食べものが大きくなると嬉しい
家に帰って、お昼ごはんのオムライスでも電車の車窓フィルターを試してみた。
チラっと見える半熟ふかふかたまごとチキンライスのすきまに、潜り込んで眠りたい。植物や布団同様、食べものも大きく見える瞬間があった。食いしん坊の夢に迷い込んだみたいだ。
ドライブも散歩も好きだが電車の旅がいっとう好きだ。
ぼんやりしているだけでずっと遠くに行けるのは宇宙船のワープみたいだと未だにしみじみ不思議に思うし、もたれかかったドアの窓の外に景色が流れていくのはいつまでも見飽きない。
そうだ、電車旅のよさというのはあの角が丸い窓がついたドアとセットなのではないか。
そもそもは旅をするどころか、いち早く家に帰りたいという強い念がきっかけだった。
筆者は毎日往復3時間電車に乗って通勤している。
電車旅は大好きだけれども、しょぼしょぼの目とペコペコのお腹を抱えた会社帰りとなると話は別だ。さらに駅から家までは徒歩15分。最寄駅に着く頃には、もう一歩も歩きたくないと座席にずぶずぶ沈んでいる。
「電車の扉の向こうがお布団だったらいいのにな」
自宅の前にバス停を作るよりもさらに難易度が高そうな願いだが、それでもなんとか雰囲気だけでも味わえないかと考えたどりついたのが、こちらの電車の車窓フィルターである。
イメージは一昔前のプリクラやカメラ機能にあるフィルター機能だ。
まずは電車のドアの写真を撮る。
東京メトロの日比谷線が大好きだ。床の青色と黄色の鮮やかなコントラストと、ちらちらと星が瞬くような座席シートがたまらない。
車掌さんの景色が見られるタイプの窓。幾つになってもわくわくする眺めだが、この窓にはお布団より銀河系を突き進んでほしい。宇宙旅行に行くときにはこの車窓フィルターも持っていこう。
そんなこんなで調整の末出来上がったのが冒頭のgifであった。
いつものシングル布団が、ザブンと飛び込んだら気持ちが良さそうな大きなプールに見える。本当に電車に乗っているようで、ドアの向こうに広い広い世界が広がっていて、なんとも不思議な没入感があるのだ。
せっかくなので布団以外ではどんな絵になるか試しにいこう。
普段の電車での目線に合わせてカメラを構え、遠くの景色を切り取るとこれは完全に旅の風景だ。
ピントが合わずにボケる感じも、窓枠がうっすら窓に反射して見えるのも、ぼんやり外を眺めてまどろんでいる様子を思い出させる。
今の季節、道端にはたくさんの野草が育っているが、草花と電車の車窓は最高の組み合わせだった。
細かい花弁が繊細そうなイメージだったヒメジョオン。車窓から見る姿はむしろ力強さがある。
窓越しに見える花びらの先のギザギザや、雄しべのポフポフしたところにやけに迫力を感じるのがおもしろい。
被写体に近づいたことによる解像度の高まりだけではない、何かこう生き物としての存在感の強さがあるのだ。
タチアオイの視線の圧の強さには思わずたじろいだ。死んだふりをしないと食べられてしまうやつだ。なのにあまりにタチアオイは美しく、目を離すことも出来ない。
見惚れていると今度はもぞもぞと、足元からくすぐったさがやってくる。
シロツメクサに埋もれながら写真を撮っていたら、今度は上から大きな声が降ってきた。
もうだめだ、わたしはぎゅっと目をつぶって覚悟を決めた。
きっとこの巨人たちに摘まれてお口にぽいっと食べられちゃうんだ…
追いかけてきた小さな巨人たちと散々鬼ごっこをして、満ち足りた気分で帰路についた。
いつもの散歩も、電車の車窓ひとつで立派な冒険の旅になるのだ。
今回は電車を使ったが、ほかにもいろんな窓が使えそうだ。たとえば、バスの一番うしろで窓にもたれて見るまちの風景、飛行機のあの丸っこい窓から見下ろす景色。
窓に映るのは、自分しか知らない特別な眺めだ。
今度の休みは好きな窓フィルターを持って、小さな秘密の旅に出よう。
家に帰って、お昼ごはんのオムライスでも電車の車窓フィルターを試してみた。
チラっと見える半熟ふかふかたまごとチキンライスのすきまに、潜り込んで眠りたい。植物や布団同様、食べものも大きく見える瞬間があった。食いしん坊の夢に迷い込んだみたいだ。
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