「マルちゃん」はメキシコ人なら誰でも知る即席麺
インスタント麺のいち商品名である「マルちゃん」ですが、メキシコでは
インスタント麺そのものの代名詞。別のメーカーであろうが、そもそも日本製でなかろうが、インスタント麺=マルちゃん、というくらいに市民権を得ています。その知名度たるや、『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』というタイトルの本が出版されるくらいです(
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現地で販売されているマルちゃんのハバネロ味
撮影モデルにまんざらでもない、筆者の職場のおじさん達。
メキシコで定着した背景には、1980年代、アメリカへ出稼ぎに行ったメキシコ人が、もともとアメリカで売られていた商品を里帰りの際に手軽なお土産としてメキシコに持ち込んだ、という説が有力な模様(そのほか諸説あり)。
こちらメキシコでは「ハバネロ味」のようなオリジナルフレーバーの販売も。さらにここに大好物のチレ(唐辛子)やリモン(ライム)をかけるのがメキシコ流です。
高地ゆえの麺類不毛地帯・メキシコシティ
かくも「マルちゃん」が市民権を得ており、インスタント麺が身近な存在であるメキシコですが、味や食感はさておきそれは手軽にチープに食べられるカップ「ラーメン」の話。筆者が住むメキシコシティ他、メキシコ中央高原地帯と呼ばれる場所は一体に「(ラーメンをふくむ)麺類が美味しくない」と言われています。
メキシコシティからのぞむ、標高5000m超のポポカテペトル火山とイスタシワトル火山。
それはなぜかというと、標高が高いため。登山をする方ならご存じでしょうが、標高が高いと気圧がさがり、沸点がさがり、私たち日本人の常識では100℃で沸騰する水もそれより低い温度で沸騰します。そのため、調理にも支障がでる、ということなのです。
日本のお菓子を持ち込むと気圧でパンパンに膨らむ。
例えば、筆者の住むメキシコシティは標高2300m弱ですので、だいたい富士山5合目と同じ高さに住んでいることになります。調べてみると、この高さではおよそ92℃でお湯が沸騰してしまうそう。麺類をゆでるとなると、気圧も低く温度も低いため、ゆだりすぎたり逆に芯が残ったりと、その調整が非常に難しくなります。
マルちゃんを通してインスタント麺に触れながらも、「メキシコシティで美味しいラーメンは望めない……」。それが本格的なラーメンの味を知る人々の共通認識でした。しかし、ここ数年で状況は大きく変化。数々のお店が研究の末、次々とラーメン革命を起こしているのです。
細麺で気圧に抗え! 本格ラーメン店の台頭
そのひとつが「カミナリ豚骨ラーメン」(以下、カミナリ)。2016年末のオープン以来、メキシコのオシャレ情報誌にも数多く取り上げられ、今では押しも押されぬメキシコシティの人気店となっています。
まるで日本の老舗ラーメン店の雰囲気。
この佇まい。ここがメキシコとは誰が想像できるでしょうか? カウンター席が8席の店内はランチタイムともなるとすぐに満席。外に行列ができるほどです。
中に入るとますます日本らしいが、改装前からあったであろう入り口上のタイルに異国らしさを感じます。
オーナーの今泉芳仁さんは、こちらで大衆食堂や居酒屋を手掛ける気鋭の料理人。
メキシコシティの老舗日本食レストランのシェフ募集をきっかけに2005年から現地に住む今泉さんですが、日本では年に100軒以上のラーメン店を食べ歩いていたラーメンオタクだそうで「自分が食べたいものをメキシコで作る」という大前提のもと、自身が手掛ける日本食レストランの週末限定メニューとして3年以上にわたり正統派醤油から塩魚介など様々なタイプのラーメンを提供していました。
そうしたメキシコ人の嗜好をさぐりつつの試行錯誤をへて、現在のメキシコ初・豚骨ラーメン専門店のオープンに至ったそうです。
具材のラインナップも完全に日本です。
カミナリが提供するものは、細麺の長浜ラーメン。これであれば、標高の高さに左右されることなく、通常の鍋やゆで麺機でも1分以内でゆであがり、お客さんへの提供時間も圧倒的に早いのだそうです。長浜ラーメン専門店がメキシコシティに誕生したのはこんな理由もあったのですね。
Kaminari Tonkotsu Ramen
そして、メキシコのラーメンは「融合」というステージへ
このような本格派ラーメン店が登場する一方で、興味深い現象も起きています。それがズバリ、メキシコ料理とラーメンの融合。「メキシコ料理フュージョンラーメン」の誕生です。
メキシコ料理、というとタコスがお馴染みですが、それはいわゆる軽食。和食でいうところのおにぎりみたいなものなんです。実はメキシコ料理は和食よりも早く、2010年にユネスコの世界無形文化遺産登録がされたほど奥深いもの。
トルティーヤに多彩な具材を挟む組み合わせは、おにぎりそのもの。
また、メキシコでの食事は汁物+主菜をとる場合が多いため、コンソメスープや唐辛子を使ったクリームスープなどの定番モノから、ユカタン半島で食されている、チキンスープにライムをたっぷり加えたソパ・デ・リマなどのご当地物まで、スープのバラエティが豊富です。そのスープ文化とラーメン、出合うべくして出合った、と言っても過言ではありません。
■ハリスコ州のスープ・ビリア✕ラーメン
そのメキシコ料理フュージョンラーメンのひとつが、ハリスコ州のスープ・ビリアとラーメンを合わせたその名も「ビリアーメン」。ビリアとは、臭みの強いヤギの肉をたくさんの唐辛子や香辛料と共に煮たスープのことですが、ビリアーメンでは牛肉を使っているためかなり食べやすいタイプのビリアになっています。
提供するのは「Ánimo Ay Caldos!(アニモ ・アイ・カルドス!)」のオーナーシェフ、アントニオ・デ・リビエールさん。
アントニオさんはテレビ番組にも出演する有名シェフ。ちょうどお店で撮影をしていたので、便乗取材をさせてもらいました。
これがその、ビリアーメン!
アントニオさんのお母さんは、ビリアの生まれ故郷であるハリスコ州出身。いわく、若かりし頃よりアントニオさんは「ビリアとラーメン、絶対合うに違いない」と確信しており、自宅でお手製の麺を作りながら、母親の作るビリアと一緒に食べていたのだそうです。「スープの種類が豊富なメキシコだけれども、中でもビリアとラーメンとの相性は最高だと思う」とのこと。
ラディッシュ、玉ねぎ、パクチー、そして忘れてはならないリモンとサルサソース。お好きなトッピングでいただくのがメキシコ流のスープの楽しみ方です。
■社会保険庁のお墨付き。ヘルシースープ、ポソレ✕ラーメン
そして、フュージョンラーメンの新星登場。それが「ポソレラーメン」です。ポソレとは、豚骨をメインに鶏ガラなどを加えて長時間かけて煮込んだスープで、独特の食感の白トウモロコシと一緒に食べます。
とにかく手間も時間もかかることから、プレヒスパニック(スペイン侵略以前)の時代より「特別な日の料理」という位置づけのメキシコ料理。それは今も変わらず、現代でも独立記念日やお誕生日など特別なお祝い日にポソレを食べる家庭も多いのです。
伝統料理としては贅沢なものになります。
先日、このポソレは「ビタミンBや食物繊維が豊富で栄養価も高い健康的なメニューである」と社会保険庁のお墨付きももらって話題になっていました。
さてポソレラーメン考案者は、料理学校の講師などを通して四半世紀近くメキシコ飲食業界に携わり、2012年にはメキシコ北部モンテレイでラーメン専門店をオープン。以降、メキシコシティを含む3軒のラーメン専門店を展開する「Yamasan Ramen House」の永田慎一郎さん。メキシコラーメン業界のパイオニアです。
ラーメンを調理する永田さん。
メキシコ人といえば、自国料理に対する愛ゆえか、まだまだ料理に関してはコンサバな考えを持つ人も多いため、ともすると「ポソレとラーメン? 信じられない」という反応が出てくる可能性は否めません。
が、「ラーメンの持つ『遊び甲斐』や『国境のなさ』をよく知る日本人料理人だからこそ、メキシコ国民にとって心のスープともいうべきポソレとラーメンをフュージョンさせる意義があるのだと思っている」、そう永田さんは語ります。重鎮の言葉はさすがに含蓄がありますね。
ポソレラーメンを通して、さらにメキシコにおけるラーメン食のすそ野が広がってくれれば嬉しい、というのがメニュー開発のきっかけにもなっているそうです。
ラーメンの一大ムーブメントはまだまだこれから!?
このほか、アメリカからやってきた食のブームを反映する「ビーガンラーメン」も登場しているメキシコシティのラーメン・ムーブメント(ビーガン=動物製品の使用や摂食を避ける生活様式)。
今年中には「中国10大麺類」に認定されている蘭州牛肉ラーメンが、メキシコを含む北米3国に進出。
ファストフードチェーンの展開にむけて足掛かりを作るだけでなく、ラーメン研究所を立ち上げる予定だとのニュースもありました。
世界中のラーメン・マニアから熱い視線を注がれる日も、そう遠くないかもしれません!?
居酒屋・蔵のビーガンラーメン、2年連続メキシコトップ120レストランに選出。 オーナーシェフは日本人の松本武也さん!