デジタルリマスター 2023年3月6日

消え行く町に暮らして(デジタルリマスター)

ある写真家の苦悩(立ち退き編)

いままさに立ち退きの危機に瀕する中川さんの家を見せてもらえることになった。実際いつ取り壊しが決まるのか時間の問題だということで、これが貴重なレポートになることは間違いない。

彼の家は、少々古くはあるが母屋と庭のある立派な一軒家だった。

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「ここなんですよ」

しかしまさに中川さんがこうして立っているすぐそこまで開発の手が伸びてきている。この日もバリバリと音を立てて重機が土を削っていた。写真中、青いショベルのいるこのあたりも少し前までは住宅だったという。ショベルは「お前ごと削り取ってやろうか」という目線を向けながら、中川さんの家の隣を掘っていた。

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「ほら、もう壊されそうでしょ」

さっそく中川さんの部屋に案内してもらうのだが、ここで一つ訂正がある。さっき中川さんの家は立派な一軒家だ、といったのは間違いだ。あれは大家さんの家だった。中川さんはここの裏手の一角を間借りしているのだという。

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「いやあどうぞどうぞ」

案内されたのは古き良き時代というか昭和の香りというかアンティークというか、なかなかうまい婉曲表現が見つからないのがもどかしいが、田舎のおばあちゃんの家の裏っぽい場所だった。

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中川さん、これなんすか。

通路脇にある銀のタンクは雨水をためておくためのものだ。蛇口をひねるといつでも使える。中川さんはこれで洗濯やらをするらしい。そうだいい表現を思い出した、エコだエコ。

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「生活用水です」

サッシの扉を横に引くとシンプルな玄関ゾーンを挟んで中川さんの部屋へとあがることができる。この部屋は元来土間だったようで、そこに板を並べて床が作られ、さらにに4枚半の畳が敷き詰められた。下がそのまま土なのでたまに床板の隙間からへんな虫が上ってくるのだという。

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シンプルイズベスト。

部屋だ。えらいことになっている。広角レンズで撮影するといろいろなものが写りこむ。彼は「立ち退き反対。断固としてねばるつもりです」といっていたが、隣の家を壊すときに間違えて倒してしまいそうな感じだった。

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「ようこそ」

電話線がないのでインターネットもない。かつての彼女にせがまれて買ったテレビも、彼はほとんど見ない。芸術家に余計な情報は不要なのだ。休みの日には主に自分の作品を眺めて悦に浸ったり反省したりしているのだという。今日は特別服を着てもらったが、いつもはあまり着ていないらしい。

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「休みの日はほとんどこうして過ごしています」

それから最近はまっているのがパズル。4畳半のリビングの隣が同じくらいの広さのキッチンスペースとなっており、中川さんはそのテーブルで一心、足りないピースを探す。完成したら崩してまた遊ぶのだとか。圧倒的な暗さ。遠くから聞こえる重機の音にまですがりたくなるほどの沈黙だ。

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「あと最近はまっているのはパズルですね」
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「だって何も考えなくていいじゃないですか」
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開発の町を見に行こう

中川さんの案内で消え行く町を散策してみることにした。いつものでかいカメラを携え出発だ。部屋のドアは一応閉めるが鍵はかけない。「僕の部屋に盗みに入る前に、もっとやるべきことがあるだろうから」と彼は言う。扉の前に干されたブリーフののれんが魔よけの役割も果たしているのかもしれない。

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「それでは出かけましょうか」

一緒に部屋を出るとすぐ隣で水の音が聞こえた。彼いわく大家のおばあちゃんがトイレに入っている音だという。そういえば彼の家には風呂とかトイレとかなかった。恐る恐る聞いてみると、やはりここをおばあちゃんと共同で使っているのだとか。

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オープンな雰囲気のトイレと風呂。

「違うんですよ、おばあちゃんは母屋にトイレも風呂もちゃんとあるみたいなんですよ。でもここでするんです」ちなみにここの水道代はおばあちゃんと折半だ。

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「ゴーストタウンみたいでしょう」

「といっても特に案内する所もないんですよね。もうほとんど壊されちゃってるし」

中川さんの言うとおり町は静かだった。遠くで重機が動く音が聞こえるのだが、生活の気配はすでに息を潜めてしまっている。

「あの作りかけの交差点のど真ん中にも家があったんですよ。最後まで粘ってたんですけどね、この前壊されました」

たまに歩いているスーツの人は住宅会社のセールスか銀行員なのだとか。立退きに関係して動くお金は小さなものではないのだ。

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「あれはセールスの人でしょうね」
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今青いショベルが掘っているあたりにも家があったらしい。
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立ち退きするしかないのだろうか

中川さんの家にも最近役所の人が来たらしい。区画整理の対象となっているので、と要するに立ち退きのお願いに来たのだ。

「僕は粘るつもりだったんですけどね、どうやら大家のおばあちゃんはまんざらでもないみたいなんですよ」

「でも部屋を借りてる僕がごねれば無理には退去させられないはずなんです」

中川さんは大学で法学部を出ているので、こういう知識に明るい。しかしその光も現時点では彼の人生を照らしているようには見えない。

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隣の家が壊されるとプレッシャーを感じるのだろうか。

あの家、ぶっちゃけ家賃はいくらなんですか。

「2万円です。あ、いやだいたい1万9千円ですね。車はそのへんの空き地に止めているからただですし」

あいまいなのには理由がある。毎月大家さんの所に現金で2万円を持っていくのだが、そのときいつも千円お小遣いをもらえるのだとか。

「ダイスケは今月もいい子にしてたからね」って千円くれるんですけど、歴代あの部屋に住んでいた人たちはどうやら家賃1万円とかだったみたいなんです。なぜか僕だけ高いんです。

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「これは残しておくべきだと思うんです」

中川さんはどうしてこうも全ての罰を背負ってしまったような暮らしをしているのだろうか。

「生活費を抑えたらそれだけ作品作りに回せるじゃないですか。写真は金がかかるから」

彼はカメラマンとして独立しており、すでに写真だけで生計を立てられるまでになっている。しかし目指すところは自分の作品と感性で勝負する「写真家」なのだという。ぜひともブレイクして整備が終わったこの地にでかい家でも建ててもらいたい。心からそう思う。

「でも今、人生がうまく動き始めているのを感じるんです。年末に転機が訪れると思います」

年末ジャンボに全てをかけているのだそうな。

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「それが僕の使命ですから」

明日はどっちだ

中川さんの住むこの地区に限らず、沖縄では開発の波に飲み込まれようとしている土地がいくつもある。快適な生活と豊かな経済を追求するのが現代社会なのかもしれないが、それを支えてきた人々とその人たちが作り上げてきた歴史も忘れてはいけない。今も中川さんはあの家で自分の作品を見ながらパズルを作っているのかもしれないのだ。間近に迫った「その日」を待ちつつ。

沖縄県内で部屋を遊ばせている人がいたらぜひご一報ください。住みたい人がいます。

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「春って玄関からやってくるんですかね」
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