パオ族の正装は「頭にバスタオル」
まずは実際にご覧ください。
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初めにそのことに気づいたのは、パオ族の聖地カックーパゴダを訪れた時。ミャンマーでは正装でパゴダに参拝する人が多い満月の日だったのですが、そこでは黒っぽい民族衣装をまとい頭にバスタオルを巻いたパオ族の姿がやたらと目に付いたのです。
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なお、彼らは、日常的に民族衣装を着る習慣を比較的よく守っている民族です。インレー湖湖畔の村が開催する朝市でも民族衣装のパオ族は目立ち、観光客の格好の被写体になっています。
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市場で見かけるパオ族女性は格子柄のスカーフを頭に巻いていることが多く、一方で男性は何も巻いていない人が大多数。ところが、なぜなのか、満月のパゴダや祭りにいたっては男女ともにバスタオルを巻いている人の方が圧倒的に多いのです。
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これは、パオ族の民族政党であるパオ民族機構(PNO)の党員が選挙演説する様子を伝える新聞記事、つまり相当にオフィシャルな場面なのですが、彼が頭に巻いているのもバスタオル。
謎です。これは昔からなのでしょうか? なにか理由があるのでしょうか?
バスタオルではなくターバンです! 全力否定するパオ族のみなさま
パオ族の人たちに直接尋ねるべく、彼らの居住エリアの中心都市タウンジーの市場に来てみました。
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さすが本場、パオ族用バスタオル専門店がたくさんあります。お客さんに聞いてみましょう。
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ほら、布の端を見てください。「PAO」という刺繍が入っているでしょう? だからバスタオルではないのです!
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でも、この縁がバスタオル感を否が応でも増している。
すごい否定されてしまった……。
ちなみにターバンは、確実に英語で「Turban」と言っていました。私には“PAOという文字の模様が入ったバスタオル”に見えるのですが、彼らにとっては“バスタオルと同じ素材と大きさのターバン”ということのようです。失礼しました。
そのすぐ横でターバンをミシンで縫っていると思しきご婦人が。さきほどの質問での微妙な空気をひきずったままなので、ここで迂闊に「バスタオル」とは言えない……。ひとまず、何をしているのか聞いてみましょう。
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え、やっぱりバスタオルなんじゃ……。
盗用警戒? バスタオル有力店は取材拒否
気を取り直して、タウンジーでも最大規模のパオ族用バスタオル(ターバン?)店を訪問。民族衣装とはいえ、まさかパオ族誕生の時代からこの生地があった訳はないはず。では、一体いつごろから売られるようになったのか。店員さんに聞いてみたい。
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ここでまさかの、取材拒否。
同行したパオ族の通訳さんによれば、この手の店はタイや中国などからの独自の仕入れルートをもっており、デザインも店ごとにアイデアをだしているのだそう。だから、デザインや生産地についての情報がわずかでも他店に漏れて真似されるのを恐れているのでは、とのこと。このあと、2番目に大きなバスタオル店にも行ったのですが、こちらも取材はNGでした。
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なるほど。どうもこのバスタオルターバンは、海外のメーカーがミャンマー向けに大量生産しているというよりも、現地のいくつかの卸売り店がある程度独占的にオリジナル商品を開発して販売しているということのようです。
タイの業者がターバンを「バスタオル化」させた?
バスタオルターバン、その実態が掴めそうで掴めない。これは参ったな……と思っていると、ここで40歳代のあるパオ族女性から有力な情報が。
それは、「農作業で汗を拭きやすいからと、農婦たちがバスタオルを巻いていたのをタイのタオル業者が見て、『もっと高級なバスタオルをパオ族向けに出せば売れるのではないか』と始めた」というもの。ただこれも、伝え聞いたもので確実ではないとのことでした。
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ターバンに特化したバスタオルが売られ始めた時期に関しては、歴史を知っているであろうお年寄りに聞いても、「30年前だ」「いや、10年前だ」と、意見はばらばら。その成り立ちについて核心は分からずじまい。
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ただ、証言に頼らなくても、時期に関して推測できることはあります。店頭でこうしてまとめて積み上げてある様子を見るとお気づきになると思うのですが、バスタオルターバンは青、緑、赤という原色の組み合わせが多く、これはパオ族の旗の色に由来しているのです。
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緑は農業、赤は信念、青は平和、星は団結を表しているとか。バスタオルの配色をわざわざこれらの色中心にしていることを考えると、少なくとも独立運動が盛んになった1960年代以降のデザインなのかもしれません。こうしたアイデンティティを象徴していることが、正装として選ばれやすい理由のひとつと考えられそうです。
バスタオルターバン、使われる決め手は「龍の角をつくりやすい」。
スカーフは日常だけど、バスタオルは特別な日。そこにはもしかしたら、スカーフよりもバスタオルの方がボリュームを出しやすいことも何か関係があるのかもしれません。祭りで出会った女性に聞いてみました。(※アイコンとは別の女性ですが、イメージとして使用しています。)
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これは、パオ族の起源伝説に深くかかわっています。
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実はパオ族の祖先は、女性の龍と男性の錬金術師(ミャンマー語で「ゾージー」)が恋に堕ちて生まれた子どもだと信じられています。そのためターバンを、女性は龍の角に見えるように、男性はゾージーの帽子のように巻くようになったというのです。特に龍の角を目指す女性にとっては、バスタオルの両端の厚み(PAOの文字が入ってる部分)は先端をピンと立てるのに都合がよいようです。
すでに説明したように「タイの業者が農婦を見て商品化」「独立運動の象徴的な配色」ということもありますが、彼らの起源を踏まえると、正装に採用するのは「祖先の頭の形状をつくりやすいから」ということが最大の理由なのかもしれません。
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パオ族の象徴はパオ族の手で! ターバンデザイナーに聞く
ここで、パオ族のターバン事情に詳しい方にご登場願いましょう。パオ族に2人しかいないという、ターバンデザイナーのクンティントゥさんです。なんでも彼は以前、彫金デザイナーで、そこから転職したとのこと。
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彼は古いデザインの探求にも余念がなく、植民地時代にパオ族を写した写真などもたくさんコレクションしています。それによると、昔は粗い縞模様が入っている程度の簡素な布で、今よりも長く、子どもを背負ったり荷物を入れて運ぶカバン替わりにも使っていたそうです。
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巷の流行は「iPhoneのリンゴマーク」?
今回、バスタオルターバンショップで面白かったのは、最新の柄として売り出されていたのが「iPhoneのリンゴマーク」だったことです。
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街中の至るところで見かけるというほどではありませんが、店頭の目立つ場所に積み上げられ、店の推し商品であることがわかります。伝統衣装の一部にITブランドのロゴが取り入れられているのは新鮮でした。知的財産権的にはアウトでしょうが……。
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ターバンに比べ、衣装には流行がないように見えますが、実は長い年月で変化してきたそうです。龍のウロコを象徴する重ね着スタイルも、現在は「脚絆(ふくらはぎを巻く布)+スカート+袖なしブラウス+長袖ジャケット」ですが、昔の写真からは「脚絆+スカート+長袖ブラウス+袖なしワンピース」だったことがうかがえます。もしかしたら、植民地時代に入ってきたイギリス人の洋服や、ジャケットを着るビルマ族の衣装の影響があったのかもしれません。
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また、布地の端に織り込む「70000 SUPERFINE WOOL SERGE」という印は最高級品質として認識されていますが、この数十年の間に、品質のいかんにかかわらずこの文字列を衣装の目立つ場所にくるよう仕立てるようになりました。クオリティマークだけを織り込んだテープさえ売っているそうです。
民族衣装、その「変化できる部分」と「できない部分」に真理あり?
パオ族の民族衣装は、時に長い年月をかけ、時に数年単位の流行り廃りを繰り返し、そのスタイルを変化させてきました。興味深いのは、ハッキリと、「変えることができる部分」と「できない部分」があること。
ターバンなら「龍の角の形に巻けること」、衣装なら「重ね着をすること」は、パオ族の出自にかかわる重要部分なので変えられないのはわかります。しかし一方で、ターバンの柄はとても自由度が高いのです。
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クンティントゥさんのお店には結婚式の花嫁のためのターバンの注文が多いそうですが、ターバンがどんどん派手になっているのに対し、花嫁衣装の首から下については基本的に普段着のまま。裾に龍の刺繍を入れたり、スパンコールの飾りを足したりする人が少しいる程度です。見方を変えると、普段着を変えるという発想がないからこそ、その分だけターバンがどんどんと派手になっているのでしょうか。
実はパオ族の衣装が黒や紺なのは、11世紀にビルマ族に征服された際、奴隷の身分を表す色として強制されたからと言われています。ミャンマーではこの7~8年、紅白が基本のモン族や青や赤の縞模様のカレン族の民族衣装がどんどんカラフルになるなど、新しい配色の民族衣装を楽しむ少数民族が増えています。そんな中にあって、ネガティブな意味を持つ現在の色合いを、パオ族がかたくななまでに変えないのは本当に不思議です。
歴史に培われてきた民族衣装のデザインで、変わる部分と、変わらない部分。そこにはその民族が持つ文化の底に横たわる重要な真理が隠れている気がしてなりません。
おうちで試そう、パオ族の「龍の角」!
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2.左のターバンの端を少し外に出し(角部分)、右のターバンを後頭部に向けて巻きつける。
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海外ZINE編集長の水嶋さんに試してもらいました、
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お風呂上がりに髪をまとめたバスタオルがほどけて困る、という方はぜひお試しください!(いるのか?)