61年の歴史は半端じゃない
ヨコスカジャンパー専門店プリンス商会。この決して広いとは言えないお店から、スカジャンの歴史は始まった。創業者の渡辺社長は83歳になる今でも現役でお店に立つ。
今日は社長さんと、お店番をされていた女性従業員の方にお話をうかがうことが出来た(希望により写真は社長のみです)。
店に一歩はいると壁の全面にぎっしりと詰め込まれた大量のスカジャンに圧倒されることになる。奥のカウンターからじっとこちらを見ている人こそがスカジャン元祖、渡辺社長だ。しかしこの人もスカジャン着ていない。ちょっと期待したのだがベストの背中にも刺しゅうは入っていなかった。
「アメリカ人がジャンパーに日本風の刺しゅうを入れてくれ、と頼んできたのが始まりなんですよ。戦後すぐの話ですね。」
なんでも最初は戦後間もない頃の話で、当然物資もない。社長はベース(米軍基地)から落下傘の生地を買ってきてそれを元にスカジャンの原型を作ったのだという。
実用から生まれた華麗
「昔はキルティングなんていう技術がなかったから。布をドラム缶で煮て染めて、それにぼろ切れ詰めて綿入りにして、でもぼろだから中身がずれちゃう。それを防止するために刺しゅうをしたのが始まりだね。」
そうだったのか。スカジャンは威勢を張るためのコスチュームとしてではなく実用的観点から生まれたものだったのだ。中綿がずれないように刺しゅうを施してるうちに、職人さんがノってきてしまったのが今の華麗な刺しゅうジャンパーの流れにつながっているのだろう。
このスカジャンの歴史と共に歩んできたプリンス商会は、社長が一代で築いたお店だ。後ろには5人の職人さんが控えており、注文を受けた刺しゅうを曰く「戦争のように」こなしているのだという。正月は元日しか休まない。手作業なので当然ながら大量生産は無理。受注から発送まで約40日間かかる。
「遅いのが嫌ならば輸入品を買えばいい。だけどあれはスカジャンとはいえないね。横須賀で作ってるからスカジャンであって、中国で作ってたらたとえ同じ刺しゅうだってスカじゃないだろう。」
確かにそうだ、元祖ならではの説得力がある。それにしてもこういう伝統工芸的な技術というのは次の世代へと受け継がれていくものなのだろうか。
「それはないね、この代ができなくなったらそれで終わりと思ってるよ。それでいいんじゃないか、それが商売ってもんでしょう。無理して続けることなんてないんだ。」
今の職人さんが誰も縫えなくなったらこのお店をたたむつもりなのだという。そしてそのときに写真入りでスカジャンの本を出すのが目標なのだとか。
今回は撮影対象を絞ることを条件に特別に許可を頂いたのだが、普段は店内は全面撮影禁止だ。なぜ禁止なのかというと、オリジナルの刺しゅうの図柄が写真に写ると必ずどこかで模造品が出回るからなのだとか。
「私らができなくなってからだな、写真を公開するのは。」
この技術が絶えてしまうのは忍びないが、しかしこれを機械化して大量生産してしまうのは今の職人さんたちにメンツが立たない。社長も葛藤の末、こういう決断を下したのではないか。
高い職人意識と共に縫い込まれた刺しゅうを背負う客層は30代から40代の男性が中心とのこと。
「若いうちは既製品でいいの。自分の金ができて、服装にこだわりを持つだけの余裕が出てきたらうちに来て欲しいね。だから若い子はまず来ないし、本当に好きで来てくれる人は何時間も柄を見ながら悩んでるよ」
スカジャンというとリバーシブルのものを想像しがちだ。僕も以前リバーシブルを持っていた(表は鷹、裏は虎)。しかしプリンス商会ではリバーシブルは作らない、それも一つのポリシーなのだという。
「気に入った柄は表一つだけでいいの、裏も着れたってどうせ気に入った方でしか着ないんだから。」
流行を取り入れて変化することもなく、自分たちのやり方を頑なに守る。それを魅力に思う人だけがついてきたらいい。そういう人には妥協のない技術で応えるし、自分たちができなくなったらそこでパっと引く。これが今まで第一線でスカジャンを作ってきたお店の誇りなのだ。
流行とか関係ない
そんなスカジャンの聖地、プリンス商会での人気の刺しゅう、ベスト3はこちら。
・口あき新竜
・2頭竜
・竜虎
とにかく竜が人気なようだ。ドラゴンズファンとしては一頭仕入れておきたいところだが、店内には他にも実に様々な柄のスカジャンが並べられていてどうしても目移りしてしまう。
それにしてもなぜ横須賀市内で一般に着られているスカジャンを見なかったのだろう。やはり流行もあるのだろうか。
「流行っていうのはあまり感じないね。しいていえば時期的なものかな。秋冬はやっぱり注文が増えるね。時代でいうと明星、平凡なんかの時代がそりゃすごかったけどさ、今だって同じお客さんが何回も作ってくれるからね、こういうものって流行じゃないから。」
確かに流行すたりに振り回されていては61年続いていないだろう。余裕のなかに自信を感じた。
買おうかな
取材の申し込みをしたら「インターネット、わからんね。だってパソコンなんてうちにないから」と言われてしまった。そんなもん使わないのだ。職人さんが技術と感覚で作っているのだから型紙だってあるのかどうかわからない。
今回は我慢したのだが、僕はたぶんまたスカジャンを買うだろう。気後れせずに着られるようになるまで、僕は何度もスカジャンを買って、そしてまた手放してしまうかもしれない。職人さんが元気なうちに僕の手元にずっと残るスカジャンを見つけられたらいいのだが。
「見つかんなきゃそれでいいんだよ、そういうもんなんだから」という社長の声が聞こえたような気がしました。
ヨコスカジャンパー専門店 プリンス商会