神社跡を見つける
ボート乗り場から緩い坂に沿って湖の真ん中あたりまで歩いてみると、広場のような場所に出てきました。
ここで、昔の地図と、今の地図と見比べてみます。
2つ上の写真は、上の航空写真の赤い矢印の方向から写真を撮っていますが、1965(昭和40)年に城山ダムが完成して津久井湖ができるまでは、このあたりに荒川という集落がありました。
広くなっている方に進むと、階段や石柱などの跡が並んでいるのが見えてきます。
昔の地図を見てみると、荒川集落の北側に神社のマークがあることはありますが、どうもそれとは位置が違うようです。
調べたところ、荒川集落には荒川八幡宮という神社があり、この神社は住民の移転に伴って相模原市の二本松に遷座(移転)したそうですが、この神社跡が八幡宮かどうかは不明です。
水没車に関する噂話を聞く
神社跡の写真を撮っていると、前からやってきたおじさんに声をかけられました。おじさんは、八王子から干上がったダム湖を見にやってきたそうです。どうやら、ダム湖が干上がるたびにこうやって見物に来るのが趣味だということでした。
ひとつ気になっていることを聞いてみます。
実は、ボート乗り場のところから見ると、ちょうど対岸に水没したと思しき廃車が見えているのです。
西村:あの、対岸にみえる廃車の場所って行けるんですかね?
おじさん:ああ。いけますよ。
西村:行けるのか!
……ということで、やってきました。
水没車に近づいてみます。ネットの情報によると、初代のワゴンRだということですが、乗用車の種類をまったく知らないのでそれが正しいのかどうかよく分かっていません。
さきほどのおじさんの話によると、このワゴンRは実は盗難車で、犯人がギアとハンドルをロープで固定して無人で動かし、わざと水没させた……という噂話を教えてくれました。
あくまで噂話なので、本当かどうかはわかりませんし、おじさんのホラかもしれませんが、ハンドルとギアを見てみると、確かにロープのようなものがくくりつけられているのは見えました。

