特集 2023年7月31日

フクロテナガザルの叫び声はほとんど人間の雄叫び

フクロテナガザルというナイス生物をご存知だろうか。彼らのあまりに特徴的な鳴き声は、初めて会った時から私の心を掴んで離さない。彼らのことをもっと知りたい。彼らの鳴き声をもっと聞きたい。そう思った私は駆け出していた。

1993年群馬生まれ、神奈川在住。会社員です。辛いものが好きですが、おなかが弱いので食べた後大抵ぐったりします。好きな調味料は花椒。

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フクロテナガザルとかいう愛おしすぎるお猿さん

その特徴的な鳴き声については実際に聞いてみた方が早いだろう。百聞は一見に、いや一聞に如かずだ。数年前に千葉市動物公園にて撮影した映像をご覧いただこう。

「ホウホウホウッ」「アーーーーーーーーーッ」これ以上説明が必要だろうか

この力強い「アーーーーーーーーーッ」を初めて聞いたのは大学生の頃である。

当時何も知らない純真無垢もいいところの私が呑気に動物園を散歩していたところ、突如遠くからこの「アーーーーーーーーーッ」が聞こえてきたのだ。何度も聞こえてくる「アーーーーーーーーーッ」を人間の叫び声だと勘違いした私は、喧嘩か何かかな、それともちょっとやばめの人がいるのかなと思い喜び勇んで駆け寄ったのだが、果たしてそれはフクロテナガザルであった。最高の出会いである。季節に例えると、夏。

IMG_4848.JPG
青い空、白い雲。そして始まりの予感。感情に例えると、恋。

以来動物園に行くたびにフクロテナガザルを探してしまう私だが、あの鳴き声の意味をはじめ、フクロテナガザルの生態については何も知らないことにふと気付いてしまった。飼育員さんに聞いてみよう。「アーーーーーーーーーッ」を聞きながら。

ということで編集部の石川さんと千葉市動物公園にやってきた。指揮棒持ったゴリラがすてきだ

フクロテナガザルの「アーッ」はナワバリの主張

お話を聞かせていただいたのは飼育員の千葉さんだ。千葉さんは5月からフクロテナガザルの担当をしており、その前は主にダチョウなど草食動物のお世話をしていたらしい。動物園にもジョブローテーションってあるんだと率直に思ったが、話が逸れるので一旦置いておこう。

フクロテナガザルを一緒に眺めながら優しく教えていただいた

千葉さん 基本的に鳴いているのはナワバリの主張ですね。ここにいるぞ!と。あとは家族間のコミュニケーションとして鳴いたりもします。

フクロテナガザルは野生下では密林に生息しているため、お互いの姿を視認することが難しいらしい。そのため大きな声で鳴くことで様々なアピールを行うようになったという。

つまり「アーーーーーーーーーッ」は生きるために必要なアピールなのだ。決して人間がキャッキャするためにサービスで叫んでいるわけではないのだ。当たり前だけど。

眺めているのはオスのブレイブくん(右)とメスのハートちゃん(左)

冒頭に挙げた動画では「アーッ」だけでなく、その前に「ホウホウ」とも鳴いているが、それぞれ意味が違ったりするのだろうか。

千葉さん どちらかというと『ホウホウ』はウォーミングアップで、『アーッ』で主張をしています。特に『アーッ』は直線距離で2, 3km届くと言われていますね。

そうだったのか。いや、「ホウホウ」もウォーミングアップにしてはだいぶインパクト強いぞ。

あと2,3kmというと数駅先まで聞こえるレベルだ(2駅先の都賀駅まで直線距離で2.1km)。すごい......(画像はGoogle Mapより)

また鳴き方や音程も色々あることから、フクロテナガザルは「鳴く」というより「歌う」と言われることもあるらしい。つまり「アーッ」も音楽的にいえば「シャウト」だ。そう思うとあの叫びっぷりもちょっとしっくりくる気がするな。

ロックンローラーブレイブくん

そういえばフクロテナガザルのエリアは柵で囲われていないが、逃げ出したりしないのだろうか。

フクロテナガザルのエリア全景。柵がない分まさに目の前で観察でき、迫力満点だが......

千葉さん フクロテナガザルは水が嫌いなんです。なので水で覆って柵の代わりにしています。

言われてみればポールのまわりは水で囲まれている。とはいえかなり浅く、その気になればヒョイと抜け出せそうだが、よほど嫌いなんだろう。

眺めていると、誤って触れて「わっ」と手を引っ込める様子が見られた。そんなに?

千葉さん 逆に好きなものは食べることですね。バナナやリンゴといったフルーツのほか、キャベツやチンゲン菜、煮ニンジンなども食べます。

そしてめちゃめちゃ健康的だ。人類も見習うといい。

人類代表の私が先日食べた食事。子供の顔くらいある唐揚げ
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フクロテナガザルが叫ばない

そんな調子で話をしながらフクロテナガザルを眺めていた。それ自体はとてもありがたいし、勉強になるいい時間だった。しかし、一つ問題があった。

フクロテナガザルが全く叫ばないのだ。

「叫ばないですね」

本当はフクロテナガザルがアーアー叫んでいる中で話を伺いたい。やはり鳴き声を聞くことで会話も盛り上がるだろうし、新たに伺いたいことも生まれるというものだ。

でも叫ばない。「ホウ」1つもない。全くの静寂である。

ただただこちらをじっと見つめている

りばすと 結構たくさん鳴くイメージがあったんですけど、そんなに鳴くものでもないんですか?

千葉さん いや、普段はうるさいくらい鳴いてます。飼育員の私がおとなしいので影響されて大人しくなったんですかねえ。

ハッハッハ。ハッハッハではない。

そんな冗談を言ってみても鳴かないものは鳴かない

このまま千葉さんのお時間をいただくのも恐縮なので、お話を伺うのはここまでとし、後は私と石川さんで鳴き声が聞けるまで粘ることとした。「アーーーーーーーーーッ」を浴びながら話を伺うのは難しくとも、せめてあの叫びを動画に収めたいのだ。

頼む、「アーーーーーーーーーッ」してくれんか
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たぶん暑いんじゃないかな

粘ると言っても我々にできることは待つ以外ない。ただブレイブくんとハートちゃんがその気になってナワバリを主張し始めるのを待つだけである。

ただ待つ。長い、長い戦いが今始まった
高いところに登るハートちゃん
手足を大の字に広げるハートちゃん
「存在感を示した方がいいんじゃないか」とおもむろに手を振ってアピールする石川さん
だめそう

眺めている内に気が付いたのだが、彼らはしばしば水を飲むために地面に降りたり、日陰に入って日差しから身を守ったりしている。

ひょっとして暑いんじゃないか。暑いから叫ぶ元気もないんじゃないか。

水を手のひらでチョイとすくい上げて飲んだり
小屋の影で休憩するブレイブくん。そうだろ、暑いんだろ

確かに気温が高く、こうして待っているだけでも汗が止まらない。もし私が今叫んでみろとか言われたら怒っちゃうかもしれない。そんな天気である。

こちらも暑さで元気がなくなってきた。ベンチがあって助かった

あまりの展開のなさに石川さんは別のお猿さんを見に行き、そして帰ってきた。もちろんその間彼らの動きはゼロだ。

石川さん曰く、ニホンザルは気持ちいいくらい鳴いていたらしい。いいな。「ニホンザルはいっぱい鳴く」という記事にしよう

また、今更ながらフクロテナガザルの説明を読んだところ、「朝、のど袋をふくらませ、大きな声で鳴きます」という記載があった。朝は日中に比べて一般的に気温が低いだろうし、それが理由だとするとやはりこの暑さがよくないのかもしれない。

朝どころか、なんならもっとも気温の高い昼過ぎから撮影をしている。それが間違いだったか......?

結局ブレイブくんもハートちゃんも一言も発声することなく閉園時間となってしまった。

無念すぎる。石川さんは生「アーーーーーーーーーッ」を聞いたことがないと言っていたので、絶対に聞かせてあげたかった。

3時間、0ホウ0アーでフィニッシュです

⏩ 後日、リベンジ取材で吠えてくれるのか!?

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