特集 2021年4月2日

まち外れのトタン小屋がみる夢〜オールド・ニュータウン「ゆめみ野」の夢心地調査〜

雲ひとつない青空に眩しい、ヤマザキパンの看板

埼玉県にゆめみ野というニュータウンがあるらしい。

夢を見る野原か、夢を見て野原へ、か。

高度経済成長期の住宅確保のため、野原がゆめみ野というまちに生まれ変わって約35年。あの頃の人々(もしくは野原)が見た夢は、今やどうなっただろうか。

街並みや人々の姿に夢心地度が現れていないかと訪れたところ、まちのはずれで夢を見続けるトタン小屋に出会った。

まちを歩くのと建物が好きで不動産会社に入りました。
休日は山を登り川を渡り海で石を拾います。

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> 個人サイト note

オールド・ニュータウン、ゆめみ野

昭和の住宅問題を支え、バブル崩壊とともに収束していったニュータウン事業。ゆめみ野のように施行から30年以上経った地域は近年「オールド・ニュータウン」とも呼ばれ、住民の高齢化や再開発などの課題も取り沙汰されている。

ニュータウンといえば多摩や千葉のように、2000ha超の広大なまちを思い出す人も多いだろう。対して「ゆめみ野」はたった83.9ha、その面積は東京ディズニーリゾートよりも小さい。 

最寄り駅はJR武蔵野線吉川駅か、東武スカイツリーライン北越谷駅だが、最寄りといっても、徒歩では1時間かかるから車は必須だ。

駅前の喧騒から離れ、利根川の支流に囲まれた小さなまち。

バスを降りた先には、絵本から飛び出してきたようなメルヘンな世界が広がっていた。

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パステルカラーの塗装に傾斜のある屋根。中世ヨーロッパ風の意匠で統一されているようだ。
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柱や梁をそのまま装飾として見せる、ハーフ・ティンバーと呼ばれる北欧の建築様式を模した住宅も多い。

建売だったのか、通りごとに戸建ての意匠が揃っている。ゆめみ野の世界観がビシッと作り上げられ、とても見ごたえがあった。

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一番手前だけ世界観をかき乱すビビッドな色合い。塗料も新しそうだ。メルヘンの世界にもレジスタンスがいるのだろうか。

 

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そして1時間も歩かないうちにゆめみ野の端にたどり着いた。なんというか、遠慮がない夢の終わりだ。

 

月の森への道中に佇むトタン小屋

さて、ゆめみ野の端に沿って歩き、月の森へと向かう道中である。

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ゆめみ野に月の森なんて、いくらなんでも世界観が出来すぎだろうと思って目をこするも現実だ。(後で判明したが月の森は霊園だった)

風が強い日だった。

グワン、バタンとなにかが波打つ音がひっきりなしに聞こえる。

音の出どころを探して目をやった先は、一軒のトタン小屋だ。

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壁と屋根を覆う、年季の入ったトタンが風で煽られている音だった。中世ヨーロッパからの振れ幅が大きすぎて、これもまた夢なのかと不安になる。

近所の人が利用する雑貨店だったのだろうか。

ガラス戸には黒いフィルムが貼られ、中の様子は見えない。

そういえばさっき、駐車場が公園ほどの、大きなローソンがあった。この雑貨店もコンビニには勝てずに廃業したものと思い込んで、通り過ぎようとしたその時、一枚の貼り紙に気がついた。

 

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ギョウザ?????

 

思わず駆け寄ってよく見れば、紙は小屋ほど古びていない。しかも窓に貼られたフィルムの隙間から、明かりが漏れているじゃないか。

もしかして、まだ人がいるのだろうか。

気になる、気になるけど、どう考えてもふらっと来た人間が開けていい扉ではないだろう、でも…とその場を離れあぐねていたら、ガラッと戸が開いた。

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???「お姉さん、何か探してるの?」

ーじろじろ見てすみません!!ギョウザあるって書いてあるから、何のお店かなって。

???「ギョウザ、今日はやってないのよ。」

???「飲み物なら、出せるよ。飲んでく?」

ーえっ、入っていいんですか???

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トタン小屋の中は近所の人たちの憩いの場だった

戸を閉めると風に打ち付けられる屋根の音はやんだ。代わりに片隅のテレビから流れる笑い声が部屋を満たす。

入ってしまった……!とドキドキしながら室内をぐるりと見回して、その瞬間頭の中でファンファーレが鳴り響いた!

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パンパカパーン!だって、来訪者を迎えるのがこのカウンターなのだ!

木張りの壁、モダンな天井クロス、レースのカフェカーテン、日めくりカレンダー(一応確認したけど元号は令和だった)、大理石調のカウンター、その上に雑然と置かれた小物たち!!

初めて来たのにもう心を許してしまうような、なんなら昔、お母さんにくっついてって、長い世間話につきあわされたっけ…と無い記憶を作り出してしまうような、ふるさと心をくすぐる空間だ。

コーヒー、ホットでいいの?と声をかけられ我に返る。

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顔ははずかしいよ〜とのことだったので似顔絵で紹介します

ハスキーな声がタバコとコーヒーによく似合う店主(右)と、若いころは一緒の会社で働いてたのよ、と穏やかな声で話すご友人(左)。

少し離れたテーブル越しに、お話を聞かせてもらった。

お父さんの生きがいだった駄菓子屋業

ーそれにしても素敵ですね、ここ。何のお店なんですか。

店主「もともとはお父さんが定年してここで駄菓子屋をやっててね。わたしの子どもがもう50近いから…、30年くらいやってたかなあ。あんなの全然儲かんないんだよ。」

店主「子どもがいっぱいで、ウワーって来るじゃん。もう年寄りだからさ、一人じゃ見きれないでしょ。(隙をついて)とってっちゃう子もいて。」

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カウンターと反対側、通路に面した方のスペース。当時は両壁側と真ん中の3列編成で駄菓子、アイスクリーム、菓子パンを所狭しと並べていたそうだ。

店主「お父さんには、もうやめたほうがいいんじゃないのって。商品仕入れはするけど、売り上げがないよって言ったの。」

店主「でも、なんとか俺の年金で賄えねぇかって言うのよ。やっぱりずっとひとりでやってたからね。続けたかったんだよね。」

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手洗い場は駄菓子屋の名残だという

店主「学校に行きづらい子とか、いちんちじゅうここで過ごしてさ。でも、最後はちゃあんと卒業式に出るのよ。それで紅白まんじゅう、学校でもらうやつよ、あれがいくつもここに置かれてるわけ。」

店主「あれお父さん、こんなに紅白まんじゅうどうしたのって聞いたらさ、あの子たちが持ってきてくれたんだよって。」

ご友人さん「そういう子達のほうがさ、大人になってからも、ふらっと思い出したように来てくれてるよね。」

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どうしよう、まだカップに口を付けてもいないのに、クライマックスを迎えてしまった。最高だ。最高の天然サードプレイスですよここは。

ーワーッ、めっっちゃいい話じゃないですか…。ゆめみ野の住宅街も、そんなに前からあったんですね。

店主「中学校ができたのが、うちの子が中学生くらいのときで…、そっか、30年は経つんだね。」

ご友人さん「ゆめみ野、あの辺、ぜーんぶ田んぼだったんだから!」

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田んぼの向こうに見えるのが、ゆめみ野。30年前は、もっとずっと遠くまで田んぼが続いていたのだという。

 ご友人さん「ところであなたはこの辺に引っ越してきたの?」

ーいえ、散歩してたんです。ゆめみ野って名前のまちがあちこち日本にあって、まわってみようと思って。

店主「ゆめみ野って、ここだけじゃないんだ!」

そうなのだ。実はゆめみ野というまちは日本にいくつかある。

あっちのゆめみ野はSFの夢に迷い込んだかのようだ

以前訪れたゆめみ野は茨城県取手市にあった。駅が10年くらい前にできて、それから少しづつ家が建ってまちになりつつある、発展途上のまさにニュー・ニュータウンだった。

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空き地が目立つ

あっち(茨城)のゆめみ野も随分不思議なまちだった。

色も形も様々、思い思いの家が点在する様子は、子どもがブロックで遊んだあとのようだ。

ふたつのゆめみ野を並べてみると違いがよく分かる。

夢見心地だったのは住宅の並びだけではない。

さすがニュー・ニュータウン、まちのあちこちに緑地があるのだが、

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なんだこれ。

だだっぴろい公園の端に、乗ってきた電車の線路とは全く関係のない、両端が行き止まりの線路と奇妙な建物がデーンと鎮座している。

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フェンス越しにじっと目を凝らすと「未来駅」の表示が見える。(そんな名前の駅も、建設予定もない)

 

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何百年か経ったあとの遺跡みたい、とその場を離れようとして思わず声が出た。生贄だ!

平日の昼間だったからか、人影もまばらで、どこも新しくてきれいでウソみたいに静まりかえっていた。沈黙がますます遺跡っぽい。

店主「へえ、こっち(埼玉)はどこの駅からも遠いから、全然ちがうだろうねえ。こっちはお店もあんまりないでしょう。家ばかりで。」

ーあっち(茨城)のゆめみ野もお店は少なかったですよ。ここみたいにまちの端にぽつんとお店があって。ケーキ屋さんだったんです。

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とぼとぼ歩いていたら見つけたケーキ屋さん。人の気配にホッとして思わず中に入った。
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気が緩んだ勢いで「ゆめみ野を巡っていて…」と店員さんに話しかけると、「夢対決ってわけね!でもここは秘境だからなんにも無いよ!」とあっけらかんと話してくださった。

 もともと隣町でお父さんが営んでいたケーキ屋を、2年前に姉妹二人で受け継ぎ、ゆめみ野でリニューアルオープンしたんだそうだ。

ついでに道中で見た行き止まり線路と建物についても尋ねたが、まちの人達もあれが何なのかよくわかっていないらしい。調べたら教えてね!と宿題をもらってしまった。

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お父さんの時代から評判だったというモンブラン。甘さ控えめのクリームから洋酒がふんわりと香る大人の味だ。謎の未来遺跡はなにかの研修施設らしい。

 

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トタン小屋第三の人生

ー先週そんなゆめみ野を見てきたばかりだから余計に、同じ土地で40年近くずっとあり続けるって、ほんとうにすごいと思うんですよ。

店主「お父さんが亡くなったあとは夫が継いで、私は会社で働いてたんだけど。夫も亡くなって私の会社勤めも終わって、じゃあわたしがやってみようかって。」

店主「そしたらじゃあ居酒屋だってみんなで盛り上がって。でも保健所の許可が降りなかったのよ!違法建築ね、赤紙はられちゃったこともあるよ。」

ご友人さん「だってここ、もともと車庫だったもんね」

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車庫といっても、たぶんコンバインとかそっちの車庫だ

ー車庫からここまで育てたんですか!

店主「そうそう、スポットライトとかも友達が付けてくれて、ちょっとずつあれこれ足してね。ようやく許可もおりて。」

店主「みんな言うのよ。見た目はトタンでひどいあれだけど、中入ったらイイジャ〜ン!って。だからいっかあこれで、って。」

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そりゃあの外観でこの内装、イイジャ〜ンてならざるを得ないだろう。
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あらためて見ると、思いの外充実したメニューが並んでいる。

ビールに八海山にコーヒーフロートにこんぶ茶、バラ肉いためにナポリタンにケーキ。喫茶店とも居酒屋ともつかぬ絶妙な品揃えがたまらない。これはメニュー表をつまみに酒が進むやつだ……!

店主「トイレだって昔は外に仮設をおいときゃよかったのよ。今はダメだって言われて、新しく柱から建てて作ったんだから。この中じゃトイレがいちばんきれいよ。」

ご友人さん「みんなトイレで飲めるって言ってたよねえ!」

アッハッハと笑うお二人、薄々感じていたがトイレのくだりでパリピ属性を確信した。毎晩相当飲んで盛り上がっていたに違いない。

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カウンターの隅に積まれた灰皿に、集う人々の姿が思い浮かぶ。

店主「いやー何だってやってきたよね。駄菓子もいっこ10円とかそんなのばかりだけどさ、10円つったって普通の10円玉じゃないんだから。子どもらが家からなんとかかき集めてきた、1円玉と5円玉でってじゃらじゃら置くのよね。」

ご友人さん「始めたばかりのときは、おばあちゃん達もカート押して来てたんだよね。お茶飲みながらパンとか買ってってくれてね。」

店主「ここに来たら誰かいるからって。ハイカラだったね。今はひとも減っちゃったけどさ、まあでもしょうがないからね。」

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今は夜は開けたり開けなかったりだね、と話す店主。壁にかけられた「友愛」の文字が目に染みる。

別れ際、歩くのが好きなら行くといいよと、菜の花が咲く河原を教えてもらった。

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柔らかな草に誘われてひと眠りすれば、小さな夢をいくつも渡り歩いてたどり着いた朝のような気分だ。あのまちは、あのトタン小屋は、明日はどんな夢を見るのだろうか。


求む、北海道のゆめみ野情報!

実はもうひとつ、北海道江別市にもゆめみ野があるんだそうで。どなたか北海道在住の方、様子を教えてくれたらとっても嬉しい。

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© OpenStreetMap contributors

 

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