作業中に毛束を無造作にそこらへんに置いていた。茶色とか青とかだったから大丈夫だったが、これが黒髪だったら視界に入る度にギョッとした思う。「髪の色をどうこうする余裕がある人間は化けて出たりしなさそう」という偏見が恐怖を薄めてくれたのかもしれない。
形成
作るのはくるんとしているタイプのサンプル。
しかし長さが不揃いなので、丸めるとどうしてもこのように短い毛が飛び出す。
これを一本一本引き抜くと、擦れ合った毛がズレて形が崩れてしまう。ここはやむなしだが飛び出した部分をカットすることにした。表から見たときにいい感じになることを目指す。
これを作るにあたって改めてドラッグストアで実際のサンプルを観察してきたのだが、巻き方に特徴があることに気づいた。
ついでに髪の端の始末はどうなっているのか確認するために裏側がどうなっているのか覗いてみたところ、全てプラスチックで隠されていた。トップシークレットだったご様子。
まあ、むき出しだったら危ないよね~とは思うので、仕方ない。上手いこと毛束をまとめる専用のパーツみたいなものがあるのかもしれない。
触れてみる
まあ、見た目は二の次だ。肝心なのは質感である。
触れた瞬間、偽物だと思った。
キューティクルがあるせいで、逆方向に撫でると軽く突っかかる。キューティクルを邪魔だと感じたのは生まれて初めてかもしれない。
安直に考えると、人毛を使ったこちらの方が本物であるような気もする。しかし、あのサンプルは人工毛であることが本物の絶対条件なのだ。
触れるたびに脳裏によぎるのは、あの人工毛の堂々たるハリである。生きとし生けるものの微細な揺らぎを一切無視した安定感に、付け焼き刃の人毛は太刀打ちできない。
ちなみに残った毛束は壁に引っ付けて逆さまに吊るしてみた。
ドライフラワーみたいに見えるかと思ったが、全然そんなことなかった。
持ち歩く
ためしに触れるシチュエーションを変えてみた。
私はちびまる子ちゃんの山根レベルで胃が弱いので、ちょっとしたことですぐ腹痛にみまわれる。とくにライブを観覧する直前はだいたいヤバい。友人と一緒にいる時は気がまぎれるので幾分かマシなのだが、一人だと9割型体調がめちゃくちゃになる。
どう考えてもステージに立つ人間の方が危機的状況にあるのに、なんで客席で地蔵やってるオタクがこんなに緊張してるんだよと思うと、あまりの自分のしょうもなさに喉の奥が閉まって胃がねじれる。それでも楽しさの方が上回っているので懲りずに行き続けている。やっぱりしょうもないなと思う。
そしてこの日も例にもれず開演前に爆裂にバットになった。
胃が痛い。でも大丈夫。今日は毛を持ってきた。
左右のオタクに見られないように鞄の中でそっとジップロックを開き、毛を触る。
ーやっぱり毛だ。自分の毛は、自分の毛でしかない。
まじないめいている。
持ち歩くだけならお守り程度のものだったかもしれないが、特定のタイミングを見計らって触れることにより、完全にまじないになった。
形が崩れないようにそっと撫でる。
ーダメだ、「指に異臭が移ったら嫌だな」とか「まじないって、漢字で書くと『呪い』だよな」とか余計なことばかり考えてしまう。精神を統一するはずだったのに、邪心が多すぎる。気持ちを切り替えようと、自分の頭を撫でてみた。うん、地毛の勝ち。
ふと会場を見ると、オタクたちが握りしめたキンブレが着々と光を放ち始めていた。