絶対に誰もが気になるホテルがある
まず写真を見てもらおう。
これは台北市内の空港から見た風景だ。
遠くに赤い宮殿のようなものが見える。
拡大するとこんな感じだ。
台湾に旅行に行くと、ほぼ100%の人が「あれは何なの?お城?」とガイドに聞き、ガイドが「あれはホテルです」と答えて観光客が驚く、というのがお約束になっている。
そう、これは「圓山大飯店」という中華宮殿様式のホテルなのだ。
こんな目立つデザインなのに、さらに丘の上にあるもんだから、台北市内ではどこを観光してても基本的にこのホテルが遠くに見えることとなる。
タクシーの窓より。こんな風に風景の合間にちらちら姿を現す。
僕も例にもれず、台湾に行くたびにこのホテルのことがずっと気になっていた。
父親がパスポートを取得した
とはいえ、贅沢に興味がある性格でもないので遠巻きに眺め続けていただけだったが、昨年秋、台湾旅行に行った際に、なんとこの豪華なホテルに2泊することとなった。原因は僕の父親である。
右が父です。唐突な行動をとることがあります。
これまで僕が台湾に行ってきた話をしているうちに、どうやら自分も台湾に行きたくなったらしく、ある日唐突に「俺もパスポート取ってきたぞ。後は頼む」と電話がかかってきたのだ。
普段は年に一度、「肉のハナマサ」で冷凍エビを箱買いするぐらいしかぜいたくをしない父親である。
せっかくなのでこれを機にと思い、どどーん!と、この圓山大飯店を予約したのである。
台湾に入国! 父、20年ぶりの海外旅行。
父もホテルの様子をiPadで見ては興奮し、「すごいホテルだなーー!!」と大喜びであった。ここまで喜んでもらえると、計画したほうとしても冥利に尽きるものがある。
僕としてもまたとない機会なので、近寄るとどんな構造をしているのか、思う存分探検して観察してきた。今回はその驚きの記録である。
とうとう「圓山大飯店」に潜入!
これが建物正面、夜景。
そもそも僕が思っていたのは、これは果たして本当にホテルなのかという疑問である。
遠巻きに見ても、いや、ここまで近寄って見ても、どうしてもホテルには思えない。中でVIPな華僑が、庶民にはあずかり知らぬ博打か何かに興じているのではと思える。
うっかり立ち入って、黒い服の人に引きずり出されたりしないか、到着してもまだ不安だったが、思い切って入ってみた。
おおお! 予想以上の豪華絢爛!
すごい、宮殿だ!
表向きのようすから、ひとつながりの雰囲気のまま、しっかりとホテルの内装として完成している。照明も豪華だ。
天井の装飾も、寺院の上位互換みたいでかっこいい。
天井も一枚ずつ龍のレリーフがあってかっこいい。
同行の父親も「さすが『台湾の帝国ホテル』と言われるだけのことはあるな!」と、誰が言ったんだか分からない怪しげなたとえを引き合いに出して大満足であった。
ぼくも感動に震えながら、客室に荷物を置いた後、すぐにホテルの外に出て1時間以上も写真を撮り続けていた。
ホテルの最上階。「軒」がゴツゴツしててかっこいい。
裏手側のエントランスも全く手を抜いてなくてかっこいい。
横から見た様子も、絵葉書にしたいぐらいかっこいい。
写真をすっかり撮り疲れ、かっこよさにしびれたまま眠りについた。続いて翌日の朝である。
高密度バルコニーのようすが気になる
さて、ぼくが遠くから見てずっと気になっていたのは、このバルコニーの部分は実際のところどうなっているのかという点である。
ここの構造がいったいどういうことになっているのか。
なんだか遠目に見るだけでも密度感がすごい感じがする。奥行きも分からない。これが気になるので、実は今回は思い切って大枚をはたき、バルコニーに出られるビューサイドの部屋を予約したのだ。
そして実際に立ってカメラを構えると、そのようすは期待を裏切らない空間だった。
はるか遠くまで続く朱塗りのパーティションと太い柱
ツボミ的であり、かつ擬宝珠的でもある装飾物
「欄間」にあたる部分?にも、手を抜かない装飾
この装飾が手抜きなく、奥まできっちりとつながって詰め込まれている
これがあの遠目にも受け取れる高密度感を生み出していたのだ。その一つ一つに、まぢかに迫ることができ、大いに納得である。
余談:「突撃!隣のお茶屋さん!」事件について
さてこのあと2日間、僕と父は世界四大博物館の一つである「故宮博物院」に引きこもり、思う存分に中華文化を堪能してきたのだが、それについてはここでは割愛する。
何度行っても何時間でもいられてしまうのに、さいきん写真撮影が自由になったので、ほんとうにまずい。
その代わりに、ひとつだけ心の温まった旅の思い出話をしよう。
最終日、父と露店でランチを食べながら「お土産に台湾茶でも買いたいねー」と話をしていた。
水餃子はどこの露店で食べても100%うまいです
僕は観光客向けの茶屋に寄るつもりだったのだが、食後、ちょっと目を離したすきに、唐突な行動で有名なうちの父がすぐ隣にあった地元系の茶屋に「日本語ワカリマスカ―」と突撃していったのである!
近所のおじちゃんおばちゃんがまったり和んでいた茶屋は騒然。
にもかかわらず、平然と日本語で話しかけ続けるうちの父親。解決の見えない店内は末期的で、「この空気どうなるんだ……」とぼくも匙を投げかけたのだが……。
そこに突然、店の外から一人の可愛いらしい女性が入ってきて、きわめて流暢な日本語をあやつりながら、自己紹介も無く、茶葉の説明とお茶の試飲を始めたのである!
右の女性「これが発酵している途中のプーアル茶です」
そ、そんなことより、あなたは誰なんですか! ということが気になってしょうがない。
うまく話の合間を見つけて聞いてみたところ、じつは茶屋の店主の姪御さんで、18歳から留学して日本で日本語を勉強し、つい最近帰国したのだという。それまでは軽井沢のホテルで働いていたらしい。
たまたま近くに遊びに来ていたところ、「店に突然日本人が来たからすぐに来てくれ!」と連絡を受けたので、ヘルプに来たのだということだった。
台湾の人は親切な人が多いなとこれまでも思っていたが、こんなにまでも親切にしてもらえるとさすがに目頭が熱くなる。
情に弱いうちの父は、結局すすめられた茶葉を全部買って帰って行った。
まとめ
圓山大飯店の豪華絢爛さには父もつくづく満足し、「正月のいい自慢話ができたなあー!」と最後まで大盛り上がりのまま、羽田空港で別れた。
と、ここで急に悲しい話になるのだが、この3週間後、父は急性心不全で帰らぬ人となってしまったのである。
何ごとも唐突な人ではあったのだが、最後の最後までほんとに唐突であった。
結果的に父との最後の思い出がこのホテルになってしまったのだが、レストランの食事もおいしかったし、二人とも大喜びで2泊を過ごしたので、たいへん良いことだったなと思っている。