ポーランドのおやつと言えば、つぼみちゃん。
このポンチキ、実はデイリーポータルでもべつやくさんがポーランドで食べて、また日本でも食べられてます。
ポーランドのケーキは本気ででかい
ドーナツを食べまくる「脂の木曜日」
という訳で、ここポーランド現地からもポンチキ記事をお届けしたいと思います(テーマはおやつなのでもちろんそれ以外もあるけれど)。ポンチキが三度も登場するサイトは、ポーランド専門サイトを除けばほかにないのではないでしょうか。さてさて、そんなポンチキ、冒頭でも触れましたが、日本語訳すると”つぼみちゃん”。
あら、可愛い名前って? しかし、油断は禁物。なにしろポーランドは、アルコール平均度数40度のウォッカを”お水ちゃん”(ヴトゥカ)と呼ぶ国です。
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一方、”つぼみちゃん”はと言うと……。
あれ? ちゃんと可愛い。
ポンチキはポーランド語で書くと”Pączki”(複数形でつぼみちゃん達)。子供からおじいさんおばあさんまでポーランド人が愛してやまない、国民的おやつです。
スーパーやコンビニ、パン屋さんにお菓子屋さん、はたまたポンチキ専門店まであり、ポーランドに住んでからというもののポンチキを見かけない日はありません。材料はシンプルなので、家でつくるポーランド人も多いことでしょう。
なぜ”つぼみちゃん”?
ポンチキは小麦粉を練って揚げたもの、簡単にいってしまえばドーナツです。しかしその材料は、ラードに、そしてアルコール度数96度のスピリタス……と書けばお分かりの通り、もちろんただのドーナツではないのですが。
名前の由来はこのフィリングを包んでいる様が花開く前のつぼみのようだから? ……というのは私の仮説で、友人にも聞いてみましたが、「実はよくわかっていない」とのこと。
しっかりとグレイズド(シュガーコーティング)されたこのポンチキは、一見固そうですがそんなことはなく、手に持ってみるとこれがふわふわ! 揚げ物にもかかわらず、驚くことに生地に油っぽさは全くありません。それは、揚げる時に生地に練りこまれたスピリタスが蒸発することで、油を中に侵入させない働きをしているから。
最近はさきほどの塩キャラメルなどといった様々なフレーバーが増えていますが、元祖は薔薇ジャム。ポーランドではメジャーなフレーバーで、一般家庭でもお菓子作りはもちろん、紅茶やヨーグルトにも入れられます。ビタミンC・Eに、ポリフェノールと、意外にも栄養素も豊富でアンチエイジング効果もあるそうです。
「さては薔薇ジャムを使うこともつぼみちゃんの由来の一つなのでは?」と思い、再びポーランド人の友人に聞き込みましたが、相変わらずその真相は分からず。
そんなポンチキがポーランド人にどれだけ愛されているのか、よく分かるエピソードをご紹介します。実は食べたいときに食べるおやつというだけでなく、ある意味では「国民的行事化している」と言ってもいいほどなのです。
ポンチキを食べまくる”脂の木曜日”
ポーランドのキリスト教の祝祭日で「脂の木曜日”Tłusty Cwartek”」と言うものがあり、簡単に言えば「大食いする日」。イースター(復活祭)の52日前の日とされていて、日付は毎年変わりますが、おおよそ2月から3月上旬の間です。
これには、「厳しい断食の前に家にある食材を使い切ること」「食べ納めしておくこと」という目的がありました。しかし、今では断食の習慣はすっかりと消え、ただ「ポンチキを食べまくる日」になったのです……!
脂の木曜日は、スーパーにたくさんのポンチキがどーんと積み上げられます。
こちらはチェーンのお菓子屋さん『SOWA』のポンチキ。少しお上品な印象です。
そして、そして! ふだんから扱っているポンチキ専門店はというと……
長蛇の列! 驚異の2時間待ちです!
この日はポンチキの箱買い(8個以上)が普通で、作っても作っても追いつかないのですね。ふだんはポンチキがぎっしりと並べられているはずの大きなショーウィンドウを覗いても、ひとつも見当たらないんてことも。
日本人と違って行列を作って待つなんてことはまずしないポーランド人達ですが、この日だけは別。この時期の平均気温はマイナス10度以下が当たり前にも関わらず、そんな中で2時間待ちって、もう苦行以外の何でもないのでは……?
私も友人と一度この苦行に挑戦したことがありますが、2時間待ち続けた末、ポンチキを受け取る頃には寒すぎて下半身の感覚が無くなっていました。しかし、さすがは専門店だけあってこだわりは強く、揚げたて熱々ふわふわのポンチキが食べられます。
AFPニュース報道によると、ポーランドではこの日だけで約9500万個ものポンチキが食べられているという話だそうです。人口は3800万人ほどですから、「赤ちゃんからお年寄りに至るまで平均して一人2個半のポンチキを食べている」という計算になります。
ちなみにこの日は、ポンチキ専門店やスーパーのコーナーだけでなく、本来無関係のお店までもがいつもと違います。たとえば、人気店の近所のパブも、この日だけは行列のお客さん目当てにコーヒーのテイクアウトを販売。日本でたとえるなら、花火大会の日に人の往来を目当てに、飲食店やコンビニが軒先で飲食物を販売するようなものでしょうか。
ちなみにこの日の挨拶は、
「ポンチキ何個食べた?」(”Ile zjadłeś(男性)/ zjadłaś(女性) pączków?”)
ですので、お間違えなく。
ただ、「脂の木曜日」というように、必ずしもポンチキでないといけない訳でもありません。そこで他によく食べられるおやつが「ファボルキ”Faworki”」。
英語名では”Angel wings”、「天使の羽根」と言います。その名の通り、軽く優しい口当たりの揚げ菓子です。ポンチキが苦手でもこちらは食べられるという人も多いのだとか。
歴史は古く原型は古代ローマ時代からあるようで、伝統的なヨーロッパおやつの一つと言えるでしょう。現在のレシピを見てみると……やっぱりスピリタスが! ポーランドのおやつには欠かせない存在のようですね。
この世にないほど美味しい”鳥のミルク”
脂の木曜日を中心にポンチキとファボルキをお伝えしましたが、最後に個人的にもオススメ、かつユニークなものを紹介します。それが、“Ptasie Mleczko”=「鳥のミルク」というおやつです。
その名の通り、鳥からとったミルクを使った……なんてことはありません。
中には一見するとチョコレートがびっしり! しかも2段重ねになっていて、このケースだと36個も入っています。
その正体とは、チョコレートでコーティングされたクリーム味のマシュマロ。大好きなお菓子の一つですが、なんせ数が多くて一人ではなかなか食べ切れません。
そんな鳥ミルクは、1936年にJan Wedel(ヤン・ヴェーデル)がつくったもの。製造元のWedel社の公式サイトによるとその変わった名前は、彼がフランスへの船旅中に「すでに全てを持ち合わせた人を幸せにすることができるもの、それは”鳥のミルク”だけだ」と言ったことが由来だそうです。
……はい、まったく意味が分からなかったためさらに調べてみると、スラブ人の古い民話にたどり着きました。その中では鳥のミルクは「まだ見たことのない贅沢品」「この世にないほど美味しいお菓子」とされており、美しいお姫様が求婚者を試すために取りに行かせたとのこと。
そんなお菓子も、ポーランドのスーパーのチョコレート売り場に行けば見つけられます。値段は15zł((約480円)ほど。大きいスーパーでは種類も豊富で、マンゴーシェイク味なんていう期間限定の変わり種もあります。
誕生にそんな背景もあってでしょうか。鳥ミルクは、自分自身に買うものというよりは、”贈答品”のイメージが強いです。ポーランドには日本に近い贈答文化があり、イベントのお呼ばれはもちろん、普段からの友人や知人宅への訪問にも贈答品を忘れません。
手作りのケーキやクッキーといった焼き菓子などもよく見かけますが、時間がない、料理をしない人は鳥のミルクを利用することが多いようです。ちなみにそれだとカジュアルすぎると感じる時は高級版の鳥のミルクなんてものもあるようで……。
余談ですが、鳥ミルクの日本語のWikipedia(があることにも驚き!)には「日本のまんじゅう・最中・羊羹などと同様、ちょっとしたお茶菓子の無難な贈答品」と書かれていて、ものすごく納得してしまいました。
ちなみに、最近、こんなPtasie MleczkoのCMが作られて、在ポーランド日本人をざわつかせました。流行りの抹茶味ならまだしも……何故?
ポンチキを頬張る姿はきっと昔から変わっていない
日本では、大人になれば、子どもの頃と違ってどうしてもおやつを食べなくなるのではないでしょうか。だからか、すっかりたくましくなった彼らポーランド人の大人たちが競ってポンチキを頬張る姿を見ると、とても微笑ましく、どこか温かな気持ちになります。その光景はきっと子どもの頃から変わらぬもので、おやつには人生の豊かさのようなものが詰まっている気にさせられます。
つぼみちゃんことポンチキですが、以前べつやくさんが書かれた記事にあるように東京にあるポーランド料理専門店、その名もまさしくポンチキヤさんで本場の味が楽しめます。脂の木曜日にはそれこそポンチキの早食い競争もやられているそうなので、ぜひ!
この記事は「海外ZINE」の特集「海外のおやつ」の記事をデイリーポータルZ向けにリライトしたものです。リンク先ではタイ・韓国・イタリア等10カ国を紹介!