家の番犬ならぬ番はんざきという大役を務めてくれています」とあった。仕事から疲れて帰ってくると、いつもぱっくり大口をあけたはんざきが待っているという。
早く私んち用にも1体作ろう。

まあいろいろ足りない部分はありましたが(手を入れるところの幅が足りず新婦の手しか入らない、とか、いぼ、とか)、「はんざき」という名の由来、「半分に裂かれても生きているほど生命力の強い」はんざきのように、ご夫婦が強い絆で末永く結ばれますよう、お祈り申し上げます。
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