はじめに
毎週金曜夜に、はげます会の会員限定のメルマガを配信しています。
そのメルマガに「無人島には持っていかない、大切にしまっておく自慢の品」と題して、ライターコラムを載せています。西村まさゆきさん「自慢の品」を紹介します。
愛着がわいてしまっている「だるま」(西村まさゆき)
目の前にだるまがある。
野球ボールほどの大きさで、紙製で軽いが、底にかすかな重みがあるので安定しており、手のひらにのせるととても具合がいい。
引っ越しのさいに、捨ててしまってもよかったけれど、なんとなく捨てそびれ、そのまま新しい家に持ってきてしまった。
大切で、自慢するほどのものというわけではないが、愛着がわいてしまっていると言ったほうがいいかもしれない。
しかしながら、このだるまを、どのように入手したのか、さっぱり思い出せない。
お前は、なぜここにいるんだと、見かけるたびに思っていた。だるまとしても、なぜここにいるのか問われても、困ってしまうだろう。
昔の記憶を整理してたどっていくと、たぶんこれだというものを思い出した。
今から20年ほどまえに勤めていた会社で、あるクイズゲームの問題作成を請け負っていた。僕が担当していたのは、絵や写真、動画を見て答えるクイズ問題を作るときに使うイラスト、写真、動画を、どこかしらで調達してくるという仕事だ。
例えば、だるまの写真を見せて「問題:これが名産品の県はどこでしょう? 答え:群馬県」みたいな問題を作るときにつかう一般的なイメージの「だるま」が写った写真。これを準備しなければいけない。
インターネットを「だるま」で検索して、出てきた写真の中から良さそうなものを適当に選んで使う……わけにはいかないので、権利的に使っても問題がない写真を探し出すことになる。
フォトエージェンシーにお願いして写真を1枚借りる場合、数万円〜数十万という値段になる。特に、クイズゲームでの使用は商用利用という判断をされることがあるため、通常よりお高いお値段での貸し出しになることもしばしばだった。
で、だるまの写真1枚に、数万円も出せるほどの大企業ではなかったので、結局、東急ハンズでだるまを数千円で買ってきて、会社の打ち合わせスペースで撮影したほうが早くて安上がり……ということになる。
もちろん、撮影したあとは会社の備品となるわけだが、だるまを写真撮影以外で使うことはまずなく、収納スペースもない会社だったので、うちで預かって置いているうちに、そのまま居着いた……おそらく、そんな経緯でやってきただるまなんだと思う。
よく考えると、同じような経緯で西村家のゆかいな仲間に加わった、よくわからない雑貨が家のあちこちにあることに気づいた。
一部を書き出してみると、ラーメン専用の湯切りザル、ディッシャー、曲げわっぱ、孫の手、ちろり、羽子板、あかべこ、ゴルフクラブ、釣り竿、わらじ、イミテーションの小判、パーティーグッズの印籠、試験管、三角フラスコ、ビーカー、駒込ピペット、駒込用乳豆、縦笛、ハーモニカ……。
いくつかじゃないなこれは。かなりあるな。
ゴルフクラブと釣り竿はあまりにも邪魔だったので引っ越しのときにお金を払って廃棄したが、それにしても、普通の家にはあんまりないものがうちにいっぱいある。
上にあげたもので、曲げわっぱは、息子が弁当箱として使っているのと、孫の手は今手元にあって、背中がかゆい時に使っているが、それ以外の道具は、家にあるまま、ほぼ使われることなく、死蔵されているといっていい。
件のだるまが家にやってきたいきさつを思い出していると、そのころのことをどんどん思い出す。
当時、資料写真を撮影するといって、動物園でゾウやキリンの写真を撮ったり、世界の国旗の写真が必要だといって、東京中の大使館を巡って、はためく各国の国旗の写真を撮ったりと、今思うとよくわからない仕事をしていた。
あるとき、ドイツ国旗やイギリス国旗がはためく動画がどうしても必要になった。
番町の英国大使館や麻布のドイツ大使館に行ったものの、そういうところで掲揚されている旗は、真ん中に紋章が入った政府旗や王室旗で、プレーンな国旗は掲揚していないことも多いという事実を知り、困った挙げ句、ヤフー知恵袋に相談したこともあった。
なお、今検索したら、当時の質問がそのまま残っていたが、恥ずかしいので検索はしないでほしい。
(ちなみに、そんなやついないと思うけれど、世界各国の国旗が風にはためく様子をビデオに撮りたい場合は、お台場の国際交流館に行くと、たいていの国の国旗が屋外に掲揚されているのでおすすめです)
柔道の技を録画するために、柔道家と柔道場を手配して録画したり、水戸黄門の銅像を撮影するためだけに、高速バスで水戸を往復したり、ほうとうの映像を撮るためだけに甲府に行ったりと、楽しいんだか楽しくないんだかよくわからない思い出ばかりが思い出される。
いろいろあって、その仕事をやめることになり、やっと自分がやりたかったことをやれると、ネットで記事を書きはじめたのが12年ほどまえのことだ。
フリーのライターになれば、家によくわからないものが増えなくて済むと思ったが、ところがどっこいである。
自分で作ったバカでかいカントリーサインの模写、40年前の古新聞とチラシ、ブックオフで売ってる二束三文の手紙の書き方本、日本各地のゴミ袋、海外に行った時のゴミなど、よくわからないものが増えるスピードは、以前よりも加速している。
そして悲しいことに、どれもゴミっぽさの度合いは増している。そもそも、ゴミ袋はあともう一手でゴミ化するものだし、海外旅行のゴミに至ってはゴミである。
だるまを手にとりながら、ゴミ屋敷だけにはなるまいと心に誓った。
終わってふたたび解説です
仕事関連で使ったものは確かに、会社の倉庫や家の在庫になってますね。小さいものであっても数が増えれば場所を取ります。捨てようと思って手にとっても、いろいろ思い出して捨てられないですよね。編集部の倉庫もなかなかのラインナップです。(はげます会担当 橋田)
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