横浜で松茸?トリュフ?キノコだと?……このキニナル投稿を解決するには、どう考えても「キノコ名人」の力が必要ではないか……ということで、調査してみたところ「神奈川キノコの会」なるものを発見。ここなら投稿主の疑問に答えてくれる「キノコ名人」がいるに違いない!
すがるような思いでライターおともは「神奈川キノコの会」にコンタクトを取った。
1978(昭和53)年に発足し、2018(平成30)年に記念すべき創立40年を迎える「神奈川キノコの会」は会員200名を誇るアマチュアのキノコ研究団体。こちらは、新種のキノコ発見に貢献したり、2010(平成22)年までは神奈川県自然環境保全センターの「野生キノコ特別相談」を担当するなど、神奈川のキノコと言えば「神奈川キノコの会」的な輝かしい経歴を持つ団体。活動も活発で年に15回もの野外勉強会に出掛けるという。
今回は会員をたばねる会長の三村浩康(みむら・ひろやす)さんにお話を伺った。
横浜市内で松茸は採れるのか?~大磯の松茸伝説~
まずはキノコの王様、松茸が横浜で採れるのか、という質問をしてみた。
「横浜市内で松茸の発生情報はありません。遠い昔に神奈川県大磯の高麗山(こまやま)で採れたと聞いたことがありますが」と、三村さん。ううん、残念だ。
「神奈川県自然環境保全センター自然情報 第2号(2003年3月)」によると、1913(大正2)年頃、当時はアカマツの林が広がっていた高麗山の西峰八俵山周辺に松茸が自生していたということが述べられている。
「松茸は一般的に林内が明るくて、落枝や落葉が少ない風通しのよいアカマツ林に自生する。現在の八俵山周辺の環境とは全く異なる。当時は山で拾われる落枝や落葉は高麗地区の住民にとって日々を支える貴重な燃料や肥料であり、山に人手が頻繁に入っていたことが松茸の自生する環境を作りあげていたといえよう」(原文ママ)
上の2つの写真は、 ほぼ同じ位置からの写真だが松の木がなくなっていることが見て取れる。
ならば「当時と同じようにアカマツ林を人の手で整えればいいんじゃないの?」と思いがちだが、松茸は非常にデリケートで、人工栽培はとても難しいとのことだ。
トリュフやポルチーニは採れるのか!?
「松茸」に関しては残念な結果となってしまったが、世界三大キノコといわれている「松茸・トリュフ・ポルチーニ」のうちの「トリュフ・ポルチーニ」はいかがだろう?
三村さんに尋ねてみると
「どちらも横浜市内で似たようなキノコが採れますよ。本物とは若干の違いがありますが」
という。
残念、こちらもホンモノは採れないのか、とがっかりしつつも「若干の違い」について詳しく伺うことに。
ポルチーニの和名は「ヤマドリタケ」といい、傘は肉厚で舌触りがよく、柄は固くて歯切れがよいうえ風味も素晴らしいキノコ。
横浜市内で多く採れるのは「ヤマドリタケ」に非常によく似た「ヤマドリタケモドキ」だと三村さんはいう。 外観も肉質も「ヤマドリタケ」とそっくりではあるが、「ヤマドリタケモドキ」の発生場所は温かく湿度の高い、標高の低い広葉樹林や、松などの針葉樹との混生林とされているため、横浜市内の公園や里山でも見つけることが出来るらしい。
見分け方の最大のポイントは柄の網目で、「柄の全体に網目がかかっているものはヤマドリタケモドキと思ってよい」とのこと。味については、「ヤマドリタケ」と比べると「ヤマドリタケモドキ」は若干柔らかく、香りもヤマドリタケには及ばないという見解もあるようだが、一般的にはほぼ変わらないそうだ。
そして、世界三大珍味「トリュフ」。
トリュフの和名は「セイヨウショウロ」といい、一般的に知られている「黒トリュフ」や「白トリュフ」は、ほぼヨーロッパのみで生産されている。日本で採れるトリュフは約20種類で、神奈川県で採れるトリュフは「イボセイヨウショウロ」・「マルミノチャセイヨウショウロ(仮称)」・「ヒメチャセイヨウショウロ(仮称)」が確認されている。
その内「イボセイヨウショウロ」の分布は県内産のトリュフで最も広く、量的にも多く採れるとのこと。
ん?仮称?なぜ仮称なのだろう。トリュフだけに使われるのかな?
「いえ、トリュフだけではなく、キノコ全般に使われますよ。図鑑に載っているキノコは約1500種しかないですが、学名がついているキノコだけでも8万種以上。種を特定するにも大変なことになるので仮称を付けることも多いんですよ」と、三村さん。8万種・・・確かに特定するには気の遠くなる作業だ。
神奈川県で採れるトリュフは「イボセイヨウショウロ」・「マルミノチャセイヨウショウロ(仮称)」・「ヒメチャセイヨウショウロ(仮称)」・・・キニナルのは味や香り。
実際に調理したという三村さんの奥様によると「イボセイヨウショウロ」はうすい苦味があり、食感はボソボソ。噛むと粉々にくずれ、匂いもさほど感じないらしい。
どうやら、欧州産のトリュフのように薄くスライスして使用するには不向きのようだ。また、オムレツなどに加えても味は全く変わらず、香りは熱に触れるとすぐ飛んでしまうとのこと。
写真では、全くといっていいほど違いが分からないが「欧州産トリュフ」を1級品だとすると「イボセイヨウショウロ」は2級品だそうで「中国産トリュフ」の大半がこの「イボセイヨウショウロ」だという。
しかし、2級品であってもトリュフであることには間違いない!神奈川県内や横浜市内のどこに行けば採れるのだろうか。
トリュフは案外身近に!豚がいなくても採れるぞ!
神奈川キノコの会が年に一度発行している会誌「くさびら」によると、「イボセイヨウショウロ」ことトリュフは夏から秋の間、シデやコナラの樹下などでよく発見され、神奈川県の広範囲で見つかるということだ。そして、トリュフといえば「地中に埋まっているものを豚や犬がほじくり返す」というイメージがあるが、目を凝らせば、地表にひょっこり顔を出しているものも多いのだそう。
「トリュフも生き残るために顔を出して頑張っているのかなぁ」などと考えていると、「今度の勉強会は小田原でやるんですけど、多分トリュフは採れますよ」と三村さんからの一言。
なぬ?
お、小田原か……遠いなぁと思いつつ、「是非、同行させてください!」と答えたのは言うまでもない。
行ってきました、「小田原いこいの森」!
という訳でフットワークの軽いライターおともは小田原へ!
既に「小田原遠いなぁ」なんて気持ちはどこかにすっ飛んでいた。森だ!森だ!……森に足を踏み入れるのは小学生の時以来のライターおとも。しばし童心に返る。
親子連れや個人、老若男女合わせて50名以上のキノコ好きが集った野外勉強会。午前中は各自がキノコ採取に励み、午後は同定作業(分類や種名を決定する作業)と説明会、そして年1回のお楽しみの「採れたキノコのキノコ鍋」を味わうという。午前9時半から午後4時までの長丁場だが「天然の食用キノコ」の種類もゲットできそうだ。頑張ればキノコ鍋も待っている!いざ出陣!
「この人に付いていけば間違いないよ」と、三村さんに紹介された井上幸子(いのうえ・さちこ)さんは、会員歴27年。同会でも数少ない、同定作業(キノコの種別を判断する作業)ができるベテランさんだ。
そして、いつの間にか歩みを共にしていた中学生の山下光(やました・ひかる)くん。一人で参加していた光くんは、なんと小学生の時に、映像制作や菌類調査などを行う会社「HKCP」を設立。他にもピアノコンクールで全国優勝を果たしたり、オーケストラの作曲を手掛ける。それだけではない。東京大学異才発掘プロジェクトの第二期生に選ばれたというスーパー中学生!
歩くこと5分ほどで「あったよ!」と井上さんの声が上がる。どれどれ!……うん、確かにキノコだ。しかし、思い描いていた「キノコ像」とは、かなりかけ離れていた。
トリュフ発見!!
「これぞキノコ!」みたいなものを想像していただけに、どんな取材になるのか不安になってきていた。そんな矢先、別のチームから「こっちに来てみなよ!これなーんだ?」と声がかかった。
手に取るまでは汚い石にしか見えなかったが、まさしくトリュフ!本当に地表に顔を出していた。やはり、香りはほぼ無臭だったが、後日調べたところ、トリュフは熟成すると香りが強くなるらしいから、これからに期待大だ!
投稿にあったようにトリュフは横浜市内広域、そして神奈川各所で採れるのだ!
天然の食用キノコは採れるのか?
会長の三村さんによると「食べられるキノコ」と「食用キノコ」は違うのだという。食べられるけれどおいしくない物は「食用キノコ」とは呼ばないそうだ。ちなみに、県民が持ちこんだキノコを同定する「野生キノコ特別相談」での持ち込みキノコのトップ5はコチラ。
第1位! ナラタケ(食用)
第2位! クサウラベニタケ(死亡例もある毒キノコ)
第3位! ウラベニホテイシメジ(食べられる・苦みが強い)
第4位! コムラサキシメジ(食用)
第5位! ハタケシメジ(食用)
なんと、毒キノコが簡単に採れてしまい2位になる事実!危険度MAXだ!
三村さんによると、神奈川県内で採れる食用キノコは約10種類強だが、
「図鑑やネットを頼りに食用にするキノコを採るのは大変危険なのでやめてください。中には触るだけで皮膚がただれてしまうキノコもあるので、必ず経験を積んだ方と同行の上で、キノコ狩りをしてほしい」と、話してくれた。
小田原で採れたキノコたち
キノコを探して2時間、ちなみに、ライターおとも自身はキノコを全く見つけることができなかった。
井上さんは「キノコ探しに慣れてくると『キノコ目』といって、キノコを見つけやすい目になってくるよ。でも、今日は全然見つからないね。キノコは気ままで予測がつかないから勉強会でも空振りする事があるし、今日のお鍋は味噌だけになるかもしれないね」と、苦笑い。同定時間まで残りわずかになったため、集合場所へ向かう途中「あら!ハタケシメジ!やっと見つかったよ!」と、喜んでいた。
「ハタケシメジ」のすぐ傍には「カニノツメ」なるキノコもあった。カニノツメだなんて、外見も中身もおいしそう!
すると横にいた天才少年・光くんが「カニノツメはうんこだよ」という。
恐る恐る臭いを嗅いで、吐きそうになる。……まさにうんこだ!まさかキノコに向かって「勘弁してください」と、敬語を使うことになろうとは。恐るべし、カニノツメという名のうんこ。いや、キノコ。
手についたうんこ臭の始末に悩んでいると、すぐそばで「あーーーーーっ!!」という絶叫が上がった。そこで目にしたものは……「殺人キノコ カエンタケ」
小さじ半分程度を食べれば死に至る、毒キノコ最強の猛毒を持つという「カエンタケ」を目前に、絶叫後、会員の皆さんは冷静に小枝を差し、通り過ぎる人用に目印を作っていた。
どんなキノコが採れたのかな?ドキドキ同定タイム!
あっという間に同定の時間がやってきた。チーム井上が発見した食用キノコは「ハタケシメジ」1本のみ。どうやら味噌のみのスープを飲むことになりそうだなと覚悟した。
本日集まった50人の会員の中でも、同定作業が出来るのは3~4人のみ。それほどキノコの種の特定は難しいのだ。同定は2時間ほどかけて行われ、その間、他の会員達はスケッチをしたり、採取したキノコについて話し合ったり、鍋の準備に勤しみ、思い思いの時を過ごす。子ども達は川遊びや虫取りなど、キノコを抜きにしても楽しそうだ……平和で和む。
わがチームは食用キノコ1本。それなのにどんなキノコ鍋を準備しているのかと、様子を見に行くと……
こっ、これは「ハタケシメジ」!
どうやら他チームの会員さん達が頑張ってくれていたようだ!
ひゃっほーい!念願のキノコ鍋にありつけそうだ!
ちなみにこの写真は下ごしらえとして塩水に浸し、キノコバエの幼虫の虫抜きをしているのだそう。
キノコ鍋に入るのがまさしく「神奈川の天然の食用キノコ」。横浜広域でも同様の種類が採れるという。
この日の野外勉強会で採れたキノコはなんと100種類。その中で「トリュフ・ナラタケ・ハタケシメジ・シイタケ・オニタケ・コガネタケ・スギエダタケ・オキナツエタケ・アラゲキクラゲ」の、9種類のキノコ に食用の丸がついていた。もちろん、勉強用や持ち帰り用の数本を残して全て鍋に入る。
味噌ではなく醤油ベースの「キノコぶちこみ鍋」は、会員さん持参の豚肉・大根・ネギと合わさり、薄味ながら出汁が完璧で最高においしかった!もはやどのキノコを食べているのか分からなかったが、歯ごたえはシャッキシャキのプルンプルン!まさに、「大地の恵み」という感じ!
自然一杯の森の中で、神奈川県の自然を存分に感じながら、キノコの勉強ができ、有意義な1日だった。
取材を終えて
今回はたまたま小田原の野外勉強会に参加してきたが、横浜市内の公園などでも開催している。もっと多くの人たちに、「キノコ名人」たちと共に、横浜のキノコを探して勉強する休日を過ごしてほしいと感じてしまった。
最後に、今回「小田原いこいの森」にて発見されたトリュフについて「神奈川キノコの会」と、共催の「神奈川県立生命の星・地球博物館」からのお願いがある。
「関心の高い特定キノコが見つかったとの情報が広まると、どこに出る?などの追及連絡が管理事務所に寄せられ迷惑を被るとの事例があります。常識的なエチケットを持った行動をお願い致します。また、キノコをむやみやたらに掘り起こすと、その土地に2度と発生しなくなる場合もあるので、キノコ狩りは良識の範囲で行っていただきたい」
とのことだ。
取材協力
神奈川キノコの会 三村浩康会長