地べたに座れるぐらいまでに体重を落としたい
桜の木の来歴などがわかるかもと思い、杉並区役所の公園課に問い合わせたが、「確かなことは不明ですが、おそらく開園と同時に植えられたものでしょう」とのこと。
来年の春も見にくると言っていた吉田さんに、それまでに成し遂げたいことを聞いた。
「地べたに座れるぐらいまでに体重を落としたいですね。今も食事の量を減らして、ジム通いを始めました」
結論。似たような桜は他にもあるかもしれないが、この桜は確かに吉田さんにとって唯一無二の「俺の桜」だった。
毎年、桜が咲くと何かに取り憑かれたように花見をしてきた。満開の花を愛でながら飲むお酒の美味しいこと美味しいこと。
しかし、今年はなぜか腰が重い。目黒川、千鳥ヶ淵、上野公園、靖国神社、井の頭公園ーー。東京近郊の主な花見スポットはほぼすべて訪問済みだからだろうか。
そんなタイミングで知人から気になる話を聞いた。「自分史上最高の花見スポットがあるんですよ」。よし、行きましょう。
今回の案内人は吉田壮辰さん(35歳)。飲み屋で隣に座れば会話を交わすが、どんな人物かを詳しく知っているわけではない。そんな彼が言うのだ。
「阿佐ヶ谷の方に自分史上最高の花見スポットがあるんですよ」
僕の「自分史上最高の花見スポット」といえば、埼玉県幸手市の権現堂堤だ。桜と菜の花の鮮やかなコントラストが約1kmにわたって続く。あれを超えてくるのだろうか。
「何でもない小さな公園なんですが、個人的には史上最高。こないだも様子を見に行ってきました。満開になるのは数日後でしょうね」
人に話したことはほとんどないそうだが、酔った勢いで教えてくれたのかもしれない。行きましょう。満開の日に。
男二人で「最高の花見スポット」に向かったのは4月6日(土)。気温は20度を超え、日差しが照りつける絶好の花見日和だ。
早稲田通りを阿佐ヶ谷方面に向かう。途中で見事に花を咲かせた桜の木があった。
さらに、通りかかった寺の門前には「花まつり」という幟。
「あ、見えてきましたよ」
立派な大木だ。公園の名前は「阿佐谷北第二児童遊園」。
「昭和46年4月開園」とある。
まずは、吉田さん自身について聞いた。彼の素性を知らないと、この桜の魅力は十分に理解できないだろう。
「札幌出身なんですが、あっちで花見はしたことありません。秘密のケンミンSHOWで『道民は花見をしながらジンギスカンを食べる』ってやってましたけど、ホントかよと思いました」
実家は理容室。店を継ぐために上京し、練馬区内の理容室で修行した。
「本当は継ぐ気は一切なくて、お笑い芸人になるために修行という口実で上京したんです。その理容室は1年で辞めて、吉本の養成所、NSCに入りました」
そこで出会った仲間らと「サラリーメン」、「ドンジャイアント」、「ロボカウンター」などのコンビを組んだが、最終的に感じたのは「俺、全然面白くねえな」という現実。その後、芝居に方向転換し、現在はフリーの役者として活動を続けている。
さて、彼がこの桜に出会ったのは3年ほど前だという。
「芝居の稽古帰りにたまたま見つけたんです。桜が満開の時期で、滑り台の上から眺めたら最高なんじゃないかと思って」
実際に試したところ、確かに最高だった。風が心地よい夕方で、太陽が西に沈みつつある。花見客は一人もいない。完全に「俺の桜」状態だ。
聞こえるのは風が葉を揺する音と鳥のさえずりのみ。車もほとんど通らない。穏やかな時間が過ぎてゆく。吉田さんは基本的に一人で花を見るそうだ。
「花見客って花を見ていないでしょう。あれが嫌で、僕は一人でじっくりと見たい」
体重は125kg。地べたに座るのが少々キツい。
「この木を枕にして寝転がって眺めることもあります」
なお、夜桜も最高だという。
「下りる時は滑り台があるからラクですね」と言うと、「いや、僕がやるとハマって動けなくなります」。
滑り台の上は何時間いても飽きないそうだが、子どもたちや家族連れが来たら速やかに譲る。
実際に子どもが遊んだ形跡が園内のあちこちにある。
謎の石碑も気になった。
足元には「Sea-foam white from USA」と刻まれたプレート。
その時、犬を連れた3人組が登場。地元の住民だろう。「この桜はいいですね」と水を向けると「散歩帰りにいつも寄るんだよ」「なぜかホッとするのよね」と満面の笑み。
男性は50年近く付近に住んでいるという。開園と同時にこの桜を愛で続けているのだ。
吉田さんが言う。
「『なぜかホッとする』というのはすごくよくわかります。何も考えないでぼんやり眺めていると、ただただ気持ちのいい時間が流れていくんです」
最後に「何か告知はありますか?」と聞くと、さす役者。次の舞台のチラシを見せてくれた。
「鳥皮ささみ」というネーミングセンスがすごいので、舞台もきっとすごいのだろう。
桜の木の来歴などがわかるかもと思い、杉並区役所の公園課に問い合わせたが、「確かなことは不明ですが、おそらく開園と同時に植えられたものでしょう」とのこと。
来年の春も見にくると言っていた吉田さんに、それまでに成し遂げたいことを聞いた。
「地べたに座れるぐらいまでに体重を落としたいですね。今も食事の量を減らして、ジム通いを始めました」
結論。似たような桜は他にもあるかもしれないが、この桜は確かに吉田さんにとって唯一無二の「俺の桜」だった。
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